第32話
俺たちは慌てた。まさか、トゥミが顔を出すとは思ってもいなかったからだ。
彼は引きつった笑顔を浮かべるリースを見て、お邪魔だったかな、と謝った。
「いえ、何でもないの。ちょっとこの子達の、日課を調整していただけ。この子達、融通が利かないから」
俺は無表情を貫いた。後ろに雑然と置かれている食料に彼が気がつかないことを祈るばかりだ。
「リース、ちょっと話したいことがあるのだけれどいいかい」
「ええ、何かしら」
リースは彼を押し出すようにして、天幕の外に出た。俺はその隙を見てさっと買ってきたものに毛布をかぶせる。サクヤがささっとおかしくないようにこんもりとした盛り上がりを目立たなくする。
「実は、ここに俺の知り合いの大技術官様がいらしてね。君のことを話したら興味を持たれたようだ」
「わたしに、興味?」
「君がうまく古いナンバーズ達を動かしていると聞いてね。ああ、ロイス様」
トゥミが深々と礼をする気配がした。天幕の外で複数の気配がする。大技術官とやらが来たのだろう。
「おまえが、リースという娘か」しばらくしてから男の声が聞こえる。いかにも上に立っている言い方だ。「トゥミから話を聞いた。旧種のナンバーズをつかっているらしいな」
「は、はい。マフィ村のリースです。はじめまして」リースの緊張してうわずった声が、外にいた男の笑いを誘ったようだ。
「大丈夫だよ。リース。ロイス様は寛大な方でいらっしゃる。君のナンバーズ達を見てみたいそうだ」
「あたしの、ナンバーズ」リースの声がさらに緊張する。「わ、わかりました」
リースは天幕の中にいる俺達に声をかけた。
「みんな、出てきて」
俺達三人は目を見交わした。出て行かないという選択肢はない。番号順にまず、サクヤが、それから俺、最後にゴローが天幕の外に出て、ゴローは丁寧に天幕の入り口を下ろした。
直立不動で並んで宙をにらむ俺達を何人もの人が興味深げに観察する。
大技術官ロイスと呼ばれた男はすぐに誰だかわかった。俺は彼を見たことがある。一番最初にルーシー・マーチャントに呼び出されたときに部屋にいた男の中の一人だ。たしか、俺達の運用に否定的な意見を述べていたはず。
彼が、由衣の話していた国本君だろうか。彼は俺たちよりもずっと年を取っているらしい。目の前の男は技術官という名前にしては引き締まった体つきの男だった。もとは戦士だったのだろうか? クリアテス領の民らしく、黒髪黒目で顎ひげを蓄えている。年を取ってはいるが、まだまだ現役で活躍している男だ。
彼は、まるで物を品定めするように俺たちを見聞した。たたいたり、引っ張ったり、口の中を開けさせたり。俺は黙って、それに耐えた。本来のナンバーズならば、このような扱いをされても屁とも思わないはずなのだ。
彼が俺たちを調べている間に、俺もたっぷりこのルイスという男を観察した。
彼は国元君ではない。俺の知る国本君の面影はどこにもなかった。
彼は確かに技術系に進みそうな化学オタクだったが、こんなに頑固で思い込みが強そうな顔をしていなかった、と思う。彼なら、たとえ本当に物でもこんなに乱雑な扱い方はしない。
「健康だな。よく世話をしている」男はリースをほめた。
「これにおかしいところはないか。たとえば、急に動かなくなったり、奇声を上げたり、命令に逆らい始めたり、そういう兆候だ」
リースは一瞬俺を見てから、首を振った。
「そうか。これは確か初期ロットだったな。初期ロットがここまで損傷なく残っているというのは驚きだ」
何を言っているのかさっぱりわからない。リースもそう思ったらしい。顔にありありとわかりませんと書いてある。
「これの耐用年数は2,3年だと見込まれている。これは、そろそろ一年を超えるころだ。だから不具合が出てもいいころなんだが、みたところ新品同様だ」
「たい、よう、ねんすう…」
「寿命と言い換えてもいいかもしれない」
はい?? すみません。ついつい感情が表に出てしまったかもしれない。ただ、リースがあまりにその言葉に驚いたので、俺の表情の変化を見破られることはなかった。
「この子たち、二、三年しか生きられないんですか?」
「その予定だった。だが、思いのほか頑丈そうだな」
「………」
リースは唖然としていた。俺と目を合わせようとこちらを見てくるが、俺は懸命に空を見つめる。
「君の管理がよほどいいらしいな」ロイスは満足げだった。「どうだろう。新しいナンバーズは欲しくないかな」
「新しい、ナンバーズ?」リースはオウム返しに聞き返す。
「そうだ、君のようにきちんと管理できる人材は貴重だ。新しい最新の種を扱ってみたくないか」
「最新の種ですか?」
「そうだよ、リース」トゥミが得意そうに解説する。「今、騎馬種は三桁がでている。一桁よりもずっと強く、耐久性もある種だよ。君は馬の世話が得意だったよね。これからの遠征を思うと騎馬種はおすすめだよ。でも、管理が大変と思うのなら、これの上位種である歩兵種もいいのが出ている。例えば、斥候種。とても素早く行動できて、自立行動もできる種だ。ほかにも、護衛関係で、会話ができる種や身の回りの世話もできる種もいる」
トゥミはとてもうれしそうに説明をする。まるで、おすすめの家電を売る販売員のようだ。俺たちは掃除機扱いか。ここまであっけらかんと道具として突き放されると、怒りもわいてこない。
「ねぇ、一つ聞いていい? あたしが新しい種の子を選んだら、この子達はどうなるの?」リースは俺達を指した。「新しい子とこの子達まとめて面倒を見ることができるのかしら?」
トゥミは破顔した。
「リース、それは無理だよ。監督官は一つの種だけ、それが常識だよ。種をまぜるとうまく運用できないんだ」
「え? そうなの。あたし、聞いてなくて」
「いずれは混合して指揮できる”陰“を作り出そうと我々も努力はしているがね。なかなか実現に手間取っている」ロイスが苦笑した。
「それで、この子達は一体どうなるのです?」
ロイスは興味ない目で俺達を見る。
「そうだな。廃棄してもいいのだが、一桁の歩兵種はこれで最後のはずだ。いろいろと実験して見るもよし、上位種の素材に使うのもよし、使い道はいろいろあるな」
リースの顔から表情が消えた。作り笑顔の残りが顔に張り付いている。
「そういえば、コルト監督官が面白いことを言っていたな。君はこれに新しい仕事を教えたのだろう。これまで我々もいろいろ試してみたのだが、一つとして満足のできる仕事を教えることができなかった。他の個体とどう違うのか解体して調べて見るのもいいかもしれないな」
カイタイ・・・リースの口が小さく動いた。その表情の変化の意味をトゥミはわかっていなかった。
「今から、研究所に新しい種を見に行かないか。在庫があれば、その場で好きなものを…」
「いらないわ」リースがこぶしを握り締めた。
「君が望むなら…」
「だから、いらないといったの」リースはまっすぐにトゥミを見た。「わたしはこの子たちで満足しているの。ほかの子に取り換える気はないわ」
「しかし、リース。これは旧式であまり性能は期待できない。もっと強い種でないと、身を守るにも…」
「彼らは十分に強いわ」リースはきっぱりという。「私は彼らに不満はないわ」
「リース監督官」ロイスが眉根を寄せた。「君は、これに愛着を感じてしまっているんだな。よくあることではある。特に世話に熱心な監督官で、そう、例えばこれのように見栄えの良い外形を持つ個体であれば…」
ロイスはゴローの肩に手を置いた。
「しかし、これは人のように見えても所詮は道具だ。監督官。ただの兵器に過ぎない。同じ兵器なら性能がいいほうが使い勝手がいいはずだ。技術は進むんだよ。君」
ロイスは俺たちをごみでも見るような目で見た。俺もこいつのことを品性がゴミ屑以下だと思った。こいつは科学者なんかじゃない。都合のいいところしか見ようとしない独りよがりの高慢ちきだ。
「それは時代遅れの旧式だ。役に立たないものに執着してもいいことはないぞ」
「彼らは役に立っているわ。それに、彼らは道具なんかじゃない」リースが言い返した。「使い勝手がいいとか、そういう問題じゃないでしょう。彼らはわたしたちと同じよ」
瞬間、空気が変わった。リース、まずい。今の発言はだめだ。俺は息を殺す。リースも自分の間違いに気が付いた。
「私は彼らに慣れているの。古いものが悪いわけじゃない。古くても、愛着があるほうが私はいいと思う」かろうじて彼女は言葉を継いで失言をごまかした。一度出てしまった言葉は取り消すことができない。
「リース・・・君は古い物を大切にするのはいいことだよ。でもね。今からはそういうわけにはいけないんだ。何しろ、次の相手は帝国軍だ。彼らは侮れない。そんな三体だけの戦力ではとうてい戦うことなんかできない」なおもトゥミは説得しようとするが、リースは硬い表情のままだ。
「あたしは戦うためにここに来ているわけじゃないの、トゥミ。申し訳ないけれど、聖女様とのお約束が夕方から入っています。支度があるのでこれで失礼させていただきます」
リースは何か言おうとしたトゥミの言葉を聞こうともしなかった。そんな様子を目を細めてロイスは見ている。
「いいだろう。監督官。新しい種が欲しくなったらいつでも私のところへ来なさい」ロイスは冷淡にそう告げると、取り巻きを待たずに歩き去った。
「リース、君は…」監督官の振りまく冷淡な雰囲気に慌てたトゥミが慌ててリースに忠告しようとした。
「トゥミ、何度も言うけれど、私には新しいナンバーズなんて必要ないの。彼らのことが好きだし、気に入っている。これ以上、口出ししないで頂戴」
「リース。君は監督官として間違っている」トゥミは顔を青くしていた。「上級監督官に逆らうということがどういうことか、わかっているのか?」
「私は、正式な監督官ではないわ。監督官として教えを受けたことも、正しい知識を教わったこともない。だから、上の人間といわれても実感がないの」リースはトゥミに背を向ける。
「あなたたち、天幕に入りなさい」リースは俺たちに命令して、自分はさっさと幕の向こうに消えた。
リースの元婚約者は不意を突かれた様子で彼女の背を見つめていた。それから、俺たちのほうを見て、にらんだ。特にゴローのことを。サクヤはそんな視線を涼しく受け流して、天幕に入る。俺もそれに続いた。
その後ろで、トゥミが覚えていろとか何とかゴローにつぶやいているのがかすかに聞こえた。
そんなことゴローにいっても仕方がないと思うのだが、どうなんだろう。
天幕の中ではリースが膝を抱えて座り込んでいた。
「あー。やっちゃった…」リースはうめいている。「あんなこと言うつもりはなかったのに。つい」
「リース、悪くない。悪いの、あの人たち」ゴローがやさしくリースを慰める。「俺たちのこと、かばってくれて、たくさんありがとう」
俺も一緒に座り込んだ。
「あのくそ野郎。俺は絶対許さない。あいつの言葉、絶対に忘れないからな」
「シーナ、なぜ、傷ついている? あなたもあの人、嫌い?」
「ああ、嫌いだ。あいつ、見栄えのいい個体って言った時にゴローを選んだよね。ゴローを…」俺はどうしようもなくやるせない気分になっている。「なんで、ゴローなんだよ」
「こんな時にそんなことを気にしてたの・・・シーナ、あんた、自分の姿を映してみたことがある?」リースが八つ当たり気味に俺をおとしめる。
「シーナ、いい子。かわいい子。でも、ゴロー、きれいな子」サクヤが俺の背をなでてくれる。
なぜだろう、ものすごく負けた気がする。俺は敗北感をかみしめた。
「シーナ、なんであんたはあんなこと言われてそっちを気にしないのよ」落ち込んでいる俺にリースはかみついてきた。「廃棄とか、材料とか、解体とか・・・ディーの時にはあんなにいやがってたじゃない。それなのに、もっとひどいことをすると言われたのにいやがらないの?」
「リース、彼らは初めからあんなことを俺達にやってきた。だから、まぁ、あのくらいのこと言われても別に驚くことじゃない。彼らは俺達を物として見ている。今さらそういう感情は感じない。感じないようにされていたからね」サクヤとゴローもリースの顔を見てうなずいた。
「でも、おとなしくそれに従うかというとそれは別だ。俺はそうなることを全力で回避する。どこまで、命令に逆らえるかはわからないが、みすみすつぶされたりはしない。それとも、リース監督官、あんた、俺たちの解体とかみてみたいのか?」
俺が冗談めかして言うと、リースは思い切り首を横に振った。
「そんな、悪趣味なものはみたくないわ。いいわ。あたしは監督官として命令する。あんた達はなんとしてでも生き残る手段を見つけなさい。生きてここを出るのよ」
リースは熱を込めて命令する。「いいわね。みんな」ゴローとサクヤも大きくうなずいた。
「仰せのままに、監督官」俺は大げさな礼を監督官に返した。




