31.爆発的進行
パンプは、その人格が確立されてから今に至るまで、特に大きな心境の変化はない。
小さな頃に、その犬耳を狼のようだと散々からかわれ、イラつきを通り越して発狂。気がつくと森の中で狼や狼の魔物を借り尽くしていたのが一番古い記憶だ。それからは、弱い故に特に必要ないとされている狼狩りに度々繰り出すことで日頃のストレスを発散するようになっていた。
目的は今も昔も変わらない。目障りな自分の種族と似ている狼を狩って視界から消す。あわよくば絶滅すればいいと思っている。
冒険者になって稼ぐようになってからしばらく、たまたま関わった魔獣研究所で狼の飼育をしているところを見た。その晩遅くに研究所に忍び込み、狼の飼育室を爆破して一息ついているところをアステラの工作員に目撃され、その残虐な行為が大好評。即スカウトされたのがこの“仕事”の始まりだった。
アステラの思想には全く共感できない。他人の不幸を見ても、パンプには所詮他人事としか思えず、喜びも何も感じない。それでも、テロを起こしたり、生きがいである狼狩りをすることで、ギルドよりも高い報酬がもらえるという好条件に引かれ、パンプはアステラに所属するテロリストとなった。
しばらくは、街を爆破したり狼を狩ったり村を爆破したり集落を爆破したりとしていたが、やがて目に新しい仕事がやってきた。これがその仕事だ。報酬は高いが、ため込むストレスと苦労を考えると割りに合わないと思うことがある。
ギルドで一瞬ソラから離れた隙にひっ捕まえてきたウィウィが、脇で震えている。騎士団長がギルド横に馬を止めていたのを見たときはひやっとしたが、うまいことすれ違いで出ることができたのは幸いだった。
ソラが追ってこれるよう丁寧に目印にと爆弾を逃走経路沿いに投げていたので、そのうち追いついてくるだろう。
集落の入り口についたパンプは、逃げてくる間に遭遇して追いかけてきた騎士団を尻目に、槍を持つ無数の集落の住民たちの間に滑り込んだ。騎士団は構わず、パンプを追おうとしたが、住民たちが突然槍での突きを繰り出してきたことで驚いて後ずさる。守るべき一般人が守る側である自分たちに牙を向いたのだ。そりゃあ驚く。
昨日の騒動中、煙を吸って洗脳されるまで行った住民は全て、アステラの者の言うことを聞くようになっている。
と言っても、あの騒動はパンプが起こしたわけではない。あれはアステラ式の本部からの指令伝達方法だ。指令伝達用のテロリストが出向き、指令書を同封した手紙や魔導具を目的の宗徒のいる街に隠して、目印とカモフラージュにその周囲でテロを起こす。それが宗徒への指令が来たと言う合図なのだ。パンプ的には厄介にも程があるが、アステラでは常識らしい。
昨日は、その指令書を探すためにコハクトたちとは別行動で集落を駆けずり回っていた。結局指令書が手に入ったのは騒動が収まった後だった。住民に命令できるのを知ったのはそれを読んでからだったため、マントを一時は剥がされてしまったという失態があった。閑話休題。
洗脳済みの住民たちには、集落内に邪魔な騎士団が入ってこれないよう、前線をキープさせている。騎士団が強行突破しようとしたら、自決すると脅すように指示してあるため、もうしばらくは持つだろう。
ローブの下から取り出した着火済みの爆弾を騎士たちのほうに投げ、爆発を背中に感じながら集落の中を進んだ。教会廃墟にたどり着くと、入り口で門番をさせていた住民に扉を開けさせた。
この教会はかつては広く立派な教会だったのが、現在の状態から見てもわかる。数十年前に魔物の大量発生機が近隣でぶち当たり、ご覧の通りの廃墟にまで破壊されさえしなければ今でもたくさんの人々が訪れる輝かしい光景が見られただろう。今は代わりにここよりも大きな教会がサプリングデイの街内に建てられている。
ただ廃墟と言っても、建物本来の機能まで著しく失われているわけではない。元からしっかりとした作りだったためか、大量の人間が押しかけ多少騒いでも倒壊してしまうようなことはない。特に地下は当時の形をあらかた保っている。
パンプは軽やかに階段を下り、元は食料庫として使用されていた扉を、今度は自分で開けた。
ぽいっとウィウィをその中に放り、ローブの下から縄を取り出してウィウィの動態をキツく縛り上げた。
「わかってるう? 動いたら今殺すからあ。まあ結局全部終わったら殺すけどお」
「ぱ、パンプ、ほんとうに悪いヤツ……!? ソラをどうするの!?」
「うるさいから口も塞ぐかあ」
適当にそこらの床に落ちていた布を猿轡としてウィウィの顔に巻いた。しばらくモゴモゴと何か文句を口の中で叫んでいたが、ローブの中から爆弾をちらつかせると大人しくなった。
「……ソラねえ……」
パンプは、指令書の内容を思い出していた。あれは結果的にはパンプにとって利益にしかならないものだったが、全くもって理解はできない。
――まさか最弱種が、勇者に倒されるべき魔王かもしれないなど。
アステラの本部やその神が何を考えているかなど、わかるわけがない。どいつもこいつも、最弱種がいつか下克上を成し遂げるのではないかと言う杞憂に溺れているだけだ。
気になるのは、アステラが魔王を殺そうとしてる点だ。パンプが知る歴史でも、魔王とアステラは、恨みを買ったり売ったりするような接点はあまりなかったはずだ。
まあ、それでも。アステラが魔王と疑わしきを殺せと言うのなら、パンプは従うだけだ。まずは、ソラを殺させればいいだけだ。それで給料が出るし、狼を狩れる。
「んん……?」
パンプはふと食糧庫を見渡した。そういえば、先にここに押し込んでいたコハクトがいなくなっている。食糧庫から出てみる目につくところにはいない。念のために取り上げて別の部屋に置いていた刀は、置いたままになっていた。さすがにここまでは探しにこなかったらしい。
パンプはぐるっと目を回してため息をつくと、刀を手に取ってコハクトを探しに歩き出した。
・ ・ ・ ・ ・
ソラを追って慌てて駆け出した。フェルムは、種族的な身体能力は狼族よりも高いはずだが、爆発と炎の間の細いセーフゾーンへ躊躇いなく飛び込んでいくソラと、おっかなびっくり炎を避けて大回りで走るフェルムたちとの距離はどんどん引き離されていった。
「ソラはッ、いったいどこへ行くつもりですかッ! 最弱種のくせに、こんな火事場へ飛び込むなんてどうかしてますぞ!」
水魔法をそこら中に連射し、消火活動をしながらひた走るアノネが喚く。
フェルムには大体の見当がついていた。突然ソラと会話での意思疎通ができなくなり、外に出た直後、彼が走り出してしまった。そして姿の見えないウィウィ。
昨日の晩、ソラが「スマホ」という魔道具で自分たちの言葉全てを翻訳していると言っていた。そのスマホをギルドに入る前にウィウィに渡していたのは、見ている。ウィウィがソラから離れてしまえば、当然翻訳はしてくれなくなる。ソラのあの動揺からして、ウィウィはパンプに攫われたか。
ソラたちとパンプは、何処かギクシャクしている関係にあったとは思っていたが、
そうなれば、ソラの向かう先はパンプのいるところだろう。可能性があるのは……
「フェルム! ソラが向かってる方向って、昨日の集落ですか!?」
「た、たぶんッ……」
地図を出さずとも、既に見えている街の検問のある方へ向かっていることはわかる。そもそも、その検問自体がこの事態で機能しているかも定かではないが。
ソラには悪いが、フェルムが一番心配しているのはコハクトの方だ。
コハクトは勇者だ、そう簡単には打ち倒されることはないだろうが、彼の精神は今不安定だ。魔王を見失い、焦っている。常時ならば絶対しないような強行を重ねてしまうほどに。ソラが寛大なんだか天然なんだかで流されたようだが、勇者の身分でもボーダーラインに危うく触れる行為をしている。そこまでさせる焦りにつけ込まれでもしたらどうだろう。万が一……ということもあるかもしれない。
グリフィン家末弟のコハクトに十数年仕え、彼のことを理解しているが故の不安があった。フェルムがもしもの時のストッパーにならなくてはならない。それが役目だ。
マジックバックは、コハクトが持っていってしまったが、万が一の時に必要になるものは手元にある。役目は果たすことができそうだと安心した。背負っている大荷物に手を突っ込み、薬の小瓶を取り出して口をつけた。中の液体は恐ろしく苦かった。
案の定昨日爆破されて機能していない検問を抜けて街を出る。走り続け、すぐに集落が見えてきた……が、様子がおかしい。
フェルムとアノネは、集落に近づく前にその手前の森で足を止めた。木の幹から恐る恐る顔を出して様子を伺う。
住民が槍を持って集落入り口に横一列に並んでいた。昨日テロにあった自分たちの故郷を守っている、という感じではない。誰もがぼんやりとした表情で虚空を見つめていた。さらには、彼らの足元には煤けた地面の上に騎士が数名倒れて動かないでいる。
「見たことある顔がいますね」
「え?」
アノネが住民の方を指さした。なぜか少し笑っている。
「あの人ですよ。昨日フェルムの服を剥ぎ取った人じゃないです?」
「い、言われてみれば……アノネ、バックの中から見てたの?」
「ええ、吐きそうになりながら笑って見ていましたとも」
色々と突っ込みたいところはあったが、今はそれどころではない。昨日正気を失っていた住民が、今度は不可解な行動をとっているという事実が、今起きている爆弾テロと無関係とは思えない。
「普通に近づいて通してくれると思います?」
「やめておいた方がいいと思う……」
「ですよね」
あちらは槍持ち。こちらは従魔すらつれていない低レベルのテイマーを抱えているというハンディーキャップだ。アノネは戦力にはなりうるが、魔法の攻撃力が高すぎて住民を無事に無力化するには向いていない。
そう言えば、ソラの姿を見失っていた。周りを見渡しても姿が見当たらない。すでに集落の中に入ることができたのだろうか。立場的にはフェルムたちと同じはずだが、誰にも邪魔されずにどうやって入ったのだろうか。
そんなことを考えていると、突然フェルムの肩が叩かれた。飛び上がって振り返ると、そこにいたのはギルドで会った騎士団長の女性だった。
「急に飛び出したので追ってきた。いったいどういうつもりだ?」
「騎士団長殿、集落の中にパンプが逃げ込みました! あの住民たちにワタシたちを通してくれるように言ってくれないですか? なんだか騎士団から誰も通すなと警備を命じられたそうなのですぞ!」
「なに……騎士団から? そんな命令はしていないが」
フェルムはギョッとしてアノネを見た。考える時間もなかったのに瞬時に嘘八百を口から出したからだ。パンプがここに逃げ込んだのかも確定していないし、あの様子の住民が騎士団の言うことを聞くわけがない。
しかも、この口ぶりからすると、団長をあの住民たちの前に行かせようとしている。それはつまり——
「話をしてくる。少し待て」
フェルムが止める間も無く女団長はアノネの催促に素直に従ってズンズンと集落へ歩いて行ってしまった。どうしてそんなに自信があるのかフェルムには理解できない。
ぼんやりした住民の前に立つと、女団長は腰に手を当てて何事かを言っている。遠くてその内容は聞こえなかったが、雰囲気から教師が生徒へ説教をかける光景と既視感を感じた。
案の定住民は槍を構え、女団長に一斉に襲いかかって行った。
「あ、いい感じに集中してますね。今のうちに行きますぞ」
「だ、団長さんのこと囮にしたよね!?」
フェルムは信じられない顔をアノネに向けた。女団長も剣を抜いて槍に対応しているものの、どう言うことだと言いたげな表情を遠くから向けてきていた。
「そんなことしてないですぞ。団長殿だったら説得してくれるかと思って、それがダメだっただけですぞ。ほら、住民が団長殿に群がって——集中しているうちに横を抜けますぞ」
「ひどい……!」
【パンプ】
アステラ雇われの爆弾魔。
狼狩りが生きがい。
【ウィウィ・ウルフィア】
絶体絶命の狼少女。
【フェルム・アナプルナ】
低レベルテイマー。
コハクトの家に仕えるアナプルナ家の人間。
【アノネ・キルト】
大魔導師予定の乙女魔法使い。
意外と腹黒。




