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第4話

 俺たちを見ると少女は問いかけるようにして仕事の手を止めた。警戒しているのがありありとわかる。


「わたしたちは、クリアテス教団のものだ。今日は前に話していた君たちの村に配属する用心棒を連れてきた」


 コルトは再びそういって胸の前で手を合わせた。

「あなたは…その記章はどこの部隊?」少女は顔に垂れ下がる巻き毛を手の甲で書き上げながらたずねた。「この辺では見たことがない記章だよね。元王軍の人?」


「いや、違う。わたしは監督官マスターだ。クリアテス派の階級では神父に当たる。名乗らずに失礼した。わたしは第三兵種付き監督官のコルトという」


「これは失礼しました。神父様」彼女も胸の前で手を組んで、挨拶を返した。「あの、神父様にこんなことをお尋ねするのもなんですが、監督官マスターって、ひょっとして、“幽霊部隊”の指揮官のことですか? まさかその用心棒っていうのは…」


「そうだ。彼らは…これらは三兵種の個体だ」コルトは俺たちを手でぞんざいに指した。


「まって、ちょっと待って」馬を洗っていた道具を側に置くと、コルトの前で手を振った。

「あたしたちは、用心棒をお願いしたんですよ。人間を寄越してくれって頼んでたんです。“幽霊”を寄越してくるなんて、話が違う」


 まくし立てる少女に周りで馬の世話をしていた人たちが耳をそばだて始めた。


「そのあたりのことはきちんと説明する。ここでは入り組んだ話はできない。わたしの部屋で話さないか」


 少女はためらいがちにその提案を受け入れる。

 コルトは俺たちにもついてくるように命令をした。


「先ほども紹介したがわたしは第三兵種付きの監督官、コルトだ」

 部屋に入ると、コルトはもう一度紹介し治した。


「わたしは、マフィ村の村長の娘、リースリッドです」

 少女は気の強そうな目をしていたが、それでも目上のコルトには頭を下げた。

「神父様、あたし達の要望に応じていただきありがとうございます。でも、その、幽霊という話は、一体どこから・・・・・・」

 コルトは少女に椅子を勧めた。


「まぁ、かけなさい。リース殿。マフィ村の長の娘ということだが、長はどこにおられる? 確か要望は長の名前で出されていたと思ったのだが」

「父は、その、王都に行ったきり戻ってきていません。他の兄弟達も皆、出て行ったきりで、わたしが村の長代行をつとめています」


「マフィ村か、そういえば、兄上はクリアテスの戦士ではなかったか」


「兄のことをご存じなのですか?」リースの顔が初めて輝いた。「頼り一つ寄越さない兄で、何をしているのか全然知らなくて」

「兄上はご健在だよ。クリアテスの戦士として立派に戦っておられる」


 コルトは少しずつ堅かった少女の心をほぐしていった。無口な男だと思っていたが、意外に弁の立つ男だったらしい。巧みに、俺達を彼女のところへ送り込む方へ話を持っていった。


「それで、彼らの名前はなんというのですか?」

 最初は俺達のことを全く認めていなかった彼女も徐々に歩み寄っていく。


「彼ら…これらには名前がない。われわれは番号で区別している」

「番号で区別? ずいぶん外見が違うみたいですけれど? 自分で名乗らないのですか?」

「これは自分から進んで口をきくことはない。自発的に動くこともない。我々が適切な命令を下さない限りじっとしている。たとえていえば、そのあたりにある箒のようなものだ」


「へぇ」少女は俺たちを眺め回す。」

「本当に何もいわないのですか。ねぇ、あんた、なんかいってごらん」

 彼女は3456に声をかけた。もちろん、返事はない。


「3456。この人に挨拶をしなさい」

「おはようございます」

 監督官マスターが命じると、3456は感情のこもらない声で挨拶をした。

 少女は反射的に顔をしかめた。


 コルトは丁寧に説明した。今クリアテス派は人手を割ける状態ではないこと。今余っているのはこのナンバーズしかいないこと。ナンバーズは兵士で、村の防衛には最適なこと。我々がいかに優秀かも話した。曰く、人よりも体力があって、病気にもかかりにくい。命令を確実に実行し、どこまでも命令者には忠実である。


「…戦いの基本的な技能はすべて身につけている。だから、あなたたちの村もちゃんと守れる」


「へぇ、なんだかいいことばかりですけれど、じゃぁ、彼らに、農作業を手伝えといったら手伝ってくれるのですか? 狩りに行けと行ったら、いって獲物を捕ってくるのですか?」


「適切な命令を出せばやるはずだ」コルトは請け負った。「ただそのためには命令を出すこつがいる。それさえつかめれば、そういう使い方もできると思う」


「その命令って、どうやって」


 コルトは自分の腕から分厚い腕輪を外して見せた。


「これが彼らに命令を出す魔道具だ。わたしはこれを通じて彼らの呪に働きかけている。彼らはこの腕輪を通じてわたしの命令を聞いている。あなたにこの腕輪を渡そう。そうすればあなたにも彼らを操ることができるようになる」


「……」少女はあごに手を当てて考えている。


「もちろん最初の基本的な指示はわたしが教える。彼らの世話の仕方もだ。君は馬の世話をしていただろう? あれと変わらない。餌をやって、運動させてやって、適切に休ませる。それが基本だ」


 少女はまだ用心深く考えていた。


「三月だ。三月だけ使ってみてくれ。それで、うまくいかないようなら人間の用心棒を用意しよう」


 コルトは懐から小さな袋を取り出す。

「これが、彼らの世話代だ。三月したらまた持ってくる」

 少女は袋の中身を確かめて、目を丸くした。


「実は、彼らをこの人数で運用するのは初めてなのだ」コルトは打ち明ける。

「元々彼らは集団戦闘のために呼び出された物だ。集団で運用はしても、個別で動かすことはしてこなかった。今回はクリアテス教団としても試験的な活用なのだ。もし、うまくいくようなら、彼らをいろいろなところに配置できる。そうすれば、クリアテス領の人手不足は解消する」


「下働きをさせるのなら召使いを使えばいいじゃないですか?」リースは目を細くした。

「召使いは人間だ。彼らは文句を言ったり反抗したりする。ナンバーズは命令に忠実だ。どんなことを命じてもきちんと仕事をする」


 少女はコルトと俺たちを代わる代わる見る。

「わかりました。やってみます」少女はようやく決断を下す。


 こうして俺たちはその少女とともに村に行くことになった。



 村に行く道すがら、コルトは少女に俺たちの世話の仕方を実演しながら説明した。


「前進せよ。馬車に続け」少女が楽しそうに馬車の上から命令する。


 俺たちは黙って馬車の後ろをついて走る。もっとゆっくり走らせろよ。このままでは体力が持たない。体力のある俺やゴローはいいが、サクヤは息が上がりかけている。


「あまり、無理をさせてはいけない」コルト監督官は少女をたしなめた。「その命令のままだと、彼らはどこまでも走り続けてしまう。人間より強靱な肉体をしているとはいっても、どこかで限界が来て倒れてしまうぞ」


「えっと、じゃぁ、止まれ」俺たちはとまった。馬車がどんどん遠のいていく。


「あああああ、ちょっと」少女はあわてて馬車を止めた。


「ねぇ、君たち、もう少し融通が利かないかな。なんでいきなりとまるの? 馬でもそのあたりは自分で判断するよ。命令の仕方はこれでいいんですよね。」

 少女は腕にはめた魔道具を見ながらいう。


「様子を見ながら、少しずつ新しいことをさせた方がいいと思う」コルトが忠告する。「慣れればちゃんと動くはずだ。彼らは、道具だ。無理な使い方をすれば道具は壊れる。監督官は道具を壊さないように丁寧に扱って、長持ちさせるのが役目だ」


 少女の手から腕輪を外すと、コルトは命じる。


「馬車に入って、補給しろ。それから楽にして休め」

 やはり違うな。俺はおとなしく馬車に乗り込みながら考えた。管理官達とこの少女の命令は強さが違う。管理官の命令は有無を言わせない強制を感じるが、少女の命令は緩いというのか、遊びがあるというのか。


 それに、コルトの命令も前ほどは強くない感じがする。今ならば基地にいたときよりもずっと簡単に命令を無視したり、抜け道を探したりできそうな気がするのだ。


 一体何が違うのだろう。


 俺たちが糧食を飲んでいるところを、少女は興味深そうに見つめる。

「これが、彼らの食事なんですね。人みたいに見えるけど、普通の食事は食べられないの?」

「食べられるさ。ただ、こちらの方が管理しやすいからね」


 糧食を試食してみた少女は、顔をゆがめて中身を吹いた。


「こんなまずい物食べてるの? 信じられない」


「これでも彼らが一日活動できるだけの食事なのだ。特別製の高価な物だからね。大切にしてほしい」


 そういうコルトも糧食の残りは捨てていた。まずさはお墨付きだな。


 馬車は緩やかな坂を上り続ける。少女は鼻歌を歌いながら、自分の馬に乗っていた。このあたりでは馬に乗って移動するのが普通なのだろうか。騎馬兵種の乗っている馬よりは小型だが、足ががっちりしていて丈夫そうだ。俺でも馬に乗ることができるだろうか。不意にそんな考えが頭をよぎった。歩兵が騎兵にクラスチェンジ…そんな妄想は楽しかった。まぁ、あり得ないことだとは思うけれど。


「もう少し行くと、大瀑布が見えますよ」少女は打ち解けた口調でコルトと話している。

「そこの角を曲がると、ほら」少女が指を指す。目の前に雄大な光景が広がっていた。


 目の前に水の壁がそそり立っている。巨大な滝だ。はれた青い空から大量の水が降ってくる。水の柱を見ているようだった。日の光を反射してか、滝全体が輝いているようにも見える。


 俺は見ほれてしまった。


「おお、これはすごいな」


「コルト神父様も、ここに来るのは初めてなのですか?」少女は得意そうに説明する。「この滝から流れる水は海まで一直線に凪がれていくらしいですよ。水の精霊の通り道っていわれています。下の方にはコサの町。もう少し登っていくと、わたしたちの村マフィがあるんですよ。そしてその上がアサの関。帝国との国境ですね」


「見事なものだね」コルトも巨大な滝に目を奪われているようだ。


 気配を感じて、そっと隣に目をやるとサクヤも滝を見ていた。彼女の淡い金色の髪がふわふわと風に乗って踊っている。

「サクヤ、滝がきれいだね」

 監督官達に気づかれないように小声でささやくと、彼女は瞬きをした。


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