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モブ中のモブとして召喚されました  作者: オカメ香奈


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第23話

 俺達はこっそり二階の部屋に侵入し、階下をのぞける階段の上に移動した。ここが、部屋の外といえるかどうかは微妙だが、全く罪悪感を感じないので大丈夫なのだろう。


 下では、リースがナルサムに茶を出しているところのようだ。

 カタカタと食器の鳴る音がする。


「兄さん、お茶だよ。どうぞ」


「おお」ナルサムは多少かしこまっているようだった。「おまえに茶を出してもらえるというのはなんだか、な」


「昨日は、ごめんね。なんだか追い返すようなことになって」

 しばらくの沈黙のあと、リースが切り出す。


「いいって、俺も、悪かったよ。いきなりあいつらを連れてくるのは配慮がなかった。気が焦ってたんだ。村を守らないといけない、ってね」


 しばらく茶をすするような音がする。


「忘れてたよ。ここに残っているのは、ほとんどがアルトフィデス派なんだよな。それも、頑固な連中ばっかりだ。まったく」


「ごめんね。でも、いい人達だから・・・」言い訳するようなリースの言葉はかすかだった。


「そういえば、おまえもナンバーズを預かってるんだろう。聞いたぞ。古い種を村を守るために譲り受けたと。おまえも、何か言われたんじゃないだろうな」

 兄の妹を思う心は本物だった。声を聞くだけで、それがわかる。


「あたしは大丈夫だよ。あの子達のことは村の人も受け入れてくれた。ほら、外で子供達の面倒を見てた大男、あれもナンバーズだよ」


「あれが、か?」ナルサムは驚きの声を上げた。「嘘だろ。あいつ、子供と遊んでたよな。信じられん。ナンバーズがそんなことをするなんて」


「うん、ゴローは子供達の人気者だよ。あと、他の子はね」


 かすかな足音がした。サクヤが見回りから戻ってきたのだ。彼女は俺と違ってまじめに結界周りをすませたらしい。


「あ、サクヤ、おかえり。あれ? もう一人は?」


「彼は、他のところへ見回りに行くといっていた」

 サクヤはあっさりとシーナが見回りをしていないことを話してしまう。


「あいつ!」


 俺はちゃんと見回りをしてきたから。新しい“幽霊”部隊の偵察にいってきたのだ。命じられてはいなかったが。


「これも、ナンバーズ? リース、おまえ、こいつらに名前をつけたのか」


「そうだよ。番号だと呼びにくいでしょ」


 男がため息をつくのが聞こえてきた。


「なぁ、リース。こいつらはペットじゃない。生き物じゃないんだ。ただの道具だ。人形と同じなんだぞ。それに子供みたいに名前をつけて…はぁ。おまえは監督官(マスター)としての教育を受けていないから仕方がないのかなぁ。こういうことは監督官見習いとして一番最初に習う基礎中の基礎なんだが」

 男は言葉を切った。

「あのな、こいつらは人の形をしているけれど、人じゃぁない。ただの道具だ。人として見てはいけないんだよ。これは、剣と同じだ。いつでも使えるようにきちんと手入れをする必要があるけれど、名前をつけたりかわいがったりする対象じゃない」


 彼の言葉に迷いはなかった。天は頭の上にあって、地は足の下にある、そんな常識的なことを当たり前のように話している口調だった。そう、教えられて、そのように、扱ってきて、それが確信となっているのだろう。


 俺もそうだと思ってきた。そう感じるように強制されていた。心の底でどんなにそれが違うと思っていても、そういう行動しかとれなかったからだ。


「でもね、兄さん」リースが言い返そうとするのを男は遮る。


「リース、おまえがアルトフィデスの連中に何を言われたかは知らない。どうせ俺達クリアテス教の悪口を吹き込まれたんだろう。俺達が、異端の教えだとか、精霊をないがしろにしているとか。でもな。あいつらは所詮アルトフィデスの住人だ。彼らが俺達に何をしてくれた? 俺達が、帝国兵に殺されているときにあいつら(アルトフィデス国)はただ黙ってみているだけだったじゃないか。帝国(ブランドブルグ)とのことを荒立てたくないとかなんとかと理由をつけて、俺達を…」


 表の扉が開く音がした。


「リース、ディーさんがきた」ゴローの野太い声がかけられる。


「サクヤ、ディー達のお茶を入れてくれる? えっと、何人分かな」我に返ったようにいつもの様子を取り戻したリースの声が響いた。


「ディーと、ダムおじさんと、おばさんと、あれ? キーツは?」


 俺の隣でキーツが身じろぎをした。


「6人分のお茶でいいですか?」サクヤの落ち着いた声がよく響いた。


「うん、お願い」


「6人? 5人だろう」


「後ろの方は、その…」


「…ああ、これは人じゃないから茶はいらない」


 彼、あるいは彼女だろうか、がいることに俺は気がついていなかった。それほど静かに護衛は立っていたのだ。隣のキーツの顔が引き締まった。おそらく彼も気がついていなかったのだ。


「お帰りなさい、ナルサム。精霊の恵みがあなたとともにありますように」


 ディー達が部屋に入って挨拶を交わす。どことなくぎこちないように感じるのは昨日のやりとりを聞いていたからだろうか。


 リース達がそれぞれの席に座る物音がする。キーツがそっと何かあったときに飛び出しやすい位置に移動した。


「昨日は悪かったな。祭りの邪魔をしてしまったようだ」

 ナルサムが話を切り出す。


「いえ、あなたの帰還を祝うことができなかったわ。こちらこそ残念でした」

 ディーはそっけない。


「あなたの帰還は歓迎するわ。村の人たちもみんなそう思っているはずよ」


「我々も若者が村に戻ってくれるのはうれしい。ただ、一つ聞きたい。なぜ、あんな奴らを連れて戻ってきたんだ?」


 ダムは堅い口調で問いただす。


「あれは“幽霊”なんだろう。なぜ、あんな禁忌を犯して作ったものをこの村へ持ち込む?」


「あれはそういうものではない。ただの道具だよ。あんた達もあれがどういうものか知ってるんだろう。ここにはすでにリースの“幽霊”が何体かいるんだから」


「クリアテス派は彼らのことを道具だといっているかもしれない。でも、わたしたちアルトフィデス派はあれは禁じられた召喚で呼び出された者だと考えているわ。あなたが帰ってきてくれたのはうれしい。でも、あれは別。あれを村の中に入れるわけにはいかないの。精霊もいやがっている」


 そこへ、サクヤが茶を持ってきたらしい。サクヤの軽い足音と、茶をみんなに配る気配がした

「これ、と、俺の護衛のどこが違うというんだよ。これだってナンバーズなんだろう」ナルサムはぶつぶつと文句を言っている。


「サクヤは関係ない。そういう問題じゃないでしょ。あなたはみんなが“幽霊”をいやがると知っていたはずよ。それなのになぜ連れて帰ってきたのか。それが知りたいの」


「俺が監察官になった経緯とか、ここへ戻ってきた顛末とか、そういう話が聞きたいのか? そうじゃないよな。安心しろ。俺はこいつらをコサの連中と争わせる気はない。こいつらを連れてきたのは、ま、俺の意思だな」


「勝手に連れ出してきたの? あなたがそんなにえらくなっているとは思わなかったわ」

 ディーの口調は冷淡だった。


「勝手にじゃぁない。ちゃんと俺達の仲間の了解は取ってあるさ。いっておくが、これでも結構監察官としては実力がある方なんだぜ。まぁ、いいや。俺がこいつらを連れて帰った理由はな。このあたりに帝国が食指を伸ばしかけているからさ」


 内密な話で頼む、とナルサムは声を潜めた。俺は、耳をそばだてる。


「この前、神父様がここの村に滞在したよな。彼や他のクリアテス教徒が何人もの帝国兵を関のあたりで目撃している。戦闘にこそならなかったものの、接触しかけた」


「でも、関は今帝国の支配領域でしょ。なら、兵の一人や二人、いるのが普通よね」これはリース。


「師団の記章をつけた奴らが、か? 接触した相手は属領兵じゃない。正規の帝国兵だ」


「帝国兵がどうして?」


「小規模な隊ではあったらしい。でも正規の帝国兵だったと。そんな奴らが出てくる理由は一つしかない」キイと椅子のきしむ音がした。「それで、俺はナンバーズを連れてここに戻ってきた。あれだけの数がいれば多少なりとも戦える。俺は十年前の二の舞はごめんなんだよ」


「ねぇ、一つ聞いていいかしら」ディーの声がする。「あなたたち、クリアテス派が王軍と手うちをするという噂は本当なのかしら」


「俺は知らないな。そんな話は聞いてない。俺は所詮一介の監督官だからな」


 しばらく誰も話さなかった。


「ナルサム、はっきりと言うわ。あなたの私兵をこの村に入れないでちょうだい。彼らは精霊の加護を受けていない。加護を受けていない者は魔獣と同じよ。司祭として魔獣を結界の中に入れることはできないわ。あなた、一人なら村にいつでも出入りして結構よ。でも、彼らは駄目」


「しかし、ディー、それを言うならリースのナンバーズだって同じだろう。コルト監督官の時も…」


「コルト神父の時も“幽霊”の立ち入りはなかったの。村に入っていたのはコルト神父だけよ。それに、リースのナンバーズ達はちゃんと“精霊の祝福”を受けたわ。彼らは精霊の加護の元にある。なんなら、あなたの私兵達全員“祝福”を授けましょうか?」


 なんだ? その精霊の祝福とやらは・・・俺はそんなものを受けた記憶が全くないのだが。俺はキーツに目で合図を送ろうとしたが、彼はじっと階下に神経を集中させている。


「あれにそんなことをしたのか」ナルサムの声にかすかな何かが混じっていた。怒り? 恐れ? 憤り? 「あれは俺達クリアテス教の所有物だぞ」


「それから、彼らのことを物呼ばわりしないでいただけるかしら。コサの大司教自ら彼らを“人”と認めたわ。アルトフィデス派は彼らのことを人と扱います」


 ナルサムはしばらく黙っていた。


「あんた達はわかっていない」やがて、ナルサムは感情を抑えた口調で話し始めた。


これ(ナンバーズ)を使う戦いは、人が死ななくてすむ。有意義なんだ。それまでの戦いを知っているだろう。誰が争うにしても、人の血が流れる。大切な誰かが死んで、その報復でまた相手が殺されての繰り返しだった。でも、これ(ナンバーズ)を戦わせることによって人が死なずにすむんだ。画期的な方法だろう。これはアルトフィデス派にとっても、理想のあり方じゃないのか? あんた達のいう平和的な解決策ってやつじゃないのか? 俺達はただ自分の自由や自立を勝ち取りたいだけなんだよ」


「では、その代償として支払うのは何?」ディーも低い声で聞く。「これまでも、似たようなことは繰り返されてきたの。禁忌は、理由なくして禁忌にされたわけではないのよ。わかっていないのは、あなたたちのほうでしょう」


「俺は、ただ、この村を守りたいと思っているだけだ」歯ぎしりするようにナルサムは声を出した。「あんた達が理解してくれないなら、それでいい。俺は、俺のやり方を貫く」


「それは結構よ、わたしたちはあなたたちの兵隊を村に入れてほしくないだけだから」


 椅子からナルサムが立ち上がる気配がした。かなり乱暴な立ち方だった。


「行くぞ」彼は護衛に声をかけた。かすかな鉄があたる音が聞こえた。


「兄さん」リースも立ち上がってナルサムの跡を追う。「兄さんは、ここに来ていいんだからね。待ってるから。部屋もちゃんとしてあるから」


 ナルサムは何も言わずに扉を開けて、出て行った。鉄の音が彼を追う。


 リースは家の中にとどまっているようだった。


 外の足音が遠ざかるのを確認してキーツが体の力を抜いた。


「ごめんね。リース」ディーがリースを慰めている。「でも、これだけははっきりしておかないと。たとえ、監督官が村の住民でも“幽霊”を村に入れるわけにはいかないのよ」


「わかってる。わかってるよ。彼らがいると村の人が不安になる。だから…でも、あたしは待ってたの。兄さん達が帰ってくるのを。せっかく、せっかく戻ってきてくれたのに」


「ほんとうにすまないとおもっている」ダムのつかれたような声がかぶさる。「わたしたちだって、こんなことはしたくない。ナル坊の帰還はうれしい。でも、“クリアテス教”は駄目だ。申し訳ない、本当に申し訳ない」


 つぶやくように繰り返される謝罪の言葉に、俺はその場を動けなくなる。

 俺は覗いてはいけないものを見てしまった。そんな後悔の思いが胸を苦しくさせた。



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