第七話 〜義元の目覚めと岐阜の城〜
「大丈夫ですか?」
美しい紫と黒の目で義元を見つめたのは帰蝶だった。
「あれ……吾は…どうしてここに……」
墨俣一夜城を作り、信長達と共に、美濃攻略の最終段階でもあるこの井ノ口城攻略で、義元は、勝ち鬨を上げる……はずだった。
が、そのはずの義元は今、住所と化した城内の牢屋で目を覚ました。
「あの後、天才の私とその愉快な仲間達が作り上げた墨俣城を、斎藤家の兵が襲ってきて……それで義元どのは……腕を……」
そう言う半兵衛の視線は、義元の胸を少し避けており、やはり少し恥ずかしそうだった。
「あの掘立て小屋で……あ、あぁ、確かに言われてみれば腕が痛い……」
義元は混乱で気付いていなかったが、彼女の右腕は包帯の上まで赤く染まっていてかなり痛そうだ。
「そして、あの後、天才の私のアイデアで私達は民家に火を付けるなどして裸城にして、無事、井ノ口城攻略は成功しました。斎藤龍興は情けなく逃げていきましたよ。」
そう得意げに言う半兵衛に義元は少し苛ついた。けれど、それにはもう慣れてきたので、反論はしなかった。だが、
「それでそれで、信長様に、私に仕えろ、って言われたんですが、断りましたぁ。」
今回は、流石に苛ついた。半兵衛だけにではなく、信長にも。
「な、なんで半兵衛は、仕えろ、って言われるのに吾は頼んでも頼んでも雇ってくれないのよ。」
「では、何か雇ってくれない別の理由があるのではないですか?」
「理由………ねぇ、吾には経費削減としか思えないわ……」
「ちょっと、義元どの。よ、とか、わ、なんて言ったらバレちゃいますよ。」
帰蝶は焦った様に耳元でこそこそと言う。半兵衛達には義元が女であることを隠していると思っているからだろう。だが、あの件で半兵衛達二人にはそのことはもうバレている。
「バレちゃいました。ってかバラしちゃいました。」
義元はテヘッ、という感じで言う。だが、帰蝶は、
「え……二人だけの秘密だと思っていたのに……」
などと呟き、いきなり悲しそうに小走りで去って行った。だが、義元にはその理由がいまいちよくわからなかった。
「え……?」
「義元どの、事情はよくわかりませんが人を傷つけるのはやめた方がいいですよ。」
「は、半兵衛に言われたくないわよっ!」
***
「信長様、今度こそ雇って頂けますでしょうか。」
そう言った義元の目は、言葉とは裏腹に、もう何かを諦めていた。というより、答えが予想出来ていた。
「だめだ。」
義元の予想は的中。やはり信長は彼女を雇おうとはしなかった。
「失礼ながら、何故、雇って頂けないのですか?」
「………大軍を有しながら私に負ける様な奴に払う金はない。」
淡々と話す信長は、冷酷非情そのもので、言うならば、それは……第六天魔王だった。
「で、ですが、井ノ口城を攻略出来たのは………」
義元はそう言いかけたが、大声で誰かが遮った。声の主は……やはり信長だ。
「間違えるでない。井ノ口ではなく、岐阜だ。」