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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
一章:狼の心得
28/94

28.ショッピングフール

 



 雨が地面に打ち付ける音が遠ざかったり近づいたりして、鬱陶しい。


 冷たいが、もう何時間も打たれているせいでだんだんと感覚が飽和し、今ではほとんど何も感じない。


 彼はぼうっとした頭で暗い夜の街を見渡した。爆発によって爆ぜた跡が残る地面に雨水が流れ込んでいる。半ばからなぎ倒された木々。砕け、室内が剥き出しになった民家。住民はすでに遠くへ逃げている。取り逃がした。いや、逃した。


 なんで逃した、あんなやつら。殺しておけばよかった。自分たちだけでは何もできないくせに。それなら最初から何もするな。なにもするな。


 背後から肩を叩かれ、彼は振り返る。そこには彼を軽い調子で褒めてくる仲間がいた。しかし、その声は雨の音が近すぎて、何も聞こえない。心にすら届かない。


 彼がゆっくり瞬きをした時間でようやく褒める時間が終わったらしい。仲間は街の出口の方へ指差している。雨の音が遠ざかり、最後の指示だけがきちんと聞こえた。


 ――さあ、サプリングデイの街へ




 ・ ・ ・ ・ ・




「ソラ、そのあとは!? がけのしたにおちちゃった勇者さんはどうなるの!? かいふく役の女の子とのおやくそくは!?」

「その続きは今晩の寝る前にな!」

「きになる……!」


 やはり「可愛い」と「ラノベ」は正義か。


 昨晩、レストランでの食事を終えて宿に戻ると、ウィウィが初めてのベッドの感触が気になって寝られないと言ってきたので、俺が元の世界からバッグに入れたままだったラノベを絵本よろしく読み聞かせた。


 ウィウィは初めて聞く物語にハマったらしく、だいぶ夜遅くまで読み聞かせられてしまった。まあ、ラノベの文ウィウィのわからない単語だらけだったから、比例して補足説明だらけになって、結局進んだのは最初の十ページだけだけど。


 このまま読み聞かせて大丈夫かな、これ。ラストがメインメンバーほぼ全滅とかいう鬱系のラノベなんだけど。不味そうだったら、この俺がいい感じに創作して教育のいいように軌道修正するしかない。


 俺がウィウィに縋り付かれながら作業(・・)をしていると、部屋の扉が外から叩かれた。銀貨一枚で泊まれる安い宿だけあって防音性能は皆無で、誰かが廊下を歩いてくる足音は聞こえていた。客が来た時の応対をお願いしていたウィウィが駆け寄り、開ける前にもう一度扉が叩かれ、振動でパラパラと壁の砂が落ちた。


「ソラ、いるか?」

「ウィウィもいるよ!」

「あ、すまん。忘れていたわけじゃないぞ」


 客は昨夜ぶりのコハクトだった。ぷんっと胸を張って自己主張するウィウィに頭を下げて部屋へ入ってくる。昨日のような鎧は装備しておらず、イケメンが際立つラフな格好をしてる。肩からはショルダーバッグを下げている。そういえば昨日、ダンジョン探索が終わって間もないため、今日は休みにすると言っていた。オフの格好というやつだろう。


 似合ってるのが腹たつ~


「おー、コハクトじゃん。はよー」

「おは……何してるんだ?」


 コハクトは部屋に入ってきて数歩で足を止めた。俺を――ベッドに腰掛けてひたすらに小さなボトルにラベルを貼り付けている俺を見て顔を引きつらせている。


「何って、依頼よ依頼。昨日受けた依頼が残ってるから~~~」

「依頼って金ランクの依頼だけじゃなかったのか?」

「あれはウィウィの依頼だからな!」


 金ランクの依頼しか受けてないなんて、そんなわけなかろう。


 俺自身が昨日選んで受けた依頼は銅ランクの依頼を三件だ。小さな円形テーブルの上に置いておいたその依頼状を見つけたコハクトがそれを覗き込む。


「銅ランクの依頼……回復薬を入れるボトルのラベル貼り五百個、サプリくんシール切り分け八百枚、タグに店名ハンコ押し千枚……全部内職だな」

「最弱種は弁えるぜ」

「なぜそれをベネノスネーク討伐の時にしなかった」


 地味だと思うだろ。意外と大変なんだぜ。


 銅ランクという駆け出し冒険者は、狼族ではないにしろ弱い者がほとんどだ。推奨される依頼はもちろん簡単なものだ。今俺が受けている内職系、薬草採集がほとんどで、難易度が上がったとしても猪や弱いモンスターを狩るだとかがせいぜいだ。報酬も安い。ので、俺は大量に三つも受けている。


「俺のことはいいんよ。コハクトはなんか用があって来たのかー?」


 俺はすでに百個目を超えたボトルにベッとラベルを貼り付けながらコハクトを見た。ぼーっと俺の手元を見ている。


「コハクト?」

「ん? ああ、すまん。寝不足でな。昨日も言ったが、オレたちは今日は休みだ。せっかくだからお前らと街を回ろうかとも思ったんだが……」

「俺! 仕事してっから! 貧乏人は働くぜい」

「ウィウィも手伝ってるから!」


 俺とウィウィはビシッと部屋の隅に積まれた内職道具を指した。量が多い上に期限が近いもんでね。


 どうしてこの異世界大好きマンがひょいひょい外に出て行かないかというと、その理由は簡単。出て行ったら破産する。まるで某コンパスの店やアニメ系の店に行った時のように記憶が飛んで、気がついた時にはおそらく無一文になっている。それをするのは収入が安定してからだ。だから仕事をする。しなければ好きなものは買えない。


「なあ、外でアノネたちが待ってるんだ。ウィウィだけでも行かないか? 初めての報酬で服を買うのもいいと思うぞ!」

「ふく?」

「あ、いいじゃん。ウィウィ行ってこいよ」


 コハクトの誘いにラベルを俺に渡すお手伝いをしていたウィウィが首を傾げる。たしかに、そういえば、ウィウィの服はまだ俺が上げた赤ジャージ(上)のみだ。せっかくダンジョンを出られたんだからちゃんとした服を買ってもいいだろう。


 俺の制服だってこの世界じゃあ目立つだろう。俺は典型的な長い物には巻かれろ主義の目立ちたくながりな日本人だから困る。というか制服以前に血塗れなんだったわ。


 コハクトの誘いは結構魅力的なようだ。ウィウィは「うー」とか「えー」とか言いながらも尻尾がパタパタと動いている。多分俺がついてこないから迷ってるだけだろう。俺は枕元に置いてあるバッグに手を伸ばし、その中の財布から銀貨を数枚取り出してウィウィに握らせた。え、とウィウィは俺を見上げる。


「これ、お小遣いな。服でもなんでもかって来いや。アノネちゃんに服とか選んでもらいな!」

「……ウィウィ、ふくはこれあるからいい」

「え゛」


 ウィウィはジャージを引っ張った。


 いや、上目遣いで大変可愛い仕草なんですけども。いいんですか、俺のジャージで。多分汗とか染み込んでますよ、ウィウィさん!


 ……という言葉をかける前に、ウィウィはニコッと笑った。


「だから、ふくじゃなくて『めろーんぱん』あるか見てくるっ!」

「クソ可愛いか~~~!? 見てこ~~~い!」

「テンション」


 ダンジョン出てからの夢だったもんな~~~~! もうあったら好きなだけ買って来い。なかったら俺が気合で作る。


 ウィウィはぎゅっと銀貨を握りしめ、凛々しい顔で部屋を出て行った。俺は涙を流しながらハンカチを振って見送った。パタンと行儀よく扉が閉められる。


 いやあ、可愛い子には旅をさせよとはよく言ったものですわ。意味はよく知らないけども。


「…………」

「…………」

「……あれ?」

「ん?」


 俺はふと横を見た。コハクトがいる。




 ・ ・ ・ ・ ・




「パンプいない!? やったーーー!」

「す、すごい喜ぶね……?」


 宿の外に出てアノネとフェルムと合流したウィウィ。すぐにパンプの姿がないことに気がつき、休みにもかかわらず依頼に行ったという話を聞くと飛び上がって喜んだ。


「ではさっそく行きましょうか! 案内ならばこの博識なワタシに任せてください!」

「あれ……コハクトは? 行かないの?」

「コハクト様はあまり外を出歩くのが好きじゃないから……それに、ソラにも話があるそうだよ」

「へー」


 ウィウィは軽く相槌を打ちながらも、いいなあと小さく頬を膨らませた。本当はソラと一緒に出かけたかったが、仕事があるなら仕方がない。ウィウィは気を取り直して歩き出したアノネとフェルムの後について行った。


「まずはどこに行きましょうか? 二人は行きたいところとかあります?」

「あー、ボクダンジョンで消費した食料とか買い足したいかな。あと薬屋も」


 ウィウィの目的は決まっている。ソラに食べさせてもらっためろーんぱんなるものとの再会を果たすのだ。


「ウィウィはねー、めろーんぱんやさん行きたい」

「め、めろーんぱん屋? めろーんぱん……パン?」

「聞いたことないですぞ。まあ、パンならとりあえずベーカリーに行きますか! さあ、ワタシに続くのです!」


 アノネは意気揚々とサプリングデイの街のメインストリートを先導する。


 ウィウィは物珍しそうにあたりを見回す。祭りでもないのに大量の人でごった返すメインストリート。狼の大きな耳のが無い人間、肌に魚のような鱗が浮き出た者、ウサギの耳が生えた者。建物も高く、木ではなく石のような物でできた建物。通り沿いに並ぶ店や出店に並ぶ商品は大体全て見たことがない。同族にしか会った経験がなく、村の外の世界を知らなかったウィウィには全てが新鮮な光景だった。


 ウィウィは、たくさんの“はじめて”が溢れる世界に気圧され、はぐれないようにアノネが腰に下げるバックルの紐と、フェルムの鞭を下げるベルトをギュッと掴んだ。


 しばらく歩いて、最初に着いたのは最寄りだった薬屋だ。店内に入るなり、フェルムが手慣れた手つきで消費した分の傷薬や解毒剤などを手にとっていく。ウィウィはソラにもらった回復薬があるので特に要はない。薬屋特有のつんとした匂いを興味深げに嗅ぎながらフェルムにトコトコとついてく。


「フェルム、長いですよ~。置いて行きますぞ~」

「ちょ、ちょっと待って、ほんとにすぐだから……」


 フェルムは一通り目当ての薬を取ったにもかかわらず、まだ会計に向かおうとしない。ある棚の前で顎に手を当てて唸っている。ウィウィはその棚にある薬のラベルを眺めるが、読める字が一つもないので早々に諦めた。アノネはつまらなそうに店の出口の扉に寄りかかって待っている。


「ソラに言われたんだよなあ……でも無駄遣いなような……いやでもテイマーでそれって破滅的だし……」

「ソラになんて言われたの?」

「えっ、えあ、えっと……あはは。い、いや別に……『お前運悪いなー』みたいなことを言われただけだよ。それの対策しなくちゃと思って……」


 ウィウィに独り言を聞かれたのをビクッと肩を震わせて驚いたフェルムは、恥ずかしそうに笑ってはぐらかした。すぐにまた棚に視線を戻した。数秒悩んでから決心したように目を吊り上げると、棚の中に並ぶ小さなビンをガラッと全て腕の中にとった。勢いが良すぎて一瓶がその腕の中から飛び出る。


「こ、これ全部ください!」


 大量の小瓶をレジに叩きつけたフェルムは、店主が目を白黒させているのをよそにいそいそと財布を取り出している。


 ウィウィはフェルムが取り落とした一本の小瓶を拾い上げた。ラベルを見るも、やはり何が書かれているのかわからない。少し悩んだ後、ウィウィは銀貨をポケットから一枚取り出した。フェルムと店主がせっせと会計作業をしているレジの横に銀貨をちょこんとおき、代わりに小瓶をポケットに入れた。


「フェールームー! ウィウィとワタシだけで行っちゃいますよ~~~」

「終わった! 終わったから待って……!」


 ウィウィはグイッとアノネに手を引かれて店の外に連れ出される。フェルムも大慌てで、店主に小瓶を詰めてもらった皮袋を背負って出てきた。


 アノネは「ようやくワタシの番です!」と意気込み、ビシッと薬屋の向かいの店を指さした。


「さあ、次はあそこでサプリングデイの街の名物、『サプリくんクッキーパフェ』を食すのです!!」

「ぱふぇ?」

「え、か、買い足しは!?」

「は~、全く。フェルムは“休み”の意味がわかってないのですねえ。買い足しは“仕事”。今のはフェルムの私的(・・)な買い物も入っていたようですし? 今度はワタシが私的な買い物をさせてもらいますぞ!」


 つんっと魔女帽子のツバを弾いたアノネは、さらにフェルムの手を引いて向かいの店――スイーツ専門店へ入った。


 今度は薬の匂いとは一変。甘い甘い匂いが鼻腔に押し寄せ、ウィウィは目を輝かせて尻尾をふった。店内は明るく、ずらっと並べられたテーブルはリボンや星のオブジェなどでとにかくキラキラと飾り付けられている。しかし、ウィウィはそんなものには目がいかない。ウィウィの視線の先にあるのはただ一つ。とてつもなく甘いく美味しそうな匂いを放つパフェなるもののみだ。


「あれ食べるッ!」

「さあ注文しますよ! フェルムも並んでください!」

「ボク、生クリーム苦手なんだけ」

「さあさあさあさあ!」


 バシバシとフェルムの背中を押して、アノネはウィウィとフェルムをテーブルに座らせた。レストランとは違い、生き生きとした表情でアノネが店員に注文すると、すぐに愛想を振りまく店員が特大のパフェを運んできた。


 昨晩のカレーで痛い目にあったウィウィは、すっかり甘党になっていた。ちなみにウィウィはすぐにカレーと牛乳に慣れ美味しさを見出し、その後すぐに完食した。


 スプーンを構え、パクパクと生クリームとクッキーを口に運んでいく。クッキーは何かキャラクターのような形をしていた気がするが、ウィウィはそんなことよりも味を楽しむことにしか眼中になく、記憶にない。


「あの、ウィウィ。そういえば、なんとなく気になってたんだけど……」

「んぐ……なにー?」


 そうしてウィウィが頬に手を当てて甘味を味わっていると、生クリームを避けてクッキーだけをパフェの中から発掘しているフェルムが口を開いた。


「ウィウィとソラって兄弟? 髪の色とか似てないなーって思って……」

「たしかに。兄弟だったらとんでもないブラコンですね~」

「きょーだい?」


 ウィウィは首を傾げる。確かに、ウィウィとソラは同族で、ずっと共に行動している。しかし、兄弟なんて物じゃない。相棒だ。


「ちがうよ、きょーだいじゃないよ?」

「あれ、そうなんですか? じゃあ、いとことか?」

「ううん」

「え……? じ、じゃあ、まさかとは思うけど、親子とか……?」

「ううん」

「……む、村で仲良くしてたご近所さんとか?」

「ううん」

「……お、同じ村の出身じゃないの?」

「ちがうよー?」


 アノネとフェルムは同じタイミングで顔を合わせた。両者とも顔色が悪い。


「じ……じゃあ、なんなんですか、ソラって!? どっから出てきたんです!?」

「まさか、ウィウィを誘拐なんて……あ、あはは。そんなわけ」

「いやでも、あの『かわいいー!』とか言ってる人ですよ。ぜんぜんロリコンでも違和感ないです」

「でも、それだけだと狼族なのにソラ一人でダンジョンの最下層にいた理由が……」

「でもソラは反射のスキルを持ってますし、うまく立ち回れば……」

「いやいや、狼族にそんな知能はないって言ったのアノネじゃ」


 アノネとフェルムが額を突き合わせて、ぶつぶつとウィウィにはわからない話をしている。それでもソラの立場が危ぶまれていることは分かったので、頬を膨らませて二人のバックルとベルトを引っ張った。


「んー!」

「むぐっ!?」

「イタタタタタッ! 金具が、金具が腰に刺さってる!」

「ソラはわるいヤツじゃないもん!」


 フェルムが涙目になって叫んだのですぐにやめたが、ウィウィは尻尾を膨らませて、スプーンを握りしめて怒る。ソラはウィウィを助けてくれたのだ。そりゃああれだけ血塗れで一目で殺人鬼と見間違えたくらいだったが、自分の血だと匂いで判明している。それはそれで問題かもしれないが、ソラがウィウィに害を加えたことはない。


「きのう、みんなのためにいろいろ考えてたし! 悪いヤツじゃないもん!」


 昨日の出来事を思い出す。背負っていたウィウィを下ろした後、ソラは一目散に目的へ向かって走っていってしまった。炎へ飛び込んだ時、ウィウィは驚いて気絶してフェルムのバッグの中に入れられていたらしい。その後の詳しいことは知らなかったものの、危ないことをしたらしいのは聞いている。


「あ、ああ。炎に飛び込んだヤツですか。あれは本当に肝が冷えましたよ。ついでにびっくりして吐きました」

「ボクは心臓止まったよ」

「生きてます?」


 昨日のことを思い出したらしい。下がトランクス一枚で炎に向かって駆けていく背中を思い描いて笑っている。


「まーまー、いくら正義感があるからと言って炎に飛び込むなんておかしいですけど。確かにあんな行動するような人間が――あ、狼族でしたっけ――が悪い奴には思いませんね」

「でしょ!!」

「う、うん……黒髪だけど、魔王とは思えないよね」

「でしょ! ウィウィのあいぼうだもん!!」

「そうですよね~」


 三人は、スプーンを動かすのをやめてひとときの間ニコニコと笑い合った。そして、一口、二口、三口とパフェを口に運び、ふうと息をついたウィウィは、カタンとスプーンをテーブルに置いた。


「ソラがまおー(・・・)ってどういうことーーーーーッ!?」




 ・ ・ ・ ・ ・




 ソラたちが泊まる安宿の一室。


「イダイイダイいたぁいッ! こ、こは、コハクト、ちょー痛い……!」

「じっとしてろ」

「んぐおぁーーーー!」


 ベッドの上で、ほぼ裸に剥かれたソラがコハクトに組み伏せられているという異様な光景が繰り広げられている。もしこの部屋に誰かが間違って踏み入ろうものなら盛大な勘違いの後、明日の――いや、午後の号外の一面は『大陸の希望の勇者、強姦に走る』などという絶望の見出しを飾るだろう。


 しかし、コハクトはそんなこと気にせずソラの頭、目、背中、腹、など他にもソラの体隅々を調べていく。調べると言っても見るだけでなく、引っ掻いたり軽く叩いたり関節をねじ曲げてみたりという力技の“調べる”だったため、やられる側のソラは溜まったものではない。安宿の壁から声が隣室へ貫通しないようにベッドシーツに頭を埋めて絶叫する。


「染めてないな。この黒髪は地毛か。紋章は……ないな。ツノも、ない。ネームタグを見る限り種族や魔力、称号に偽りもない」

「これなんてゴーモン!? なんてプレイ!? 確実に羞恥プレイ入ってるけど!」

「お前が昨晩見せたスマホとやらが映したステータスと偽造できないネームタグの記載に特に違いはないな……」

「無視ぃぃいいッ!!」


 そうして数十分間同じようなことが続いた後、ソラはようやくコハクトから解放された。ベットシーツを体に巻き付け、コハクトに剥がされた制服を手繰り寄せ、「穢された~」とシクシク呟きながらシャツとズボンをのろのろと着ている。


「コハクトの嘘つき! エロ同人みたいなことしないって言ったのによォ! 俺は悲しいぞ!」

「だからなんだエロドウジンって!?」


 ベッドから立ち上がったコハクトは、大きくため息をついた。


「なんだよ~。俺が変な誘拐犯だとか魔王だとかだと疑ったのかよ~~~」

「まあ……端的に言うと、そうだ」

「ひっっっっっっっでえ」

「……オレは、お前を魔王だと思っていた」

「……ア、マジメに?」


 ソラは冗談で言っていたらしい。コハクトの真面目なトーンを感じ取ってそれが本心だと言うことをやっと悟ったらしく、シャツのボタンを閉める手を止めた。


 ダンジョンの中に魔王が逃げ込んだと言う目撃証言は、絶対に信頼できるものだった。コハクトは、それを信じて魔王を追ってダンジョンに潜って、フェルムの低レベルを無視してまで突っ走った。それで、そのダンジョンの底で見つけたソラたちが、どうしても偶然遭遇した無関係の存在だとは思えなかった。


 魔王。もしくは最弱種であれどもその側近、子飼いかもしれないと言う可能性をぬぐいきれなかった。


 食事の時、ソラの目を盗んでウィウィに話を聞いた。彼女のおぼつかない記憶での根拠だが、ダンジョンの最下層の扉――ウィウィの村への入り口が塞がった時期は、わずかに魔王がダンジョンへ逃げ込んだ目撃情報よりも前だったことが判明したため、尚更。


 ウィウィのポケットから扉のパーツであるペンダントを拝借し、夜のうちに一人でサルギナダンジョンの最下層に走り、本当に最下層の扉の先を確認しに行った。扉を開いた先は、確かに土砂崩れで岩と土で固められていた。コハクトの力なら土砂崩れを破壊して貫通させることもできたかもしれないが、そんな気分になれず、引き返した。ペンダントは夜が開ける前に宿のソラたちの部屋に忍び込んで、ウィウィのポケットに戻しておいた。


 そして、最終的に魔王は、ソラかウィウィしかいなくなる。


 ウィウィは違う。髪が魔王と同じ黒髪ではなかった。魔法やスキルを使った形跡はなかった。


 魔王の特徴に、全ての言語を理解できるスキルか何かを持っていると言うものがあった。だから、ソラの言語を翻訳できる魔道具のスマホを見た時、さらにコハクトの中で魔王候補はソラのみに絞られた。


 だから、こうして今、魔王の証拠を掴めればと願い、調べたのに。


 ――何も出なかった。


 コハクトはベッドの縁に座り、両手を組んで硬く握った。汗が流れ、寝不足の目を覆う睫毛に触れた。目を固く瞑る。何も考えられなくなっていた。


 ぽんっと肩に手を置かれ、ハッとして振り返った。


「お前な~。ちょっと言うことあんだろ~が! 一人で落ち込んでんじゃね~~~!」


 思わず刀のツカに手がかかっていたが、それが制服を全て着終わったソラだとわかると手を離した。ソラは狼の耳を立てて、尻尾を膨らませて、カチンと来た表情をしている。


「言うこと……? なんだ?」

「この脳筋~~~! 俺の内職中断して! 俺の服脱がして! エロ同人みたいなことしました! はいっ、お前が言うべきことはなんですか!」


 ビシッと何か角度をつけた握り拳を口元に向けられた。数秒考えてようやくソラが求めている言葉がわかったコハクトは、喉からその言葉を絞り出した。


「……ああ……疑って、すまない。本当に……」

「許すけどな!!」

「軽い」


 謝罪を聞けて満足したのか、ソラはケロッとして尻尾の膨らみを萎ませて、ベッド横に放り出されていたボトルを手に取った。


「お……怒ってないのか?」

「もう怒った!」

「怒っ()!? 過去形!?」


 コハクトはあまりにもあっさりと許しを叩きつけられ、信じられないと言う目をソラに向けた。すでに彼はもくもくと内職に戻っている。勇者への怒りよりも生活費を稼ぐ方が大切だと言うのか。


 コハクトはしばらく呆れた顔で彼を見ていたが、やがて心の方にも本当に彼に向けた申し訳なさが遅れて滲んできた。


 コハクトは「お詫びにオレも手伝う」と言って、ボトルとラベルを手に取った。





【本田 (ソラ)

魔王に疑われる最弱種()

コハクトに剥かれた(語弊)けどノリノリで許した。


【ウィウィ・ウルフィア】

メロンパンにつられて外に連れ出された狼少女。

ソラ大ピンチ。


【コハクト・グリフィン】

いろいろアウトなことをサラッとやる系勇者。

でも、ゲームとかの勇者も人ん家のタンスとか開けてるし大丈夫だよね


【アノネ・キルト】

魔法使いの乙女。

甘いもの好き。マイブームはサプリくんスイーツシリーズ。


【フェルム・アナプルナ】

荷物持ちテイマー。

買い出しができなくてソワソワしている。


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