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第7話

 ディーはその日のうちに町へ戻っていった。

 何度も何度も俺たちを連れて町に来るように念押しをして。


 そして、リースと俺達との確執は…相変わらずだった。

 あの神官様はちゃんとリースに俺たちの使い方についてアドバイスをしてくれたのだろうか。長い間、二人で話していたようだったが。


 リースは俺たち三人まとめて相手をすることはあきらめたらしい。一人一人を呼び出して、いろいろと試しているようだ。一昨日はサクヤ、昨日はゴローが、連れ出された。

 二人ともとても消耗して帰ってきたのだが、何があったのだろう。二人に聞いてみたのだが、相変わらず会話が続かなかった、この順番で行くと、今日は俺の番だ。何をされるかとても怖い。


「3417,わたしについてきなさい。3394と3456は日課を続けて」


 俺はリースについていった。リースは俺を馬房に連れて行った。


「3417、馬の世話をしたことがある?」

 俺が黙っていると、リースは巨大なフォークのようなものを持ってきた。


「これを持って、馬房の掃除をして」


 その場に立っている俺に仕方なくリースはやり方を示す。俺はちゃんと教えられたとおりにやった。きれいに藁を一本残らず手押し車にのせた。

 でも、誰かに呼ばれて席を外していたリースはそれを見て怒った。


「3417.なにをやっているのよ。(ボロ)と汚れた藁だけを乗せろといったわよね」


 そんなことを言ってもおれにはわからない。俺は今までこんなことをしたことがないんだよ。俺は黙っていた。その態度が気に入らなかったのだろうか。リースは俺をにらむ。


「なによ、3417、何か言いたいことでもあるわけ。あるのなら、いいなさいよ。何とかいったらどうなの」


「何とか」


 俺がオウム返しに返したら、リースはますます怒り出した。


「なんとか、じゃないでしょう。馬鹿にしてるの? きちんと言葉で説明しなさいといっているのよ」


「何とか言えと言われたから、何とかといった」俺は丁寧に説明する。


「いや、そうじゃなくて…そんなことじゃなくて」

 リースは目を丸くした。

「 あんた、言葉が喋れるじゃない。うそ。話ができないんじゃなかったの?」


「前からちゃんと喋れる。挨拶はしただろう」


「いや、それは、命令されたからであって。うん、確かに話していたけれど。え、あんた、会話ができたの?」


 そこからですか。俺はげんなりした。やはりと思っていたが一から説明しないといけないのか。


「だから、あんたが、何か言いたいことがあるのならいえ、と命令したから話している」


「まって、まって。じゃぁ、今まで何も言わなかったのは」


「言いたいことを言えと言われていないからな。命令がないのに、会話するわけにはいかないだろう」


「……」リースが大きなフォークを片手に口をぱくつかせている。


「じゃぁね、あんたは、ずっと、あなたはあたしのいうことを理解していたわけ? その、言っていることが全部わかるの?」


「当たり前だろう。わかっていないと命令されても行動できない」


「じゃぁ、何でちゃんと私の言う通りに動かないのよ。今だって」


「あんたはこうやって藁を手押し車にのせろといった。床をきれいにしろと。だから、藁を手押し車にのせて床をきれいにした」


「あたしはそんなこと言ってない。あたしは(ボロ)と汚れた藁をのせろといったの」


「俺にはぼろというものが何かわからない。知らないものはのせられない」


「……」

 リースは絶句していた。


「じゃぁ、農作業で全部作物を抜いたのは」


「あの時は、抜けといわれただけで、どの草を抜けとは言われなかった」


「でも、わかるでしょう。どれが作物で、どれがそうでないかくらいは」


「わからない。俺は作物のことを知らない。俺は今までそういった作業をしたことがないからな」

 リースは馬房の隅に座り込んでしまった。


「ちょっと、待ってね。頭を整理させて。じゃぁ、今まであんたたちがちゃんと命令通りに動かなかったのはどうして? あたしの指示が間違っていたの?」


「指示があいまいだったんだ。あんたたちに当たり前のことでも俺たちは当たり前じゃなかった。もっと丁寧に、細かく作業を指示しないといけなかったんだ」


「じゃぁ、どうしてその時に、知らない、わからない、といわなかったの?」


 話が振り出しに戻ってしまった。向こうも頭を抱えているけれど、こちらもずっともやもやを抱えていたんだ。


「だから、命令されていなかったからだ。監督官(マスター)に対して言葉を発することは禁止されていた。俺たちは道具だから命令以外のことはやってはいけない。自分で考えて動いてはいけない。すべては監督官(マスター)の指示に従え。そう教えられているからな」


「でも、それじゃぁ、え? いつからそんな状態なのよ」


「こちらに来てからずっとだな。命令されていないことはできない。やらない。だから、ここでは話をしてはいけないものと思っていた」

 リースはもごもごとそんな馬鹿な、とか、なんとかつぶやいている。


「でもね、それじゃ、困るでしょう。こう、何かやりたいな、とか思わないの?」


「やりたいことなんかない。だから、俺たちは道具だといっている」


 しつこく自分で繰り返しているうちに久しぶりに胸がもやもやとしてきた。これまで、感情という感情が見えない力で押さえつけられていたが、そこに緩みが生じている。それが今の俺にとっていいことなのか、悪いことなのか。久しぶりのいらだちだった。


「わかった。こういうことね。あなたたちはわたしのいうことを理解している。でも、知らないことが多くてなかなか指示通りに動けない。それじゃぁ、あたしがこれからはちゃんとわからないことはわからないといって、といったら従う?」


「わかった。ちゃんとわからないことはわからないという」


 なんとも気まずい感じだ。微妙に話がずれているような気がする。彼女のいってほしい言葉はたぶんこの言葉ではなかったのだろう。でもごめんね。いえないのだ。


「ねぇ、本当に、クリアテスの神父様にそんなこと言われたの。その、話したら駄目って」

おずおずとリースがたずねてくる。


「クリアテスの神父? わからない。俺が知っているのは監督官(マスター)や上級監督官だけだ。他はナンバーズだけだな」


「あなたたちを連れてきた人、神父様でしょ。聞いてないの? 精霊の教えを伝えている人が、神父様よ。ここに来た神父様はクリアテス派だから、クリアテスの神父様って呼んでるけど」


「監督官コルトは神父なのか? 俺は知らない。彼らは俺たちに話すことを禁じ、行動することを禁じた。いつから? 最初からとしか言い様がないな。ここに来たときからずっとだ。命令には逆らえない」


「ひょっとしてこれがディーのいった禁忌かしら…」リースが頭を抱えている。「どうしよう」


 どうしよう、といわれてもだな。俺だってどうにかしたいと思っている。でもできないんだよ。だから、こういった。


「どうしようもこうしようもない。あんたは監督官で、俺たちは命令に従う。それだけだろう」


「そうね、そうよね。これも呪の影響ということで、あたしには関係ない。うん、関係ない。

 あたしは異端の技になんか触れていない。そうよね」


 期待に満ちた目でこちらを見られても困る。そもそもイタンってなんだ? 彼女が何を話しているのか俺に理解できなかった。だから、そう彼女に伝えると、リースはますます一人で何かを悩んでいる。


「理解できないって、そんな。みんな知っていることなのに」


「俺は、俺達はなにもそういうことは教えられていない。もっと基本的なことから命令してくれないと動けない」


「・・・・・・そうだ、あんた、あたしがどういう命令を出したらいいのか教えてくれない? コルトさんがどんなふうに命令していたか知りたいのよ。彼はあなたたちに適切な命令を与えていたのでしょう」


「適切だったかどうかはわからない。彼のする命令は限られていた。俺たちの日常生活のことと、戦闘のこと。草抜きや馬の世話のことは命令されたことがない。俺たちはそれ以外知らないが、それでいいか」


「うん、それでいい。あたしにいろいろ話してよ。どんなふうにしたらいいか、とか、あんた達が何をしたいか、とか」


「わかった。了解した」


 それからの馬房掃除や馬の世話は順調だった。俺はわからないことは質問し、リースはそれに答えてくれた。うまくいかないのは初めてだから仕方がないが、それなりにうまく交流ができたと思う。


 リースもほっとしたようだが、俺もうれしかった。久しぶりに心の中にうれしいという感情がわいてきた。いつも一方的に命令する監督官や、何を言っても答えてくれないナンバーズに囲まれていたら、感情という物がこんなに生き生きしているものだということを忘れていた。


 いつからだろう、すべての感情を押し殺して生きてきたのは。俺にも感情があるということ自体今までの俺にはわからなくなっていた。戦闘での恐怖もなかったが、日常の小さな喜びもない。こんな些細なことでも協力できることが楽しいなんて。


 うまくいったと調子に乗った俺たちは、サクヤとゴローのところへ行った。


 今なら、俺達三人そろって作業ができるかもしれないと思ったからだ。


 サクヤとゴローはいつものように天幕の中に座っていた。

 早速リースは彼らに命令をした。いいたいことがあったらいえ。知らないことやわからないことがあったら質問しろ。


 その上で、もう一度畑仕事を試してみることにした。


「こうやるのよ。見て」

 リースは今度は丁寧に説明した。どれが作物でどれが雑草か、抜き方も懇切丁寧にやってみせた。俺も補足した。


 ゴローとサクヤは物も言わずに黙々と作業を始める。


「……」

「……」


「なんだか、あんたと違うわね」

「そうだな、何も話さないな」


「ねぇ、3398、3456、何かはなしなさいよ」

 答えは返ってこない。


「おかしいわね」リースは首をかしげた。「どうして、こんなに違うのだろう。この子達がおかしいの? それとも、あんたが変なの?」


「たぶん、俺が変なんだと思う」俺は渋々認めた。「監督官(マスター)達もみんな俺のことを変だといっていたから」


「あ、それ、思ってたわ」リースもいう。「あんたとこの子達ずいぶん違うなって」


「そうか、俺はそんなに変わっているとは思っていなかった」


「なんていうの? 平気で命令を無視しそうな雰囲気があるのよね。あんた」


 そうなのか? 俺ほど忠実に命令を実行してきたナンバーズはいないと思っていたのに。


 そのとき、サクヤが小さな声を上げた。どうやら道具で指を傷つけてしまったらしい。だが、彼女はそのまま作業を続ける。血が指先から落ちていく。


「サクヤ」

 俺は慌てて彼女の手をつかんだ。サクヤは動作を止めて、無表情なままこちらに顔を向ける。


「手当てしなきゃ」リースが慌てて、血を止めにかかる。

「・・・・・・てあてですか」だいぶしてからサクヤが返事をした。


「あ…しゃべった」リースが驚いて手を離す。「この子も話せるじゃない」


「あっちも話すぞ」俺はゴローを見た。彼は何事もなかったように目の前の草を抜き続けていた。「ただ、会話にならないけどな」


「ね、話せるのなら、お話ししよう。いいでしょ」

 リースが傷の手当てをしながら、サクヤに話しかけている。長い沈黙の後ようやく答えが返ってきた。


「話をする、何を?」

「いろんなこと。たとえば、好きなこととか、嫌いなこととか」

「……すきなこと、きらいなこと、しらない。なにかわからない」


 すごい。会話が長くなっている。知らないことは知らないといいなさいという命令をしたので、彼女はそれに応えているのだ。


「そうか。監督官(マスター)、もっといろいろなことを話してもいいと、命令したらどうだろう。内容は、そうだな、周りの人の会話を聞いて学びなさいといえば、話ができるようになるかもそれない。ある程度自分で考えて行動しろと。それを許すと」


「そうね。そうすればいろいろ話せるようになるかもしれないわね」

 リースは再び俺たちに命令をする。


「これでどうかしら…そういえば、あんた、さっき彼女のことを別の呼び方で呼んでいなかった?」


「あ、ああ。番号で呼ぶのは不便だからな。俺があだ名をつけた」


「あんたが?」リースはぱっと俺のほうを見上げた。


「そうだ。そのままだと呼びにくいから。彼女の名前はサクヤ。数字の語呂合わせなんだけれど。俺の国の言葉で、だけどな」


「しゃくや、サクヤね。確かに数字で呼ぶのは呼びにくいわよね。きれいな音」


「ちなみに、そちらのお兄さんはゴローだ」


「ごりょ…ゴロー」リースは音を試している。「いいんじゃない。数字よりも呼びやすいわ。どうしてコルト神父様はあなたたちの名前を教えてくれなかったのかしら」


監督官(マスター)は、彼らの名前(あだな)を知らない。彼は俺たちのことを数字で区別していた。彼が個別に個体を認識していたかというと、どうかな。まとめてひとかたまりだったからな」


「ふーん、勝手に名前をつけるのは命令違反なんじゃない?」


 胡散臭そうだ。なんだ、その目は。俺は命令には反していないぞ。周りのナンバーズにあだ名をつけるな、と禁じられた覚えはない。それに自由時間での会話は禁じられていなかった。自由な時間にこっそり俺が話しかけていただけだ。もっとも監督官(マスター)達は俺たちが勝手に会話することは想定していなかったと思うけどな。


「ねぇ、その分じゃぁ、自分にも名前をつけてたんじゃない?」リースが鋭く突っ込みを入れてきた。「教えなさいよ。あなたの名前は何?」


「俺の名前、か。椎、シイナ」


「しいな、シーナね」リースはにやりと笑った。「今度からあんたのことはシーナと呼ぶから。わかった?」


「呼ぶのはいいけれど、他の人の前では番号で呼んでくれ」


「どうして?」


「俺たちが話すところを見られるのはまずい気がする」俺は説明した。「今まで何人ものナンバーズと一緒に生活してきたけれど、誰一人として話しかけてくるものはいなかった。声を出すのは命令されたときだけ。監督官(マスター)達も命令するだけで、会話することはなかったんだ。たぶん、俺たちは道具に過ぎないから。もし、彼らが俺たちが話しているところを見たら・・・・・・」


「そうよね。鎌や籠が口をきいたらおかしいものね。わかった。このことはあたし達の間だけね。他の監督官がいるところでは会話はしない。これでいい?」


「ああ、そうそう、コルト監督官(マスターコルト)に送る報告書にもこのことは書かないでほしい。理由は、同じことなんだけど」


「え? 報告書ってそんなことも書くの? って、あんた、どこで報告書のことを聞いたのよ」


「どこでって、俺たちがいる前で二人で話してただろう。毎日報告書を書いて、送る。困ったことがあったらすぐに連絡してくれって」

「……」


 ずっと後になって見せてもらったコルトへの報告書はほとんど絵日記のレベルだった。

 今日も元気だった。…今日は雨が降った…今日は晴れだった…

 お天気日記かよ。あまりにひどいといったら逆ギレされて、俺が代わりに適当なことを書くことになった。口は災いの元だな。



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