12.生肉バイキング
この世界の神の頂点に立つ創造神の仕事はこの世界の全ての神を纏め上げ、そして世界を守ることである。
だからこそ、創造神はいつも忙殺されている。
神のみが持てるアイテムである瑠璃鏡を通して世界各国の情勢、生態系のバランス、天気などを見守ってこの世界がより豊かに栄えて少しでも長く、そして人々や動植物が幸せに暮らせるように導く。それが初代創造神が決めたこの世界を導く方針である。
そんなこんなで神は忙しい。しかし、疲労というものは必ずミスを生み出す。それを少しでもなくせるように創造神でも休める場所がある。
それが、神のみが存在することを許された神界にある「ゴシュベール」と呼ばれる創造神の休息の場。いわば神の家のようなものである。
このゴシュベールは一眠りすればどんな疲れも癒す「天女のベッド」が設置され、心をふわりと安らがせる「太陽のオルゴール」の美しい旋律が常に流れ、長くも無慈悲に早い“時”の流れを遅くする「時の門」がある。ほかにも神だってできないような贅沢なアイテムが創造神の疲れを癒すためだけに存在している。
ここにいればどんな疲れも悩み事も全てを吹き飛ばす――
「ああもう! どうしてあの人だけ映せないんですかぁ!」
――とはいかなかった。
天女のベッドの上で瑠璃鏡と数時間にらめっこしていた創造神ユーリアシュは、苛立った様子で柔らかい毛布の上に鏡をぽんっと放った。
「こんな時に故障ですか!? 世界が崩壊の危機だと言うのに! それでも神に仕える神器ですかぁ!」
ユーリアシュが涙目で怒ると、ベットに落ちた瑠璃鏡から「すみませぇん……」と申し訳なさそうな返事が返ってきた。神に特に長い間愛用された神器は神の眷属として認められ、自我が宿るのだ。
肩で息をしたユーリアシュはオルゴールの旋律に数秒間耳を傾けた。心が落ち着くと、のそのそとベッドの上を移動してもう一度瑠璃鏡を手に取って「投げてすみません。あと言いすぎました」と謝った。
ユーリアシュは、異世界に迷い込んだ少年と夢の中で別れてから、必死に彼が元の世界に帰る方法を探していた
しかし今の所の成果はゼロ。時の門の力を使ってゴシュベールの外に流れる時を限界まで遅くして時間を稼いだが、その時間を使い切る前に頓挫した。
なので、世界のどこでも覗き見れる瑠璃鏡の力を使って彼の様子を見ようとしたのが二時間前。なぜか彼の姿を映すことができずに四苦八苦試し続けて一時間。ついに我慢の限界が来て鏡を投げたのがさっき。
「どうして……」
「申し訳ないですが、ワタシもよくわからんですね。普段なら念じる前にもう見えててもいいくらいの速さ誇っとるんですが、なんだか強い力に弾かれてしまうというか」
鏡の軽い口調で告げられたその言葉に、ユーリアシュは考え込む。
最初に少年を見つけ出した時もこの瑠璃鏡を使っており、その時は何の問題もなかった。しかし、今はこの有り様である。世界の他の場所は問題なく映し出すことができるのだ。彼を映そうとするときだけ、まるで磁力で反発するように勝手に全く関係ない場所が映し出されてしまう。
「強い力ですか……」
その言葉で思い当たることがあった。ユーリアシュの神通力はこの世界で一番強い。しかしそれを上回る力と言ったら、他の世界の神の存在の干渉しかあり得ない。
――フィフティマか。
それ気がついた途端、ユーリアシュは無力感に襲われた。
フィフティマ。少年をこの世界に連れてきたカオスその人だ。
彼は初対面の時こう言っていた。
『こっちに異世界の人間送ったから! 間違えてダンジョンの下層に送っちゃったけど、勝手に手出さないでね! 手ェ出したらこの世界滅亡させるから!』
ユーリアシュはすでに本田昊に手を貸してしまっている。しかし、今こうして世界が滅んでいないのは事実だ。しかし、そのことを楽観的に喜ぶことはできない。
ユーリアシュは少年を映さない瑠璃鏡もう一度覗き込んだ。もしかしたらこれは警告なのかもしれない。自分はお前を見ている。これ以上の手出しをしたら次はないぞ、という。
「まずいことになりました……」
「創造神、ワタシが力になりますから」
「……そう、ですね」
ユーリアシュは創造神としての自分の責任を思い出した。他の世界の神に恐れてこの世界の安全管理を疎かにするなどもってのほかである。
少年は、ユーリアシュの力によって絶大な力の防御系スキルを獲得しているはずだ。いまは彼が生き残るのを信じるしかない。
ユーリアシュは創造神だが、決して頭が天才なわけではない。まだまだ未熟で二代目創造神として未熟な部分の方が大きい。それでも先代が大事に育んできた世界を滅ぼすわけにはいかない。
天女のベッドの毛布を体にキツく巻き付け、時の門の効果が続いていることを確認した。オルゴールの音量も最大にする。
「まず、もう一度古い文献を漁ります! 今度はこの世界の仕組みをもう一度理解するために全ての文献に目を通します! 瑠璃鏡は常に下界を監視して異変があればすぐに報告しなさい!」
「わかりましたぁ」
立ち上がったユーリアシュの表情は決心で引き締まっていた。神界最大であるゴシュベール内の書庫から本を神通力で呼び出だす。
その時、ユーリアシュはふと思った。そういえば、自分はまだあの異世界の男子高校生の名を聞いていなかったな、と。
・ ・ ・ ・ ・
「あちょおおおおおッ!」
ウィウィは首を傾げた。彼女の視線の先では、相棒になったばかりのソラが岩に向かっておかしな決めポーズをしながらチョップを繰り返している。
ウィウィが今いるのはダンジョンのルームに入る直前の通路。ソラに言いつけられて壁に身を寄せている。
ソラ曰く、いまチョップを繰り出しているターゲットである岩は、岩の姿をした魔物らしい。ウィウィにはよくわからないが、「すまほ」なるものから教えてもらったのだとか。
奇声を上げながら岩を掌で叩きまくるソラは肩で息をしている。
そんな必死に頑張るソラを見て、ウィウィは余っているジャージの袖を口に持ってきた。元の服はボロボロで寒そうだからと言う理由でソラのバックの中にしまわれている。今はこのジャージがウィウィの服だ。
「待ってろウィウィ。俺が今お前の腹を満たしてやる!」
「う、うん……」
ここしばらくこれを繰り返しているが、その魔物が動き出す気配はない。
ウィウィは後ろから微かに見えるソラの顔をじっと見つめてもう一度首を反対側に傾ける。
出会った当初からソラは不思議な人間だった。よく一人でおかしな動きをするし、妙にテンションが高いし、自信家なのに、全く偉そうな印象は受けない。よくボーッとしていて、たまにころっと表情が満面の笑みになったり絶望したりと一瞬だけ変わっていくので面白い。
何よりも。自分を守ってくれたあの行動からして、ウィウィは彼が悪人では無いと確信していた。だからこそ彼の相棒になると決めたのだ。
「手強い奴め……異世界召喚者ナメンナ!」
ウィウィが見守っていた中、ソラは一際大きな声でそう言い、その岩を今度は足で蹴っ飛ばした。
「いでえぇぇぇええええ!!」
ソラはダンジョンの床に倒れ、爪先を抑えて悶え苦しむこととなった。革でもないただのシューズでそんな硬い岩を全力で蹴飛ばせばそうなる。ウィウィでもわかる。
しかし、無意味な痛みではなかったようだ。やかましいソラの叫び声に反応したのか、岩がガタガタと独りでに動き始めた。
のっそりと岩が浮き上がったかのように見えたが、よく見ると石の下に太い四本足が生えてきていた。岩の突起だと思っていた部分にあった黒い目が開かれたことによって、そこが頭だったことが判明する。
「ほ、ほんとうにまもの……!?」
村の外から出たことがなかったウィウィは、これで魔物を見るのはソラと同じ三体目である。
全体を見ると、岩を背負ったような体長二メートルほどの亀の魔物のように見えた。その硬そうな首を右左と動かして、ソラの存在に気がつく。
いまだに悶えているソラは、亀の魔物が起き上がったことに気がついていない。あっと思った時には亀の魔物はバカッと大きな口を開けて、その口内に眩い光の玉のようなものを作り出した。魔法を発動しようとしているのだ。
「そ、ソラ! ……まほう!」
「え? うおっ!? ちょ、はんしゃはんしゃはんしゃ!!」
亀が作り出す光の玉の光る強さが増し、焦ったソラは連呼する。直後に光の球から熱を持った太い光線がソラに向かって一直線に放たれた。
もうだめだと悲鳴を上げたウィウィだったが、ソラのものではない断末魔が響いたことで驚いて目を見開いた。ソラは無傷だった。一仕事したと言いたげに額を拭っている。
亀を見ると――頭頂部から背中にかけてその表面が平らに消し飛んでいた。完全に脳は消滅している。傷口は完全に焼かれてしまったのか、血が一滴も出てこない。
「……勝ったッ!」
グッと拳を天に掲げたソラは、全く努力の伴っていない汗を振りまいた。
「しんだ……」
「見たかウィウィー! 俺のこの強さ!」
「すごい!」
反射スキルに頼った実力を惜しげもなく披露するのもそこそこに、ソラは絶命した亀を引きずった。
三分ほど歩いて、ソラとウィウィの二人は大扉のある例の部屋に戻ってきた。
二人の相棒結成から一時間と経っていない。そんな関係達成に喜んでいる暇なく、二人はある大問題に気がついた。
生き残るためには魔物に負けなければいいと言うことしか考えていなかった。しかし、そんなことよりも大事な、自分たちがエネルギーによって動く生物だと言うことを忘れていたのだ。
つまり食事である。食糧危機だ。
そんな時、幸運にも以前の鑑定で魔物の中に食べられるものがいるという情報を得ていたこと思い出したソラは、早速倒した熊にかぶりついてみた。ウィウィも揃って。
そして吐いた。ウィウィも揃って。
鑑定してみてアネモスベアーは食用ではないと知って落ち込んだ。それから、このダンジョンで食べられる物を探すため、探索に出たのだ。
一度は狩り尽くされたとはいえ、原理はわからないが魔物は一定期間で復活するらしい。大扉の部屋から出てみると、数は少ないが最初にソラがダンジョンを探索した時よりも確実に魔物が増えていた。
否食用の魔物との戦闘は避け続け、そうして鑑定で見つけた食用にできる魔物がこの亀である。ダンジョンの壁床天井をとにかく鑑定しなければ見つからないような魔物だったが、さて、味はいかほどか。
「あれ、これどうやって捌くんだ……? 鑑定してスマホー」
ソラが独り言を言うと、彼の胸ポケットの中から声が響いた。
【リトスタートル:亀型の魔物。光属性の貫通魔法を使用する。普段は岩に擬態しており、獲物が気が付かずに横切ったところを魔法で攻撃して狩る悪食。体表が恐ろしく硬く並大抵の攻撃は受け付けない。しかし、普段体の下に足の肉は他の部位よりもとても柔らかく、食べると大変美味であるため市場では高級食材として扱われている】
「足だ! 足に噛みつくぞ!」
「あし!」
声高に叫んだソラは勢いよく、亀の足に噛み付いた。
そして吐いた。
「話が違うんですけど~~~!?」
美味しいはずなのではなかったのかとキレた様子のソラがスマホに怒鳴っている間に、ウィウィは恐る恐るソラに倣って亀の足に噛み付いた。ほぼ岩のように硬い体とは違い、その足は柔らかくてウィウィの狼らしい犬歯で簡単に表面の皮を噛みちぎることができた。
むぐむぐと頬張った皮と肉を咀嚼したウィウィは、やがて目を光らせた。
「やわらかあい! ちょっとおいしい!」
「え、マジで言ってんの? まあ、お前がいいならいいけど……」
ソラが戸惑っているのも脇目も降らず、ウィウィは亀の足をせっせと小さな腹に詰めていく。こんなに柔らかくて味のあるものは食べたことがなかった。
「あ、そうだ……」
忙しそうなウィウィの横でソラは胸ポッケのスマホを取り出した。
「なーなー、ウィウィのステータスって見られないのか? 鑑定するだけだと種族情報しか出てこないだろ?」
【この世界ではステータス確認用魔道具を使うか、専用スキルを使用することで確認できます】
「……つまり?」
【このデバイス本体がステータス確認用魔道具でもあります】
「できるんなら最初からやれ!」
ウィウィがふとソラの方を向き直ると、スマホのカメラを向けられていた。その意味がよくわからず、口の中にあった亀肉を飲み込んだ。
それと同時にスマホからつらつらと情報が報告される。
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ウィウィ・ウルフィア Lv.2
種族:レッサーウェアウルフ
攻撃:10
魔力:1
防御:4
俊敏:11
知能:3
幸運:50
【技能】
チェルジLv.3
【身体情報】
生肉消化Lv.5・病気耐性Lv.2・火傷耐性Lv.1
【称号】
サルギナ大迷宮の守護者
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「ウィウィのなまえ……?」
「お、おう……これでウィウィのこと鑑定したんだ」
ウィウィは一旦食べる作業を中断して、ソラのそばに近寄ってスマホを覗き込んだ。
しかし、そこには見たことのない文字の羅列が並んでいて「よめない……」と落ち込みかけたが、一度瞬きした直後にはウィウィが認識できる瞬時に文字に置き換わっていた。不思議な現象に、ウィウィの好奇心がくすぐられる。
「ぼ、防御、4? 知力……3……」
「う、ウィウィにまりょくがある……! 1だけど……」
いままで狼族だからと言う理由で魔力を持たないと信じ切っていたウィウィは、こんなに少ない数値だったとしても驚愕していた。
「ウィウィは自分のステータス見たことなかったのか?」
「う、ん……本とか村のおじいちゃんのお話では聞いたことがあったけど、見るほうほうがなかったから……」
「ああ、そっか。専用のスキルとか要るんだったっけ。にしても、レベル2か……」
レベルというものは魔物を倒したりすることで上がっていくらしい。ウィウィはそのことを知っているので、逆に納得いっていないように首を傾ける。
「ウィウィ、まものたおしたことないのに……どうしてレベルが2になってるの?」
「んー? なんでだろ……あ! 実はウィウィは寝ている間だけ強くなるタイプのキャラで、自分が倒したことないと思ってるだけとか――」
【経験値は魔物討伐によってのみ得られるわけではありません】
ソラが自分の考えを熱弁しようとしたところで、機械音声が割り込んできた。
【戦闘の中で経験を得るだけでも、少ないながら経験値は得られます】
「戦闘の中ってことは……あ! あれじゃね? 俺らが初めて会った時にお前ミミックの姿でデカ狼に噛み付いてたろ!」
「あ……!」
「やっぱ俺が見込んだだけのことはある、ウン」
ウィウィは赤面した。
ソラの特徴はもうひとつあった。何気ないことでもものすごく褒めてくるのだ。返事の仕方がわからないので黙ったままだが、表情は嬉しさを隠し切れていない。
――やっぱりソラはいいやつだ。
【ユーリアシュ】
この異世界の創造神。実は二代目。ただいま世界を救うために奮闘中。
【本田 昊】
やはり高いのは脳内テンションだけだった。無表情が仮面のように顔に張り付いているようだ。
【ウィウィ・ウルフィア】
狼族の少女。褒められると弱い。
2020.12.28:修正




