第16話
俺たちは獣を追うのをやめて風下の高台を目指した。小高い丘の上に這い上がって、見下ろす。
草の間に何かが動いている。
よく見ると、それは何百という数の人だった。普通それだけの人が集えば、気配がするはずなのに彼らは人が集っているという気配はしなかった。
俺は背筋に虫が這い上がるような不快感をこらえた。
“幽霊”。なぜ俺たちがそう呼ばれているか。それがわかった。
俺もそのとき思った。これは死者の軍隊だと。
歩兵、弓兵、騎兵。きれいに隊列を組んで進んでいく彼らは俺たちの時よりも装備が立派で強そうだった。あれは俺たちの上位種といわれていたナンバーズ達なのだろう。
その後ろに監督官らしき人影とそれを守るさらに屈強なナンバーズ達。
腹のあたりに何かがとぐろを巻いているような感じがする。我知らず俺は拳を握りしめていた。
「シーナ、外套をかぶって」ディーがそっと俺に注意する。「万が一のことがある。あんた達がここにいることは知られたくない」
監督官の一団が、行進から外れ、まっすぐこちらに向かってきていた。馬のような、鳥のような生き物が彼を運んでくる。こちらがむこうに気がついたように、あちらもこちらに気がついたのだ。
ヤスやディーは緊張したが、エルカは余裕だった。
「キーツ、ルソ、お客さんだよ」
監察官はローブを着た神官のような服を着た男だった。茶色い髪と黒い瞳、このあたりでよく見かける風体の親父だ。だと、思ったのだが。
おや、俺はその男が誰かに似ているような気がして首をかしげた。誰だろう。どこで見たのだろう。
前にも似たような経験があった。みぞおちのあたりがひやりとする。
男は、“幽霊”を数体引き連れていた。明らかに俺たちよりも上級感の漂う装備である。
男はふわりと馬と鳥の中間のような生き物から飛び降りると、エルカの前に立つ。
「わたしはクリアテス教団の司祭ソーマだ。君たちはこんなところで何をしているのかな。答え如何によっては我が友愛会がお相手するが」
エルカは腕組みをして男の前で胸を張った。
「あたし達はアルトフィデス王国正神殿所属の騎士だ。このあたりを荒らしている魔獣を追ってここまで来た。あんたはクリアテス派の神父様かい。あんた達こそ、ここで何をしているんだ」
エルカは胸の記章を見せる。男はそれを改めて、一礼した。
「これは失礼した。こんなところで隣国の騎士殿と会うとは想定外だった。後ろの、方々は神官殿と傭兵か」男の目がさっと俺たちの上を通り過ぎた。「魔獣退治に来られたとか。ここは我々クリアテス教団の領域だ。魔獣退治も我々に任せてほしい」
『ソーマ、何者だ?』
突然の男の胸のあたりから声が聞こえた。神父は胸につけている小さなペンダントのようなものに話しかける。
『ああ、隣の国の騎士だよ。心配ない。魔獣を追ってここまで来たらしい』
『本当かな? 帝国のスパイが来たんじゃないのか?』
『記章はコスの神殿のものだった。まず間違いないと思う』
『魔獣とぶつかるよ』突然女の声が割り込んできた。『ソーマ、どうするの』
「一体何をしているのだ」エルカ姐さんが目を細めた。
「いや、これは失礼した。もうすぐ魔獣と接触する。これ以上の干渉は控えてくれ」
『ソーマ。どうするのさ』通信の相手はいらだっている。『イベントが始まってしまうよ』
「エルカ様、魔獣がきます」
改まったよそ行きの口調でキーツが報告する。彼の指すほうを見ると黒い影がいくつも向こうの丘から現われていた。遠目だが俺たちが退治した奴よりも大きいのがわかる。
「手を貸そうか。こちらはこれでも聖騎士がいる。神父殿といえどもあの種類の魔獣は手こずるのではないか?」
「申し出はありがたい。だが、あの程度なら我々で十分対処できる」
神父は眼下にいる自分の軍勢に目を落とした。
『ソーマ!』
『今回は僕抜きで頼む。サブクエストなんだから、君たちだけで充分人手は足りているだろう』
『えー。魔術師抜き? ちょっときついかな』
『ユキに頑張らせろよ。そもそも今回はユキのレベルアップが目的だろう。僕はもうファイアーランス覚えたし』
『はい、頑張ります』自信のなさそうな少女の声が聞こえる。
『じゃぁ、俺たちは行くよ、「前進」』
“幽霊”達は迫り来る黒い化け物に怖じ気づくこともなく静かに突進した。黒い影と“幽霊”の持つ武器の光が交差する。
え? 俺は目を疑った。戦っている双方の上に“数字”が見えた。
1000、980、922・・・双方の数字がみるみるうちに減っていく。減りは魔獣の数字のほうが早い。あっという間にゼロになって、そのとたん魔獣は黒い霧になる。
下で気のない歓声が上がる。クリアテス、万歳とかなんとか“幽霊”達が声を合わせて叫んでいる。
「すげ」丘の上のみんなが下の戦闘を見ていた。誰も宙に浮かぶ数を見ているものはいない。
あの数字が見えてないのか。俺は身震いした。
別の部隊がまた魔獣と接触した。また、数字が出て少しずつ減っていく。
ソーマと呼ばれている司祭も下の様子を注視していた。彼だけは、俺と同じ上に浮かんでいる数字を見ている。眼の動きでそれがわかった。
騎馬と歩兵の動きはよかった。数字の減りも少ない。だが、槍兵の動きがもたついていた。明らかに動き慣れていない動きだ。それは司祭も気がついているようだった。
槍兵の数字が半分を切ったとき、司祭は舌打ちをした。
『ユキ、何やってるんだ』彼はつぶやく。『ショーヤ、ユキが危ない。カバーに入ってくれ』
『あたしが入るね。「スキル 風の加護」』
『さすが、アケミさん』弾んだ声がペンダントから聞こえてきた。
すごいよ、アケミ・・・
俺の記憶の中の声とペンダントの中の声が重なる。
教室の中で、女の子達が話している。
『アケミさん、また記録を伸ばしたんだって』
『すげーな、明美』隣の席のショウヤが、彼女を褒め称える。
さすが、明美さん。
俺は足が震えてきた。嘘だろう。ショーヤ、アケミ・・・
葛城翔也と井原明美・・・俺のクラスメートの名前だ。
それでは、ソーマは・・・吉野相馬。吉野君?
俺は男の顔を見た。似ている。吉野君があと10歳年を取ったらこんな顔になりそうなそんな顔だった。
吉野君…
俺は声をかけようとしたが、舌が固まって動かなかった。
ありえない。そんなことは、でも、
「すまないが、仲間の支援に行かなければならない」ソーマが何か話している。「ここで失礼させていただく」
「ご武運を祈る。精霊のご加護がありますように」
待ってくれ、吉野君。俺は声をかけたかった。
なぜ、君たちがここにいるんだ。なぜ、俺は、ここにいる?
そうだ、リューの時も由衣の時も、いつも、いつも。
「シーナ、どうしたの?」俺の異常に気がついたリースがしゃがみ込んだ俺の側で膝をついた。「しーな?」
「おい、“王”がでたぞ」ルソが巨大な黒い影を指さす。エルカとキーツが険しい顔をした。
「大丈夫かな」
大丈夫ではない。ユキの数字がどんどん減っていく。300、250・・・一桁に。
0になるとそこから赤い数字に変わりその数字も減り始めた。550、400・・・かろうじて二桁で踏みとどまる。
そして、ユキの数字が後ろに下がった。ほかの、まだ残っている数字が“王”に攻撃を仕掛ける。14000、12900・・・特に全然数の減っていない部隊の攻撃はすさまじく、“王”の上に出ている数字が一気に半減する。
そこで俺は理解した。これは命の数字だ。おそらく、最初に減った数字は死んでしまった“ナンバーズ”の数。そして魔物の上に出ている数字は魔物の体力を表しているのだ。
まるで、ゲームのように。
俺はそこで初めて気がついた。これはゲームなのか。俺たちはゲームの中にいるのか。
“ナンバーズ”すなわち数字。
俺は先ほど0になった数字のことを思い出す。
濃い血のにおい。踏みつぶされた仲間達の体。本当に人形のように宙を見つめている眼。
硝子玉のようになった表面に俺たちの姿が映し出されている。
200から3へ。
部隊は全滅しました・・・
俺は胃の中のものがせり上がってくるのを感じた。吐き気がする。耐えられない。
俺は草むらに吐瀉物をまき散らした。
「え? シーナさん、吐いたの?」
俺はコサの町の酒場でからかわれていた。
あれから俺たちはすぐに引き上げた。それこそ、一目散に、あとも見ずに。
あいつらはやばい。
それがみんなの意見だった。
彼らが再びこちらに関心を向ける前に去る。もうそれしか考えていなかった。
「あれは、吐くって・・・」キーツが女の子にちょっかいをだしながらも、そうかばってくれた。「俺ですら気分が悪くなったくらいだ。初陣の新人には耐えられないだろうよ」
「あんなに静かな戦場初めてだったな。薄気味悪い」ルソも酒をあおっている。「あいつら、淡々と死んでいくんだ。未練もみせずに。まるで、本物の人形みたいに言われるままに魔獣に突っ込んでいくんだぜ」
「はははは、おまえら、まだまだひよこだな」エルカさんは酒とごちそうを前にしてご機嫌だった。「あれでびびっていてどうする? おまえら、金○ついてんだろう」
エルカ姐さんは豪快に笑った。
「びびりますよ、姐さん」みんながみんな、姐さんみたいじゃないんだから、とヤス神官が縮こまる。
「阿呆か。ヤス。おまえも騎士だろう。見るところが違うんだよ」エルカさんは肉を食いちぎった。「確かにあいつらは強い。すごい戦いだった。あたし達だったらあの“王”は倒せなかったと思う。だけどな、あの軍隊にも弱点はある。あたし達にできるのはあいつらの戦いぶりを見て、これからのあたし達の戦いに生かすことだよ」
さすがエルカ様。締めるところはまともなことをいって締めてくれる。
だが、それでも場の雰囲気は変わらない。一応これでも遠征無事帰還を祝った宴会のはずなのだが。
「シーナ、おまえもがっかりするんじゃないよ」姐さんは俺にも気を遣ってくれているようだ。「大丈夫、魔獣の群れはまた沸くさ。そのときは中にたたき込んでやるから、楽しみにしてな」
「エルカさん、聞きたいことがあるんだけど」俺は疑問に思っていたことを酒の力を借りてたずねる。
「あの監督官が言っていた“さぶくえすと”とか“れべる”ってなんだろう」
「監督官が言っていた? 何のことだい」エルカは不思議そうに目を丸くする。
「“ふぁいあーらんす”、とか、“かぜのかご”、とかそういう名前の術はあるのかな」
「ふぁいあらん??? かぜのうかごー??? なんだ? それ?」キーツも不思議そうだ。
「あの監督官が話してただろう? 通信装置みたいなペンダントで」
「シーナ。何のことをいっているのかわからない」エルカ姐さんの笑顔が引っ込んだ。「話していた? 確かにあいつは何かの呪を唱えていたけれど、なぁ」
エルカはキーツとルソに確認を求めた。
「ああ、確かに何か一人でつぶやいていたけれど、意味のない言葉だったよな」
「うそだろ」今度は俺がほおけたように繰り返す番だった。「確かにあいつは話してた。呪なんかじゃない。あれは」
そこまで言ってから俺は口を閉ざす。
あれは、“日本語”だ。
テーブルの下で握りしめた拳が震える。
なぜ、なぜこんなことに。一度封印していた混乱がまた戻ってくる。
ショーヤ、アケミ、ソウマ、ユキ・・・みんな同じクラスの人間だ。
なぜ、彼らがクリアテスの幹部として、ナンバーズを率いているんだ?
まるでゲームをしているように、気軽にナンバーズを扱っていた。
ゲーム、ゲーム、ゲーム。
心の底に押し込めていた思いがあふれ出す。なんで俺はここにいるんだ。こんな、なにもない、クソみたいな場所に。
なぜ、俺が殺されなければならない。ただの道具として。ちり紙のようにポイ捨てされるただの玩具として。
「しーな、シーナ」リースが呼びかけている。声は聞こえるが、声は出ない。
彼らにははなせない。彼らにはこのことは話せない。話さない。
忍び寄る黒い影を俺は懸命に振り払う。これ以上踏み込むわけには・・・
不意に歌が天から降ってきた。
それまでくらいと思っていた世界に差し込む光のように音が俺の心に穴を開ける。
誰かが歌っていた。
サクヤ?
俺はその声に心をさらわれた。俺だけではない。その場にいた人たちが、それまでしていたことの手を止めて、歌声に耳を傾けている。
彼女は光のことを歌っていた。この世の始まりにあったと言われる原初の光の歌だった。言葉は何を言っているのかわからなかったが、周りを漂う光の球がそれを教えてくれた。彼女が歌うと、何もなかったところから間欠泉のように精霊の光が沸いてくる。
「歌姫・・・」ヤス神官がつぶやく。
シーナ、大丈夫。小さな声が聞こえたような気がした。精霊たちにのせて、サクヤの優しい気遣いが流れ込んでくる。
大丈夫、ダイジョウブ・・・
俺は歌に込められた癒しの力に身をゆだねた。




