17.手がかりポイポイ
上の階層へ行けば魔物は弱くなると言う予想は間違ってはいなかったようだが、決してそれとの戦いが楽になると言うことでは決してなかった。
壁に叩きつけられた今、それをめちゃくちゃにそれを痛感している。
背中いて~~~!
俺をその長い首で壁に追いやったどう見てもキリン型の魔物は、前足を蹴り上げて鼻息を荒くした。
キリンではあるが、全身白黒のブチ模様でどうみてもパンダという方が合っているカラーリング。しかも、俺が知ってるキリンとは桁違いの身長をしており、ダンジョンの高い天井に頭を擦りそうなほどにデカい。名前をスコターディジラフというらしい。
毎回思うけど魔物って微妙にカッコい名前してるよね。
そのジラフさんは、いつかアニマル番組で見た縄張り争いのように、その長い首をブンブンと振り回して俺を壁に叩きつけたというわけだ。ウィウィは身長が低くて首の軌道から外れていたらしく助かった。
鑑定によると闇魔法を使うらしいのだが、その情報疑わしいくらい物理攻撃しかしてこない。
クマの時と違って動きが少し早い上にリーチが恐ろしくデカいので、考える暇与えず襲ってくる。その分物理の攻撃力が低くて助かっているが、なにぶん豆腐防御なのでそろそろまずい。
立ち上がりかけたところで、顔面目掛けてキリンの前足が飛んできたので間一髪で横っ飛びした。ごろごろ地面を転がりながら地面に足をつけて体を起こす直前、頭頂部を掠めてキリンの首が横切っていいった。あまりギリギリぶりに背筋が凍る。
どれだけあいつは首が柔らかいんだろうか。首の根本から真横に折れ曲がって、まるでカーボーイが使う投げ縄のようにブンブンと高速で振り回される凶器。ホラー映画の首骨折してるゾンビよりもたちが悪い。
クマのように煽って魔法を引き出す隙がないのだ。
いや、まじ。ブンブン首振ってて活き良過ぎだよ。ちょっと死んだ目してるくらいがいいって!
致し方ないが、相棒に力を貸してもらうとしよう。
ジラフの首の回転が終わり、その縦に長い首がふらりと揺れた。すかさず俺は駆け出しつつ「ウィウィ!」と叫ぶ。
すると、岩陰に隠れていたウィウィがひょこっと顔を出して手に持った石をキリンに向かって投げつけた。さすがに目などの急所は背が高すぎて届かないが、小石はしっかりとキリンの胴体に当たった。
ふらついていたキリンは首をぐりんと真後ろに向けてウィウィを見つけた。怒り狂って首を振り回すために体を逸らす。ウィウィはびくりと怯んだものの、俺が事前に指示していた通りに石を投げ続ける。途中で石が尽きたのか、俺のバッグの中に入っていた国語辞典まで投げ始めた。
キリンがウィウィの方へ体ごと向けたので、こちらにキリンの尻が向いている。俺はそこで靡いている尻尾に飛びついて思いっきり噛んだ。
キリンの口から悲鳴の鳴き声が漏れる。かと思うと、その口端から黒いもやが溢れた。魔法だ。
まだ顔はウィウィの方を向いている。俺は即座に尻尾を放り出してウィウィの方へ走った。それと後ろ足が高速で蹴り出されたが、もう俺はそこにいない。早いだけが取り柄だ。
ウィウィがいる岩の前に滑り込むと、キリンは低い唸り声と共に口のもやを一層濃くした。モヤは黒いダイヤ型の物体となり、無数に宙に浮かぶ。
「頭引っ込めとけよ!」
「うん!」
キリンはこちらに走り出しながら、首を振り回して無数の黒いダイヤをこちらに発射した。鋭い鋭角が青白く光る。迫り来るダイヤの一つをきちんと目で追い、俺の腹に着弾する直前で叫ぶ。
「“反射ァッ!”」
特に迫ってきていた三つのダイヤが光って瞬き、跳ね返った。一直線に戻っていったダイヤは、キリンの首の中腹を貫通。続いて残りの二つもほとんど同じ軌道を飛んでキリンの首をぶつ切りにした。赤黒い血の尾を引いて、ダイヤはその先にあった壁に突き刺さる。
「やっ……と成功したァ!」
切り離された首が脱力した蛇のように地面に転がり、操縦士を失った胴体が膝から崩れ落ちた。
首だけニョロニョロ動いて俺の腕噛み付いて持ってったりしないよな!? モ○みたいに!
しばらく様子を見ていたが杞憂だった。キリンは完全に死んでいた。
あれ、なんだっけこいつの正式名称。忘れた。
「ウィウィっちゃーん! 援護サンキューマート」
「やくに立った?」
「いやいやホントお強ぉございますわ」
振り返ると俺にあたらなかった大量のダイヤが周りの岩壁にサクサクと刺さっている凄まじい光景が目に入った。中にはバターのようにスッパリと切られている岩もある。岩陰に隠れていたとはいえ、念のためウィウィの前に出ていてよかった。
倒したと思って安心したら、岩を貫通したダイヤがウィウィにぶっ刺さってたとか洒落にならん。発狂する。
「ふふ、ウィウィたち、つよくなった!」
「もう世界最強だな。まあ、まだ攻撃力も防御力もカスだけどな!」
ウィウィも俺もまだ攻撃力は50を超えていないし、防御に関しては30もいっていない。ザコすぎて逆にそれでも生きている自分のド根性が誇らしい。
これでも俺たちはダンジョンの上層目指して三日ほど進んだ。鑑定で見極め、魔法を使う魔物とは戦い、相性の悪そうな魔物からはひたすら逃げた。
そうしてテンポ良く、いのちだいじにきた結果、俺たちはすでに最下層から二十階層ほど上にいる。
魔物と戦う際には、絶対に必要な俺の反射のスキル。クリエティカル反射が成功するのは五回に一回くらい。失敗する原因は全部俺がちゃんと唱えられていないかららしい。
そんな俺の失敗をカバーして、敵が魔法を撃つ機会を増やしてくれるのが、ウィウィの投石だ。これが意外と魔物を挑発できる。
腰に手を当てて胸を張っていたウィウィの腹が鳴った。
「腹減ったよな。今鑑定するから待ってろ」
「食べられるかな?」
ぶつ切りキリンにスマホのカメラをかざした。
食用でありますように食用にでありますように……食用じゃねえ!!
そうだよなあ、カラーリング完全にパンダだし。パンダ食べられるよって言われても困るし。こいつはキリンだけど。どっちでもいい。
「ごめんウィウィ、こいつ食えない」
「はわああッ! 残念……」
無慈悲な事実に、ウィウィは袖の余った手を口に当てて目を見開いた。
なんか既視感ある反応だな。気のせいか。
とにかくこのままではウィウィの頭と足がくっつく。
今まで食用の魔物は何体か倒して食べたが、食べ置きを保存する容器なんてないので、完食できなかったときは食いかけをその場に残していってる。なので当然手元には魔物の肉はない。
仕方がないので、ギリギリまでは我慢しようと思っていたとっておきをバッグから取り出した。
「お前にはこれを授ける」
「なにこれ?」
「メロ~ンパ~ン」
こっちに来る前に友達に奢ってもらったコンビニのメロンパンだ。コンビニのでもかなり美味い。
荷物でパンパンのバッグに三日間入りっぱなしだったから少し潰れてるけど、味は見た目で決まってたまるか。
俺はメロンパンを包むビニールを破ってウィウィに差し出した。袖から手を出しておずおずと受け取ったウィウィは、じっとそれを見つめている。
「キラキラしてる?」
「ん、砂糖かな」
「めろーんぱーん……」
ウィウィの村は文明発達スローだったっぽいからな。メロンパンどころかパンという存在があったかどうか。
「かぶりつけ!」
「おお……」
俺がそう言ってやると、ウィウィは満を辞してメロンパンを少しかじった。
欠片をコロコロと口の中で転がしている。その表情がだんだんと輝いていくのを見て、俺は思わず口が綻んだ。しかし、ウィウィはメロンパンをビニール袋の中に戻してしまう。
「ちょっとずつ食べる!!」
「せこいな~~~。そういうの好きだぞ」
やべー。顔輝かせたときのウィウィの顔かわえーーーーーーー。
暴れ回りそうになりながらも俺は感情を抑える。
ダンジョンはまだまだ先がありそうだ。今日も行けるところまで上へ進んで行かなくてはならない。
俺はまたウィウィを背負って、駆け出した。耳元でパンをかじる音が聞こえた。
・ ・ ・ ・ ・
踏破を拒まれるダンジョンとは、コハクトにとって初の体験であった。
何なく最下層についた勇者一行は、ダンジョンのゴールの証である紋様がついた大扉の前まで来ていた。しかし、それは沈黙を保ち、一ミリも開く様子がない。
今までこんなことはなかった。
それに――魔王がいない。
勇者たちがこのダンジョンに潜った目的は、このダンジョンの中に入って行ったという魔王らしき人影の捜索兼討伐である。
彼らは全て一階層ずつマッピングをする勢いで捜索し切りながら最下層まできた。最下層に関しては、膨大な広さがあったのでたっぷり三日かけて探索した。目撃した魔物は全て斬った。あの中に魔物に変装した魔王はいなかった。いったいどういうことなのか。
「――むッ! 勇者殿! 勇者殿ォーーー!」
コハクトがあらゆる可能性を考えている間、大扉に張り付いて調査していたアノネがテンションの高い叫び声でコハクトを呼んだ。
「聞こえてるよ……どうした、アノネ?」
「キルト大魔導士と――」
「早く」
「ハイ」
一瞬で興奮を萎ませたアノネは、指抜きのグローブから出た人差し指を大扉の中心に向けた。
「ここに不自然な窪みがありますよね。この扉が他のダンジョンの扉と同じものと仮定するなら、ここにこの扉を動かす動力源であるパーツがはめ込まれているはずなのですが、見ての通り今はないです」
「これが動かない原因かと」と、パーティー最大の知能をひけらかすことができて、アノネはまた胸を張っている。
「そのパーツって……取れるものなのか?」
「少なくともそういう話は聞いたことがないですな。このダンジョンのみの特性と言われればそれまでですが……これが重要なものだというのは確かです」
つまり、そこにはめる何かがないと扉は開かない。
コハクトは今すごく焦っている。できるならこの扉を叩き切ってでも先に進みたいのだが、それは叶わない。ダンジョンの最下層のこの扉は、どのダンジョンでも全ての攻撃を無効にするという性質がある。簡単に言うと、壊れないのだ。正当な方法で開けないといけない。
「でもそんなパーツ落っこちてなかったよねえ。ボクら、フロア全体捜索したんだから。魔王もいなかったし……残るはこの先くらいなんだけど」
パンプはすんすんと扉に鼻を近づけて匂いを嗅いでいる。
魔王がいるとしたらこの部屋の先――確かにその通りだ。しかし、コハクトの心は何かに引っかかっていた。その引っ掛かりに答えを出す前に、壁際で食事の準備をしていたフェルムが口を出した。
「そもそも、魔王がここにいるなんてどこ情報ですか? あんな大陸滅ぼすような魔王がこんなとこにいる方が不思議なんですが……」
「いや……いや。確かな人物からの情報だ。俺にも不思議ではあるが間違っているとは考えにくい」
「……そうですか。そうですよね、ボクの考えなんてそうそう当たるわけが……あはは、あははははは」
コハクトに悪意なく完全否定されたフェルムは、また自虐気味になってしまった。これから作る休憩食の隠し味に負のオーラが混ぜ込まれないか不安だ。慰めようかコハクトが迷っていると、そこら中の匂いを嗅いでいたパンプが「あっ」と声を上げた。
「すごい、ボクも天才かも」
「おいおいおいおい! ワタシから天才の座を奪うんじゃないパンプゥ!」
パンプは糸目をきゅっとさらに瞑って、どこかの自称大魔導士の真似をして胸を張った。アノネが激怒している。
「アネモスベアーの血が、生き物に付着すると激臭をはっするする特性は知ってるよね」
「そうですね、無闇に魔法をぶつけて血を撒き散らして髪についた時は死ぬかと思いましたから」
はっきりとその様子を思い出せるようで、アノネは怒りを抑えてウンウンと頷いた。
パンプのいう通り、アネモスベアーの血液は特殊だ。肌や髪の毛、獣の毛で織った洋服などに付着すると人間でも鼻が曲がるほどの激臭を放つ。それは水で落とせばほとんど匂いは消えるが、嗅覚の優れた種族にははっきりと嗅ぎ分けられるくらいには匂いは残る。
「ずっと気になってただろお? このルームにあるアネモスベアーの死体」
パンプはルーム隅に初めから綺麗に切り裂かれて死んでいたアネモスベアーを指した。その傍には足の肉が骨意外綺麗になくなっている亀の魔物の死体もある。不思議に思ってはいたが、大扉に気を取られて今まで気にしていなかった。
パンプ曰く、そのアネモスベアーの血をかぶった“何か”の匂いがこの部屋の至る所からするらしい。ルームの中にある川で血を洗い流したようだが、匂いは当然完全には消えない。
次にパンプは大扉の例のくぼみを指した。その一部のみから集中的に、その“何か”の匂いがするのだという。
「魔物同士が戦ってクマさんの血を被ったところまではよくあることだけどねえ」
「そうか、その血を丁寧に洗い流して、しかもそのくぼみに関心を示していたとなると、ただの魔物とは考えにくい。魔物だったとしても相当知能があることになるのか」
パンプの言わんとしていたことがわかり、コハクトはうなづいた。
「えっと、それじゃあその“何か”が扉のパーツを持ってったってことですか?」
「その可能性が高いな」
「……!? あ、あた、当たった……!?」
自分の意見が採用されたことに驚愕して、フェルムはフライパンの上の肉が焦げ始めていることに気がついていない。
肯定したものの、コハクトは疑問が浮かんでいた。前述した通り彼らはここにくるまでの魔物は全て借り尽くした。それらしい魔物は一体も――いや、いた。
――そうだ、一体どころか二体も逃していたではないか。
もしかしたら、あれが魔王だったかもしれないと思うと、コハクトの執念は燃え上がった。やはり逃すべきではなかった。仲間たちも同じことを考えているようで、顔を合わせると同時に頷いた。フェルムは戸惑ってキョロキョロと他三人を見ている。
「パンプ、その匂い追えるか?」
「勇者くんが願うのならば」
「当然だ」
巷では食い逃げ犯等にアネモスベアーの血が入った麻布をぶつけて匂いをつけ、それを辿って捜索するなど、有効に使われていると聞いたことがある。今回にその応用はぴったりだ。
ルームを出て行こうとする三人を見て、フェルムは大慌てで調理道具を荷物の中に詰め込んで立ち上がった。焦げた肉は口の中に放り込んだ。
【本田 昊】
おそらくロリコン。でも否定している。
【ウィウィ・ウルフィア】
“めろーんぱーん”なるものに心酔中。
【コハクト】
勇者。魔王絶対殺すマン。
【フェルム】
荷物持ちテイマー。料理の腕前は良い。
【アノネ】
自称大魔導士。頭はちゃんと良い。
【パンプ】
警察犬の生まれ変わりかもしれない。
2020.12.28:修正




