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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
一章:狼の心得
22/94

22.ふわふわ参入

 



 俺はウィウィに向かってニヤケながら、内心でものすごく安心していた。


 あっっっぶねぇ! 賭けに大勝ちしたわ。もう多分今後絶対宝くじ絶対当たらん。


 俺が何でもかんでもスマホで検索する現代っ子で助かった。


 スマホの鑑定を覚えた頃、馬鹿の一つ覚えのように単語を辞書引きしていたのが幸いした。その際にふと見かけた「従魔術は人間や獣人には効かないが、例外的に狼族全般は獣人であろうと従魔術がかかる」という記述を思い出すことができてよかった。


 フェルムがテイマーだって知って、その事実を思い出した時は焦った。その後さらに従魔術をかける流れになった時は冷や汗が止まらなかったが、俺は自分のステータスに書かれたあの揺るぎない事実を思い出してある希望を見出した。


 俺の種族は“ウェアウルフ”だが“人間”でもある。ステータス(・・・・・)の最初にそう明言されている。しかしウィウィは“レッサーウェアウルフ”としか書いておらず人間要素は一切ない。スマホに聞いても、種族を二つ持っているパターンはそうないらしい。


 それならば、“人間”という部分が優先的に従魔術の「人間には効かない」と言う部分に引っかからないだろうか? という希望。もちろん逆の可能性もあったし、スマホに聞いても【前例がありません】とのことで、俺が従魔術において人間かウェアウルフか、どちらに判定されるのかは……


 うん、マジに賭けだった。だがどうだ、俺は縄に縛られながらも自分の意思で立ってるぞ! 俺は勝った! 結果が良ければいいんだよ!!


 ……まあ、俺が操られた時はスマホにウィウィに逃げるように音声で警告して、勇者たちを全力で妨害しろって命令していたから、全部コレにかけてたわけじゃないが、本当によかった。


「ああ、ええと……」


 おっとおっと、そんなことを考えいてる間に勇者コハクトさんが困惑していらっしゃいますねえ!


「その……すまない、散々魔物だと決めつけて。お前たちをウェアウルフだと認めるよ」

「もういいよ気にしてねーし!」

「はやっ」


 このコハクトの萎み様は完全に墜ちたと確信した俺は満足した。もうこいつらは俺たちのことを魔物ではないと受け入たかどうかは別に、信じてくれたようだ。


「と、とにかく、もうお前たちを斬り捨てるなどと言ったりしない」

言ったり(・・・・)しないぃ?」

「ぜ、絶対に斬らない! いいな、お前らも一応もう敵意は出すな」

「え~、だってえ」

「ウェアウルフが……絶滅していなかった? あの激弱な狼族のウェアウルフがですか……!?」

「お前ら!!」


 各々信じられないと言う表情をしていたパンプとアノネは、コハクトの一喝で渋々俺たちに敵対しないということを受け入れた。


「ソラとウィウィだったな。お前たちも下手な真似はするな。そちらが攻撃でもしてくれば、対処せざるを得なくな」

「わかってるって~~~」

「軽い」


 今度こそ仮の信頼を勝ち取れたので、話し合い始めることができそうだ。


「さあ、何から聞けばいいのか……」

「あれですよ! どうしてワタシたちから逃げたんですか? やましいことがあったからじゃないですか!?」

「いやいやいやいや、アノネちゃんが魔法で攻撃してきたからじゃん!? そしたら敵だと思ってそりゃあ逃げるわ」

「アノネちゃんと呼ぶなああ!!」


 アノネは憤慨したものの、コハクトは「ああ……」と納得して額に手を当てて納得してくれたようだ。


「うちの魔道士がすまない。怖がりなんだ」

「ど、どうして勇者殿が謝るんですか! あんな化け物オーラ出してるあっちが悪――」

「ちゃんと一度謝れ」

「でも!」

「……アノネ?」

「……すみませんでした。ソラ、ウィウィ」


 おお、すげえ。コハクトは、勇者からオカンに転職したほうがいいんじゃないか。


 ……そういえば、逃げたで思い出した。いちばん不思議なことがあった。


「なあ、お前らってどうして俺らのこと追いかけてきたんだ? アノネ曰く俺らは下気弱種族なわけだろ? 追ってきてもメリットなんてないだろう?」

「そうか、それを最初に聞くべきだった」

「そうだよ教えてくれないと。そこの犬人間のパンプは俺たちのこと殺そ――」

「ああ、そうだあ」


 パンプが急に立ち上がった。俺とウィウィは揃ってビクッと肩を跳ねさせる。


「もう敵対しないってことになったんだからあ、縄は解いてあげなくちゃねえ」

「そうだな、頼むパンプ」


 コハクトは了承したが、勘弁して欲しかった。どう見ても俺たちに向けられたパンプのアルカイックスマイルが殺意に満ちているように見えてならない。


 俺の背後に回ったパンプは縄を解き始めたが、同時にコハクトたちにわからないくらいに自然に俺とウィウィの狼耳に口を近づけてきた。


「……仲間にあの時のことを言ったら殺します。縄を解いたとたんに逃げ出そうとしても殺します。今後何かボクにとって不都合なことをしても殺しますう」

「ヒェ」

「返事はあ?」

「アッハイ」


 胴体に開放感が訪れた。縄は完全に解かれて自由になった。


 でも心は余計に冷たい鎖に拘束されましたよ。ええ。それはもうガッチガチに。


 パンプは、満足げに自分の定位置へ戻って座り直した。俺とウィウィは開放感を味わう余裕なく寒くもないのに自分を抱くように二の腕をさすって斜め下を見る。


「ど、どうした? 寒いのか?」

「心が……心が凍りついて」

「だいじょおぶだよねえ。……ね?」

「大丈夫ですッ!」


 おそらくパンプには今後逆らえない。そう確信した。


「そうか? じゃあ、話は戻るが……」

「あ、そうそう。何で俺たちを追ってきたのか」


 もうパンプの方は見ないことにして、コハクトの話に集中することにした。


 コハクトたちは、最下層のあの大扉の部屋に到達したがその先に進むことができなかった。どうしても扉の先に行きたかった彼らは、その原因をしている内に彼らも扉のパーツがかけていることに気がついた。そのパーツを持ち去ったのが俺たちだと思ったらしい。


 まあ、それはビンゴだったわけで。それが彼らが俺たちを追ってきた理由。


 なので、俺たちも情報提供をした。扉のパーツは持ち去ったつもりはなくウィウィの家の家宝的なものだったこと。あの扉の先に元はウェアウルフの村につながっていること。あと念のためにもう一度、殺さないでくださいと言っておいた。


「扉の先に狼の村!? 最終ルームではなくか!?」

「らしいぞ。なあウィウィ」

「う、うん」


 コハクトが一番驚いていたのはそのことだった。スマホの言っていた通り、普通のダンジョンの最下層から先は最後のルームにつながっているものだという常識があるようだ。


「では……お前たちはその村から来たわけか」

「ん……? うん、まあ、いいか」


 自分が異世界転移者という説明が面倒だったので流した。そういうね、醍醐味はあとででいいだろう。


 コハクトは少し考えて、俺とウィウィをもう一度見つめ返した。


「では、ダンジョンの出口からその村に、魔王が出てこなかったか?」

「魔王! …………魔王? 何で?」


 やっぱりこの世界にも魔王がいるのか! とテンションが上がりかけた俺だったが、すぐに冷静になった。魔王がどうしてウィウィの村に行くということになるのか不思議だったからだ。


「俺たちがここにいる理由は、魔王がこのダンジョンに潜るところを目撃されたからなんだ。その討伐のために大扉の先に行きたかったため、お前たちを追い回してしまったわけなんだが……」

「いやー……俺はそんなん見てないな。ウィウィは? 村で見たか?」

「う、ううん……村にいた時ウィウィが入るまで、どうくつ――ダンジョン? のとびらが開いたところ、見たことないから」

「だってさ」


 魔王なんて見たら俺なら真っ先に握手求めてるわ。逆に会えなくて残念だ。残念なのはコハクトも同じようで、俺たちにかけていた望みが消えてしまって落ち込んでいる。


「魔王……いったいどこへ行ったんだ」

「勇者も大変だなあ、こんな危ないダンジョン深くまで……き、て……」


 そこまで言って俺は気がついた。


 こいつら、ダンジョンを地上から最下層まで行ったんだよな。俺みたいな無敵スキルも持ってるわけじゃないんだよな。ここってスマホによると未踏派の難関ダンジョンだったはずだよな。


「あの、つかぬことを聞きますが……コハクトサン。このダンジョン、最下層までどれくらいかかりました?」

「む、そうだな……魔王の捜索が目的だったので全てのフロアーの通路とルームを漏れなく見つつ。魔物も全て倒して下がって行ったから……」

「一週間かかっていないくらいじゃないですか? ボクの荷物にある食料もそのくらいしか減ってないですし」

「イッシュウカンッ!?」


 漏れなくフロアー探索してその短時間。俺たちは幸運にも何度も階段を見つけたり、魔物から逃げたりして、この四十五階層までくるのに一週間弱かかったというのに。


 間違いないこいつら強いぞ。全員かどうかはともかく、さらっとこんなことを言える勇者のコハクトは絶対に実力がある。敵に回したら絶対に先ほどのように命の危険にさらされる。これは本当に友好関係を築く必要があるな。


 勇者は魔王の行方がわからなくなったことで今後の方針が狂ってしまったらしい。仲間たちどどうするか少し話し合っていたかと思うと、また俺たちの方を向いた。


「なあ、お前らは今後どうするつもりなんだ?」

「どうするって、当然バッチリ生きたまま地上に出るつもりだけど」

「でも、ソラたちは故郷を焼かれて仕方なくダンジョンに来たんですよね? 地上に出て行く宛ても何もないと思うのですが?」

「何とかなるさ!」 

「……本当に軽いな」


 だって俺の読んだラノベだとそんな感じだったんだもの。だなも。


 地上で換金できればと、少しだが魔物の部位とかで高そうなものはバッグに詰めてきていたし、金銭面では心配ないようにはしてきたつもりだ。しかし、そんなことが問題なのではないというように、アノネが肩を竦めた。


「それにあなたたちはウェアウルフなのですよね? 絶滅したと広まっているとはいえ、鑑定すれば真偽はわかりますし、きっと街を歩いたら秒で攫われる(・・・・)に決まってるじゃないですか」

「……エ、さらわ……?」


 あたかも常識だろ、と言った感じでアノネは言う。異世界人の俺は言わずもがな、ウィウィも世情から隔絶されたところに住んでいたため、彼らの普通の常識なんて知らない。ポカンとしていると、それを察してくれたコハクトが親切に教えてくれた。


「かなり恐れられてることなんだがな、この大陸では“人攫い”が出るんだよ」

「ひとさらい……」


 その単語から大体のことを想像できたが、のちに聞いたコハクトの説明はその想像を超えた。


 実態はいまだに分かっていないらしいが、ここ何十年も大陸全体で起きている人の失踪は大衆を脅かしているそうだ。女子供どころか、亜人老人問わず消えてしまうらしい。明確な目的がわからないが、おそらく人身売買のための組織が存在しているだろうということになっているが、全くもってそれを検挙するに至っていないらしい。


 その理由が、一切攫われる現場を目撃されないと言うのがいちばん大きな一因だと言う。ある日、真昼に人通りの多い通りへ買い物に行った娘がそれきり帰ってこなかった、など噂はいろいろだ。


 その説明は。元の世界で言う子供を怖がらせるための都市伝説のように聞こえた。しかし確実に実在するらしい。


「だから、『絶滅したはずのウェアウルフ』なんて、攫い甲斐のあるあなた達は外に出た瞬間消えますよ。きっと人体実験や見世物小屋に送られるに決まってますぞ!」

「ひえ……」

「はうあ!?」


 本当に怖い話を聞かされた子供のように、ウィウィがアノネを怖がって俺にひっついてきた。むぎゅっと腕がウィウィに取られる。


 ねっ……この、ウィウィの体が俺の腕に……な!? 言わなくても分かれ! 俺は何も知らない!!


 発狂しそうになったのを抑えて、俺は意識を話に必死に戻す。こんなところでもんどり打つわけにはいかない。


 つまり、俺たちはウェアウルフというだけで、最弱種という純粋な危険のみならず攫われる危険にまでさらされないといけないわけか。どんだけ人生詰んでいるのか。


 そのことに気がついた途端に気分が絶頂から絶望へ落ちた。俺にはこの異世界の空すら見ることを許されないのか。


「そこで提案なんだが……」

「えぇッ!? まさか地上まで連れて行ってくれるとか!?」

「言う前から心を読むなッ!」

「え……本気ですか勇者殿!?」


 俺自身少し考えていたことだったが、コハクトの反応を見る限りビンゴらしい。


「え、本当に連れてってくれるのか? なんで?」


 メリットなんてあるとは思えない。自慢ではないがこっちはただの最弱種だ。しかし、コハクトは真剣らしい。それは独断らしく、アノネが戸惑っている。パンプはそちらに一切視線を向けていないのでわからないが。


「勘違いするな。オレも非道じゃない、みすみすこんな危険な場所に子供を見放すわけにはいかないだろ?。俺たちは一旦このダンジョンを出るからそれに着いてこないかと提案しようとしただけだ。それに、ウィウィはこのダンジョンの鍵を持っているし、それを下手な輩に取られたら問題だろ?」


 わーを。ツンデレの常套句を勇者の口から聞くとは思わなかった。


 しかし、これはいい提案だ。俺はこの世界を守るためにも死なないわけにはいかないから、このチートパーティーに便乗できれば安全も同然。韻を踏んでしまった。


「ソラ、この人たちについてくの……?」


 考え込んでいると、ずっと俺の腕にひっついていたウィウィが不安げな顔を向けてきた。可愛い顔を直視しないようにしてそちらを見る。


「それが安全だと思うけど……ウィウィはイヤか?」

「だってあのこわい人が……」


 ウィウィの言わんとしていることはわかる。よぉおおくわかる。


 パンプ怖い。ほとんど喋ってないのがすごく怖い。視界の端でニコニコしてる。


 それ以外の奴らは良いヤツの集まりっぽいから本当に心配事はアイツだけ――いや、アノネもちょっと怖いけど、悪い子ではなさそうだから余計なことしなければ大丈夫だろうか。


「今はこのダンジョンからでなくちゃだ。何かあったら絶対守ってやるから、まずはこいつらについていってみないか?」

「……ソラが言うなら、いってみる」


 ウィウィはパンプの方を一瞥して、少しためらった様子だったが、最終的には頷いてくれた。ぱっと笑顔でコハクトの方を向くと、苦笑して「じゃあ、決まりだな」と笑い返して来た。




 ・ ・ ・ ・ ・




「勇者は創造神によって作り出された聖剣が選ぶんだ。オレは貴族の四男……まあ、末っ子なんだがな。ある日、王都に呼び出されて魔王を倒すことを命じられた」

「大変だなあ」

「思うんだが、お前反応軽くないか?」

「え?」


 めっちゃ反応したつもりだったのに。ちょっとしたコミュ障出ちゃったか!?


 でも、コハクトの話はかなり興味深かった。


 やりこの世界には、かつて一つの大陸を滅したと言われる魔王がいる。それを倒す勇者が選ばれる方法は大昔から一貫して神からのお告げらしい。選ばれる基準はわかっていないようだ。


 というか、勇者を選ぶ創造神ってユーリアシュのことだよな。今度話す機会あったら基準聞いてみよ。オレもなりたい。


 で、その最終目的の魔王っていうものが少し厄介らしい。なんといっても、俺たちが知っているRPGのゲームのように魔王城の玉座にどっかり座っているわけではないのだそうだ。


 だからコハクトは勇者に選ばれてから、ずっと各国を回って魔王や災害などによる被害を受けた人の救助活動をしつつ、魔王の捜索をメインに勇者活動をしているらしい。


 さきほど自己紹介前に聞いた話の通り、このダンジョンに入ったのも魔王の捜索のためだったようだ。


 ――という話を、コハクトは熊の魔物を斬り殺しながら話してくれた。


 知ってます? このダンジョンもう中層まで上がって来たとは言え、難関ダンジョンなんですよ。そんなダンジョンに出てくる魔物を一撃で戦闘不能にしてるコハクトが怖い。


 勇者に選ばれる基準わかんないとか言ってたけど、こっちは納得してるよ。


「すごいですよね~。ワタシ達がお供している意味がなくなっちゃいますよ!」


 と、愚痴をこぼしながら横から飛びかかって来たダチョウ型の魔物を火の魔法で消し炭にするアノネ。


「まあ、勇者に選ばれた地点で創造神からの加護が与えられているからねえ。ボクらとはまず基本的な身体能力が違うんだよお」


 と、謙遜しながらローブの下から取り出したナイフを巨大ウサギの魔物の首に撫で付けて血飛沫を浴びながら絶命させるパンプ。


「あ……これ食べられる部位」


 他三人によってバラバラにちぎれ飛ぶ魔物の肉片を拾って選別していくフェルム。


「す、すごい……こわい」

「わかる」


 万が一間違って彼らの攻撃の軌道上に入って爆散したくないので、ルームの隅で縮こまって抱き合っているオレとウィウィ。


 勇者の力ってすげー! って言ってる場合じゃない。主人公補整って超怖い。


 ふうって額の汗を拭いつつ、魔物の襲撃がひと段落したコハクトがこちらを見た。


「大丈夫か? アノネの流れ弾が飛んでっていたらすまない」

「ちょっと勇者どのォ! 聞き捨てなりませんな、ワタシの魔法は一級品。周囲に迷惑をかけぬ完全エコロジーでバイオレンスな魔法です!」

「バイオレンスじゃだめだろアノネちゃん」


 アノネはふふんと鼻を鳴らして大きな杖を掲げた。しかし、その直後、ブンッと一度それを振るった瞬間に霧散して消えてしまった。やばいよ、中二病心がくすぐられる。


「それにしても、本当にそんな調子でよく最下層から生きていられたな……」

「まあなあ! このチートスキルを持った俺にかかれば女の子一人連れてダンジョン脱出も夢じゃないね!」

「……ちーとスキル? 何か特別なスキルを持ってるのか?」

「へいへい、ちょっと見せてやろうか俺の魔法(ではない)を!」


 さあ、おあつらえ向きに魔物が通路から出て来やがった!


 さっきパンプが首を刈っていたウサギ型の魔物のひとまわり小さい番だ。スマホの鑑定によると雷魔法を使う。


 ぴょんぴょんとウサギらしく跳ねてルーム中央までくると、首をヒョイっと傾げてこちらの様子を伺っている。


 オレはダンッとその目の前に立ちはだかって腰に手を当てる。


 さあ出しな! お前の雷まほ――


「いだぁい!!」

「ソラー!?」


 ウサギの回し蹴りを横っ面にくらった俺は壁際まで吹っ飛んだ。直前で後ろに飛んで回避しようと動いていたからいいものの、モロで食らってたら首の骨が折れてた。たぶん。


 ちょー痛いんだけど。心くじけそう。


「ソラ頑張れ!」


 もう何も痛くない。


 ウィウィの声援を胸に壁に手をついて立ち上がりウサギへ振り返る。ウサギはすぐそこまでひとっ飛びでこちらに飛びかかって来ているところだった。とっさに足を前に突き出してウサギの出っ歯にかかとを引っ掛けて横に流した。勢いで止まれなかったウサギは俺の横スレスレの壁に頭をぶつけた。


 カエルを潰したような声がウサギの口から出たかと思うと、一瞬で立ち上がって俺の方を睨みつけて来た。


 うわあ、可愛くねえ!


 と思ったのも束の間。ウサギの二本の耳の間に雷が迸った。予備動作の如く一瞬のうちに数回その間で落雷を繰り返してから俺の方へウサミミをこちらに突き出して来た。


 もうだんだんと精度が上がりつつあるスキルの使い道はここです奥さん!


「“反射ァッ!”」


 発動が成功した手応えとして雷が閃光のように輝いて共鳴した。雷の流れが逆流してウサギは見事に感電してビクビクと体を震わせた。魔法とは関係ないウサミミだけがフニッと俺の目に刺さる。


「目がああああ!!」

「ソラーーー!!」


 ウサギが丸焼きになって倒れ、俺も目を抑えて倒れて悶え転がった。ウィウィが駆け寄ってくる。


「ウィウィ、俺勝ったよ……」

「かった! ソラかったよ……!」

「なんですかこの茶番は」


 満身創痍の俺(目のみ)とウィウィに向けてアノネから辛辣な言葉をかけられてしまった。


「……なるほど、反射か。そういえばそんな推測をしてたな。当たってたのか」


 でもコハクトはちゃんと現実を見ることができているようだ。「なるほど」と納得してニアピンショットを放って来た。


「コハクトピタリ賞! そうだよどうよこの反射スキルよ! 全ての攻撃を跳ね返すんですよ奥さん!」

「たしかに、そんなスキルなら狼族だったとしてもここまで生き伸びてきたのは納得……ですかね?」

「さっきおもいっきりウサギの蹴り受けてたけど……」


 フェルムが何か言っているが知るものか。生きたもん勝ちだよこの世は。


「それにしても、今の戦い方はなかなか興味深かったな。危なっかしいところはあったが、きちんと弱い攻撃は避けて敵を一撃で倒せる攻撃を待つ戦法はそのスキルあってこその戦い方だな」

「えっ、コハクトめっちゃ分析するじゃん。恥ずかしっ」


 俺が編み出したノーヒットアンドプルマジック戦法をこうも簡単に見抜くとはやはり天才か。


「なんかあ、ここにいる人たちってみんな独自のプレイスタイル持ってる感じだよねえ」

「言われてみればそうですな、勇者殿は聖剣使っていませんし」

「う……またそれをいうのか。いいだろ別に」

「え、聖剣あるのか!?」


 なんと耳寄り情報。ベタもベタ、王道中の王道な聖剣が存在していらっしゃるらしい。


 コハクトの方を見ると、勇者らしくない少し苦虫を噛み潰したような渋い顔をして目を逸らした。


「そ、そりゃああるさ。でも今は使ってない」

「じゃあ、いっつも使ってるその剣は?」


 俺はコハクトの腰に提げられている白黒の剣を指した。すると、コハクトは俺から剣を隠すように体を捻った。


「こ、これは聖剣じゃない。聖剣はまだ使わない」

「おお、こだわりがあるんだな。超その剣見たい!」

「いや……聖剣は今手元にないんだ」

「いや聖剣じゃなくて。そっちの今ある方の剣……っていうか、刀だよな!? それ!!」

「え……」


 コハクトは驚いた表情をして剣を隠す手の力を抜いた。


 そう、さっきコハクトが戦っている時から気になっていたのがこの剣だ。だってどう見ても俺が元いた世界にあった日本刀(・・・)そのものなのだから。


 これはテンション上がる。


「か、刀のこと知ってるのか。アノネだって知らなかったのに……」

「ちょっと勇者どの、その言い方はひどいですぞ! たまたま! たまたま知らなかっただけです!」

「見てもいいか?」

「あ……ああ」


 コハクトはなぜか戸惑いながらも、鞘からスランと金属特有の音を立てて刀を見せてくれた。


 長く湾曲した刀身。波打つ刃紋。やはりこれは日本刀だ。白と黒に装飾されたツカだとか、ツカのうしろから結ばれて垂れている紐などもとても日本感がある。


 どうして日本刀がこの世界にあるのだろうか。たまたま全く同じものが発明されただけなのか、それとも異世界の技術がなんらかの方法でこっちの世界に伝承してきたのか。


 俺はそのどっちでもテンションが上がるけどな!


「めっッッっっちゃかっこいい……泣きそう」

「そんなにか!?」

「正直聖剣と出会うよりも嬉しいかもしれない。俺真剣初めて見たなあ。どこで手に入れたんだ?」

「家の倉庫で埃をかぶっていたところを見つけたんだ。気になって使ってみたらとても手に馴染んで、聖剣を使うまではこれを相棒するつもりだ」

「あいぼう?」


 コハクトの言葉に反応して、ずっと俺の後ろにひっついて隠れていたウィウィがひょこっと出てきた。


「ウィウィとソラもあいぼう?」

「もちろん! ダンジョンの最後の部屋で相棒になったもんな~~~」

「ふふふっ」


 ウィウィはにこーっと笑うと、コハクトの方を向いた。コハクトは戸惑いつつ「なんだ?」と首を傾げる。


「ソラのあいぼうはウィウィ!」

「ん……? そ、そうだな。お前たちのように、オレの相棒も心強いぞ」

「えへへへ。コハクトの刀もかっこいいよ」

「あ、ありがとう……?」

「狼少女よ! ワタシは! ワタシの魔法杖はどうですか! こっちもかっこいいですぞ!」


 なんだかウィウィがくぁわいい主張をしている。勇者と仲良くなるなんて才能しかない。ついでに魔法使いとも仲良くなれそうだ。平和っていいな。


 いやそれにしてもだ。本当にコハクトの刀を使った戦い方は凄かった。何度かしか剣道なんてみたことのない俺のような素人でも感動できるんだから、そりゃあすごい腕前なんだろうな。


「刀を使う勇者か~」

「あははあ。やっぱりかわってるよねえ、勇者くんってさあ」

「う……パンプ! だから、からかうなと何度も……!」


 変わってる? いや、そうは思わないけど。


 なんというか、聖剣っていう強そうな武器があるにもかかわらず自分を突き通して「こいつだけ!」と心に決めている感じがものすごく渋くていい。


「いやあ、俺めっちゃ羨ましいわ」

「羨ましい? こんな誰も使ってないような細い剣があ?」

「俺の故郷にも全く同じ刀とかあったんだけどさあ、俺くらいの年代の子供達のハートを掴む武器だったわけよ!」

「好みの問題じゃないですか。ワタシとしては勇者という身分を自覚して早く聖剣に慣れて欲しいのですが……」

「いやいや! 勇者という身分に縛られずアウトローに行くこの感じがいいじゃん! 憧れるわ~」

「ちょっと何言ってるかよくわかんないです」


 俺も男子高校生という身分に縛られず闇落ちとかしてみたい。ただの厨二病か。


 というか、ちょっと興奮してオタク特有の早口が出ちゃって恥ずかしいな。あんまり変なこと喋るとキレた勇者に切り捨てられないとも限らないし。


 ウィウィを引き寄せて恐る恐るコハクトの方を見る。しかし、コハクトは全く怒っていなかった。からかってきたパンプに怒鳴ろうとして人差し指を突き出した体勢でこちらを見たまま固まっていた。


 顔は少し目を見開いて、俺の顔を見返している。


「え? なに、どした?」

「い、いや。勇者をそういう視点で見る人間は初めて見ただけだ。でも、勇者は全く羨ましがるようなものじゃないとオレは思うぞ」

「まあ、魔王討伐なんて大変そうだしなー。それをやれてるお前がすごいってことだろうし」


 魔王の怖さなんて知らない俺が言うのもなんかおかしいかもしれないけど。


 コハクトは少し俯いてから、俺の前に差し出していた刀を引き寄せて鞘に収めた。


「ただ……刀を褒めてくれたことは礼を言う。フェルム以外この刀の価値がわからないものばかりだったからな」

「ちょっとお。それボクのこと言ってるよねえ」

「わ、ワタシは聖剣に慣れて欲しいと言っているだけで別にその刀がダメと言っているわけではないですぞ!」


 あれ、なんだ。勇者……コハクト結構いいやつじゃん。





【本田 昊】

テンション高い系男子高生。博打王。


【ウィウィ・ウルフィア】

狼少女。ソラの相棒。


【コハクト・グリフィン】

勇者。日本刀そっくりの剣が相棒。


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