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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
一章:狼の心得
30/94

30.紛失




六堂(むどう) (よる)は自分が世間知らずだったと自覚している。


そうでなければ、こんなにも必死になることはなかっただろう。それを自覚した後でも、続けるほどに。


ある日の放課後の清掃が終わり、縁ギリギリまで溜まっているにもかかわらず、誰も捨てにいかなかったゴミ袋を持って校舎裏に向かっていた時のこと。


ゴミ捨て場へ向かうための曲がり角に差し掛かった時、ビニール特有の乾いた音に何か重い音が重なって聞こえ、一拍置いて男の声が聞こえてきた。遠かったせいでその声が何を言ったかまではわからなかった。しかし、夜はその声に聞き覚えがある気がして、一旦息を潜めて曲がり角の先を覗いた。


見えた先には予想通りゴミ捨て場があり、すでに数個の大きく膨らんだゴミ袋が積み重なっていた。問題は、それらの上にさらに上下逆さまに人間が乗っていたことだ。


そのゴミと人間が積み重なった山の前に、一人の女生徒が腰に手を当てて立っており、その周りに取り巻きと思わしき数人の生徒がいた。


すると、中心にいた女生徒がゴミの上に倒れた生徒に向かっておもむろに足を上げ、その肩を躊躇なく踏みつけた。男子生徒が痛みで呻き声を上げる――


その瞬間、夜はゴミ袋を投げ捨てて女生徒と男子生徒の前に割り込んでいた。女生徒は夜の姿に驚いて目を見開いて大きく後ずさる。その動きを見逃さず、回し蹴りを放った。当てる気はない牽制するためだけの蹴りだが、込める力に一切の容赦がない夜の足は空気を切り裂いて、女性との鼻先を掠めた。


女生徒は、一瞬喉を引きつらせて悲鳴を出しかけていたが、すぐに我に帰って勝気な表情を作って夜を睨み返してきた。


『うわ……生徒会の坊ちゃんじゃん』

『なにをしていた?』


夜はリーダー格らしい女生徒だけでなく、その取り巻きにも視線を投げる。皆一様に夜の派手な出現と威圧的な目に気圧され、動揺している。取り繕いだとしても、平静を装えているのはリーダー格の女生徒だけだ。


夜の記憶では、名は確か音野(ねの)だった。柔道の県大会の決勝に彼女か、彼女の兄弟かの名が上がっていたと記憶をしている。


問いに答えようとしない彼女たちに痺れを切らして、夜はもう一度口を開いた。


『何をしていたと聞いて……』

『殴られ屋をしてました~~~!』


ガサ、というビニールの擦れる音とともに上がった声が意味する言葉を理解するのに、夜は数秒の時間を要した。


肩に手をかけられ、振り返るとそこにいたのは先ほどゴミ捨て場にひっくり返されていた例の男子生徒だった。ぱかっと阿呆のように口を開けて笑って、夜を見ていた。殴られたのか、頬が赤を通り越して青く腫れている。


『……は?』

『そーそー! だって、こいつが殴れっていうから~、ね? こっちが痛い思いしてんのね?』


夜が呆けている間に、音野が調子を取り戻してしまったようで、嫌に女らしい声で男子生徒の声に便乗してきた。この態度からして、男子生徒が「ナグラレヤ」などという嘘をついて――音野たちを庇っているのは明白だった。


男子生徒の生徒会である夜に告発をしない意思があるとわかるや否や、取り巻きまでも口々に言い訳を始めた。言い訳の仕方はそれぞれ違ったが、「男子生徒の方が悪い」という意味を含んでいるところは共通していた。


夜はこの意味のわからない状況を飲み込みきれなかった。その様子を見て、音野は鼻で笑うと、一言二言捨て台詞を吐き、取り巻きを率いてゴミ捨て場から去ってしまった。


吐き気にも似た違和感の渦中に取り残された夜は、男子生徒を改めて振り返った。


『あれ、お前なんか見たことあんな……ゲーセンとかにいた?』


今までのやりとりを聞いていなかったかのように軽い調子で言いながら、男子生徒は夜の顔を覗き込んできた。夜も、彼に対して見覚えがあった。


『お前……昼の時の、“らのべ”の……』

『あ~~~~~ッ! あれな! このネット社会オタク浸透型の現代に生きててラノベの存在すら知らなかったレアキャラの人じゃん!』

『れあきゃら』


また夜にはわからない単語を出した男子生徒は、夜の肩をバンバン叩きながらゲラゲラと笑った。


互いに認知できたところで終わりではない。夜はテンションに振り回されそうになった我を取り戻し、勝手に一人でべらべら話し始めた男子生徒のネクタイに掴みかかった。


『わを!? なになになに!?』

『貴様……どうして音野たちを庇った?』

『キサマ!? 今時~~~!? でも俺そういう呼び方好きだわ~』

『真面目にッ……答えろ!』


まともな大人も慄く夜の眼光にも怯まず、男子生徒はヘラヘラと腹を抱えて笑っている。この空気の読めなさなら友達もできず昼休みに一人で小説を読むという状況に陥るのも肯けるな、と思い、自分にも友達がいないことを思い出して虚しくなった。腹いせに、ネクタイを掴む力を強くしてやると、ようやく「うっ」と男子生徒の顔が歪んで減らず口が途切れた。


『あいつらは、お前を虐めていたんだろう? 理不尽に殴られて、ゴミに押し倒されて、踏みつけられそうになっていたじゃあないか。どうして殴られ屋などふざけた嘘をついた? 正直に答えろ』

『んん~? あははぁ~。なんでだろうなあ、そんなことよく考えなかったなあ』

『こンのッ……!』


のらりくらりと戯ける男子生徒が言葉を発するたびに頭に血が上る。


“正しさ”をなにより信じる夜には、いじめられうような弱者が“正しくない強者”という明らかな悪を庇う行動が信じられなかった。正義を伴わない暴力が何よりも嫌いだった。


このままふざけるようなら、ネクタイをこのまま締め付けてやろうかと力を込めるところで、男子生徒は「あ、そーだ」と徐に口に出した。


『なーなー、お前ゲームできるぅ? ぷれすてとか、でぃーえすとか。アーケードでもいいけど』

『そんなものやったことない。それよりもこっちは真面目な話を』


そこまで言いかけて口籠った。ネクタイを締め付けてやった男子生徒の顔が、それに構わず妙に含みのある笑い方をしていたからだ。


『暇だしなんでもいいからなんか勝負しようぜ。それに勝ったら教えてあげンな』


ふざけるなと、もう一度口をついて出ようとした言葉を寸でで押し留めた。こういうマイペースなタイプは自分の望むことをしてやらないと気が済まないのだろう。どんな勝負だろうと夜が負けることはない。ここはさっさと従うことが近道だと判断し、夜は渋々うなずいた。


『お~、話が早えぇなあ!』

『話をややこしくしたのはどっちだ……で、なにで勝負するつもりだ。さっき言ってたゲームならお断りだぞ』


――と言って、決定権を相手に渡したのが間違いだった。


夜は眩い夕日が降り注ぐ土手に立って後悔していた。負けたから後悔しているのではない。勝ってしまったからだ。


手入れをされて切りそろえられた土手の芝の上に大の字に転がっている男子生徒が、背中の痛みに呻いている。『生徒同士の勝負と言ったら河川敷で殴り合いだろ!』と、彼が言い出したので、理解はできなかったものの、大人しく従って学校の近くの大きな川の土手に来た。


殴り合いは流石にまずいので、相手の背中を地面につけたら勝ちというルールを設けて勝負を始めた。開始直後に男子生徒が胸元に手を伸ばしてきたので、夜はその体に手を回して逆に仰向けに張り倒してやった。


開始からわずか三秒で決着がついてしまった。あまりのアッサリさに、夜自身、勝負がついたことに気がつかず、しばらく構えたまま男子生徒を見下ろしていた。


彼に対して理解できないことが二つ。自分から格闘技(?)で勝負を挑んできたくせに、まったくもってその心得がないこと。そして、負けたのに一人でゲラゲラ笑っていること。それも倒れたまま。


『えwww今の何、全然何されたのかわかんなかったんだけどwww』

『…………』

『いやあ、すげえ技喰らったわ~。今後に活かそー』


そう簡単に素人にできるものか、と口に出そうになって押し留める。


こんな状況で軽口を叩くなどおかしい。つまり、この男がおかしいのだ。それに乗ってはいけない。


『なー、なんで学校の外なのにジャージフル装備してんの?』

『……暑苦しくて好かないからだ。それよりも……』

『なー、スマホ持ってる?』

『持ってないっ、だから……!』

『え、なんで? なんで持ってないの?』

『家の方針だッ!! くだらない質問ばかりしてなんのつもりだ!』


不毛な質問責めに堪えかねた夜は、倒れたままの彼の頭すれすれの地面をどんっと踏みつけた。芝生がえぐれ、土が盛り上がる。それでも彼は怯まない。やけに真剣味を含んだキョトンとした顔で、夜を見上げている。


『どうしてって……俺、お前のことほとんど知らんし』


怒りが一層深まる。どうして自分のことを知ろうとしている。どうして知る必要がある。話を逸らそうとしているのか。はたまた本当に空気が読めないのか。


怒りを持つ相手には、宥めたり、畏ったりと相応の対応をするのが普通だ。それなのに、それに沿わない彼に、夜は過剰に苛立った。夜が初めて“間違い”を認めたあの日のことすら蘇る。完全な逆恨みだったが、今の夜にそれに気がつく余裕はない。


そこまで噴火しかけた夜の怒りのボルテージは、次の瞬間に萎むことになる。


『友達になったからには、俺的に誕生日まで聞き出したいところだし』

『……トモダチ?』


それまで脳内を支配していた怒りを含めた全ての思考が吹き飛んだ。


それが突拍子もないワードだったのが一つ。夜が常日頃から頭に思い浮かべて臨んでいるものだったのが一つ。


『……誰と誰が』

『俺とお前じゃねーの? だって、河川敷で勝負したらお互いの力を認めて友達になるのが常識じゃねーの?』


そんなわけ。いや、自分が知らないだけか。友達というのはそういうなり方があるのか。夜はいつの間にか、このまま男子生徒の言葉を受け入れてもいい理由を探していた。


夜は、この時テンションの上がりすぎで、少しとち狂っていたのかもしれない。まずそんななり方が現実であるはずがない。限りなく世間知らずだった。男子生徒が、もし漫画やアニメの知識があるのであれば、失笑を禁じ得ないほどのクサイことを言っていると気が付けなかった。そんなもの知らなかった。


『そう、か……友達、か……』

『んだろ!』

『あ、ああ……』


口の端を無意識にあげて頷きながら、「ああ、受け入れてしまった」と心のどこかで自分を責める声が聞こえた。それでも、長年、夜の人格の土台として存在した欲望の石垣をただの理性が打ち崩せるわけがなかった。


『あー。そういや、名前は? そういやそっから知らねーわ、俺』

『む……六堂(むどう)(よる)だ』


名乗ってから、これだけ話しておいて自分も彼の名を知らないことに気がついた。彼も自分が名乗っていなかったことに気がつき、何が面白いのかケラケラ笑う。夜もつられて笑いそうになったが、そこはプライドが許さなかった。


『――昊。本田(ほんだ)そら! 普通の『空』じゃなくて、天に日って書く『昊』な! ここ授業に出るから』

『ん、昊だな。……よ、よろしく?』

『よろよろ!』

『軽いな……』


夜は喜びのあまり、全ての思考が吹き飛んで、それをかき集めることすら忘れていた。


夜の気を逸らし、この勝負をした本来の目的を忘れさせていた。今考えると、意図的だったのかもしれない。


もしそれに、この時気がつけていたら何か変わっただろうか。三年間、彼のたちの悪い性質を矯正してきたが、この時に気がついていたなら。……たらればは嫌いだ。


夜は、過去を思い返して、一層自分の世間知らずさを呪って自嘲した。


通学鞄の中から一通の手紙を取り出す。周囲に人がいないのを確認し、下駄箱にラベルされた出席番号を確認してから、それを丁寧に下駄箱の中に入れた。




・ ・ ・ ・ ・




勇者って案外大変な仕事らしい。……仕事なのか? まあいいや。


コハクトは、俺らの宿まで来たパンプに、ギルドからの伝言を受けて出掛けてしまった。なんでも、昨日のアステラテロの捜査のため、騎士団にまだ操作中である昨日の教会跡地に呼び出されたそうだ。事情聴取とかをするんだろうか。


俺たち……というか特に俺は、内職が残っているのでいそいそと作業を再開していた。コハクトに貸してもらった本のおかげでコンテンツという名の糖分を摂取した俺の驚異の作業スピードにアノネたちが恐れ慄いている。


「うわ……なんか、手だけが別の生き物みたいで気持ち悪いですぞ」

「ひっでえ」


ただ気持ち悪がってただけでした。


コハクトがいなくなっても部屋から出ていこうとせず、すっかり居座っているアノネちゃんは、備え付けの椅子について魔導書らしきものを読んでいる。


「そうだ、フェルムに言おうとしてたこと忘れてたわ」

「ぼ、ボクの運が悪いっていうやつなら聞いたけど……」

「それじゃねーわ」


フェルムは、俺の隣に座ってウィウィと一緒にちまちまとラベル貼りを手伝ってくれている。


「昨日さー、アレ。なんていうの? 助けてくれたのフェルムだろ?」

「い、いや、『アレ』じゃわかんないんだけど……たすけた?」

「教会の上でさ、落ちそうになった俺のこと、助けてくれたべ」


そう口に出した途端、フェルムの顔が固まった。手に持つボトル一点を見つめているが、ズレて貼ってしまったシールを見ているわけではないようだ。だんだんとその視線が泳ぎ出し、パクパクと口を開閉させ始めた。


あはは、魚みてえ。


「な、あ、なん、ぼ、ボクじゃない、でしょ? だ、だって、ソラを助けたのは集落の人たちで……」

「いやいや、あんな会ったこともない奴らが人間梯子みたいになってまで助けてくれるわけないじゃん。お前が操ったんね(・・・・・)?」


フェルムの顔色が一層悪くなった。ふらふら頭を揺らして目をぐらぐら泳がせている。


「なん、なんで、なんで……誰にも……ほぼ誰にも……」

「すげーよなあ。でも獣魔術って人間操れないはずだし、お前のスキルとか?」

「な、なな、な、なんで。そんな、ことまで」

「なんで普段使わんの? めっちゃ強いじゃん。なー、なんで使わないの?」

「む、フェルムがどうしたんですかな?」

「ぐわわああああああああ!!」

「んにゃ! ソラに何するの!」


ひょこっとアノネが背後から話しかけてきたのに驚いて、フェルムが飛び上がって何も言っていない俺の口を塞ぐために飛びかかってきた。俺が攻撃されることに敏感になっているウィウィがそれを止めるために逆に飛びかかったので、二人してゴロゴロと床を転がって行った。


可愛いか。兄弟喧嘩みたいだなあ。……っと、これでボトル貼り最後だな。


ぺたっとガラスの表面にシールを貼って、他に貼り付け漏れがないかと、数量があってるか確認した。完成済みの内職道具が詰まった木箱を担いで立ち上がる。


納期は明日だけど、早めに報酬もらえるに越したことはないや。これで今週の晩飯が豪華になるか質素になるか決まるからな。


ギルドに向かうためにウィウィと一緒に外を出ると、最初の約束どおり人攫い対策に律儀にとアノネとフェルムがついてきたくれた。


「勇者殿がギルドの方に戻っているかもしれませんからついでですぞ。ついていくのはついでです、ついで!」

「アノネちゃんツンデレかよ~~~」

「むぐ……こ、言葉の意味はわかりませんが馬鹿にされている気がしますぞ!」

「してないしてない」


宿を出ると、もうだいぶ日が傾いていた。オレンジ色の夕日が、まだ商売に励んで騒がしいメインストリートを照らしている。


いやあ、危うく内職で一日宿に引き篭もってるところだったわ。あの宿安い割には、路地の中の静かなところにあって治安も良いみたいで……あれ。


少し疑問を持って、俺はついて来てくれている二人を振り返った。


なんで気がつかなかったんだろう……でも、そこまでおかしくはないか。コハクトがなんで知ってたのは気になるけど。……パンプのせいだったらいやだなあ。


「ソラ? どうしたの?」

「なんでもないぜい」

「ウィウィ、なんか持つ?」

「ん~~~~~……じゃあ、スマホ持ってて」

「はあい」


ちゃんと自分から進んでお手伝いしようとする良い子に育ってくれて、お父さん嬉しい。七日間でこんなに強い子になるなんて、俺子育ての天才なんじゃないの?


ウィウィは、自分にも役割がもらえたことが嬉しいのか、ぱあっと表情を輝かせて俺のスマホをジャージのポッケにしまっていた。結構容量あるんだな……。


なんて思っている間にギルドについた。受付のお姉さんに木箱を山積みに置いて、確認が終わるまで待ち時間でまた新たに内職(依頼)を受けるために掲示板まで歩く。昨日と変わらず、マッドジャックとか言う迷惑なアステラテロリストが隣町でテロをしたと言う記事が注意喚起として貼り付けられていた。


「あの」

「なに? アノネちゃん」

「受ける依頼、また内職にする気ですか?」

「え、うん。なんで?」

「……せ、性格に似合わず慎重すぎなんじゃ……?」

「バッカお前……俺は三番道路でポケ○ンが進化するまでレベリングするくらいの慎重派だぞ!?」

「言ってる意味はわかりませんが、炎に躊躇なく飛び込む奴の何が慎重ですか」


と、俺のテッパンネタでなぜかアノネちゃんに引かれた時、後ろでフェルムの息を飲む音が聞こえた。


振り返ると、ギルドの入り口に昨日テロがあった集落の教会跡地に駆けつけてきていた騎士団の団長がいた。すれ違ったくらいほんの少ししか顔を合わせず全然話さなかったけど、「筋肉がすごい凛々しい美人の女の人」と言う印象が強烈に残っていたおかげですぐに思い出せた。


フェルムが驚いた理由はすぐに分かった。その団長が、まっすぐ俺たちの方へズンズンと向かってきていたからだ。


「犬人族のあいつはどこでしょうか」


唐突に、とりあえずと言った感じでアノネに話しかけた女団長。言葉があまりに足りず、少しの間なんのことを言っているのか分からなかった。やがて「犬人族」がパンプのことを指しているのだと分かって、アノネちゃんが「ああ」とうなずいた。


「パンプのことですか? あの若造は地に足がついていない感じでして。いつも暇な時は一人でふらふらと歩いているので今は共にいませんな」


女団長が小さく唇を噛んだ。明らかに焦っているといった様子だった。フェルムが、恐る恐る「なにかあったんですか」と問うと、逡巡してからすぐにその迷いを断ち切るようにブンっと腕を振った。


「昨夜、隣町のキューオーで爆破テロがありました。つい先ほどまで行われていた街の捜査の結果、そのテロから逃げ延びた住民からテロ実行犯の確実な目撃情報が浮上。特徴は緑のローブを纏った犬の獣人。さらに勇者様――そして貴方がたの仲間であるパンプ氏は、爆弾使いだと聞きいています。特徴、犯行手口、共に爆弾魔マッドジャックと一致と判断。今すぐその身柄を拘束、連行するよう騎士団本部から逮捕状が出ました」


一気に捲し立てられたその言葉が終えるまでには、騒がしかったギルドの待合室は静まり返っていた。視線が女団長一点に集まっている。アノネも、フェルムも目を見開いて今突きつけられた情報を整理するために茫然と時間を消費している。


いや……パンプが多分爆破テロの犯人だってのは、とっくになんとなく分かってた(・・・・・)けど。そこまで驚かなくてもいいじゃん……俺的にあの人怖いから大人しく捕まってくれるなら泣いて喜ぶよ?


「ち、ちち、ちょっと、ちょっと待ってください!」


茫然としていたフェルムが、いち早く復活して大慌てで団長に詰め寄った。


「い、『つい先ほどまで行われていた()の捜査』? 騎士団は集落(・・)の方の捜査をしていたんじゃないんですか!? コハクト様を呼び出したのでは……!?」

「呼び出し……? いや、そんな命令は部下にも出していないはずです」


女団長が首を振り、フェルムが青ざめているのを見て、何が言いたいのか分かった。


コハクトは、騎士団からの呼び出しに応じて集落に向かった。問題はその呼び出したパンプからの伝言だと言うことだ。あいつが、もし騎士団の名を騙ってありもしない伝言をコハクトに伝えたとしたら。


俺は身を持って知っている。パンプは狡猾だ。仲間にも猫を被っているようなやつだ。コハクトという最強の身だとしても、その身を危うくするような罠を仕掛け、集落へ誘い込んだとしたら。昨日の集落での騒動だって、もしかしたらパンプのせいだったかもしれない。


「こ、コハクト、やべえじゃん! 早く俺らも集落に――」


口に出して違和感に気がついた。フェルムが、アノネが、不審な顔をしてこちらを見ていた。


「~~? ~~~~~!?」


パクパクとフェルムが口を開閉させた。動揺していた時のものとは違い、きちんと声は出ているのに、俺はフェルムが何を言っているのか理解できなくなっていた。


聴覚を研ぎすました。静まり返っていたギルド内にざわつきが戻ってきてはいたが、その一つ一つの些細な言葉すら何を言っているのか分からない。聞こえていないわけではない。日本語ではないから、それだけだ。


なあ、スマホ。おい。返事しないならグー○ルって呼ぶぞ。


異世界に来て俺の心を支えてくれていた相棒に脳内で呼びかける。いつもの電子音声が返ってこない。俺の言葉を翻訳し、俺にかけられる言葉を翻訳する声が聞こえない。


胸ポケットを触る。そこにはないのは分かっていた。


どこにやったか。もちろん覚えている、ウィウィに渡したよな。役割を与えられた時のあの世界一キュートな表情が目に焼き付いている。ウィウィは、どこに。俺の後ろにいたはずだ。もうダンジョン内でも危険な森の中でもないから、一緒にゆっくり歩こうと思って、背負っていなかった。


振り返る。前に向き直る。ギルド全体を見渡した。ウィウィは子供並みの背丈だったが、今のギルドの空き具合からして多勢の中に紛れてしまうほどじゃなかった。しかし、どこにも見当たらない。勝手に何処かへ行ってしまうような子じゃない。


外から聞こえてきた爆発音が、ギルド内まで衝撃を叩きつけてきた。悲鳴があがり、この場の全員が驚いて腰をかがめ、頭を庇って耳を抑えた。すぐに体勢を立て直した女団長が周囲に何か指示をした。避難の指示だったのか、冒険者や受付嬢が次々とギルドの外へ駆けていく。


アノネとフェルムが何かを叫びながら俺の腕を引いた。何を言っているのかは分からなかったが、自分たちも逃げようということを言っているのだろう。


俺はウィウィが本当にギルド内にいないことを確認してからその手に引かれて外へ転がり出た。外は日が落ちかけていたが、ギルドの斜向かいの建物が炎上しており、辺りは橙色一色に照らされていた。爆発はあの一回だけにとどまらず、断続的に街のどこかで腹の底に響く衝撃がここまで聞こえてくる。


「……あっちか」


無数に伸びる街道の一つに目をつけた。いまだ四方八方から爆発は聞こえてくるが、不自然にある一つの道沿いだけ、足跡を残すように数メートル間隔で既に爆発の痕跡が残っている。


ウィウィを攫ったのはパンプだ。


俺たちの目を盗んで、ギルドからウィウィを連れ出し、逃走のついでに逃げる道沿いを爆破してんだろ。わかりやすく俺たち――俺を誘い出そうとしている。


集落の方かよ。ウィウィも、コハクトも、俺までも、アイツどうする気だ。


俺が走り出すと、アノネが慌てたようすで何事か叫んだ。フェルムが俺を追って駆け出し、背負っている大荷物の中身がガチャガチャと擦れ合う音が背後から聞こえてくる。


燃え盛る炎の横をすれすれを通りすぎ、耳と尻尾がチリチリと燃えた。また忘れていたことを思い出した。


俺は最弱種()だ。クソ雑魚ステータスは伊達じゃない。


戦ってはいけない。考えなくちゃあならない。





【本田 昊】

激おこウルフ系男子高校生。

ゾーン入りました。


【ウィウィ・ウルフィア】

狼少女。スマホを持ったまま消えた。


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