打ちっぱなし
「いらっしゃいませ」
「すみません、打ちっぱなしに来たんですが……今日空いてます?」
「すぐお調べします。あぁお客様、大変申し訳ございません。『打ちっぱなし』ですが、ただ今全て埋まっていまして……」
「そうですか……」
「ゴルフの『打ちっぱなし』以外にも、当店では様々なレクリエーションを用意しておりますよ」
「へえぇ。じゃあ、他にどんなのが空いてます?」
「そうですね……あ! 『泣きっぱなし』なら、空いてるみたいです」
「泣きっぱなし?」
「ええ。ちょうどこないだ新設したばかりの部屋でしてね。言葉通り、お客様を『泣きっぱなし』にさせる所でございます」
「ちょっとよく分かんないな。具体的には何をするところなの?」
「『泣きっぱなし』はですね。まずゲージに入って、ゴルフクラブを構えたら、前方のスクリーンにお客様が感動しそうな映像が流れます」
「フゥン……それで?」
「それから部屋も暗くなって、BGMも、とんでもなく壮大なヤツが……他にも仕掛けがいっぱい! 涙腺崩壊必至ですよ。『泣きっぱなし』ですから」
「入る前からそんなこと言われてもなぁ。大体それ、クラブ構える意味あるの?」
「じゃあ、こんなのはどうでしょう。『勝ちっぱなし』」
「勝ちっぱなし……何それ? 面白そう」
「でしょう? 普段負けが込んでる人たちとか、そりゃもう大人気なんですよ。見たところお客様の人生も、負けっぱなしみたいですけど……」
「余計なお世話だよ」
「『勝ちっぱなし』なら、心配いりません。ゲージに入ってクラブを構えたら、何をやっても勝てます」
「何をやっても??」
「はい。例えばお茶を飲んでいても……ゲージに内蔵されたAIが、『お茶を飲んでいる時点で貴方の勝ちだ!』と褒め称えてくれます」
「……なんかズレてない? それ」
「他にも、嫌なことがあって落ち込んでても、『君はそれが”嫌だってこと”を知っている……つまり裏を返せば、何が”良いこと”なのかってことも、ちゃんと知ってるってことさ! 大丈夫、君の勝利だ』!」
「良くわかんねえ。無理やり勝ちにしてるだけじゃん」
「『勝ちっぱなし』ですから」
「大体それ、クラブ構える意味は?」
「困りましたねえ。『泣きっぱなし』も、『勝ちっぱなし』もダメだとなると……」
「なんかさぁ。もっとちゃんとしたの頼むよ。色々ストレス溜まっててさ。ゴルフボールでもカツーンと打って、スカッとしたいんだよこっちは」
「じゃこれだ。『スカッとしっぱなし』」
「スカッとしっぱなし」
「ええ。この部屋ならお客様は、『スカッとしっぱなし』です。入ってる間、ずっと『スカッと』しますよぉ……えぇ! とにかく一瞬足りとも、スカッとしないことがないですねぇ!」
「なんか怖いよ! さっきから、適度でいいんだよ適度で。ずっとスカッとしっぱなしって、それじゃなんかコッチがヤベー奴みたいじゃんか」
「違うんですか?」
「違うよ! なんか君、失礼だぞさっきから。空いてないなら帰るよ」
「あぁ! 待ってください、空いてます空いてます。『空きっぱなし』とか……」
「いやダメだろ。空きっぱなしが埋まったら、空きっぱなしじゃ無くなっちゃうじゃないか」
「そこがこの部屋の、ジレンマなところなんですよねえ……」
「じゃあ何で作ったんだよ。帰る」
「待って! 他にもありますって。『脱ぎっぱなし』でしょ? 『捨てっぱなし』、『散らかしっぱなし』……」
「誰が入るんだそんな部屋。いやもう、僕帰りますんで」
「か……『帰らないっぱなし』」
「今作っただろ」
「今作りました」
「さようなら」
「待っ……じゃあッ、じゃあそんなこと言うなら、お客様が作ってくださいよォッ! 作ればいいじゃないですか、自分が好きな『ぱなし』を、自分で、お客様がぁッ!」
「投げっぱなしかよ」