第八話 〜唐突な失脚〜
「今川義元どの。あなたは三好方の間者ですね。」
唐突に発せられた半兵衛のその発言に誰もが驚いた。
(………え?ど、どうなってるの?半兵衛が私のことを三好の間者だと……?あ、ありえないよ。あんなに素直で、正直ちょっとかわいかった半兵衛が……私に濡れ衣を着せるなんて……)
「い、いいえ、違いますよ!」
「そうだ。海道一の弓取りが間者な訳なかろう。」
他の織田家家臣が全力で義元をフォローする。
「違うのです。だから、なのでございます。義元どのは、京文化にも慣れ親しんでいらっしゃいます。ゆえに、京で三好方と手を取り合うことは可能でございます。」
「だ、だからって……」
そんなの理不尽だろう。ありえない。
「言い逃れは出来ませぬ。私は義元どのが城下町の遊女屋で三好方と会っているのを見ましたから。」
(………そんな訳ないでしょう。だって私は女なんだから。遊女と遊びたい訳がない。だけど……ここで、私が女だとは言えない……)
「……それにしても、驚きました。何故なら、三好方と会っていた義元どのは、客ではなく、遊女だったんですから。」
半兵衛は、義元が女であることをその場にいた全員に明かしてしまった。
「え、そ、そんな……よ、義元どのは女だったのですか…?」
恒興や勝家達が目を見開き、それと同時に、驚いた様子で義元のその更地の様な胸を凝視した。
(ちょ、ちょっと恥ずかしいよ………ってか何よ、そんなに私の胸のふくらみがないって言いたいの?)
「えぇ。そうです。私は女です。」
義元は少し冷や汗をかきながらも笑顔で言った。
だが、自信満々の半兵衛を信じた織田家家臣達からの信頼は失われかけていた。義元が性別を偽っていたことが分かったから。
「義元どの。裏切りなさったな。」
「い、いいえ!三好の件は違いますよ!」
だが、信じてもらえることはなかった。
「今川義元に城からの追放を命じる。」
そんな、冷酷非情な信長の声が響き渡るのだった。
***
(これから私はどうしろっていうのよ……)
信長の命令の後、速攻で城を追放された義元は、城下町をとぼとぼと歩き、考えた。
(はぁぁー。折角桶狭間で助けてもらって第二の人生を歩めると思ったのに、もう追放されてしまうのか………しかも冤罪で……)
義元は何も持たせてもらえず、誰もついて来てはくれなかった。
ただ一人、帰蝶だけが、悲しそうな目で、袖が垂れて真っ白な肘が見えるまで手を振ってくれた。
(ありがとう。帰蝶様。またどこかで会えることを望んでおります。)
そう心の中で思うことしか出来なかった義元に、見知らぬ誰かが話しかけてきた。
「沙月ちゃん。また抜け出しちゃったのか。いけないよ。今回はどんな格好だい。
……じゃあ…………戻ろうか。」