第20話
今日の魔獣は、植物のような生き物だった。正確に言うなら、歩き回る木である。
「シーナ!」キーツの合図に会わせて、逆方向から攻撃をかける。
木は器用に枝を操って、俺たちをまとめてなぎ倒そうとする。一体どこで俺たちの存在を見ているのだろう。眼らしき物がないのに器用なことだ。
俺たちが後退したところに、サクヤの放った火矢が幹に向かって放たれた。
「“汝が光は、我が光”」
俺は口の中で聖句を唱えながら、精霊達の力を借りる。光る球の乗った剣は易々と堅い魔獣の枝を切り落とした。
「“汝の燃えさかる炎を持て我が心に炎の祝福を”」
本当はこういう詠唱なしにあの玉を呼び出さないといけないらしい。でも、ここには体に技術をたたき込むエルカ姐さんはいない。俺にはこうして聖句を唱えたほうがあのふわふわを呼びやすいのだ。実戦くらい楽な方法をとらせてもらっていいだろう。
「ゴローちゃん、頼んだ!」
ディーが針のようなものを、化け物に近づいたゴローに投げた。ゴローはそれを器用に受け取ると、魔獣に体に突き立てて、一気に後退する。
ディーが口の中で何か呪を唱えて、手を高く上げた。
「下がれ」
いわれなくても俺はすでに魔獣から離れられるだけ離れている。
急速に光の球が針のような物に集まって、はじけた。
閃光と熱が俺たちをも巻き込む勢いで広がった。
「あちちちちち」キーツが炎の粉を振り払っている。
「やり過ぎだ。ディー」
木の魔獣は盛大に燃えていた。燃えながら暴れているので、あたりに炎が舞っている。
俺たちは、慌てて魔獣から逃げた。幸いにも火は広がらず、山火事はさけられた。
燃えた魔獣のいたところで俺たちはかなり大きめの魔石を見つける。
「討伐をしたので、魔獣はいなくなる予定じゃなかったのか?」
これで何匹目だよ。俺はまだくすぶっている燃え残りをつつきながら、きいた。
「そのはずなのよね。普通なら当分大物は出てこないはずなのよね」
ディーは魔石を二本の枝でつまむと専用の袋に入れた。
「精霊の力が弱くなっているからだと思うのよ、たぶんね」
「でも、ふわふわは結構このあたりにはいるよ」
俺は今さらながらにまとわりついてくる玉を手で払った。肝心なときに集まらずに終わったころになって出現するのだ。困ったことに。
「それは、サクヤさんがきれいだからかな」キーツはとっておきのさわやかな笑みをサクヤにむける。「精霊は美しい人が大好きだからね」
「このあたりは大丈夫」サクヤはいつものようにキーツの言葉には応えない。「まだ、たくさんいる」
「そうなのよ。問題は奥の方ね。こちらで頑張って退治しても、向こうから沸いてくるんじゃ、話にならないわ」
俺は、俺のクラスメートの会話を思い出す。
“さぶいべんと”とか“れべるあげ”とかいっていた。
あまりゲームをやらない俺だって、ゲーム内のレベル上げのことは知っている。中でわく魔獣を倒してそれで経験値を得てレベルアップをするのだ。
とても嫌な感じがする。レベルを上げるためには魔獣がいなければいけない。まさか、かつてのクラスメートたちがこの現象にも関与しているということは、あるのだろうか。
思い出したくもない不気味なメイドの言葉を思い出す。あたかもここがゲームの舞台であるような口ぶりだった。
“よいゲームライフを” 明るい声が耳から離れない。一体誰のため、なんのための“ゲーム”なのだろう?
村に戻ると、リースが出迎えた。
「おかえり。無事討伐できたみたいね」
「うん、うまくいったよ」
リースとディーは何十年もあっていない友人と会ったかのように熱烈な抱擁を交わす。
「よかった。あたしがいけなくてごめんね。大変だった?」
「ぜんぜん平気だよ。それより、祭りの準備は進んだ?」
「おかげさまで、なんとか間に合いそうだよ」
村の広場の中心には塔のような物が組まれていた。周りには竿が立てられ、その竿と竿の間に色とりどりの布が垂れ下がっている飾り紐が張り巡らされている。風に吹かれて布が揺れるだけで、なにやら特別な感じがするのはどこでもおなじだろうか。
「あとは、灯りを用意して、ごちそうの準備をして」リースは指を折ってこれからやらなければならないことを数えた。「うわぁ、まだまだ一杯やることがあるよぉ」
「あたし達も手伝うね」
「ありがとう。ディー」
「今年は下僕達もたくさんいることだしね」
「だれが、下僕だ? 誰が?」
キーツがひそかの毒づいている。俺は、元々下僕以下だからな。文句は心の中だけにしよう。
「ごろー」「ごろー、あそぼー」
俺たちがリースの指示に従って、広場の飾り付けをしていると、村のくそガキどもが早速現われて、ゴローを連れ出した。
ここのところゴローはチビども担当の保父さんとかしている。頑丈な体といかめしい顔つきにかかわらず、彼はとても面倒見のいい理想的な保育者だった。最初は子供達のすることを黙認していた村人も、今や積極的にゴローに子供を預けている。こういう忙しい時にくそガキどもを統率してお世話ができる存在は貴重なのだ。あれだけ俺たちのことを毛嫌いしていたのに、本当に虫のいい奴らだと思う。もっとも、ゴローもこの仕事を喜んでいるようなので、俺が文句をつける筋合いではないのだが。
残された面子はリースの指示で、祭りの会場設営に回された。いつもは人気のない祠が賑やかなこと。
「サクヤさん、重くないですか。荷物を持ちましょう」
村の若者がこそこそとサクヤに声をかけている。年長者がいるところでは目を恐れて遠巻きにしているくせに、監督者がないともうこれだ。俺は彼らがサクヤのことを“魔女”呼ばわりしていたことを忘れてはいない。不気味だと魔除けの印を切っていたじゃないか。
「サクヤちゃん、あんな奴らのいうことを聞いていては駄目だよ」キーツが彼女を隅のほうに引っ張っていこうとしている。「あいつらは悪い奴なんだ。下心のある獣なんだよ」
一番危険なのは、おまえだ、おまえ。
「獣? 退治しないといけないのか?」サクヤが首をかしげている。
「そうだよ。よくわかったね。でも、お兄さんが守ってあげるからね。安心しなさい」
「キーツ、あんた、何吹き込んでるの!」ディースが儀式に使う木の枝のような物を投げつけた。「この忙しい時に女の子を口説いてるんじゃないわよ。さっさと仕事、しなさい」
「シーナ、あんたはこっちにこれを運んできて」リースがよそ見をしていた俺にドサリと何かが詰まった箱を持たせた。想定外に重い箱に俺は姿勢を崩す。
「こっちよ、こっち」
リースは祠の裏に回る。祠の裏から細い登り道が続いていた。
こんなところに道があるとは知らなかった。俺は足を踏みしめるようにして段を一歩一歩上っていく。
ずいぶん急な斜面だった。あまり人が通らないらしく、道自体が消えかかっているところもある。
「儀式の時にしか使わない道だからね」リースは俺よりも軽い荷物を持って、それでも汗を流している。「あとで枝を切って整備しておかないと」
ようやくたどり着いたのは村からだいぶ斜面をあがって開けた一角だった。小高い丘の上から遠くの山が青く見えた。眼下には光る帯のような川が、光る大瀑布もちらりと輝きを見せている。そしてその向こうに、おそらくコサの町だと思われる塔のような建物が小さく小さく見えた。
「これはすごいな」
吹き寄せる風が汗を吹き飛ばした。いくつもの光の球が風に乗ってどこかへ流れていく。
「すごいでしょ。ここが祭りの会場だよ」
「え? 下の広場じゃないのか?」
「ここも、使うんだよ。夕方から夜にかけてここで儀式を行うの」どんな儀式かはお楽しみ、とリースは俺をじらした。
俺が運んできていたのはその儀式で使う道具らしい。手早く箱の中身を取り出して、簡易式の祭壇を作り上げる。村の家にも飾ってあった木彫り人形を一つ一つ丁寧にならべていく。この人形だけ見ていると、呪いの儀式でも執り行えそうだ。
キーツやサクヤも合流して司祭であるディーの指示通りに儀式に使う小道具をならべていく。
「サクヤ、この前教えた、聖歌を歌ってみて」ディーがサクヤに指示をする。
サクヤはうなずくと、歌い始めた。彼女の歌に会わせて、また例のふわふわした物が浮上がる。いつ聞いても彼女の歌は素晴らしい。
ディーは床に儀式の物らしい線を書き始めた。線は円になり、円は立ち上がり、球となった。そのままくるくると回り始める円に俺は目を奪われた。
「シーナ、気が散りすぎ」リースが俺の腕を引く。
「あんたもサクヤに見とれてたの?」
「いや、なんだか玉がくるくると回っていて、きれいだなと…なんだ? なんで俺がサクヤに見とれるんだ?」
サクヤは確かに美少女だと思う。客観的に見ればだ。だが、”幽霊“として一緒に戦ってきた俺にとっては兄弟に近い存在だ。裸も着替えも見たことはあるが、俺には当たり前の光景で鞍をつけていない馬を見るような感覚である。そうリースに伝えると、リースの目がつり上がった。
「女の子の裸が、馬? シーナ、あんた一体どういう感覚をしているのよ。それよりも、“はだか”って、あんた」
「仕方ないだろう。部隊で水浴びをするときは隊ごとにまとめてだったんだから」
男とか、女とか、そういう配慮は一切なかった。そもそも人間としてみていないのだから仕方がない。
俺が至極まじめに話をしていると気がついたリースは文句をつけるのをやめた。
「え、女の子の裸が見放題?」間の悪いことにキーツが興味本位で話題に突っ込んできた。
「シーナ、おまえ、なんてうらやましい」
「だから、そんなにうらやましがるようなことじゃないって」
俺は冷たく突き放す。女の裸といえば、男同士の楽しい話題とキーツは勘違いしているのかもしれない。でもあそこでの生活は俺にとって楽しくなるどころか心の空洞を思い出させる物でしかない。
「あそこでは俺たちはただの物だったんだ。だから、互いの裸を見ても何も感じることはなかったし、あんたの楽しめるようなことは一切起こらなかった。・・・それに、俺たちを抱いても面白くないらしいぞ」
「そんなこと誰が…ああ」リースが口に手を当てた。
「まさか、あのコルトって野郎がサクヤさんに」キーツの顔が珍しくゆがむ。
「誤解するな。コルト監督官はそういうことはしない人だった。あの人は監督官の中では面倒見がいい人だったよ。彼が監督官でなかったら、俺は生き残っていない」
俺たちが話しているのに気がついたサクヤが不思議そうな顔を向ける。
「ただ、そういうことをしていた奴もいたということだ。彼らは平気でそういう話をしていたよ。俺たちの前で、得意そうに。まさか、俺たちがそれを聞いて誰かに話すなんてことは、考えもしてなかっただろうな」
「用事、すんだよ」おずおずとサクヤが会話に割って入った。「次、何をすればいい」
「ああ、つぎは、次はね」リースが慌てて仕事を割り振った。
祭りのためにしなければならないことはまだまだたくさんあった。
儀式の用意、会場の設営、料理の下ごしらえ、それにくわえて普段の日課もある。祭りの日が迫ってくるにつれて、リースもディーも好き勝手に用事を押しつけてくる。鳥を森で捕ってこいなどという無茶ぶりもあった。幸いにもこういうことが得意なゴローがいてくれて、助かった。
祭りの前日、リースは俺とゴローにだけ日課をこなすように命令をした。
「サクヤは?」
「彼女は女の子だからね。女の子だけの儀式が、あるのよ」
困った顔をしているサクヤをうるさい二人組が連れて行く。
「だいじょうぶかな。サクヤ」
「心配するなって」キーツが知ったふうにうなずく。「女の子には女の子の事情があるんだよ」
「おまえ、彼女たちが何をするのか知っているのか?」
「俺が知らないわけがないだろう」キーツは得意そうに語る。「未婚の女の子は、祭りの前に司祭と一緒に禊ぎをするんだよ」
「みそぎ?」
「ああ、きれいな川や池の水で体を清めるのさ。男は立ち入り禁止の神聖なる儀式なんだ。ぴちぴちした女の子達が大勢集うんだぜ。それは壮観ってもんよ」
「・・・おまえ、見たことがあるのか?」
なぜ、男は立ち入り禁止の儀式なのにそんなに詳しく内容を知っているのだろう。
その日、キーツはそわそわと見回りに行きたがった。
祭りの日、いつもの見回りのあと、俺は近所のおばちゃんに命じられて、芋の皮をむいていた。ジャガイモに似た芋を延々とむいてはそばの樽に入れていく。隣でゴローも同じ作業を続けていた。
村の女性達は忙しさのあまり、俺が幽霊であることなど些細なことだと思うことにしたらしかった。つかえるものは、何でも使う。ゴローの周りには相変わらず子供達が集い、このときばかりはまじめに自分のできる用事を手伝っている。
ディーは真っ白な司祭服に身を包み、あれやこれやの細かい儀式を執り行っていた。おばちゃん達の井戸端話によると、まともな司祭が村の祭りに来るのは何年かぶりらしい。
「ディーちゃんが、司祭様になれてよかったよ」おばちゃんは自分もせっせと芋をむきながら、ぺちゃくちゃと話す。「あの子の親もきっと喜んでいるだろうね」
「そうだよ。司祭様になれるなんてよく頑張ったと思うよ。母親そっくりの頭のいい子だからねぇ。あたしの自慢の姪っ子だから」
この井戸端会議の末席で話を聞いているだけで、村の様子がだいぶわかってきた。人間関係はもちろん、性格、性癖、持ち物、それこそ、下着の色までだ。おばちゃんの噂話ネットワークは恐ろしい。
「シーナ」そこへ見たこともない派手な衣装を身につけたリーサとサクヤが現われた。
「じゃーん、みて、みて?」
二人とも白い上着に美しい刺繍のついたベスト、長いふわりとしたスカートと光るビーズの縫い付けてある前掛けを締めていた。頭には髪飾りのようにも帽子のようにも見える花でできた物をかぶっていた。
「どうどう? かわいいでしょ」リースはくるりと回って見せた。「サクヤとおそろいにしたの。この前掛け」色違いの鳥の模様がかがってある前掛けを見せびらかす。
「ほら、サクヤも」いつも俺たちと同じような格好をしているサクヤもこういう格好をしていれば年相応の少女だった。
「あ、それ、コサの町で買っていた衣装だな」俺はいろいろな店を引きずり回されて、荷物持ちをしたときのことを思い出す。
「その靴は討伐の時に買った靴・・・」10足も靴を持たされて苦労したんだ。
「そうだよ。思い出した?」
「おまえ、あのときそれはおみやげにするって買ったんじゃなかったか?」
「もちろん、みんなの分を買いました。自分の分も含めて、ね」リースは上機嫌だった。
「ねぇ、ねえ、それでどう?」
「どう? どうといっても」
「りーす、さくや、レ・プレクス」ゴローが何か言った。「プレクス・トゥ・ランディス」
「あ???」俺は首をかしげる。
「りーす、さくや、いい、少女・・・子供」ゴローが頼りなげに言葉を紡ぐ。「かわいい、妻予定」
「よくわからないけど、かわいい、ってことよね」リースは満足げにうなずく。「で、あんたは?」
俺に振られても困る。
「せっかくきれいな服を着てるんだから、汚すなよ」
俺が忠告すると、リースはむっとしたようだった。
「あ、リースちゃん、サクヤちゃん、よく似合っているよ」そこに現われたのはいつもよりも少しだけ派手な服を着たキーツだった。「いいねぇ。乙女って感じだ。見違えたよ」
彼は俺の背中をどんとおして、耳元でささやいた。「ちゃんと褒めてやらないとあとが怖いぞ」
そ、そうか。褒めてほしかったのか。
「う、うん。よく似合ってるよ。二人ともいつもの面影がないな」
俺はあわてて言葉をたした。普段とは違って見えるというのは本当のことだった。いつもは意識しない性差を感じてしまう。
「いつもの面影がない?」リースが眉をひそめて聞き返した。なんだろう。褒めたのに、あまり喜んでいる感じがしない。何か、地雷を踏んでしまったか?
「あー、いつも男と同じ格好してるだろ。だからこういう服を着ると女の子なんだなぁと」まともなことをいっているはずだ。どうして、だんだん雰囲気が怖くなるのだろう。
「そろそろ、おまえも着替えた方がいいぞ」少し慌てた様子のキーツが俺たちを母屋のほうに引っ張っていく。
「俺たちはいい。どうせ、警備をするだけ・・・」
「馬鹿。今、機嫌を損ねられてみろ。後々まで尾を引くぞ」キーツがこそこそとささやいた。「女って奴はいつまでもしつこく細かいところを覚えているんだ」




