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第9話

 次の日から、俺たちに新しい日課が加わった。見回りとは別の道をたどって、“結界の石”をまわるのだ。聖句も短い物でよかった。唱えるだけで何時間もかかる物だったら大変だ。


「わたしたちがやるのは形だけなの。本当は神官が行う儀式だから。やらないだけましといったところかしら」


 リースはそういいながらも祈りを捧げる。彼女が言葉を口にすると例のふわふわとした光が石からわき上がってくる。大量の玉が一連なりになってどこかへ流れていく光景はいつ見ても心が洗われるものだった。


 リースがいないときは俺やサクヤが唱える。

 サクヤの唱える聖句は歌のような抑揚がついていた。俺の全く知らない音と音程が誰もいない草原に広がっていく。彼女が唱えるとリースの時よりもたくさんの光の球がわき上がってくる。


「サクヤ、きれいな歌声だな」

 俺が感想を漏らすと、サクヤは目を伏せた。


 そうこうしているうちに俺はあのふわふわで遊ぶことができることに気がついた。聖句を心の中で復唱すると、あのふわふわがついてくるのだ。どうやら、あのまじないは光の球を呼ぶ効果があるらしい。

 俺たちが訓練と称された剣をつかった体操をしている間にも光の球はよってくる。的にして切りつけたりしてみたが、玉は器用に剣をよける。ひょいひょいと剣先を振ってみるとそれにあわせてまるで舞を踊るかのように軌跡についてきた。


 そんなことをやっていると、リースが息を切らして俺たちのところへやってきた。


「ねぇ、あんた達、子供達を見なかった?」


「いいや」


 そういえば、今日は凶悪ないたずらを仕掛けてきてないな、と俺は思う。昨日のいたずらは本当に危なかった。あやうく、落とし穴に落ちて足を串刺しにされるところだったのだ。そろそろリースに告げ口をしなければいけないと思っていたところだ。


「困ったわ。ダムが捜しているのよ。もし、姿を見かけたらすぐに知らせてちょうだい・・・ううん、あたしと一緒にいた方がいいわ。チビ達を探しに行くから、ついてきてくれる?」そういってからリースはあたりをきょろきょろと見回した。


「あれ? シーナとサクヤしかいないわよね。ゴローは?」


「ゴローには、荷物運びをしろと朝命令したじゃないか」俺は練習につかっていた剣を鞘に収めた。「まだ、仕事の途中だろ?」


「まずいわね。迎えに行くわよ」


「なにか、あったのか?」

 小走りに丘を駆け下りるリースの背中に問いかける。


「ダムよ」リースは手短に答える。「彼が、怒ってるの。子供達の姿が見えないって」


 いい気味だとちらりと思った。


 あそこの家のガキどもは最悪だからな。俺は彼らのしてきたことを一つ一つ頭の中で数えた。なにしろ俺たち“幽霊”には何をしてもいいと親のお墨付きをもらっているガキどもだ。笑ってすませることができないようないたずらを仕掛けてくる。時々殺意を感じることもあるくらいだ。きっと俺達は彼らにとって不快害虫と同じ程度の認識なのだ。


「ゴローのところへ行こう」


 畑の道に出た俺は、ゴローが作業をしているであろうと思われる方へ向かおうとして、足を止めた。


 サイレンが鳴っている? 

 ちがう、これは俺の頭の中で鳴っている音ではない何かだ。


 リースも足を止めた。


「今のは、なんだ?」


「警告だわ。こんな時に魔獣が出るなんて」


 畑仕事をしていた人も一瞬動きを止めて、それから騒ぎ始めた。


「落ち着いて、村に戻りなさい。今、すぐ」リースが叫ぶ。「まだ、結界は破られていない。自警団を呼んで。村を守るよ」


「こっち」サクヤが村の外に向かって走り出す。


「ちょっと、あんた達」リースが慌ててサクヤを追う。


「こっちで鳴った」村へ向かう村人を押しのけるようにして俺はサクヤの金色の髪がたなびくほうへ進む。


 村の入り口あたりで泣き叫ぶ子供とすれ違った。子供は一目散に村へ向かって走って行く。

 村の入り口、門ともいえない石積みの向こうに荷馬車が止めてあった。ゴローが運ぶ予定だった干し草の束が道に散乱している。


 危うく馬車の陰で泣いている子供を見逃すところだった。


「何があった」俺はおびえて泣いている子供を馬車の下から引きずり出した。数珠つなぎで数人の子供が這い出してくる。「ここで何をしていた」


「おれたち、わるいけものをたいじに…そうしたら、おおきいのが」


「ここにいた黒い人はどこにいった」


「くろいゆうれいは、ここにいなさいって、森に」


「まだ、結界は破られてない、あなたたち、村に戻りなさい」リースが子供達を門のうちに押しやる。「まっすぐに走って」


「リース、おまえも戻れ」

リースは首を振った。

「武器もないのに、どうするつもりだ」


「武器ならある」リースは門の脇に置いてある松明をとる。「ここに聖なる松明をともしてから、行くわ。先に行っていて」


 すでにサクヤは森に向かって走っている。俺は転がるように後を追った。


 聞き慣れた乾いた音が森から聞こえてくる。戦いの音だ。


 手入れされている森は明るかった。俺たちはすぐに異形の“陰”を発見した。

 人の数倍の大きさがある“陰”はまるで犬のような形をしていた。体の周りをうねっている触手を気にしなければ、の話だ。


 剣戟はその犬もどきの陰から聞こえていた。ゴローが一人で戦っていた。鎧も何も身につけていない彼の体からは幾筋も血が流れていた。


 彼は大きな木を背にして、戦っていた。彼の背後には抱き合っている小さな影が二つ。逃げ遅れた子供だろう。


 村人を守れ。俺たちにかせられた命令だ。


「サクヤ、あれをこっちに誘導するぞ」


 俺は先を行く仲間に声をかける。サクヤはさっと剣を抜いて怪物の背中を狙う。触手の一本がまるで見えているかのように、サクヤを狙ってたたきつけられた。彼女はそれを横に飛んでよける。そして返す刃で触手を断ち切った。


 犬の化け物は、サクヤを敵と認めたようだ。ゴローを相手にしてた何本もの触手がサクヤの方を向く。


「ゴロー、今のうちに子供を連れて、村へ逃げろ」俺は大男に叫んだ。


 大男は泣き叫ぶ子供を両脇に抱えて、後退する。


「こっちだ、馬鹿」俺はゴローを追おうとする黒い影に切りつける。


 堅い。

 切りつけてすぐにコイツの体が並の堅さでないと気がつく。下手をすると剣が折れてしまいそうな堅さだ。


「堅いぞ。触手を狙おう」

 俺の声が聞こえたのか、どうなのか、サクヤは自分に向かってきている触手を切り落とし始める。


 これが魔獣なのか。俺は初めて見るそいつの生き物としてのでたらめさに焦りと気持ち悪さを感じ始めていた。犬のようななりをしているのに、表皮は亀の甲羅並みに堅くてつやつやしている。空中でしなりながら俺たちを狙ってくる触手は切り落としても、切り落としてもいっこうに数が減った気がしない。


 このときばかりは感情が抑制されていてよかったと思う。そうでなければ、わめきながら自暴自棄の攻撃を仕掛けるか、さっさと背を向けて逃げ出していたことだろう。


「くそ」


 俺もサクヤもコイツを倒す方法を考えあぐねている。コイツの弱点はなんだろう。今の俺たちは軽装の装備しか身につけていない。時々繰り出される爪や牙の攻撃に当たれば致命傷をおうだろう。


「離れて」突然リースの声が響いた。


 俺は背をかがめて後ろに転がった。次の瞬間、光が俺のいた空間を通過する。


 それが当たった瞬間初めて怪物は声を上げた。耳障りな長い悲鳴だった。あれほど剣を通さなかった体に一本の矢が深々と突き刺さっている。


 俺たちの後ろにリースが弓を構えて立っていた。彼女が弓を引き絞ると、ふわふわした光が集まり、矢とともに鋭い光に変わって怪物のほうへ飛んでいく。


「リースに近づけさせるな」

 俺はリースのほうへ伸びていく触手を切り落とした。


 一撃、また一撃・・・リースの弓の腕は確かだった。


 光る矢が当たるにつれ触手の数が減っていくのがわかる。怪物の体も徐々に小さくなり、怪物がわめいている時間も長くなっていった。


「めぐる力、天の光よ。我らに御力を与えたまえ」リースが何か口の中で唱えている。

「我に、汝が祝福と地の恵みを」


 リースの攻撃を後押ししていた光の一部がふわふわと俺のほうにまでさまよってくる。


 そうか。俺はリースの祈りに唱和する。


「我に今日生きる力を与えたまえ。我らに憐れみと慈しみをもたらしたまえ」

 剣の周りに光が集まってくる。


「我らが敵を討ち滅ぼし、我らに輝きを与えたまえ。巡り巡りくる命の炎よ」巨大な爪が俺に向かって振り下ろされたが、剣の光がそれをはじき返した。

 俺はそのまま怪物の懐に飛び込む。


「天にあるべき物は天に、地にあるべき物は地に、影にあるべき物は影に」


 犬のあごとおぼしきところに剣を下から突き立てる。さほど抵抗もなく刀身は怪物の体に飲まれた。


「あるべきところへ還れ、精霊の御名の下に」

 そのままえぐるように剣をひねる。頭の上から黒い液体が降ってきた。


 液体は、光に触れると霧のように影を消し、そしてなじみある赤い液体に変わっていく。


 俺は剣を下ろした。


 確かに貫いたはずの怪物の姿はもうどこにもなく、足下にしなびた犬のような生き物が転がっていた。

 ただ、俺が浴びた血だけが、巨大な何かがそこにいたことを証明していた。


「シーナ!」

 リースが俺のところへ駆け寄ってきた。赤く染まった俺の姿を見て息を呑む。


「これは俺の血じゃない」俺は足下の死骸を足でつついた。「これが、魔獣なのか」


「ええ」リースはそれを見下ろした。「魔獣って倒すとこんなに小さくなるのよ」


 リースは貸して、といって俺の剣をとると、それで遺体の首を切断した。みるみるうちに胴体の部分が黒い影になって宙に散っていく。


「魔獣は核だけ残して消えていくの。核は、神殿で浄化しないといけないから持って帰らないといけないのよ」


 リースは首を落ちている枝に串刺しにする。


 サクヤもやってきて、怪物の首を無感動に見つめる。


「これを持って村に帰りましょう」リースがいやそうにその枝を俺に押しつけてきた。「みんなに魔獣を倒したことを報告しないと」


 これを俺が持って帰るのか? あまり持っていて楽しい物ではない。俺はまだ原型が残っている魔獣を目の前に持ち上げて観察した。グロテスクだ。鑑賞して楽しめるものではなかった。


 リースはあちこちに落ちている矢を捜して拾い集め始めた。折れかけた矢まで丁寧に捜し出して集めている。俺が不思議そうに見ているとリースがため息をついた。


「これ、聖別された矢なの。対魔獣用の特別な武器ね。とても高価なものだからもう一度直して使うのよ」そういってから、彼女は俺の剣をまじまじと見た。

「さっきそれで魔獣を斬ってたわよね。あんたの剣って聖別されていたのね。知らなかった。ちょっと見せてくれる?」


 リースは俺の剣をじっくりと眺めてから、腰の鞘にさしてくれた。


 獣の血が体中にこびりついていた。体を洗いたい。よほどリースに水路で水浴びをさせてくれといいたかったが、獣の首を持っているのでそれも言い出しにくい。渡そうとすればいやな顔をされるだろうな、そんな予想をしてしまう。


 村の入り口には青い炎を出す松明が燃えていた。魔獣を防ぐ特別なものだという。


「村の中も全部聖別した松明に変わっているはずよ。小物ならその炎には近づかないから」


 獣を退治して安心したのだろう。リースの足取りは軽い。そういえば、子供達はどうしただろうか。生意気な子供達といえども村の住人、安否は気になる。


 本当に村は青い松明で囲まれていた。村人は、皆、中央の広場に集まっているようだ。


「あ、みんないるかな。急ごう」リースが足早になる。


「まて、リース」


 奇妙な雰囲気だった。おびえと、恐怖、それに血のにおい。そして、興奮と憎しみ。


 身を切るような悪意を感じて、俺の中の弱い自分がすくんだ。これは獣に向けられた感情ではない。


 村の人は円陣を作っていた。その円は外に向いているのではなく内側に向いている。


「どうしたの?」リースが一番外にいる女性に声をかけた。


「あ、リースさん」女性は、驚いて彼女を見る。


「どうしたの? 何があったの?」

 リースは声を張り上げた。


 村人が、リースの存在に気づいた。一人、二人と脇に寄って、リースに道を空けた。

 リースが輪の中に入って、足を止めた

「なに、これ?」


 俺はその場で動かなくなったリースの後ろから輪の中をのぞいた。


 村の男達が、ぐるりと周りを取り囲んでいた。その後ろに女や老人、子供達。


「何をやっているの? あなたたち・・・」リースの声が震える。


 輪の中に黒いものが倒れていた。先ほどの怪物を思わせる黒い物体。それが胎児のように体を丸めた人であるとわかったとき、目の前が赤く染まったような気がした。


 嗅ぎ慣れた鉄の臭い、異様な人の熱気、かざされた青い松明…


 俺は彼がどんなに強いか知っていた。隣で肩を並べて戦っていたから、肌でそれを知っている。彼一人でもここにいる村人すべてを相手にできただろう。


 だが、俺たちは村人を攻撃することはできない。それが禁じられているからだ。


「彼が何をしたというの?」


「これは、“幽霊”だ。獣を呼ぶ悪霊だ。子供達を脅かして、魔獣の餌にしようとした」

「子供達が泣いて逃げてきた。襲われたと、だから」


 俺は手にした枝を折れんばかりの力で握りしめた。奥歯を割れんばかりの力でかみしめる。


 俺はリースの肩を押して場所を空けさせた。円の中に入るとあらん限りの力で枝を中心に突き立てる。


「獣は退治した。これで満足か」

 俺がぐるりと村人の顔を見回すと、円が広くなった。


 そのまま、ゴローの側に歩み寄ってしゃがみ込む。


「ゴロー」

 小さな声で呼びかけると、うめき声が返ってきた。よかった。地面にしみこんでいた黒い染みは血ではなかった。


監察官(マスター)、彼の手当てをしたい。家を貸してもらえるだろうか」

 振り向きもせずに俺はリースの同意を求めた。


「いいわ、わかった。好きにつかって」リースの揺らぐ声が返ってきた。


 俺がゆっくりゴローが立ち上がるのに手を貸す。ぬめる油が俺の体にもついたが気にならなかった。彼の体はこわばりでまだ細かく震えている。すぐにサクヤが彼を逆側から支えに入った。


 どけといわれなくても村人は俺たちに道を空けた。

 誰も俺たちの後を追っては来なかった。


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