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第一話 〜桶狭間にて転生〜

  

「うふふふ。この戦いで敗将となった吾の才能を見込んで助けるとは、織田信長もなかなか賢いね。」


 そう言って、格子の中で、紺青の小袖をひらひらと靡かせながら、そして、扇子でその美しい顔を隠す可憐な()()は今川義元である。

 ()()は戦国きっての風流人(ファンタジスタ)だった()、今川氏真に代わって今川家の当主を務め、駿河国、遠江国を治める大大名となった「海道一の弓取り」である。



***

 時は戦国。永禄3(1560)年5月19日 

 

「はぁ、疲れたぁ。梅焼酎が欲しいな。」


「殿、昼間から飲み過ぎでございますよ。これは戦ですぞ。」



 ここは桶狭間。この場所で、兵力数万である「海道一の弓取り」今川義元は、兵力約二千の「尾張の大うつけ」織田信長に負け、命尽きる……………はずだった。



 体に似合わぬ大きな甲冑を身に纏った少女、今川義元は家来にそう注意され、少し不服げに言う。


「こちらは二つの砦を落としている。しかもここは見晴らしの良い山だ。案ずることはない。」


「そうだといいのですが…」



 すると、暫くして突然雲が暗くなり、いきなり大雨が降ってきた。額に氷の様なものが当たってなかなか痛い。これは雹だろうか。

 そして、家臣たちがいきなり慌てだし、先程まで、戦い真っ最中とは思えない程宴の様だった雰囲気が、一転して混乱に陥る。


「どういうことだい?」


「申し上げます!織田軍です!数は約二千!」


「そ、そうか…」


 義元の顔がみるみる青くなっていく。梅焼酎を約二十杯飲んだため、相当酔っ払っているだろうに、頬に赤みは見られない。

 奇襲報告の後、間もなく織田軍が陣の中を襲いかかってきた。


 義元の隣で先程まで話していた重臣達も皆、実戦ではほぼ使った事がなさそうな刀を赤く染めている。

 義元を守るように配置された家来たちも一人、また一人と斃れていき、鬼気迫る織田軍が義元の目の前まで来ている。

 もう無理か……と義元が刀を抜いた時、目の前の織田軍の足軽は…………泣いていた。何故か義元を斬ろうとしない。

 周りで斬って斬って斬り続けている他の織田軍の足軽とは場違いだった。

 それを見た義元は彼を斬ろうと振り上げた両手を静かに下げた。その二人だけ、周りとは違う時間が流れている様だった。


 「…お兄ちゃん…?」 


 義元自身も全く意味がわからないにも関わらず、何故かそう呟いたのと同時に、義元の頭の中に一気にものすごい量の情報が入ってきた。そう、義元の前世である女子高生、京極皐月の記憶が。

 義元は訳の分からない文字や映像にくらくらと倒れそうになる。


 「逃げなさい。」


 織田軍の足軽は、そう言って義元を逃した。


(折角もらった逃げるチャンスを無駄にしたくない)


 と、義元は必死で走った。そして走りながら考えた。

 何故あの足軽兵は敵であるはずの私を助けたのか。そして、どうして泣いていたのか。

 考えれば考えるほど、義元の前世、京極皐月の記憶が蘇ってくるのであった。


***

 前世の義元は京極皐月という、ごくごく平凡な、強いて言えば歴史好きくらいしか能のないとにかく平凡な女子高生だったこと。

 幼い頃母を亡くし、残った父はどうしようもない人で、パチンコで戦っているんだか、女の人と夜の戦(意味深)をしているんだかで、とにかくいつも家にいなかったこと。

 その為、ずっと兄と二人で生活してきたこと。

 しかし、その兄が不慮の事故で死んでしまったこと。

 悲しみのあまり放心状態であったため、横断歩道の横から猛スピードで走ってくるトラックに気付く事が出来なかったこと。

 全てが蘇る。


(悔しいな………私、もう死んじゃうんだ……………

 でも、もう大切な人を失うのは散々だ。後悔だって死ぬ程したんだ。だから、どうか、お願いだから、来世は戦国時代にだけは転生したくないです、神様…)


 だが、そんな願いも虚しく桶狭間の戦い真っ只中に今川義元に転生したということも。


***


(そういえば、私はなんで女なの?前世の記憶では今川義元は男だったらしいのに…………む、胸のふくらみがないのは甲冑を着ているからだけどっ………)


 だが、そんなこと今は気にしている場合ではない。とにかく、助かることだけを祈って義元は逃げ続けた。

 すると、いきなり後ろから声が聞こえる。


「あんた、お侍様だな。随分と豪華な服だなぁ。だから、相当偉いお侍様なんだろうなぁ。」


 その声の主は、ボロボロの服に竹槍を持った百姓数名だった。彼らは口は笑っているが目が笑っていない妙な笑顔を浮かべており、彼らからは、人を殺すことへの躊躇など感じられない。

 それを見て、義元は本能的に察した。


(…………これは…………落ち武者狩りだぁああ!)


 その瞬間、義元は全走力で逃げ出した。それと同時に農民たち(シリアルキラー)も、あの妙な笑顔で追いかけてきた。織田軍から逃げる時も全走力でずっと走ってきて、もう体力が限界かと思ったが、命の危機を感じると、不思議と疲れは全く感じないのだった。(梅焼酎二十杯の効果かもしれないが。)

 だが、この時代の農民は、少ない食事で一日中農作業をやっているうえに、戦いに駆り出されるだけ相当な体力がある。甲冑に竹槍を抱えているのに疲れは微塵も見えない。

 義元の方がすぐペースを落とし、やがて捕まった。


 「私は何も持っていません。ゆえに、あなた達は私を殺しても何も得られません。」


 心の中の混乱をひた隠しにして、冷静を装って義元は言った。実際には、額から冷や汗がだらだらと流れていることも知らずに。


 「持ってるじゃないか。

 俺たちにとって必要なのは金銀でも宝石でもない。首なんだよ。」


 百姓達はあの妙な笑顔でそう言ってくるから余計に怖い。


(せっかく逃して貰ったのに、こいつらに殺されちゃうのか…)


 そう、死を覚悟した時…


「私は織田上総介信長。こんな所で何をしておる。

落ち武者狩りなど愚かな。」

 

 それを聞くと、農民たち(シリアルキラー)は一瞬で、


「ははぁー。」


 と平伏した。

 織田信長、彼は若い頃は「尾張の大うつけ」と呼ばれたが、家督を継いだ後、どんどん勢力を伸ばしていき、天下統一まであと一歩の所で、明智光秀の謀反により、本能寺で命を落とした男。

 前世の記憶によれば、彼は、この頃「うつけ」盛りだったはずだが、服装は、別に非凡でもない。

 だが、何かが違う。黄金のマントなどを靡かせたり、ぼんやりと光ってなどいなくても、何というか、覇気が溢れている。

 まるで、麒麟のように。


「お主は今川義元か。情けない。」


「な、なんだと、吾は海道一の弓取りであるぞ。そんな軽々と諱を言っては☆¥#*♪%…」


 

 義元は動揺を隠して、強気を装って叫ぶ。最後の方は義元自身も何を言っているのかわからなかった。

 だが、信長は義元のそんな態度など気にもせず、


「この戦国の世では兄弟でさえ殺し合う。死を恐れていては生きていけない。だから、私がこの戦国の世を終わらせるのだ。」


 そう言った彼はどこか少し寂しげな目をしていた。だが、その奥には確固たる意志が見える。

 よく呼ばれている「うつけ」像とは似ても似つかなかった。


(か、かっこいい……)


「さっさと行くぞ。来ないと刺す。」


「は、はい!」


 義元はプライドなど投げ捨てて、自らを負かした人物の背の後ろをヘコヘコとついて行った。

 この時代、プライドなど気にしていたらすぐに打たれるだけだ。前世では若くして死んでしまった為、今世でこそ生き残ってやる。そう決めた義元は、戦国の覇者に着いて行くしかないと思うのだった。


 (そういえば、あの農民たち(シリアルキラー)知らない間に居なくなってたな………しかも、なんだか身体が軽いな、と思ったら甲冑がない⁉︎ 首以外いらないなんてどの口が言っているんだか……………?)





 史実では今川義元の滅亡であるはずの桶狭間の戦い。

 だが、それは彼女にとってはまだ始まりでしかないのだった。

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