第2話
ずらりと並ばされた俺たちはそれなりに見栄えがする。
誰一人身じろぎしない。私語もない。学校の運動会でこんな生徒達を目にしたら、先生や父兄が感動するような光景だ。
今俺たちが並ばされているのは、目の前にいる少年少女に、ナンバーズというものを教えるためだ。
「これが“陰”と呼ばれるものだ。番号で区別しているからナンバーズと呼んでいる」
ここの監督官のお偉いさんが子供達に説明している。
「これを初めて見るものも多いだろう。待ちなさい。まだ触ってはいけない」
俺たちは所詮物なんだと実感できる光景だ。目の前にいる子供は今から管理監になる候補生らしい。下は10歳くらいから、上は二十歳くらいまで。男女あわせて5人ほどの候補者達が俺たちを気味悪そうに見ていた。
「今日からおまえ達はこれを率いる訓練をする。監督官として彼らに餌を与え、運動をさせ、休息をとらせる、そして戦場に出て彼らを動かす。これが君たちの仕事だ。簡単なように思えるだろう。だが、以外にこれが難しい。これは常に最上の状態を保つ必要がある。いつ戦が始まるかはわからないからな。遠征に行くこともあるだろう。奇襲を受けるかもしれない。そのとき君たちの武器となるのが彼らだ。君たちのスキルと兵種の持つ力を掛け合わせて戦を勝たなければならない」
監督官は一人のナンバーズを呼び出した。
「これが騎兵種だ。彼らは馬とあわせて騎兵種と呼ばれている。馬がいるぶん高価だが、戦場での破壊力はどの兵種にも勝る…」
監察官は兵種の紹介をしていく。槍兵、弓兵、魔道兵、そして最後に俺たち歩兵だ。
「最後にこれが歩兵だ。歩兵は槍兵に強いが、騎兵に弱い。足は遅いし使いどころが難しい兵種といえる。だが、現在開発中の上級種では守備力の高さを生かした重装歩兵がいる。城の防衛や拠点の攻略に役立つユニットだ」
一人の少年がなぜか俺のほうをじっと見ている。まだ幼さの残る少年だ。俺は眉をひそめた。彼はどこかで見たことがあるような気がする。一体どこで…
「何を見ている」見つめ合っている俺と少年に気がついた監督官が鋭く問いかける。
「いえ、その人が、僕の知り合いに似ているような気がしたものですから」
少年は監督官を振り仰いだ。
「そういうものもいるかもしれない」監督官は少年達全員に聞こえるように声を張り上げる。「“陰”のなかには君たちの親兄弟にそっくりなものもいる可能性がある。それはなぜかな。習っているはずだな」
「はい、それはこれが実際にいる人の“陰”だからです」利発そうな少女がはきはきと答えた。
「泥と水からできている彼らですが、実体化するときにひな形となる人型が必要となります。その人型を“陰”といいますが、それは無作為にエーテルの中を漂っている物を取り出した物です。ですから、中にはどこかで見たことがあるような“陰”も生まれる可能性があります」
「そのとおりだ」監督官は満足げにうなずいた。「だから、似たものがいても気にするな。これは人ではない。“陰”なのだ」
好き放題いってくれる。本来なら、抗議すべきところだろう。だが、俺は沈黙を強いられている。向こうが命令しない限り口を開くな。動くな。そういう強制力が体を拘束している。
見るな、聞くな、考えるな、とはいわれていないので、こうして頭の中では好き放題毒づいているのだけれどな。
「リュー、おまえはこの歩兵種と縁がありそうだな。これらの担当はおまえにしよう」
そう監督官が先ほどの少年に告げた。少年は露骨にいやな顔をする。それを見て監督官はのどで笑った。「そういやそうな顔をするな。確かに今の歩兵種は軟弱だが、上位種の歩兵は防御力特化の頼もしい兵種だ。おまえ達が一人前になるころには実装される。楽しみにしておけ。コルク、彼に仕事を教えてやりなさい」
俺の担当官が物々しい顔つきで進み出て、少年に声をかけた。
「むこうで、彼らの世話のことを説明しよう」
俺は今聞いた話を思い起こす。なんだか、かなりやばい話をしていなかったか。上位種とか、役立たずの歩兵とか。
ものすごくいやな予感がする。見習い風情に指揮を任せるということは俺たちは練習台ということなんだろうか。俺たちの生存には指揮をする監督官の裁量が大きく影響する。こまめに世話をして、戦場で無茶をさせない監督官は貴重だ。
俺たちが文句を言わないことをいいことに世話をさぼる奴、戦場での判断を誤って苦手な種に突っ込む奴、そんな監督官に当たったら全滅することもある。このリューとかいう少年がまともならいいのだけれど。
それにしても、彼は誰かに似ている。誰だったんだろう。俺の知っている子供達の顔を思い浮かべたが、思い当たる人はいなかった。テレビで見た誰かに似ているのだろうか?わからない。
当たってほしくない予感に限って当たるものだ。
リュー少年は、露骨に俺たちの世話をサボっていた。担当の監督官がいないところでは手を抜きまくりだ。
「適当に走ってきてよ」
おいおい、そんなこといったらみんないつまでも走り続けているよ。
「休憩していいよ」
水は? 食事は? どうするんだよ。それだけの指示だと俺たちみんなぼーっと立ち尽くしているよ。おまえがサボりたいからって手を抜くんじゃねぇ。
どうやら彼は歩兵ではなく花形の騎兵の世話をしたかったらしい。騎兵は馬と人の両方の世話があるから大変なんだぞ、と教えてやりたいが、俺は話すことを許されていない。
『これってこんなだるいゲームだったかなぁ』彼は一人でぶつぶつと文句を言っている。
『もっと派手な魔法とか、ああ、でも僕はメインじゃないみたいだし』
ナンバーズは不平不満を漏らすことはなかったけれど、つらくないわけじゃぁない。時々3398や3456に話しかけてみるが、返事が返ってくる時間が長くなってきた。みんながみんな、俺みたいに適当に振る舞えるわけではないのだ。
間の悪いことは重なるものだ。こんな時に出撃命令が出た。
ナンバーズ達は隊列を組んで、出陣する。
リュー少年は見るからに浮き足立っていた。
「そんなに焦らなくても大丈夫だ」俺の本来の担当官がたしなめる。「落ち着いていけ。今日、私は我々に危険が迫らない限り指示は出さない。おまえが、彼らを操るんだ。基本的な命令は覚えているな。心配しなくても彼らはおまえの命令に忠実だ」
「で、でも、敵が来たら…」
「俺たちには特別な命令に従っている兵がついている。彼らは危ないと判断したら我々を連れて後方に下がるようにできている。監督官が死ぬことはよほどのことがない限りない」
『そ、そうだよね。こんなゲームの序盤で僕が死ぬことはないよね。キャラじゃないけどプレイヤーだよね、うん』リュー少年はまだ声変わりのしてない声で話している。『あー、緊張するな。大会に出ている時みたいだよ』
いや、どきどきしているのは俺のほうだ。丸ぎこえなんだよ。こいつの話を聞いているだけで、怖くなる。コルトが指示を出さない? 俺たちに死ねといっているのかな。
ふと、前に似たようなことがあったのを思い出した。
学校でクラスメートが会話をしている。
…いやぁ、大会の前って緊張するよね。一人の少年が興奮しているのか一人でしゃべっている。
…パッドが汗でべとベトになってさぁ。
…たかが、ゲームなのに。そんなにリキ入れんなよ、リューちゃん。
リュー? 兼山良介? 兼山?
俺は思わず振り返った。まさか、由衣に続いて、兼山がここに?
どこかで見たことがあると思っていた。誰に似ている少年だと思っていた。
兼山は背の低い青白い顔をした俺のクラスメートだ。ゲームが好きで、いろいろなゲームをやっていた。俺はゲームには興味がなかったが、席が近かったので、彼の話をきくともなしに聞いていたのだ。
俺はまじまじとリュー少年を見た。兼山を四、五歳若くしたら、こんな子供だっただろう、そんな面影がリュー少年にはある。
彼は幼い兼山良介だ。まさか…どうして…
3398がそっと袖を引いた。俺は我に返る。今はそれどころではない。今は、戦争中だ。
最初に当たった敵はよかった。槍兵だったから、楽に撃破できた。
だが次に来た兵が悪かった。見たこともない鎧を着た、だが、歩兵種の集団。俺たちより明らかに装備がいい。
「あれ、何?」リュー少年は槍兵を撃破した興奮がまだ冷めていないようだった。
「まずいぞ、アレは敵の新種だ。もう上位種を投入している。転進させろ」
恐怖を感じないといっても、それは行動がいつもと同じようにとれるということに過ぎない。俺の頭は冷静に自分たちが命の瀬戸際にあるという判断をしていた。感情が体の動きに直結していないだけで、頭の中で危険信号が激しく鳴り響いている状態だ。俺がナンバーズでなければ、回れ右をして逃げ出していたところだ。
「ひ、左に転進」うわずった命令通りに部隊は向きを変える。
「まずい」思わず声が漏れてしまう。目の前に側面から突進してきた騎兵種がいる。
歩兵は騎兵に弱い。歩兵は…。
「下がらせろ」
「むりだ。時間が…」
「スキルを使うんだ。速度上昇…」
コルトが監督官のスキルを使った。俺たちの行軍速度が上がる。
「スキル、ファイアー…あれ、発動しない。どうしてだ。ファイアー、ファイアー」
リュー少年は攻撃用のスキルを使おうとしているようだ。
「早く、彼らに命令を…」
「前進」
何を血迷ったか、リュー少年は突撃命令を出した。
「駄目だ、俺に命令権をよこせ…」
「危険と判断しました。監督官は後退します」
無機質な声が監督官についている兵から発せられる。
「まて、このままでは…」
目の前に馬の列が迫っている。それでも、俺たちは盾を構えて前進しなければならない。
ナンバーズは命令に逆らえない。ナンバーズは…
命令なんてくそ食らえ。
俺はとっさに隣にいた二人を抱えて、目の前の溝に飛び込んだ。起き上がろうとする二人を渾身の力で引き留めて穴に伏せる。
そのすぐ上を馬が軽々と超えていく。そして、くぐもった悲鳴と何かを踏みつぶす音…俺は泥の中に這いつくばって堅く目をつむって音を遮断しようとした。しばらくして前進しようとあがいていた3398が動きを止めた。3456は頭でも打ったのだろうか。ぴくりと動かない。
俺たちはあたりが静かになるまでじっと溝に伏せていた。
その日、俺たちの部隊は全滅した。
戦闘が終わったら帰投するように命令されているので、俺たちは宿舎に戻った。怪我をしている3456を気遣いながらの帰りだったので、到着したのは真夜中だった。
暗闇の中、コルト監督官が俺たちを待っていた。
「3398,3417、3456…おまえ達だけか」
俺は、初めて自分の意思でコルトの目をのぞき込んだ。コルトは堅く目を閉じて、それからもう一度俺の顔を見て横を向いた。
「3456、怪我をしているな。医療班のところへ行け。3398,3417は補給してから休め」
他の二人はすぐに命令に従ったが、俺はその場に立っていた。
それに気がついた監督官は声を荒げた。
「なぜ、おまえはそこにいる。自分の寝床に戻れ…戻れといっている…3417、これは強制命令だ。戻れ」
俺の中のたぎるものもその命令には逆らえなかった。俺は背を向けて、監督官を残して歩き去った。