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第8話

 マフィの村で暮らし始めて一月ほどたった。

 あれから俺たちはだいぶここでの仕事ができるようになった。

 まだまだ戸惑ったり、間違えることはあるけれど、猫の手くらいには進化したと思う。


 とはいえ、村の人たちの目はまだ冷たい。

 俺たち、ナンバーズの存在自体許しがたいと考えている人も多く、受け入れられているというには度遠い状態だ。

 リースが賢明に俺たちのことをかばってくれているが、いまだ村の中に天幕を張ることを許されていない。


「わるいけど、もう少しここで暮らしてね」

 ディースが天幕の中で食事をとる俺たちにそういった。


「気にするな。俺たちはこういう暮らしに慣れている」


「うん、今の季節はいいのだけどね。これから冬が来ると天幕ではちょっとね」


「そうか、そんなにここは寒いのか」


 サクヤとゴローが会話に加わることは滅多にない。いろいろと働きかけはしているのだがなかなか口を開いてくれない。だから、主に俺とリースが話し合って、これからの方針を決めている。


「それと、ディーから手紙が来たの」


「ディーというとあの呪い師か」


「呪い師? ちがうよ。彼女は神官だよ。まだ平だけど」


「神官?」でも、変な像に何かをしていたぞ。あれは宗教儀式だったのか?


「そうだよ。コサの町の神官」


コルト監督官(マスターコルト)と同じ仕事なのか?」


「コルト様は神父。ディーは神官」


「??? 仕える神が違うのか?」

 俺たちナンバーズを呼び出し管理するコルトと像にまじないをかけていたディーが同じ宗教を信じているとはとうてい思えない。


「神様は同じ。でもディーはアルティフィエスの神官で、コルト様はクリサニアの神父」

「?????」

「派閥が違うのよ。教えもちょっと違うの」


 なるほど。なんとなくわかったような気がした。


「それでね、ディーがあなたたちに会いたいといっているのだけれど。コサの町まで来てくれって」


「そこは遠いのか?」


「馬で半日かな。大瀑布の下流にある町なの。このあたりでは一番大きな街。さてそこまで行けるかな?」

「馬で、半日か。歩きだと一日がかりだな」


「え? 歩いて行くの? 馬に乗らずに?」


「…俺たちは歩兵だから、馬には乗ったことはないぞ」


「…そういうことじゃなくて…」

 彼女が心配していたのはそこではなかった。


「俺たちが、日課をしろという命令に逆らって町に行けるかということだな。俺は大丈夫だけど」


「あんたの心配をしてるんじゃないの。サクヤとゴローのことよ」リースは宙を眺めている二人のほうをあごで指す。「この子達はあんたよりもずっと命令に忠実に従うわ。毎日の日課は小手先の命令ではなくて、基本命令に近いのよ。基本命令になればなるほど、逆らうのが難しくなるよ、とコルト様が言っていたわ」

 少し深い話をしていると思えば、伝聞かい。

「コスの町に行くとしたら泊まりがけになる。彼らにそれができるかしら」


 確かに難しいかもしれない。どこで差ができたのかはわからないが、ゴローとサクヤはまだまだ自分で動くことが少なかった。俺は…俺はどうなのだろうか。ずいぶん勝手をしていると思う。リースの直接的な命令には逆らいにくいが、命令を()()()コツみたいなものを覚えてきた。


 その日はそこで話が終わった。リースが自分の仕事をしに村へ戻る。

 彼女はとても忙しい。家を留守にしている男達にかわって、様々な仕事をしなければならないのだ。

 そして、俺たちがこの天幕にいると奴らが、またやってきた。


 俺は寝ているふりをして、外の気配を伺う。今日はこれで二回目だ。

 昨日は都合三回襲撃された。


「てきをはっけんしました」

「よし、おまえはこちらからいけ。おれはこちらからいく」

「りょうかいです」


 最初は奴らの攻撃はまばらだった。天幕に戻ると、あやしい物体が投げ込まれていたり、糧食を盗まれたり。それが最近では頻繁になり、なおかつ、やることがどんどん大胆になっている。ついには堂々と俺たちがいるときにやってくるようになった。


 彼らとしては忍んできているつもりなのだろう。だが、しっかりと俺の耳は彼らの言葉を聞き取っている。それはサクヤやゴローも同じなのだろう。相変わらず無表情のまま反応がないのだけれど。


 今日は何をするつもりなのだろう。昨日はできたてほやほやの馬の糞を投げ込まれた。その前の日には毛布が水浸しになっていた。先ほどは見回り途中に小さな石がどこからか飛んできた。当たると怪我をしかねない大きさだ。


「いくぞ・・・せいの」

「うーん」「よいしょ」

 …………


 ゴローがのそりと立ち上がって天幕の入り口を開ける。

 襲撃者達はうんうん力を込めて石を持ち上げようとしていた。これをこちらに投げるつもりなのだろうか。


「うわぁ」

 ゴローの姿を見た彼らはあっという間に後ろを向いて撤退を開始した。残されたのは石を抱えていて逃げるに逃げられないものだけだ。


 ゴローはその子供が抱えている石をひょいとつかむと、そっと横によけておいた。子供はすとんとその場に尻をつく。


「わわわわわ」子供はそのまま尻で後ろに下がると、転がるようにして逃げ出した。

 その様子をゴローは黙って見送る。


 困ったものだ。俺たちはこの村の人たちを守るように命令されている。その命令はあの腕輪を通して刻み込まれた俺たちの存在理由のような物だった。だからどんな嫌がらせをされても、俺達は逆らうことができない。


 ただ、いたずらがどんどんひどくなってきている。

 これ以上の害が及ぶようになったら、俺はリースに話すつもりだった。本当はあまりリースには面倒をかけたくないけれど。


 リースの苦しい立場は見ていてわかる。無理矢理監督官という役目を押しつけられて、俺たちの世話をしなければならなくなった。村人は俺たちのことを毛嫌いして、歩み寄る気配すらない。


 俺たちが夕方の見回りに向かったときだった。ダムがリースに何か激しい口調で話しているのを見かけた。


「だから、あれは危険だといっている」彼はリースにそういっていた。「子供達の一人があれに追いかけられて、泥だらけになって帰ってきた。あんな危険なものをこの村にいつまで置いておくつもりなんだ」


「彼らは、そんなことはしないと、思う。ちょっと融通の利かないところはあるけれど、ちゃんと見回りもしてくれているし、村の仕事も覚えてきた。子供達のことだって、きっと何かの誤解よ」


 リースは俺たちの姿に気がついて、言葉を止めた。ダムも振り返って俺たちを見た。

 ダムの後ろに立っていた村人も険しい目を向ける。


「あいつらは“幽霊”だ。異端の技によって生み出された、化け物だ。あいつらが魔獣を呼び寄せいている。災いの元なんだぞ」


「それは迷信よ。クリアテスの神父様が彼らは安全だとおっしゃって…」


「クリアテスの連中が何をこの村にくれたんだ、リース。おまえの親父や兄貴だってあの連中のせいで引っ張られていったじゃないか」


「やめてよ。その話はしないでよ。父さんや兄さんは事情があって出かけたんだから。いくらおじさんでもそんなこと、いったら……」


「ともかく、あの怪物をここから追い出せ。クリアテスの連中のところへ送り返してしまえ」


 ダムは言い切って、立ち去った。

 村人の集団がぞろぞろと去って行った。俺たちに、魔除けの仕草をするものもいる。

 リースはうつむいていた。


 俺たちが近づいていくと、無理に笑みを浮かべた。

「ごめんね。うまく彼らを説得できなくて。あなたたちが悪いわけじゃないのに」


 俺は他の村人に気づかれないくらいかすかに首を振る。

「気にするな。監督官(マスター)。俺たちはそういうことは気にならない質だから」


 リースはうなずき返した。


「ねぇ、シーナ、日課の見回りが終わったら、ちょっと仕事を手伝ってくれる?」


「了解した」俺は元気づけるようにうなずいた。


 見回りに行きかけて、ゴローが足を止めているのに気がついた。彼は熱心に何かをみている。

 彼の視線の先でダムの扉が細く開いてそこから子供の顔が覗いていた。先ほどの襲撃犯の中で見た顔だ。その子はゴローに気がつくと、思い切り顔をしかめて挑発した。


 不意に大男の気配が柔らかくなる。顔色は変わっていないが、どうやら笑っている感じがする。


 ゴロー、おまえ、子供好きなのか。俺は弱い者に容赦なく攻撃を仕掛けてくるようなチビどものことが好きではなかった。が、この大男は違うらしい。


 見回りを終わらせて、リースの家に行くと彼女は食卓の台の上に地図のような物を広げていた。この村の上から見た俯瞰図にあちこち線が引かれ、たくさんの書き込みがしてある。


「地図か?」


「え? あんたこれが何か知ってるんだ」リースが驚いたように紙から顔を上げる。


「この村の見取り図だろう」俺は書き込みに目を走らせた。ミミズがのたくったような見たこともない文字だが、不思議に意味がわかった。話し言葉が理解できたのと同じような原理なのだろうか。「まじゅう? けっかい? なんだ、これは」


「へぇ、字も読めるんだ」リースの目が丸くなる。「まさか、“幽霊”ってみんな文字が読めるの?」


「どうだろう? ゴロー、あんたは読めるか。サクヤは?」

 ゴローは首を振る。サクヤはうなずいた。


「少し、わたしの知っている文字と、ちがう」


「へぇ、それぞれができることとできないことがあるんだね。同じだと思ってた」


 俺もそうだと思っていた。考えてみれば当たり前のことだ。外見も、性別も違う人間の能力が同じなわけはない。思い込みは怖いものだ。


「えっとね、手伝って欲しい仕事というのは結界の点検なの」リースは地図を指でたたいた。「実はね。このあたりで魔獣を見たという人がいて、気をつけるようにという連絡が入ったの。それで、万が一に備えて村の結界を点検しておこうと思って。この前ディーが来てあらかたは調整してくれたのだけれど、村のみんなが怖がっていてね」


「その点検というのは何をすればいいのか?」


「祈りを捧げて、精霊の加護を確かめるの。それをぐるりとこうまわって…」リースは赤い丸のつけてある地点を指で指した。「この赤い丸のあるところで祈りを捧げて、歩いてほしいのよ、毎日」


「日課の道行きとは違うな」


「そうなのよ。まさか本当に魔獣が出るとは思わなくて。確認したら結構見回りと外れているのだけど、やってくれるかな」


「別にかまわない。祈りを捧げるといったが、具体的に何をすればいい?」


「聖句を唱えるだけでいいの。簡単でしょ」


「聖句ってなんだ? ディーの唱えていた呪いみたいなやつか?」


「えー、聖句を知らないの? 嘘でしょ」

 リースは驚いたように顔を上げた。

「あんた、ずっとコルト神父の元にいたのよね。どうして、聖句を知らないの?」


「?? そんなもの唱えたことは一度もないぞ。“自由、平等、友愛”のことか? それともクリアテス万歳、クリアテスに栄光あれ、というあれか?」


「なによ、それ」リースは身震いをした。「サクヤは? ゴローは? 知っているわよね」

「わたしは知っている、でも言葉が違う」サクヤは聞いたこともない言語で、何かを唱え始めた。

「ゴローは?」

「……」


「教えてもらってないの? あんた達」


 信じられない物を見るように見られて、俺は床に目を落とした。


「ま、まぁ、俺たちは道具だからな。道具に口はついていないから、別に聖句とやらを唱えなくても」


「…教えるわ。教えてあげるから唱えられるようになって。そんなことでよく戦場に立てたわね」


 戦場と聖句の何が関係あるのかよくわからない。だが、それを言ったらまた変な目で見られそうなので俺は黙っていることにした。


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