第40話
そこから先、俺達はこそこそと隠れながら進んでいった。
これがゲームの世界というならば、潜入タイプのアクションゲームだと思う。それも、飛び道具なし、相手の数が多いというハードモードだ。
ここでもゴローが大活躍だ。どうも、生前彼は恐ろしく能力の高い狩人だったようだ。その能力は追跡と逃走に遺憾なく発揮される。サクヤの精霊を呼ぶ能力もまた戻ってきていた。彼女の隠蔽の呪はさらに威力を増していて、幾度もひやりとする危機を救う。
コルトがいっていた主戦場は上という情報は正確だったようだ。これまで、数は多いものの第三種の最新兵は見かけていない。
リースがいうのには腕輪を壊したことで、ナンバーズ達は俺達を仲間と判別できないらしい。つまり、俺達は戦場に入り込んだ部外者。あいつらの判断能力では第三勢力などという者は把握できないから、単なる敵と見なされる。
俺はできる限り、ナンバーズを傷つけたくなかった。決闘の時のような後味の悪い気持ちを味わいたくなかったのだ。
しかし、隠れて進むのには限界があった。ついに俺達は前線部隊と帝国軍がにらみ合っている場所のすぐ近くにまで来てしまった。コルトの説明に寄れば、この先に上層部と連絡している塔がある。この塔を破壊してしまえば、堰は崩れる仕組みになっているらしい。
「本当に、その作戦でいいのか」聞いたことのある男の声だった。
「ああ。ロイス様のご命令だ」
「納得できない」
「単純な作戦だろう。最下位の兵に上位種を壊されるような失態をした君でもできる作戦だよ」
うわぁ…俺はめまいがした。目の前にいるのは俺に配下を倒されたクロエとかいう男だった。そしてロイスの伝令が一人。なんだかむちゃくちゃなことを命令しているらしい。恥をかかされた意趣返しというわけか。子飼いの部下にすらこの仕打ちとはロイスという男はよほど腐った奴らしい。
「どうするよ?」
俺達は瓦礫の陰に身を潜めて、こそこそと話し合った。さすがにあのクロエという男、俺達のことを覚えているだろう。彼が俺達にいい感情を抱いていないのは明らかだ。
「この先に行かないといけないんだよね」
「戦闘のどさくさに紛れて、と思ったのだが……」俺は側を兵が通り過ぎたため声を落とした。
「どこか迂回できる道はないか。たとえば、排水溝とか、屋根の隙間とか」
サクヤが遠い目をして、精霊の声を聞く。
「わからない。この先には結界が張ってある。そこから先は、見えない」
「結界ってそんなに厄介なものなのか」
「シーナ、あんた、馬鹿? そんなことも知らなかったの? あれほど村の結界をまわっていたじゃない」リースがあきれたようにいう。
「あれは魔物よけじゃないか。精霊の力が通じない結界なんて知らないぞ」
「あるわよ。普段は大量の精霊の力を使うから使っていなかっただけよ。対人向けの結界も戦闘の時には使うわよ」
「ちょうど、シーナが精霊を防御に使うとき、あれに似ている。もっと大規模で威力も高い」
ご丁寧にサクヤが説明してくれた。
「結界が張ってあると、かなり厄介。破るのには、結界を上回る力をぶつけないと」
「結界を上回る力ってどんなものなんだ」
「たとえば、強力な呪。ただ、ここにかけられている呪は大がかりで長い年月練られたもの。それを破ろうと思えば…」
サクヤが説明しようとしたときだった。俺のいる場所の床を振るわせるほどの音と衝撃が伝わってきた。積み重なっていたがれきの山が崩れて、危うく生き埋めになりそうになる。
「な、なんだ」
問いかけるまもなくもう一度、振動がくる。
俺達はぴたりと床に伏せて耳をふさいだ。耳鳴りがしばらく治まらない。
「“爆弾”か?」ここでは見たこともない兵器のことを俺は口走っていた。
「え? なに? 聞こえない?」リースが俺に聞き返す。
「結界が、消えてる」
サクヤが正面の土埃を見つめて目を見張った。
「それは、どうやって」ゴローが驚きの目でサクヤを見る。
「なにか、大規模な呪の気配、なかった。術者は、いなかったはず」
俺は、隠れる場所もなくなった場所から這い出して、先をすかし見た。
『嘘だ、嘘だ。こんなこと、嘘だといって』誰かがうわごとのように唱えていた。
『まさか、こんなこと。あたしは、してない』
クロエの声だった。若い男の声がうわずって、まるで女の子のように甲高い声に聞こえた。
俺は姿勢を低くして、見えない煙の中を進む。いい機会だ。ここでうまく監督官を押さえることができれば、ナンバーズ達に俺達が命令を下すことができる。ゴローも、その意図を察したらしい。同じようにあたりに気を配りながら、監督官に近づく。
そのとき、俺は何かを踏みつけた。かつて味わったことのあるいやな感覚だった。
何度も何度も戦場で踏みつけて行軍してきたものに似た感触。俺は恐る恐る床に目を落とした。
誰かの腕が落ちていた。腕だけが。
『やだ、やだ、やだ・・・』
俺は、そのまま声の方に走った。周りなど見てもいなかった。
声の主のところに走り寄って、うずくまっている男の襟首をつかんで引きずり起こす。
「何わめいてるんだ。このクソ野郎が」
自分が何をしたのかわかっているのか。若い男が顔を上げて、呆けたように俺を見上げた。
それまで中空を見つめていた眼の焦点が俺へと定まり、そして…
『椎名君、椎名君、椎名隆一君だよね』
そういって、逆に俺の胸にしがみつく。
『椎名君、椎名君…椎名君』
男は俺の服をがっちりとつかんで顔を胸に埋める。
俺は頭から冷や水をかぶったように一気に熱が冷めた。こいつが話しているのは、日本語だ。
『おまえ、おまえ、日本人か』
間の抜けた質問だとわかっていた。だけど、俺にはコイツが誰なのかわからない。クラスメートの誰一人をとってもこんな髭の生えた男はいなかった。
『椎名君、わたしが誰だかわからないの』
男は涙で濡れた顔を上げた。
『わたしよ、クロエよ。クロエ ミク』
クロエ…黒江…黒江未来…
黒江さん?
あの美人で、すらりと背が高くて、清楚な高嶺の花の黒江さん……嘘だろう。
目の前にいる髭の男を見て、俺は固まった。
『黒江さん・・・本当にミクさん?』
男は目を涙できらきらさせてうなずいた。
どうしてこうなった。
『落ち着こう。状況を、考えよう』
俺は、自分を落ち着かせるために、そう繰り返した。
「シーナ!」
リースの警告が聞こえる。クロエの護衛達が俺達を見つけて集まってきていた。
『黒江さん、君の護衛達に俺達は味方だと伝えてくれ。そこの女の子二人と、俺達男二人、攻撃しないように』
俺は慌てて俺にしがみついている男にささやく。
『どうやって?』
『どうでもいいから、その腕輪を使って伝えてくれ。言葉にするだけでいい』
やり方は体が覚えていたのだろうか、ミクさんは素直に俺たちを攻撃しようとしていた護衛兵を下がらせた。
「なに、その人……あんた達いつからそんな関係になったのよ」
リースが眉をそばだてている。
「初めまして、クロエ・ミクです。椎名君のお友達?」
クロエは可愛らしく頭を下げた。
「は? 初めましてじゃないでしょ。あんた、ゴローとサクヤを襲って、シーナを決闘させたのを忘れたの?」
俺の腕にしがみついているクロエを見て、リースが目を怒らせた。
「えっと、そんなこともあったような、なかったような……」
クロエは首をかしげて、それから、何かを思い出したかのように表情をこわばらせた。
おそるおそる自分の体を見て、胸を触って、それから股間に目を落とす。
「え、え、え、、、変なものが……」
「クロエさん、落ち着いて、今は状況が状況だから、息を吸って、吐くんだ。そう、息を吸って、吐いて」
俺は自分で深呼吸をした。そうでもしないと、こちらの方がおかしくなりそうだ。
『椎名君、あたし、これは何? 男になってる?』黒江はまた泣き出した。
『ミクさん、ごめん。後で説明をする。でも、今は緊急事態なんだよ。ちょっと男の体のことは脇に置いて、冷静になろう。まずはここを生き延びることを考えよう』
俺は不気味な圧力を感じていた。突き刺さるような視線だ。これはまずい。本格的にまずい。
俺達の姿を隠していた土埃は消えようとしていた。
結界とやらを吹っ飛ばした後の通路はきれいに障害物が消えていた。
所々に転がっている死骸はともかくとして。遮る物はない。
こちらからもよく向こう側のことが見えるが、向こうからもこちらのことが丸見えだ。
ゴロー、隠れろ。
俺が目で合図するまでもなく、三人はかろうじて残っている柱の陰に身を隠す。
しかし、俺はミクさんにまとわりつかれて、動くことができない。
いや、本来のミクさんならそれでいい。女の子なら。いつでもウエルカム。
でも、目の前にいるクロエは、男だ。
『ミクさん、ミクさん、お願いだから、場の空気を読んで』
俺は、クロエの肩を揺さぶる。
『ここ、敵地だから。戦争中だから』
『戦争中って何よ』クロエが野太い声で叫ぶ。『なんで、人の国で戦争しているのよ』
ここは日本じゃぁ、ないのだけれど。
「シーナ、後ろ」リースからの警告だった。
俺は来た方を振り返った。ナンバーズの一団がこちらに向かってきている。
その歩みはゆっくりで、まるで腐った死体がゆるゆると近づいてくるそんな感じがした。元々生気の薄いナンバーズの気配がもっと薄くなっている。
「なんなんだ? あれ」
クロエの目が丸くなった。
「嘘、だろ。なんでこっちに向かってきているんだ」男の目が泳いだ。「嘘だろ。そんな馬鹿な。『信じられない。あれがこっちにむかってくるなんて、いや』」
クロエは俺を突き飛ばして、気が違ったように帝国軍の陣地があった方へ走り出す。
「おい、待て」
俺は逃げモード全開のクロエを捕まえようとして、捕まえ損なった。
「シーナ」後ろからリース達が呼ぶ。
俺はもう一度こちらに歩いてくるナンバーズを見た。絶対におかしい。彼らは攻撃するつもりが一切ないようだった。武器も持っていない。防具も外している。
俺はぞっとしてリース達に呼びかけた。
「みんな、こっちに来い」
いわれなくても、あの不気味な雰囲気を感じ取ってリース達はこちらに走ってきた。生きた死体の群れと挨拶を交わすようなそんな度胸は俺達にはなかった。
何かがちかっと光ったような気がした。
「隠れろ」
俺達は左右に分かれて、横道に飛び込んだ。
俺はリースのをかばうように体を入れ替えて彼女を壁に押しつけた。
『痛いわ』リースの下敷きになったクロエが叫ぶ。
また、ものすごい音と振動が背中を通り過ぎた。思わず目をつむる。
揺れが小さくなってから振り返った。先ほどまで俺達がいた通路は消えていた。通路はえぐれるように吹き飛んでいた。
俺は周りを見回した。
リースとクロエ、それから、むっつりと黙り込んで俺達を見ている見慣れぬお仕着せをまとう兵士達。
「やぁ、アルトフィデスの見習い騎士君」
耳鳴りの向こうから一番聞きたくない声が聞こえてきた。




