第四話 〜一夜城計画と突然の訪問者〜
「申し上げます!斎藤義龍が死亡しました!」
城内に響き渡るその声を聞き、きっと信長達は集まっているだろう、と思った義元はすぐさま牢屋を出て、いつも信長に呼び出される部屋へと向かった。
やはり部屋には織田家家臣達がもう集まっていた。
「本当に死んだな。」
「はい。」
義元はほっとしたように満面の笑みで言う。
「では、雇ってもらえますでしょうか。」
「……………いや、あれは策ではないからだめだ。それより、一夜城についてもっと詳しく教えてくれ。」
家臣として雇ってもらうということを一瞬にして却下されてしまった義元。一瞬口を開けて思考を停止しかけたが、落胆している暇などなかった。
「一夜城とは、墨俣の地に、その名の通り一夜で作り上げた城でございます。」
「それは誰が作った?」
「木下藤吉郎どのでございます。」
義元の発言に、驚く様子で皆がある男を凝視する。
「わ、私が木下藤吉郎でございます。」
そう言ったのは、先日、一夜城について、ただ一人義元に異論を示した男。彼は、義元よりも若干若そうな身分の低い家臣であった。そう、農民出身ながら目まぐるしい程の出世をして天下を統一した、後の豊臣秀吉である。
だが、この頃はまだ藤吉郎も無名である。藤吉郎を見て、皆が驚き、嘲笑した。
「義元、本当にこの者か?」
「間違いありません。」
低い背、お世辞にもイケメンとは言えない見た目。そしてなにより、この田舎臭さ。前世の記憶から、木下藤吉郎、後の豊臣秀吉とみて間違いなかった。
「では藤吉郎。お前が一夜城を作ってみろ。」
やはり信長は決断が早い。
「え、し、承知致しました。」
藤吉郎はいかにも慌てふためく様子で、面を下げた。
「で、義元。少し聞きたいことがある。」
「はい、なんでしょうか。」
「この戦い、勝つか?」
その質問に対して、義元は何も考えずに、全てを知るものの笑みを浮かべながら、
「勿論でございます。相手もそれなりに強いですので、少々の苦戦は予想されますが、勝ちます。」
「そうか。安心した。」
いつもは全く感情を表に出さない信長は、今回は珍しく少し微笑んだ。
***
「あ、あのぉう。」
そう牢屋の中の義元に自信なさげな小声で言ったのは木下藤吉郎だった。
「はい?」
「今川様に一夜城を作れと頼まれたのはとても嬉しいことなのですが……そう言われても…その…やり方が分からず……」
そう言いかけた藤吉郎の頬を、義元はわざわざ扉を開けてぶっ叩く。
「それ位、自分で考えるんだよ。吾は君に出世させてあげたくて頼んだんだけど、そこまでは言えないよ。」
義元はやけに強気だった。
「で、ですが…」
(ですが、やり方が分からなくてはどうにもなりませんと言いたいのだろう。ん……………仕方ない。前世では秀吉は嫌いだったけど、ここで教えないと歴史が変わってしまいそうだ。教えてやろう。無能な私に唯一出来ることでもあるし。)
「川並衆って言うね、要するに野党みたいな人々を使って上流から材木を筏で流す。そして、もとからそこに置いていた人々によって城を作り上げるんだよ。吾にはそれ位しか見えないね。」
(歴史オタクであってもそれ位しか覚えていないからな……だけど、それだけ言って藤吉郎は果たして成功出来るのかな…)
だが、そんな義元の不安は大丈夫そうだった。
「川並衆なら知り合いがおります。そうですよね。彼らはとても有能ですもんね。ありがとうございます今川様ぁ。」
藤吉郎は両手でゴマすりポーズをする。義元は、藤吉郎が、川並衆の知り合いということを知り、少し安心した。だが、そんな安堵もつかの間……
「で、あと、そのついでに一つお願いがあります。あのぉ、先程の様に……私の頬を叩いて頂けないでしょうか………」
そんな藤吉郎の発言に、義元は顔を真っ赤にしながら、
「バチィィィィィィィィィィィィン」
という清々しい音をたてて藤吉郎の頬をぶっ叩いた。
***
「ちょっと、起きてください。義元どの。」
帰蝶は、慌てた様子で牢屋の扉を勢いよく開け、もう朝の十時頃なのにまだ寝ている義元に言った。
「え……どうしましたか……?」
「義元どのの見える未来では、今頃どんな人が来ますか?」
「えっと………」
(確か、この頃竹中半兵衛達、美濃三人衆が井ノ口城を乗っ取って……ってことは……いやでも……竹中半兵衛が藤吉郎に仕える様になるのはもう少し先だったような……でも彼しかいないか。)
「………竹中半兵衛かな?」
義元が迷いながらもそう言うと、
「多分、正解です!流石、未来が見える義元どの!」
いかにも嬉しそうに帰蝶は両手をパン、と叩いた。
「え、ま、まさかとは思いますが、も、もしかしてこの清州の城にいるんですか?」
「はい!」
「で、もしかして、もしかすると、吾はいつもの部屋に行かなければいけないとか……?」
「はい!」
帰蝶は、その美しい両目を輝かせながら二回程、大きく頷いた。
それを聞くのとほぼ同時に、義元は軽く、寝ぐせと前髪を整えて、いつもの部屋へ走っていった。
急いで行くと、織田家家臣達の目線の先には、座っていても分かる程小柄で、艶やかな短い黒髪を靡かせた、義元よりも幾らか若そうな美少女がいた。
「私は竹中半兵衛です。」