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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
一章:狼の心得
21/94

21.テイム反発主義

 



 六堂(むどう) よるは地元では、名も顔も知れた人間だった。


 武術の名家の四番目の子で、学が少し体に劣るがほとんど文武両道と言って差し支えない高い能力をフルに活用し、難易度の高い学校へ難なく入学。学校には家が以前から援助をしていたのもあって、生徒会に所属した夜は校内で少しは融通が効く存在だった。


 夜が有名な理由はそのほかに二つあった。


 一つは、幾度も強盗や万引き犯、ひったくりなどの犯罪者を父直伝の武術でねじ伏せ、新聞に載るような功績を残したから。勇敢で腕っ節の強い夜を噂に聞いた者は、現代にこんなスーパー高校生がいるのかと唸る。


 もう一つは、夜の一糸乱れぬ精神を忌み嫌う者が、前述したものとは対照的な醜聞を流すからだ。


 夜はとても正義感が強い。自分がこれと信じたもの――たとえば父の武術を教わるものとしての心得や、学校の校則などに反する者を見つけると、自分の立場など全く意に介さず注意しまくる。時には言い訳しかしない男子生徒をボコボコにすることもあった。さすがに女子生徒には手を出さないが。


 しかし、夜が自分で自覚している「友達がほしい!!!」という願いに反して、友達の数が芳しくないほどには、校内の生徒からは避けられていた。つまり、夜は権力カースト上位にいながらぼっちなのである。ぼっちだ。そう、ぼっち。


「共通の話題」というものが友達作りに重要なことは知っていたが、まわりが好むような、“げえむ”や“まんが”、“ざっし”、“すまほ”は家の方針でとっくのとうに禁止されている。


 本当に友達がたくさん欲しい。夜がそう渇望し続けたのは五年ほど。


 でも、最近はもう(・・)いいかなと思うようになってきたところだった。少し前まで少年のようにワクワクした心で学校へ行くのが楽しみだったのが懐かしい。今はもうそんなものはない。


 夜は腕時計を見下ろし、時間を確認する。まだ間に合うと思うと少し急ぎ足になった。




 ・ ・ ・ ・ ・




 ウィウィはハラハラしつつ眠りから覚めたソラの言動を見守っていた。


 なんでも、彼はものすごく口が軽い。うっかりこの“ゆうしゃ”と言う存在の逆鱗に触れる言葉を溢すのではないかと思ったからだ。


 しかし、ソラはそんな言葉を一切発さず、ずっと自分のペースを保っている。急に額を地面位擦りつけて無防備に謝り出したときはどうしようかとも思ったが、そのまま首を差し出すことにならなくて一安心だ。


 勇者一行に発見されたウィウィは、一応敵意はないと言われつつも、逃げられないように縄で縛られてソラの目覚めを待っていた。時間的にはソラが目覚めるまで三十分と経たなかったはずだが、騒ぎにも気がつかずにそれはそれは気持ちよさそうに眠るソラ。そのそばで勇者一行に質問責めに遭っていたウィウィは、その時間を五時間にも六時間にも感じられる緊張を強いられた時間だった。


 勇者たちの質問は理解できない単語も多数交っていたうえ、ウィウィはそこまで言葉も上手ではなかったところに緊張を上乗せされて、ほとんど涙目で黙っていた。


 コハクトと名乗った勇者は、ウィウィのことを気遣ってくれていたようだが何しろその質問攻めの相手の中には、彼女たちを襲ってきた犬人間――パンプもいたのだ。あの時の恐ろしい形相が嘘のように優しい風に語り掛けられ、ウィウィはわけがわからなかった。


 なので、長い時を経てソラが起き上がった時は、ウィウィにはソラが神様に見えた。


「それでは、聞こう。お前たちは一体何者だ?」

「狼っつったでしょうが!!」

「……そ、それは聞いた! でも信じられるか!!」


 凛とした態度で勇者が口を開いたが、ソラのペースに突き崩されている。


「狼族と言うことは、自分たちが狼人間(ウェアウルフ)と言いたいのか? まず第一にあの最弱で名の知れた狼族があんなダンジョンの下層まで生きて潜れるか!」

「お前お話聞いてた? 俺らこのダンジョンを逆踏破するって言ったじゃんか」

「そもそもなんだ逆踏破って!?」


 これはソラとウィウィが二人きりだった時も言っていた。「普通に地上から入って下まで行くのが“踏破”なら、最下層からきた俺らが地上に出たら“逆踏破”じゃね!?」と。割とテンション高めに。ウィウィには意味はよくわからなかったが、それは頭が足りなかったわけではなく、コハクトも困惑しているようでウィウィは安心した。


 実際、ウィウィは最下層からこのダンジョンに入ったわけで、この時点で一応コハクトの言い分は突き崩されることになる。しかし、そのことを説明しても納得できないらしく、今度は魔女のアノネが「まだありますぞ!」と興奮した様子で割って入ってきた。


「なによりも! ウェアウルフがこの世界に存在しているはずがないです! だって大昔に絶滅(・・)した種族のはずですからね! 誰もが知ってる常識です!」

「ボクは知りませんでしたけど」

「ボクも知らなかったよお」

「で……でも! 事実です! 魔法学校の歴史の授業で習いましたから!」


 そうこれだ、ウィウィが質問されたことでこれが一番意味がわからなかった。だって、ウェアウルフのウィウィとその家族村人はつい先日まで村で普通に暮らしていたのだから。


 頭がこんがらがるウィウィだったが、ソラは「何言ってんの?」と言う堂々とした態度で首を傾げた。相変わらず表情はぴくりとも動いていない。


「いや、そんな歴史知らんし。ウィウィは今まで普通に暮らしてたわけだし。いなくなったと思われてたシーラカンスだってその後に発見されたりしたんだから、たまたま生き残りが居たってだけだろ! こんな可愛い子の存在を否定するなんて! いい加減にしなさい!」

「う……! 低脳なことに定評のある狼を名乗っているくせに、ワタシに言葉で挑むなんてやりますね……!」


 一人で混乱していたウィウィはソラの言葉でシャキッと背を伸ばした。そうだ、ウィウィたちはウェアウルフをして今までを生きてきた。その前提が覆ることはないのだ!


 しかし、自信を取り戻したところに、またあの嬲り声がウィウィを絶望のどん底に突き落とした。


「でもさ、この()。フェルムくんたちが見つけた時ミミックに変身してたんでしょお? 今もウェアウルフに変身してるだけの魔物だったりするんじゃなあい? やっぱり倒したほうがいいかもねえ」

「そうか、そう言えばその可能性が残っていた……魔物か」


 ウィウィは戦慄した。自分の力のせいで自分が疑われている。まずい、これはまずい。勇者がこちらをじっと見ているのを見てドバッと汗を流した。斬り捨てられるのではないかと思い、涙目でソラの顔を見上げる。しかし、ちらりとウィウィを一瞥したソラは全く動揺していない様子だ。


「本当に魔物ではないのか……その証拠はないのk」

「うっせーーーよバーカ!」

(またそれ!?)


 既視感あるプッツン度を振り切らせたソラは勇者に強烈なガンを飛ばした。今度こそ勇者の逆鱗に触れる。そう思ったウィウィは死を覚悟した。


「そんなに言うならな、そっちが証明しろよ!」

「なッ……何をだ!」


 やはり勇者は突然爆発するソラのペースに、濁流を前にした木の枝のように押されている。


「俺たちが、魔物だって言う証明だよ。俺たちは狼族だ。そのことには結構な誇りを持ってる! なあ、ウィウィ?」

「う……うん! ほこり! ……ほこり?」

「そんなお前らの勝手な言い分で貶されちゃあ堪らんな! 俺たちを魔物だっていうんだったら……出しな、てめーの……証拠、を……な! 斬り捨てるのはそれからだ」


 なぜか演技がかった口調で言いったソラはとても堂々としていた。


「いやいや、冷静になってください勇者どの。まず最下層からここまで上がってきて生き残っているというだけで、狼族かどうか怪しいですぞ」

「努力したんですー! 状況証拠は認めませぇん!!」

「な、なんですかその“努力”という便利ワード!?」

「なんだか、勢いで押されている気がしないでもないが……妙に筋が通っているようにも思える。証拠か……鑑定道具も持ってないしどうしたものか」


 この勇者一行の中で一番頭がいいはず(魔導師なので)のアノネを二言でねじ伏せた。ウィウィは今度こそ希望の光が見えた。ようやく、ようやく! 自分たちが害のある魔物などではない、狼だと認められ――


「あー、いいこと思いついたあ」

(ああああ゛っ! また、あの怖い人!)


 もう、一言その声を聞くだけでウィウィの背筋が凍りつくようになってしまった。


 ぽんっと拳を掌に打ち付けたパンプは、人差し指を立ててコハクトへ提案を持ちかけた。


「フェルムくんを使おうかあ」

「……へ、ボクっすか!?」


 突然名指しされたフェルムは飛び上がった。話は聞いてたようだが、ウィウィのようにそこまできちんと状況理解ができておらず、視線を右往左往泳がせる。しかし、コハクトも正確に把握できていないようだ。首を傾げてパンプを見た。


「どう言うことだ?」

「テイマーの力を発揮する時だよお。テイマーの従魔術って、魔物にしか効かないはずだよねえ。人間とか獣人にかけても効果ないって聞いたことがあるよお」

「あ……わかりましたぞ! この狼モドキどもに従魔術をかけてみて、見事効果があったら魔物! なかったらウェアウルフと見分けるわけですな!」


 ウィウィは、無意識に体の震えを止めた。それは恐怖が消えたからではない。本当の絶望(・・)が押し寄せてきたので、震えることすら忘れてしまったのだ。


 テイマー。テイム。ウィウィはこの言葉に聞き覚えがある。


「あ……確かにそうですけど。でもボクレベルが低いですし……魔物だったとしても操れるかどうか……」

「いやいや、狼だよお? 全国の従魔術の授業でレベル1の生徒が従魔にできる狼族だよお?」

「そうだな……俺もテイマーではないがその授業では流石に狼の魔物はテイムできたぞ。多分大丈夫だろ」


 着々に進む話に耳を傾けていたウィウィの鼓動が加速し大きく音を立てる。


 ウィウィは、知っている。


 従魔術は本来は人間にも獣人(・・)にも効かない。しかし、狼族にだけ(・・・・・)は魔物でも獣人であるはずのウェアウルフでも効果があるのだ。理由は知らない。しかし、それは確定の事実だ。


 村に人間が押し寄せたあの日。ウィウィは仲良くしていた近所のお兄さん狼が苦痛に満ちた目で人間に従い、村を焼く手伝いをしているのを遠くから見ていた。そのほかにも何人も何人も人間に従って非道なことをやらされていた。人間は下卑た笑いをしながら「狼族は獣人なのにテイムできて助かる」と言っているのも聞こえた。


 覚えている。たとえウィウィが記憶力の良くない頭でも、はっきりとあの光景を忘れるはずがなかった。


 勇者たちはその事実を知らないらしい。もう勇者の話し合いはまとまりかけていた。


「普通に従魔術かけるだけでいいんですよね?」

「ああ、普通のでいい」


 これから彼らは従魔術を使う。そうしたら、ウィウィたちは従魔術にかかってしまう。彼らはウィウィたちのことを魔物だと決めつける。そして、殺されてしまう。


 ウィウィは呼吸が荒くなった。抑えようとしても吐くように口から空気が出て行ってしまう。


 どうしてこんなにも誂えられたような状態になってしまったのか。そもそもどうして狼族だけは従魔術に抗えないのか。そもそも、ウェアウルフ(ウィウィ)は本当に魔物ではないのだろうか。どうしてこんなことになってしまったのだろうか。


 自分の存在自体がウィウィの中で不安定になっていく。しかし、無理やり絶望に沈んでいた思考を引き揚げて、ウィウィはソラのことを思い出した。


(ソラに……ソラに言わなきゃ。にげなきゃ!)


 流石に、これはソラの切れる頭でも口でも避けられる事態ではない。ウィウィの幼い頭でもそれだけはわかっていた。


 ウィウィは勇者たちにわからないように、自由な手首から先でソラの体を突いた。


「そ、ら――」


 ウィウィはソラの顔を見た瞬間に固まってしまった。しかし、それは恐怖からではない。なんせ、言葉に出さずとも「何の心配もない」というような柔らかな笑み(・・)を浮かべてウィウィを見つめ返していたからだ。ソラの手は縄で縛られて動けないはずななのに、ウィウィはその顔を見たとき頭を優しく撫でられたような気がした。


 時間が止まっていたような感覚に陥ったウィウィだったが、その状態はソラがコハクトたちの方を見たことによって解除された。


「ホラかかってこいや従魔術ゥ! 後ろめたいことなんざ何にもねえからな!」

「え……たかが従魔術受けるのににめっちゃ気合はいってる」


 話がまとまってやはり従魔術をかけることに決まったらしく、ソラの前に押し出されてきたフェルムが騒がしいソラの声に耳を塞いだ。


「こいやッ!」

「だから何でそんなに気合い入って……」


 フェルムは自信のない動きでベルトに下げていた鞭を右手に持ち、左手で鞭の先を持ってピンと張らせてソラの前に突き出した。それを見たソラはピクリと眉を動かした。


「……やっぱりエロ同人みたいなことを……!?」

「するか!! 早くやれ、フェルム!」

「あ、ハイ……ええと、じゃあ普通に従魔術、いきますよ……」


 ウィウィの心臓が一際大きく跳ねた。無条件にソラを信じかけていたが、本当に大丈夫なんだろうかと、今更ながらに焦りが逆戻りしてきた。しかしソラはいつも通りの自分を保っている。いつも窮地を脱する時のように特別なことをする様子はない。ただ、自分の横にいたウィウィの前に一歩踏み出しただけだった。


 もう一度ウィウィの思考が一歩前の段階に戻ろうとしたときには、フェルムが魔法を行使していた。


「そ……“奏従(そうじゅう)”!」


 フェルムの唱えた言葉が、金属の擦れたような音を纏った。魔法が正しく成功した証拠だ。ウィウィはそのことを知らなかったが、成功したのだと言うことだけは察した。


 ウィウィは全身を硬くした。きゅっと目を瞑ってただ祈る。


「ふ……ふはははは!!」

「な……」


 爽快な笑い声が響く。ウィウィは目を開けた。


「あらら、今何かしたんですか~~~?」

「あれ、本当に効いてないんですか!? ちょっとフェルム、もう一度です!」

「はあ……“奏従”っ ……“奏従”!」

「うそお」


 勇者たちの戸惑う声と、これ以上ないほどに調子に乗ったソラの声が聞こえる。


「おやおや効かないな~。これはもう魔物じゃないってこれ以上ないほどに証明してくれちゃってるな~~。勝手に証明してくれて本当に助かったよありがとな~~~!」

「ほ、本当に魔物じゃないのか……? じゃあ、本当にウェアウルフは絶滅してなかったということか!?」


 ウィウィは顔を上げた。ソラはいつもの無表情を――少し浮かれている感じだが――保って、勝ち誇っている。どう見ても従魔術にかかっていない。一体何が起こったのか。


 動揺が勇者一同に広がる。そんな彼らをまた笑い飛ばすと、ソラはウィウィを見下ろした。


「な? なあんにも心配するこたなかっただろ!!」

「………うん……うん! すごい、ソラ!」


 ウィウィは、ただ茫然とその輝いた瞳でソラを見つめていた。





【本田 昊】

テンション高い系男子高生。ポーカーフェイスはウィウィにも見破れない。


【ウィウィ・ウルフィア】

狼少女。狼らしく仲間思い。


【コハクト・グリフィン】

勇者。不本意にもツッコミになりつつある。


【アノネ・キルト】

魔法使い。決して咬ませ犬ではない。


【パンプ】

犬人族。ウィウィを絶望させるのが無意識に得意。


【フェルム・アナプルナ】

テイマー。テイムの腕と卑屈さは勇者パーティーで一番。


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