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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
一章:狼の心得
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2.大逃走

一話と同時投稿です。

最初だけ毎日投稿させていただきます。詳しくは活動報告にて。

 



 三角の尖った耳に鋭く本能に焼かれた目玉、赤黒い体毛の間から膨れ上がった筋肉に太い血管がどくどくと脈打っている。


 恐ろしく発達した足の先にあるーー気のせいだと願いたい赤いシミが付着した白い爪が、その豪腕を際立たせていた。


 デカ狼だ。モ○並にのデカさの犬が大粒のよだれを垂らしてこっちを見とる。アカン。


 逃げるか? そう思った途端、地面に広げたバッグの中身が視界に入った。


 ……俺はアホか。今からこれらをバッグに放り込んでいたら逃げようとした時にはすでにあいつの腹の中だろ。いや、なりふり構わず逃げおおせたとしても、ここに戻ってこれるとは限らない。頼りないとはいえ食料もあるし、手放すのは惜しいんだ。


 今俺にある選択肢は三つ。


 ひとつ、運任せにこのまま逃走する。


 ふたつ、○ロにおおらかさがあることを願って持ち物を全て回収してから逃げる。


 みっつ、奇跡を信じてなんとなく待ってみる。


 俺はすす……とすり足で移動し、デカ狼を刺激しないようにそろそろとリュックを掴んで一番近くにあった筆箱(中身は出した状態)をひょいっとリュックに入れてみた。


 ――――グルアアアァアァァァ!!!


 だよねですよね知ってた!!


 途端に弾かれたように地の底から聞こえる地響きの如く恐ろしい咆哮に、俺は飛び上がり、光の速さで地面に散らばっていたものを集めてリュックへと放り込んだ。


 だが、もう遅い。それと同時にハッと顔をあげると、獲物を捉えて目を光らせた魔物が頭上から飛びかかってきていた。


 全身がガチッと恐怖に固定され、動けなくなった直後、周りの世界全ての動きが時が止まったようにスローモーションになった。


 なんだこれ、走馬灯? でも不思議と昔の思い出なんて浮かんではこなかった。


 ああ、腹くくって物捨てて逃げればよかったのだろうか。でもどちらにしろあの距離を一瞬で詰められるこいつ相手じゃすぐに捕まりそうだ。


 というか、今気がついたけどこんな怪物が目の前にいるってことは、ここ異世界確定じゃねえか。よっしゃ、ハーレムも無双も夢じゃない!......と思ったけど、そういやその魔物に喰われかけてるんだった。


 どうでも良すぎるモノローグが頭の中を過ぎ去っていく度に、魔物の爪が俺の首元へ寸分の違いなく近づいてくる。いつの間にか逃げなくてはという思考は消え去ってしまっていた。


 ……もう、終わりなのか。


 俺は、主人公にはなれなかったのか。


 そう思いながら魔物を見つめて、自信が食われる最後の時を待つしか――


(――目覚めよウルフィア。彼にほんの一瞬の生を)


 幻聴か何か、透き通った美しい声が聞こえた。


 なんだろという思考が浮上するよりも早く、誰かにトンッと背中を押された気がした。ぼんやりしていた思考と世界が急速に加速し始めた。魔物の巨躯が一気に鼻先まで迫る。


 俺は押し出されるままに飛び上がっている魔物の腹の下の空間に飛び込んだ。ほとんど無意識だった。


 つんのめって地面を転がる俺と、宙を滑る魔物の体がすれ違う。魔物は突進の勢いを殺しきれず、今まで俺が背を向けて居座っていた壁へと盛大につっこんだ。


 一方、俺はでんぐり返しの要領でなんとか受け身に成功した。地面が固くて背中が痛いし、見てくれもダサイだろうが、俺が魔物の攻撃を回避したことは事実だ!


 主人公補正舐めんな!


 心の中で誰にでもなく勝ち誇りながら、俺は一目散に魔物が現れた通路へ駆け出した。


 こっからどうするか。あいつアホだからすげー力で壁に衝突したししばらくは時間稼げると思――


 ――ガルアァァァァ!!


 ファッ!? ウソですアホとか言ってごめんなさい!!


 足を止めずに振り返ると、魔物は獲物を捉え損ねたことに怒り狂ったようにぶんぶん頭を振っていた。普通の人間なら頭蓋骨粉砕の速度で壁に頭から衝突したのにほぼ無傷なんですけど……え、これまずくね?


 そう思った時には、怒りに突き動かされた魔物は再び足に力を入れて、今にもこちらに飛びかかりそうになっていた。


 こ、これ以上はキビシイっす……


 頭から血の気がひいていくのを感じた直後、


 ガコッ!


 俺は驚いて目を見張る。


 なんか……なんだ?これ。


 ずっと気になってた部屋の隅にあった宝箱の蓋が突然独りでに開いた。


 思わず俺は足を止め、それを凝視した。ほんの一瞬だが、魔物もそれに気を取られ少し体をそちらに向けた――その瞬間、魔物は頭部に宝箱をかぶる(・・・)ことになった。ただの宝箱だと思っていたそれが、突然ひとりでに飛び上がってその()で魔物に噛み付いたのだ。


 予想もしていなかったであろう事態に視界を奪われた魔物は、やたらめったらに前足を振り回し、宝箱を引き剥がそうと必死にもがいている。よく見ると、あの固すぎる石頭の表面から血が吹き出していた。


 もしかしてあの宝箱。ゲームの定番、ダンジョンの唯一のハニートラップであるあのミミックさんでは……


 いや、それよりもこれはチャンスだ。ミミックさんには悪いが、魔物のいい感じの目眩しになってもらっているうちに俺はここから離れなくては。踵を返して、俺は再び通路をひた走った。


 しかし――


 絶対にあいつおかしいだろ!! どうしてこんなに俺の居場所がわかるんだ!?


 魔物はあのあとミミックに頭をガブガブされて鮮血を周囲に撒き散らしながらやばい殺気を放って俺を追ってきた。


 追ってくると言っても、あいつの視界はオールミミックさんの中身(口内)なわけだから、犬系特有の嗅覚で俺を見つけてきているんだろうが、その正確さがやばい。


 真っ直ぐに俺につっこんでくるもんだから、俺がダンジョンの曲がり角を曲がる度にあちらは角を曲がり損ねて壁に衝突し、小さい地震を起こしていた。正直生きた心地がしないがそのせいで追いつかれることもなければ撒くともできないという絶妙な距離を保ったまま今に至る。


 これはまさか無限ループに入ったのでは……と心配になった矢先、急に視界が開けた。


 ずっと続いていた通路から一転、そこはダンジョン内に大きな川がぐねぐねと流れる開けた不思議な場所にだった。なぜかその川底が青白く美しい光を放っていたが見惚れている場合ではない!


 続いて魔物が通路を抜けて出てきたかと思うと、一際でかい咆哮を上げた。直後、ドボンと何かが川に着水する音が。


 な、なんだ――って、ミミックサァン!?


 そちらに顔を向けた途端、見るも無残にボロボロに傷ついたミミックさんが水に放り込まれた光景が目に飛び込んできた。ブクブクとあぶくを出して沈んでいく……


 アイツもうミミックさんをひっぺがしやがった!


 ようやく視界の晴れた魔物は血塗れの頭をぶるっと一度振るい、俺を見据えると――


 俺を押し倒した。勢いで全身が引きずられ、あと少しで川に落ちるところだった。


 なんだ今の、俺でも見逃したね……ッ!!


 肩にかけていたバッグは手から離れて遠くへ吹っ飛んでしまった。


 スマホ壊れてないといいけど。


 そんなことより恐ろしい形相をした魔物の牙が近い。そしてむせ返るほどの獣臭が漂っている。


 肩に走った激痛に俺は顔を歪める。魔物は俺の胸下あたりに前足を乗せて動けないようにしているのだが、その前足の面積がデカイので足先の爪が俺の肩にまで及んで制服を貫き、浅くだが肩の肉に突き刺さっている。血だらけの制服にまた新たな血のシミを作った。


 荒い息を吐く魔物は、俺を弄ぶかのようにゆっくりと俺に乗せた足に体重をかける。想像できないほどの静かな質量の暴力を鳩尾から肋骨にかけて受け、息ができない。だんだんと骨が悲鳴をあげてミシミシと軋む感覚が体内から感じられた。


 やばいやばいやばい……感じたことのない痛みのせいで思考が痛みに支配されていく。まずいという感覚が焦りと同時に生まれ、無駄だと頭ではわかっていながらも、自由な両手で前足を外そうともがく。そんな抵抗虚しくさらに体重をかけられーー


 ――ぼきっ


 ――――ッぃ。


 骨の限界がきた。砕けた瞬間の大きな振動の一拍後、想像絶する痛みが内臓の近くで爆発した。頭が真っ白になる。気絶するかと思ったし、多分その方が楽だった。


 俺の痛みなど露も知らない魔物は構わずにさらに圧力をかける。折れた骨の先端が内臓を圧迫し、内側から皮膚をつっついている。


 いてぇ……いてぇってまじで。


 痛みのせいでチカチカと明滅する中、魔物がガパリと大口を開けるのが見えた。


 喰われるぅ……


 と、思ったが何か様子がおかしい。俺を食べるつもりなら近づいてくるはずなのに、魔物は逆にだんだんと頭を引いている。例えるなら、ハンマーで何かを叩くとき、勢いをつけるために腕を引く動作に似ている。


 そう感じとった直後、俺の予想はほとんど間違っていなかったことを確信した。


 魔物の大きく開いた口内の奥にボッと一つの小さな灯が灯った。


 全くもって嬉しくないその青白い灯――火の玉は次第に大きくなって、轟々と燃え盛る立派な火球へと成長していった。熱さのせいで表皮がチリチリと焦げそうだ。


 ……これ魔法かな。


 やばいと思っている頭の端で、魔法が存在する世界だと判明して喜んでいる自分がいるのがものすごくアホらしい。


 たっぷり魔を開けて、まるで息吐くように――魔物はその火球を俺目掛けて放った。ほんの一メートルあるかも怪しい至近距離では、無慈悲にも何もできずに一瞬で鼻先まで迫った。


 まじ……異世界、ハードすぎ……


 炎の眩さに覚悟と共に目を瞑った。熱さが最大まで高まった。直後、


 ――キャンッ!!!


 変な子犬のような鳴き声と共に胸を圧迫していた質量がふっと消えた。そういえば、焦げそうだった熱さも一瞬で消え去っている。


 硬く目をつぶっていたため、何が起こったのかわからなかった。耳をすましても、周囲は静まり返っていてすぐ頭の上を流れる水の流れの音しかしない。ただ、髪の毛が焦げた時のような変な匂いがする。


 恐る恐る目を開けてみると、あの魔物の姿は無くなっていた。死にそうなほど痛む肋骨を我慢して体を起こすと、十メートルくらい先、俺の真っ正面のダンジョンの壁にあの魔物が背中を預けていた。ずるずると床へ落ちていき、最後には地面に倒れ伏した。


 …………え、もしかしてさっきの「キャンッ」て鳴き声あのデカ狼の? あんな可愛い声でんのかアイツ!? というか何が起きた!?


 まさか……覚醒したか、俺の力!! 無意識のうちに俺の内なる力がアイツを吹きとばし……やめよう、厨二病は妄想の中だけで結構だよ。


 真剣に、誰か助けてくれたのかと周りを見回すが、生き物の気配すらせず無駄に肋骨にダメージを与えただけだった。


 てか、俺骨折れたのに声ひとつあげなかったな。あはは、ちからがかくせいしてなくても、おれずげーんじゃねーの……


 まずい、なんかいしきが……はっきりしない……ねむい……


 せめてバッグだけでも手元に持ってきたいと思った俺は、ゴロリと肋骨を刺激しないようにうつ伏せになった。立ち上がる気力がいつの間にかなくなっていた。周囲を見ると、思っていたよりも近くにバッグは放り出されていた。


 その時、ずっと押さえつけられていた俺のすぐそばを流れていた川の、ゆらぎの少ない水面が目に入った。川底がぼんやりと青色に光っていて少し眩しい。


 その美しさに目を奪われていると、そこに自分が映り込んでいることに気がついた。


 あ……やっぱり顔にも血がついてる……ひでー顔だし…………ん?


 バッグのことを忘れ、ぼんやりと水に反射している自分を見つめていると、俺は不可解なことに気がついた。


 俺の頭頂部辺り、自身の短髪の中に寝癖ではない三角っぽいシルエットが左右に一つづつ、合計ふたつが飛び出るようにある。


 ある? いや、なんか――生えてる(・・・・)みたいな……


 その時、クラッと頭が勝手に傾いた。視界が暗くなっていく。


 この短時間でいろいろありすぎた。全力疾走して、初めて魔物の攻撃回避して、悩んで、骨折して、死にかけて、異世界転生して……そりゃ疲れるし眠くなる……のか?


 まあ、気が抜けてしまったんだろうと、俺は勝手に自己完結した。本来の俺ならこんな場所で眠るようなことはしないが、今回はしょうがない。まるでこたつの中から出られなくなったような言い訳に自分でアホらしくなりながら俺は目を閉じた。


【経験値を取得しました】

【レベルが上がりました】

【レベルが条件値に到達しました】

【進化を開始します】


 懐かしい機械音声が聞こえる。でも睡魔は津波のように襲ってきて、それを構わせてはくれなかった。




【主人公】

異世界に舞い降りた脳内テンション高い系DK

ダンジョンの床で呑気に寝れるくらいには精神力が高い。


2020.12.28:修正

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