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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
一章:狼の心得
18/94

18.爆裂ハンター

 



「なくなっちゃった……めろーんぱーん」

「そら一分おきにかじってたらな。うまかったか?」

「おいしいかった!」


 あんなにこまめに食べていたのに一日持った方がすごい。


 俺はウィウィの笑顔を守るために、地上に出たらメロンパンを全力で探す決意をした。しかし、異世界に元の世界と同じメロンパンはあるのか。


 俺たちは一日で何度も階層を上っていた。なんと魔物にほとんど会わないのだ、さっきのようにキリンなど、一体のみの魔物にはたまに遭遇するものの、最下層のようにわんさか魔物がいないのだ。運がいいのかなんなのか。


 ちなみに、さっき幸運値見たら132だった。この幸運のパラメーターって結構変動するらしい。株かよ。


 そんなわけでこのラッキーボーイアンドガールは、スマホのカウンターによると最下層から三十階ほど上に上がって来れたらしい。


 天才か? 冒険の天才か?


 まあ、食事が必要なとき以外は魔物から全力で隠れたり、遠回りをしたりして行ったためこのペースを保てているんだろう。なによりも、魔物の数が少ないのが一番の要因だ。


 魔物が、下層へ近くなるほどに強い魔物が多くなるのは予想してたが、三十階上がったからってこの減り具合はおかしい。


 魔物はインターバル後に復活するらしい。スマホの計算によると、ここら付近の魔物は全部三日から一週間間隔で湧く魔物だけだそう。


 考えたんだが、もしかして前に会った勇者どもがダンジョンの魔物を駆逐してたんだろうか? レベリング目的にしてもジェノサイドが過ぎるが、こっちにとってはものすごくいい働きをしてくれていた。


 グッジョブ勇者。このまま会わないことを祈る。


「つかれない?」

「んあ?」


 耳元で声をかけられて肩が一瞬びくついた。肩越しに振り返ると、眉を八の字にした可愛い顔が見えた。


「ずっとウィウィのことおんぶしてて、つかれない?」

「メロンパンよりも軽いからダイジョブ」

「うそじゃない?」

「ソラ、ウソツカナイ」

「うそっぽいよ~~~」


 ウィウィが俺の首に回している手に力を込めた。しかし、全然腕力などないのでむしろ優しく包容されている気分だ。


 それよりも、最近俺のふざけた口調がウィウィに移りかけててちょっと心配。


 俺がウィウィを背負ってるのは、単純にこっちの方が移動速度が早いのと、ウィウィを背負っていることで腕に筋肉がつかないかなと淡い期待を抱いているからだ。そんなことを言うと頭をポカリとやられそうなので決して口には出さない。


 それにしても……しばらく太陽浴びてないな。月も見ていない。


 異世界の空も元の世界と同じようなものなのだろうか。結構違ったりするからな、ラノベで読む限り。


 眩しい太陽の光を浴びたい。涼しい風に吹かれながら夜の風景を見たい。そのためにはまずはこのダンジョンを生き抜かないといけない。


 人間、日光浴びないとダメになるとか言うしな。俺だってこんなにテンションとかローになっちゃってさ。


 もうやってらんな―――


「疾風の風を身に宿し、刈り取るは鎌の如し――」

「は?」


 スマホから突然聞こえた厨二台詞に、俺は声を漏らした。


 ちがう。音声はスマホから発せられたが、今のはスマホの声ではなかった。背後からそれと同じ声がそれと重なって聞こえた。スマホは翻訳しただけだ。


 まずいと思うより早くウィウィを庇うために振り返ろうとした。


「“鎌鼠(カマノネズミ)”」


 パッと視界の端で何かが散った。白い髪の毛。よく洗って綺麗になったウィウィの銀髪だ。三センチほどの束がほろほろと解けてダンジョンの床へハラハラと落ちた。俺の首に捕まっているウィウィの手に力が入り、息を飲む声が間近で聞こえた。


 背後にいた何かを“何か”を判断する前に、俺は背負っていたウィウィの体を横抱きに直しながら駆け出した。胸ポケットからスマホを取り出す。




 ・ ・ ・ ・ ・




 見つけて五体目になる魔物の死体、スコターディジラフの切り落とされた首を観察した。荒い切断面から黒いもやが微かに立ち昇っている。


「スコターディジラフが撃つダイヤの魔法にやられたヤツの特徴だねえ」

また(・・)ですか……不思議な死因ばかりです」


 アノネは顎に手を当てて考え込むポーズをとった。


 パンプの嗅覚で大扉の部屋にいた“何か”の匂いを辿り、勇者一行は次々と階層を上へ上へと引き返していった。その間、何度もその匂いの通り道に、不可解(・・・)な魔物の死体が倒れていたのだ。


 あるものは食べかけ放置されていたり、全く手をつけられていなかったり。今回は前者だ。首が落とされている以外は特に外傷がある様子はない。強いて言うなら尻尾の毛が荒れていた。


 そんな一見だけでは魔物同士の弱肉強食の世界が垣間見えるだけだが、それらの五体の死因にはある共通点があった。それは、各々が自分の種族が(・・・・・・)得意とする魔法が致命傷となって死んでいると言うことだ。ただ同種族同士が争っただけと楽観視することはできない。コハクトたちは、この状況を説明できる現象に一度出会っている。


「ふむ、やはり敵は攻撃を跳ね返すことができる魔法かスキルを持っているようですね!」


 ビシィッと効果音がつきそうな勢いでアノネがそう断言した。おそらく合っているとコハクトは声に出さず心の中で肯定した。魔物が撃った魔法を跳ね返したなら、これらの魔物の死に方も説明がつく。


 コハクトはそっと魔物の死体に触れた。


「まだ暖かい。最近倒されたんだ……細かく飛び散った血も乾き切っていないな」

「ええ!? じゃあ、いるんですか、あの亡霊がこの近くにいるんですか!?」


 堂々と胸を張っていたアノネがコハクトの言葉に飛び上がる。


「でもねえ、アネモスベアーの血の匂いがほぼ消えかけてるんだよお。三日も経ったし、ほかの魔物が臭いの道の上を通ったりしてわかりづらくなってきてえ。これ以上の追跡が難しいんだあ」

「どうにかならないのか?」

「んん、その“何か”が確実に触ったものとかがあれば、血の匂いじゃなくてそいつ本人の匂いを辿れるんだけどお」


 間延びした口調でパンプが言う。


 無茶なことを……とコハクトが思っていると、横から鎧を突かれた。振り返るとフェルムが恐縮した様子でスコターディジラフの胴体を指差していた。


「あの……そいつなにかを下敷きにしてます」

「なに!?」

「ああッ、すみません! なんの役にも立たない石っころだったらすみません!!」


 フェルムの言葉に従って倒れているの胴体をよく見てみると、少し陥没した地面と死体の間に挟まっている何がかが確かに合った。ダンジョンには似合わない小物のように思え、重い胴体をずらしてそれを引っ張り出してみる。


「なんですかなそれは……?」

「……読めないな」


 出てきたのは本。しかし、ものすごく分厚い上に表紙と中のページが恐ろしく薄い。中をパラパラとめくってみると、文字がびっしりとこれでもかと敷き詰められていた。どの文字も読むことができない。


「アノネのではないよな? 魔導書とか」

「ワタシの魔導書はこんなに読めない文字ではないですね。第一、横書きではない本なんて珍しいにも程がありますな」

「俺も見たことはないな……と言うことは……」


 これは彼らの持ち物ではない。と言うことは彼ら以外の、尚且つこのスコターディジラフを倒した者の持ち物だ。いよいよ自分たちが追いかけている“何か”がただの魔物ではないというコハクトの内心の疑惑が高まる。


「パンプ。これについている匂いを追ってくれ」

「よしきたあ」


 コハクトから本を受け取り、パンプは慎重に目を瞑って匂いを嗅ぐ。


 すぐにそれから鼻を離してルーム内の空気を吸った。深呼吸するように腹の底まで吸い込む。


「こっちの匂いはまだ濃いなあ」


 一言嬉しそうに言うと、パンプは走り出した。


「おい!? 早いぞ!」


 コハクトが制止の声を出したが、パンプは気にせずルームを飛び出した。ダンジョン内の淀んだ空気を切って走るのはとても気分がいい。ローブもパンプの気持ちをあらわすように羽ばたく。


 地面の匂いは少し途切れ途切れだ。走って移動しているらしい。この分だとおそらくこのフロアにはいないかもしれないと思い、以前この階層に来たときの記憶を呼び起こした。


 一旦匂いを追うのを止め、上層への階段があるルームの近道へ走った。数分と経たずに青白く発光する目的のルームが見える。階段を駆け上がり、息を吸い込んだ。本からした二人(・・)分の匂いが階段の縁を漂っている。パンプの勘は間違っていなかった。彼らはこのフロアにいる。


 階段のルームを飛び出し、数メートルも進まないところで通路奥からアネモスベアーが飛びかかってきた。風の刃がパンプの眼前まで迫る。


 パンプは体を右にしならせ、風の刃を回避する。同時に左腕を跳ね上げたことでローブが捲れ上がった。あらわになった左手に握られているのは黒く丸いもの。その表面からでた縄の先に火がつけられ、どんどん短くなっていく。


 飛びかかってきたアネモスベアーの下に滑り込み、すれ違う瞬間に黒い球体を地面に置いてきた。腹筋で体を起こして、アネモスベアーが振り返る前にそのまま進行方向へ走りながら耳を塞いだ。


 アネモスベアーは吠えたが、すぐにそれは断末魔に変わった。黒い球体の縄が燃やし尽くされた瞬間爆発し、通路内が爆音と爆風で満たされたのだ。パンプは楽しげに笑い、軽くジャンプして爆風に身を委ね、通路を高速で駆け抜けた。パンプが羽織っているローブは炎を防いでくれる。特別製だ。


 軽やかに地面に足をつけたとき、地面にアネモスベアーの肉片が転がった。威力は上々、少し強いくらいだ。


 口の端を上機嫌に上げてパンプは再び匂いの追跡を再開した。


 通路を五回曲がり、広いルームを四回抜けたところで急激に匂いが濃くなった。目標が近い。パンプは足を一旦止め、音を立てないように通路をスルスルとなめらかに移動した。


「ずっとウィウィのことおんぶしてて、つかれない?」

「メロンパンよりも軽いからダイジョブ」


 声が聞こえた。いったん壁に背をつけ、曲がり角の先の気配を探る。声は二人分。舌ったらずな少女の声と、ものすごく抑揚のない男の声。二人とも聞き覚えがある。九十階層手前の階段のルームで最初に見つけたときの声だ。


「うそじゃない?」

「ソラ、ウソツカナイ」

「うそっぽいよ~~~」


(……男の方の言葉がわかる)


 最初に聞いたときは何にかしらの呪文にし聞こえなかった言葉が、今は理解ができる。そういえば、聞こえ方も不思議な感じだ。反響していると言うか、二重に聞こえる。


 慎重に曲がり角から顔を出して、様子を伺う。彼らはこちらに背を向けていた。青年の方が少女を背負っている。


 そして、最後に彼らの耳としっぽを確認した。あれは確かに狼のものだ。パンプは驚いた。どれだけ見てもあれはやはり(・・・)本物の狼だ。コハクトたちの話には適当に同調したが、あれは魔物などの変装ではない。


 心に確信が広がり、自然と頬が綻ぶ。


 ――あれは確実に()さなくてはいけない。


「疾風の風を身に宿し、刈り取るは鎌の如し――」


 パンプはもう少し様子を伺うつもりだったが、体が勝手に動いていた。通路から体を出し、詠唱を始める。


「は?」

「“鎌鼠(カマノネズミ)”」


 青年の反応が早い。パンプの手から放たれた不可視の刃は背負われた少女の背中を狙っていたが、青年が振り返ろうと体を動かしたせいで狙いがずれ、少女の翻った髪の先をかすめただけになってしまった。


 危険を察知したのか、背負っていた少女を庇うように前に抱いて走り出した。


「ア゜ーーーーーッ! 殺されるァーーー!」


 裏声で悲鳴を上げた青年は、パンプにもはっきりと聞き取れる言葉で叫んだ。


「あっははあはは。元気だなあこれから死ぬのにい」


 パンプは朗らかな笑みを浮かべてその後を追った。


 今の挙動からして、攻撃を跳ね返す力を持っているのは青年の方のようだ。ならば少女から仕留めるべきかと逡巡する。しかし、彼の反射の有効範囲がわからない今、下手に攻撃してこちらに強力な攻撃が戻ってきても困る。


 ――捕らえてから殺す!


 パンプは糸目の奥の瞳を輝かせた。走る速度を調節して、青年との距離を一定に保つ。ローブの中で仕込みを着々と続けながら、口を開いた。


「鈍足ですねえ、狼というものは! だから嫌いなんですよお!!」

「ッ!?」


 パンプは本来の口調が出てきてしまう。急に走りながら話しかけてきた襲撃者に対して、青年も反応した。


「ボクはものっすごく狼が嫌いなんですよお! 馬鹿なくせにのうのう生きて、弱いくせに突っ込んでくる! そんな狼の中でも大っ嫌いなウェアルフとここで会うとは、もうぶっ殺すしかないですねえ!!」

「は!?」

「だいたい、低能のくせにどーして()の顔してるんですかあ!? その耳も尻尾も犬の真似! パチモン! おかげで獣人の中でも犬人族はかなり強いにもかかわらず狼族に似ていると言う理由でなめられるんですよお!」

「犬も狼も見た目かわんねーよバーーーーーーカッ!」


 パンプが狼への積年の恨みを撒き散らした途端、青年が爆発したように言い返してきた。


「むしろ狼の方がかっこいいわ! 犬っころは可愛いだけじゃねぇか! 急に文句つけて殺しにかかってくんじゃ――」


 青年はこちらを肩越しに振り返り息切れしながら、訳のわからないことを吐き散らした。


「…………」

「やべ~~~~~!」

「いやあああーー!」


 しかし、パンプの表情を見て限界突破して走るスピードを上げた。背中に背負われている少女も、殺気に当てられて悲鳴を上げた。


「――口答えしたのでぶち殺します。逃げたのでぶち殺します! 狼なのでぶっ殺しますう!!」

「もうだめだああぁぁああ!!」


 パンプがどうして仲間を振り切って一人で狼青年たちを追跡したのか。これのためである。狼を殺す自分を見られたくないからである。はっちゃけた自分を見られたくないからである。


 パンプのスキルにより、仲間の位置は正確に把握できる。まだコハクトたちがこちらに来るまで時間がある。それまでにかたをつけるだけだ。


 パンプはヘラヘラと笑いながら仕込みの終わったモノをローブの下から取り出した。アネモスベアーの時に使った爆弾のひとまわり小さいバージョンだ。すでに火はついている。


「もし逃げ仰せようが、もうお前らの匂いは覚えましたからあ! 地の底追い尽くしますう!」


 それを後方に投げて爆発させ、自分の背を爆風に押させた。青年は突然の爆風に驚いてつんのめっている。急接近したパンプは、青年の肩をつかんだ。


 突然、青年は急停止して振り返ってパンプの手を振り払う。しかし、そのまま地面に押し倒すつもりで爆風の勢いを利用していたパンプの体は止まることはできない。


「うおおおぉぉぉッ!」


 必死な雄叫びを上げ、青年は頭を引いた。その動作に見覚えのあったパンプは顔を引きつらせたが、一瞬反応が遅かった。


「がッ……!」


 額に強烈な頭突きを喰らったパンプは視界が白く飛ぶ。興奮しすぎてスピードを出したのが仇となった。パンプは防御力が高くない。


 地面に倒れ視界がはっきりしない中、攻撃をされないために後ろに後ずさる。しかし、覚悟していたようなものはこない。前を見るとそこに少年はもういない。通路はちょうど十字路の差し掛かっており、青年はどこかの通路に飛び込んだはずだ。


「ア゜ーーーーーッ!」


 パンプが迷ったところで、左の通路からまた例の裏声と足音が聞こえてきた。どうしてせっかく逃げたのに居場所を知らせるようなことをするのか。


 パンプの殺気がさらに鋭くなる。ふらつく頭を振るい、声を追って駆け出した。通路を左に曲がり、通路を走るとすぐにルームに出た。違う出口はどこかとルーム内を一望して――驚愕した。そんなものはなかった。このルームはここで行き止まりだった。


 パンプは慌てて振り返る。曲がってからルームまでは通路に分かれ道はなかった。パンプの記憶とも相違ない。小さな岩陰の後ろや、壁に仕掛けがないかも念入りに調べ尽くした。しかし、隠れられるようなところはない。


「なんで……騙された!?」


 最初に青年を見失った分かれ道に戻った。どっちだとサッと見回し、最初の位置から見て右の通路に走ると、すぐにまた違うルームに出た。こちらは数個の通路が四方へ繋がっている。


 ギリと歯軋りしてどの通路なのかと逡巡する。どんなカラクリを使ったのかはわからないが、パンプは狼などと言う低脳に騙された自分に腹を立てていた。


「パンプ!」


 後ろから声をかけられ、パンプは怒りがスッと引いていくのを感じた。振り向くと、続々とコハクトとアノネがルームに入ってきていた。時間切れかと心の中で折りをつけた。


「ごめえん、逃げられたあ」

「『にげられたあ』ではない! この馬鹿者が、どうしてワタシたちを置いて行ったんですか!」

「ごめえん」

「『ごめえん』ではないです! 理由を話さんかこの若造がァーッ!」


 先頭のコハクトを押し除けてアノネがパンプへ近くと、そのローブを纏った体をサンドバックのように殴った。魔導師の物理攻撃は弱いのでそれほどダメージではないが鈍痛がパンプの鳩尾を襲う。


「それで……逃したと言うことは見つけはしたのか?」

「うんそうだねえ。ひっ捕らえようとしたんだけどお、なんでか見失っちゃってえ。あ、そいつらはやっぱり九十階層への階段にいたあの二人組だったよお」

「そうか……では、この本の持ち主はあの二人組で合っていたと言うことだな」


 コハクトは他にも何か聞きたげだったが結局それ以上は何も言わなかった。


「でも、あいつら走って逃げてったからそう遠くには行ってないと思うよお」

「じゃあ探しましょう! ひっ捕らえてパーツを取り返して、九十階層という膨大なこのダンジョンを完全踏破です!」

「あの、一応オレたちの目的は魔王の捜索であって……」

「さあパンプ! 匂いを辿るのです!」


 コハクトの生真面目な意見は即スルーされた。アノネが指揮官のように指を明後日の方向へ向ける。


 しかし、アノネの言葉を聞いてパンプはハッとした。そうだ、匂いを辿れば彼らが逃げた先を騙されることはなかったのにと気づく。


 あの時パンプは見失った直後に聞こえた青年の悲鳴を追って、安易に左側の通路へ導かれてしまった。しかし、今改めて匂いを辿ってみると確かに匂いはこちらの部屋へ続いていた。と言うことは、あの悲鳴が偽物(・・)だったと言うことになる。


 つくづくあの狼にしてやられたのかと思うとパンプの腹は怒りで煮えくり返ってくる。しかし、仲間の前なので歯軋りは抑えた。彼らに宣告した通り、地の底まで追い尽くすつもりで地面の匂いを嗅ぐが――


「……だめだあ」

「どうした?」

「匂いが途切れてるんだあ。……そこお」


 パンプは、ルームの端にある川を指差した。


「川に入って匂いを消されたんだあ。川のそばが水しぶきで濡れてるし」

「体を洗われたのか!? でもお前が後を追っていたんだろ? そんな暇は……」

「一瞬見失っちゃったんだあ。その間に川に入って洗って出て行かれたんだよお」

「な、なんてこざかしい魔物ですか! 本当に亡霊なんじゃないですか!?」


 パンプは匂いを辿ることができるが、対象が水で洗われるとその精度はガクッと落ちる。アネモスベアーの血のような強烈な匂い程度でないと追跡を続けるのはかなり難しくなるのだ。


 川のそばはかなり濡れていた。それに加えて、川から出て行った際についたと思われる滴った水の跡が複数ある通路の内の一つへと向かっている。


 一番頼りになる追跡方法が潰されてしまってコハクトは落胆したものの、パンプが悪いわけではない。がっくりと肩を落としているパンプを励ました。


「気を落とすなパンプ。水の跡であいつらがどっちに行ったかはわかるだろ。お前のいう通りまだ近くにいるかもしれない。早く追うぞ」


 パンプが俯いているのは申し訳なさではなく、悔しさでのたうちまわりたいのを必死に抑えているとはいざ知らず、コハクトとアノネはその背中を押して水の跡が続いている通路からルームを出た。


「はっや……はっやい……コハクトさま待って……」


 それとすれ違いに、肩で息をするフェルムがルームに入ってきた。荷物を背負い直したとき、川のそばの水浸しになっている部分が目に入った。コハクトたちと同じく、水の跡を見て「あっちか……」と次の通路へ足を向けた――その時、視界の端で一瞬何かが動いた。


 ビクッと肩を震わせてもう一度川を見た。今度はしぶきがある位置ではなく、ほとんどフェルムの後ろを流れる川だ。別に恐ろしい魔物がいたわけではない。小さな泡沫が二つ。それが川の水面を漂っていただけだった。フェルムがほっと胸を撫で下ろした時には、泡はゆらゆらと漂って弾けて消えてしまった。


「あ、こ、コハクトさま!」


 フェルムはハッとして自分の役割を思い出した。主人の名前を呼び、再び走り出す。





【コハクト】

勇者。人をなぐさめるのがうまい。


【アノネ】

魔法使い。殴り癖があるが、フェルム以外には効かない。


【パンプ】

爆弾などの道具を駆使して戦う。犬人族でまさかの狼絶対殺すマン。


【フェルム】

荷物持ちテイマー。どれだけパーティーから遅れをとってもなぜかはぐれない。


2020.12.28:修正


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