第3話
こうして総勢200人ほどの俺たちの部隊は壊滅した。残されたのは監督官を守っていた特別な連中と、俺たち3人だけだった。
残りはみんな無謀な命令通りに突撃して死んだ。他の監督官達が話していたのを聞くと、全滅したのは俺たちの歩兵部隊だけらしい。
俺たちはたった三人で残された。他の歩兵部隊に組み込む話もあったようだが、なぜかそのままにされている。
今俺たちにできるのは残された天幕の解体と跡地の整備だった。
今日の俺は便所掃除をしている。数々の命令違反をとがめられて罰を与えられたのだ。
命令違反といってもたいしたことはしていない。監督官の話を聞いているときによそ見をしたとか、拍手をしろといわれたときに遅れて拍手をしたとか、気のない態度を見せたとか。
しかし、ナンバーズは命令絶対遵守だ。命令外の行為を行うことも許されていない。
「おまえは本当に変わった奴だな。罰を与えられたナンバーズなんて見たことがない」
俺の担当官であるコルトが俺の仕事を監視しながらつぶやいた。
返事を求められていないので、俺は黙ってモップで床をこする。
「時々おまえを見ていると、俺たちと変わらない人間のように思えてくるよ。不思議だな。おまえ達はただの“陰”に過ぎないはずなのに」
俺の監督官はいい奴なんだろう。少なくとも裏で俺たちのことをいたぶることはない。監督官によっては平気でひどいことをする奴がいるのを俺は見てきている。コルトはむしろそういう輩から俺達を守ってくれていた。
しかし、退屈だ。正直、俺たちに罰掃除なんて、意味がないような気がする。
そもそも罰則自体効くとは思えないのだ。
ナンバーズの生活は単調だ。朝起きて、訓練をして、朝食を食べて、訓練をして、夕食を食べて寝る。基本その繰り返しだ。当番制で基地の掃除とか、見回りとか、まわってくるけれどそれ以外は訓練するか、寝ているかしかない。
自由時間という名の何もせずにいる時間はある。でも、みんな宙を見つめたまま固まるだけなのでどこが自由なのかさっぱりわからない。一日黙って壁を見ていろと言われたらどんな気分になると思う? それこそ退屈で死んでしまう。
まだ、こうして罰掃除にかり出されるほうがましだ。
最もこう感じるは俺だけなのかもしれない。他の連中が今の状態をどう感じているのか知る術がないからだ。
俺たちは命じられたこと以外はしない。できない。自発的に動くようにはできていないのだ。
だからナンバーズ同士で話し合うこともない。こんにちは、とか、ありがとうとか、挨拶もしない。食事をするときも、行軍するときも、寝るときも、表情も変えずやることをこなす。たぶん外から見ると不気味な集団だろう。
俺たちは正式には“陰”と呼ばれる存在らしい。召喚士といわれる人たちに呼び出された人の形をしたただの道具だ。監督官達に操られて、好きなように使われる。今はたまたま兵器として使われている、そういうことだ。
「おい、上級監督官が捜してたぞ」
そこへ、別の監督官がやってきた。
「なんだ、そいつに何をやらしてる」
「罰掃除だ。命令違反をした」
「ふーん、コイツが例のナンバーズか」じろじろと無遠慮な目で見られる。「命令違反をするなんて、ひどいな。役に立たないな。廃棄を申請した方がいいんじゃないか」
「うーん、それなんだが…」俺の担当監督官が口を濁す。
「まぁ、いい。ともかくおよびだ。はやくしろよ」
「3417、掃除が済んだら、宿舎に戻れ」
担当官は俺に命令をして、その場を去って行く。
ひどい奴らだ。人を目の前にして、廃棄申請とか。そう思ったが怒りはわいてこない。何かが感情のふたをしていて、俺の心はいつものように平静だった。
適当に掃除を切り上げて、宿舎という名の天幕に戻る。今ここには俺たち三人しか歩兵はいない。だから一つの天幕で3398と3456は一緒に寝泊まりをしている。
天幕の中で二人は命じられたようにじっと待機しているようだ。
「何をしているんだ」じっと床を見つめている3456に聞いてみる。
「…何も…」だいぶ時間がたってからぽつりと返事が返ってきた。相変わらず無表情な奴だ。
前に一度だけ、この男が感情らしきものをみせたことがある。
その日は行軍中に普通の人たちが住む側で野宿をすることになっていた。
野営の支度をしていると、手を止めてじっと遠くを見つめる3456を見つけた。何を見ているのだろうとそちらに目をやっても特段変わったものは見当たらない。ただ、村の子供達が楽しそうに遊んでいる姿があるだけだった。
あとにもさきにも、3456が命じられたこと以外のことをしているところを見たのはそのときだけだった。
俺は自分に振り当てられた寝床にごろりと横になった。それから天井の染みを数える。
大きな染みを数え終わり、小さな染みを数え始めたころコルト監督官がやってきた。
「おい、おまえ達、こっちに来い」
俺たちは素直に監督官の後についていく。
いやな予感がする。廃棄されるのだろうか。今まで知っている限り、廃棄されたナンバーズはいない。廃棄されなくても、勝手に戦で死んでいくから常に新陳代謝できているのだ。最初に呼び出されたナンバーズの中で生き残っているのは全兵種あわせても20人に満たないはずだ。
ひょっとして古株から廃棄処分されるのだろうか。彼らの思考からすると充分あり得る話だ。
「おい、おまえたち、行儀よくしろよ。ちゃんとまっすぐ前を向いて立っておけ。これからあうお方のいうことは絶対服従だ。目をそらすことはゆるさん。おい、3417、おまえにいっているんだぞ」
なぜだか知らないがピンポイントで注意された。
「おまえは古参の中では一番の問題児なんだぞ。わかっているのか。お…」
いきなり立ち止まられて俺は担当官に突き当たりそうになった。後ろを振り返ると建物の入り口で後ろの二人が立ち往生している。
「おまえたち、ついてこい。…そうか、今日はこの建物の中に入っていいぞ。ついてこい。…って、なんでおまえだけついてきてるんだ?」
そういえば、俺たちはこの建物には立ち入り禁止だった。絶対に入るなと命令されていた。
俺はそのことをうっかり忘れていた。
監督官が俺を上から下まで眺めて、咳払いをした。
「いくぞ」
三人で並んで後をついていく。建物の中は無機質で実験室を思い起こさせる雰囲気が漂っていた。まるで工場か古いコンクリートでできた学校のようだった。ここだけ、俺のいた世界が移ってきたような、そんな感覚すら感じる。
行き交う人たちも忙しそうで、書類を手にしたものや、なにやらあやしげな荷物を運んでいるもの、話し込んでいるものなどあまり兵舎では見かけない人たちばかりだ。血まみれの白衣を着た男は…見なかったことにしよう。
連れて行かれた部屋は奥まった一室だった。コルトが緊張しながら扉をたたいているところを見ると、よほど高位の人物がここへ訪問しているようだ。
「壁際に並んでたて」そう低い声で命令してから監督官は声をかけて部屋に入る。
俺たちは壁際に並んでたった。
何人かの人たちが部屋の中に座ってこちらを見ていた。中でも目を引いたのが。中央に座っている一番偉いと思われる人物だ。
偉い人物だと思う。
俺はおもわず、二度見してしまったよ。
そこにいたのは、フリルのついたメイド服を着た美少女だった。
真っ白な前掛けとプリム、どこからどう見てもメイドカフェの売れっ子店員さんにしか見えない。それが、厳つい顔をした管理官と文官らしい男達にかしずかれて、堂々と椅子に腰掛けて優雅に茶を飲んでいた。
それ、役割が逆だろう。
他の二人はこれを変だと思わないのだろうか。横目で仲間の様子をうかがったがいつものように前を向いて身じろぎ一つしていない。
視線を前に戻すと、メイドさんとばっちり目が合ってしまった。彼女はにやりと笑う。
「これが、一種の生き残り君達か」まるで男のような口調で、彼女は周りのものに声をかける。
「はい、最初に呼び出した3兵種の残りです」
髭の年配の男が合いの手を入れる。いかめしい顔をした融通の利かなそうな男だ。
「ふーん」
少女は椅子から立ち上がると、俺たちの前に歩いてくると前から後ろから俺たちのことを観察する。
「この前の戦闘でも残ったんだね。感心、感心」
彼女が手を差し出すと、先ほどの男が分厚い紙の束を差し出した。
「ここにいるのは3398、3417,3456ね。最初に呼び出したのは450体だったんだね。3456だけ次のロットと・・・・・・ふーん、これが、イレギュラーが多い3417か」
彼女は、努めてまっすぐむこうと試みている俺の顔をのぞき込む。
「なるほど、これは面白い」少女はまたいたずらっぽく笑った。
「多少、挙動に不審な点があるけれども、ちゃんと戦闘には参加しているんだね」
彼女は手元の資料をぴらぴらとくりながら目を走らせている。
「組成は試験体と変わらず、かけてある呪は、これは、ちょっと多いんじゃないかな。ここまでする必要があったのか?」
「は、試作段階で暴れた個体がおりまして、初期のころは多少強めに強制呪をかけておりました。今では費用対効果を考えまして、そこまでのことはしておりません」
「多少、強めにね」彼女は口の中で言葉を転がす。「これだけ強制したら普通の人間でも廃人になるレベルじゃないか、なぁ」
彼女は俺にそういって笑いかける。
「ただ、強い呪をかけた個体が最後まで生き残っていることを考えますと、次の種ではまた強めた方がいいのではないかという意見も…」
「他の兵種はどうなんだ。やはり初期が残っているのか」
別の男がまた資料を手渡す。
「1種、4種は、初回は残ってないじゃないか。5種は結構残っているな。でも特殊な種だからなぁ・・・・・・ざっと見たところだが、これでは強力な呪が必要という結論は出せないな」
「はい、むしろ、管理官の能力の差が現れているのではないかという推測のほうが当たっているかと…」ここぞとばかりに別の男が意見を述べる。最初の年配の男は密やかに顔をしかめた。
「その辺はおいおい次の上位種で検討してくれ」メイド姿の美少女は資料を隣の男に手渡した。「それで、この子達なんだけど…どうしようかなぁ」
彼女はあごに手を当ててかわいらしく小首をかしげた。
「3人だけじゃぁ、複合実験にも使えないよね。かといって廃棄するにはもったいないし、ねぇ」
先ほどからこの少女、俺にばかり話しかけている気がする。話の雲行きはあやしいし、俺的には平静を装うのにかなり神経を使っているのだが。
「決めた。最初の提案通りにしよう」少女はくるりときびすを返して椅子に座った。
「しかし…監督官でないものに管理をゆだねるというのは」
いかめしい顔をした男は渋った。男にメイドは笑みを返した。
「いいじゃないか、ロイス技術官。上位兵種が実装されれば、こうして余る個体も出てくるのは必至だからね。余った個体を廃棄するのじゃ、惜しいし。かといってこんなに少数では使い道もない。なら、民間で活用できるか試してみるもいいんじゃないかな」
「しかし、“陰”は戦以外のことはできません」
「うん、だからそこから活用できるかどうかも含めての実験だよ。人と違って逆らうことを知らない個体達だよ。うまく運用できればいろいろなところで役に立つ」メイドはぽんと手をたたいた。「うん、そうしよう。この個体を実験地に運んで引き渡してきて」
男達は顔を見合わせて、それでも、あえてこの少女に異を唱えるものはいなかった。目線が交わされ、俺の担当官が押し出されるようにしてメイドの前に立つ。
「よろしく頼むよ。管理官46、コルト君だったよね」おそるおそる担当の管理官はうなずいて、礼をした。
「君たちも頑張ってね」少女は俺たちナンバーズにも明るく声をかける。
「君が3456? すごい筋肉だね。強そうだ。この子は3398、かわいい子だね。こんな子も呼ばれてしまうのか。頑張ってね」
メイドはべたべたと他の二人を触ったり、髪の毛を引っ張ってみたり。これはセクハラなのか。それともパワハラって奴? ひとしきり見栄えのいい二人で遊んだ後、俺の周りをぐるぐる回り始めた。
「これが、変わっているという噂の3417か。うん、彼は本当に面白い。いい実験結果がとれそうだ。彼がどう変わるのか本当に楽しみだよ」
美少女はにこにこと監督官達に笑いかけ、それから、俺の前に立つとまっすぐ目を合わせてささやいた。
「それと、君、僕は男だから」
驚きを隠すのに、とても苦労した。
兵舎での最後の仕事は自分たちの寝泊まりしていた天幕の解体だった。それを用意された馬車に積み込んで準備完了だ。
直立不動で立っている俺たちにコルトは馬車の中で待機しているように命じた。
俺たちが後ろに座り込むと馬車が動き出した。見慣れた建物がどんどん小さくなっていく。
一体俺たちはどこへ連れて行かれるのだろう。
馬車の中に刃俺たちが今まで使っていた物が積み込まれていた。装備品一式、天幕、それから携帯用の食事だ。
完全栄養食とかいって毎日朝と晩に渡されていたどろどろの液体が入った袋が俺たちの糧食だった。味も素っ気もない。以前の俺だったら、吐いていたような代物だ。でもそれしか食事として与えられないのだから、飲み干す以外にない。
俺は糧食の数を数えた。朝夕二つ消費するとして、およそ三ヶ月分。それだけの期間は俺たちを生かしておくということなのだろう。
そうこうしているうちに、見慣れた風景が遠ざかっていく。訓練で走らされた道を外れて、馬車は未知の場所に向かっていた。
夕方過ぎに馬車は町にたどり着いた。馬車はそのまま町に入っていく。
俺はここの町を訪れるのは初めてだった。いままでも、近くまで来たことはあったのだが、野営地は必ず町の外だったからだ。
夕食の時間だったからだろうか。どこからか食べ物のにおいが漂ってきた。乾いた道を埃を立てて馬車は進む。見たところ大きな建物は少ないようだった。せいぜい三階建て、平屋の家も多い。かなりの数の人が道を行き来していたが、俺たちの馬車に注目する人はいない。
それはそうだろう。まさか、俺たちのような“ナンバーズ”が乗っているとは夢にも思っていないだろうからな。
馬車はある建物の裏で止まった。馬が車から外され、どこかに連れて行かれる。
監督官は俺たちがおとなしくしているのを確認してから、楽にして補給をして休めと命令した。
俺は幌の間から外をすかし見た。もう日が落ちてくらくなっていたが、灯りの漏れている建物がある。人々が中で話している声がさざ波のように聞こえてきた。食堂とか、酒場とかそんな場所なのだろうか。
俺たちの乗っている馬車の周りには誰もやってこない。
「静かだね」他の二人に話しかけたが二人から答えはなかった。
「あのな」俺は聞いているのか聞いてないのかわからない仲間に話しかける。
「お互い番号で呼ぶのもなんだろう。名前で呼ばないか」
相変わらず返事はない。
「俺の名前はシイナだ。あんた達の名前は?」
しばらく待っていたが二人とも無反応だ。
「なぁ、番号は呼びにくいから、名前つけてもいいか?」俺は提案してみた。「3398は、・・・サクヤ。3456はジゴロ…ゴローでどうだ」
いいとも悪いとも二人はいわない。俺はうなだれた。こんなふうに昔の記憶を持っているのは俺だけなのだろうか。ここの二人は監督官達がいうようにただの“陰”にすぎないのだろうか。
あれこれ考えているうちに眠ってしまったようだ。
俺が目を開けると、3398も3456も目を開けていた。馬車の外はもう明るくなっている。監督官は昨夜は戻ってこなかったようだ。
「おはよう、サクヤ。おはよう、ゴロー」二人に挨拶をしてみた。
サクヤがふいとこちらを向いた。彼女の澄んだ青い瞳には何も感情を写していなかったが、確かに彼女はこちらを見た。
「おはよう」小さな声で俺は繰り返す。
そのとき足音がした。監督官が戻ってきたのだ。
俺たちは何事もなかったように前をむく。
「おまえ達、食事は済ませたか。まだか。まぁいい。外套を羽織って降りてきなさい」俺たちは言われたとおりに馬車を降りて、監督官の後をついていく。
朝の空気が気持ちいい。
野営地と同じ朝の光景のはずなのに、なぜか心地よさを感じた。何が違うのだろう。
この町の人たちは早起きだ。すでに町は目覚めていた。
俺たちは馬屋に連れて行かれた。
多くの人たちが馬の世話をしている。
「君がマフィの村から来た人だね」監督官が馬を洗っている若い女に声をかけた。
「わたしは監督官のコルトだ。君達がほしいといっていた用心棒を連れてきた」