第13話
俺を見つけたリースは思いっきり頬を膨らませた。
「シーナ、あんた、どこで何をしていたの」
女性の食堂にもかかわらず、キーツがいた。俺と目を合わすことはなく、横を向いて指で机をたたいていた。あれだけ飲んだはずなのに今日も彼はこぎれいな服装をしている。
「どこでって・・・案内をしてもらっていた」俺は目を泳がせた。「それはそうと、サクヤとゴローはどこだ?」
「それよ、それ」質問をはぐらかそうとしたが逆効果だったようだ。「昨日、というか今日、大変だったんだから。あんた、一体どこへ行っていたのよ」
「どこへ、なんでしょう。ねぇ」キーツに問いかけたが彼は明後日の方を向いたままだ。
「ですから、彼はわたしたちと一緒に、コサの町の酒場に行って食事をしたんですよ」ヤスが説明する。「ちゃんと、戻ってきたでしょう。心配ないです」
「あたし達が、苦労している間、あんたはのんきに酒を飲んでたわけ?」リースは立ち上がった。「あんたまでどこかへふらふらと行ってしまったかと心配したんだからね」
「まぁまぁ、こうして無事にここにいるんだからいいんじゃない?」
ディーがリースをなだめる。
「何が起こったんだ?」俺はリースの真反対に座るディーにたずねる。
「昨日ね。サクヤとゴローが暴れたのよ」物憂げに目の前にある粥のようなものが入った皿をかき混ぜながらディーが説明した。「村での日課がある。村に帰るといってね。わたしたちだけでは抑えきれなくて、リースも呼んで、強制呪もかけて、それでもまだ大変だったの。そうして、ようやく騒ぎが収まって、あなたのことを思い出したわけ」
「あんたのことだから、衛兵と戦闘になってたり、川に飛び込んでたりするんじゃないかって心配したんだから」
しない、俺はそんな命知らずな真似はしないよ。一体リースは俺のことをどんなものだと思っているのだろう。
「まぁ、よかったじゃないか。彼はおとなしかったよ。うん。多少酔ってたけど」キーツがぼそぼそとつぶやく。
「酒臭い・・・」俺の側に寄ってきたリースは顔をしかめた。「それで、あんた、どうなの? 日課をやらなくてはいけない、とか、そういう、こう、こみ上げてくるものがあったりしないの?」
「あ、日課ね」
日課のことは頭にものぼらなかった。記憶が曖昧なのだが、あるのはこの杯を飲み干さないと殺されるかもしれない、という変な強迫観念に取り憑かれていたことだけだ。でも、それを言ったら、リースに何をされるかわからない。
「う、うん。なんだか村に帰りたい気がしてきた・・・そうだね。見回りに行かないと・・・」
「・・・何も思ってなかったのね」リースは椅子にドスンと腰を下ろす。
「あ、たぶん酔っていたせいだと思う。うん、今もまだ酔いが残って気分が悪いし」
危険だ。リースが怒っている。俺は必死で言い訳をした。
「そうだ、サクヤとゴローにも酒を飲ましたらどうかな。そうしたら、帰りたいなんて思わなくなるかもしれない」
「酒のせい、ね。面白い着想ね。伝えておくわ」ディーが眠そうな目でこちらを見ている。伝えておく? 誰に? なんだかいやな感じがする。
「サクヤとゴローは、いまどうしてるんだ」まさか、暴れたから廃棄なんてことは。
「寝てるわ。たぶん当分起きてこないと思う」
「何か、ひどいことをしたんじゃないだろうな」俺は不安になった。やはり、彼らを信用すべきではなかった。
「何か、誤解してない? あたし達が、ひどいことをされたのよ」リースが目をつり上げる。「あんた達の力を見くびってたわ。大変だったのよ」
「怪我人が出たのか?」
「それはいないけれど、高価なものをたくさん壊した、のよね。ディー」
「いろいろとね。器具を壊したの」ディーがふと息を吐く。「後で何を言われるかと思うと、気が重いわ」
この話題を続けていては危険だ。話題を変えようと、俺はリースに話しかけた。
「そ、それで、俺たちはこれからどうするのかな。サクヤとゴローがそんな状態では討伐に参加できないよな」暗に村に帰ろうとほのめかす。
「そのことなのだけれどね。なんとかなるかもしれないんだよ」今まで黙っていたヤスが口を挟んだ。
「彼らを動かしているのはリースさんが持っているその腕輪に込められた呪だ。それをとして彼女が彼らに命令をしている。ですよね」
リースがうなずいた。
「おそらくだが、君たちの中に埋め込まれた呪と反応するような仕組みになっているのだと思う。リースさんは君たちに昨日ここにとどまるように命令をした。だが、その命令ははじかれている。基本命令とかいう、根本を縛る呪に邪魔されているためだと思う。だが、そこのシーナ君には昨日の命令が届いていた。そこでだ…」
「お断りします」ついつい声が出てしまった。
「まだ、わたしは何も言っていないよ」ヤス神官が目を細める。
「俺のことを調べるとか、そういうことを言い出すつもりなんじゃ…」
「察しがいいね」神官はうれしそうに驚いてみせた。「昨日から観察していたけれど、君はとても面白い。他の二人とは段違いに人らしい。一体何が彼らと違うのだろう」
「俺はいやだからな」リースにそう宣言する。「あちこちいじったり、痛い目に遭わせたりするんだろう。冗談じゃない」
俺の頭の中では、自分が黒タイツに囲まれて改造手術を受けている場面しか浮かんでこない。
「痛くないわよ。ちょっと、あなたの体の具合とか呪の構成を調べるだけだから。たぶんね」
ディーはちょっと不安そうに付け加えた。
「でも、サクヤとゴローはそれがいやで暴れたんだろ。俺は痛いのは嫌いなんだ」
「おもしろいなぁ、どうして調べると痛いが結びつくのだろう。ひょっとしたら、クリアテスの施設でいろいろといじくり回されたことがあるのかな」
「やっぱりそんなことをするつもりなのか。俺はいやだからな。お断り」
「3417、これは命令よ。おとなしくディーに協力して」怒ったリースが命令する。
「あああ、やっちゃった」ディーはがっかりした声を出した。「どうやって彼が命令に反抗するかの魔術反応も見てみたかったのに」
ひどい、こいつらひどい。前からわかっていたけど、所詮ここの人間はこんな奴らばかりだ。
「大丈夫だからね。そんなに痛いことはしないから」俺の血管から血を抜きながら、ディーがなだめる。
「充分に痛いよ」
俺は変な小部屋に連れ込まれて、椅子に座らされて、周りをディーのような神官達に取り囲まれていた。部屋のあちこちに奇妙な図形が描かれている。まるで悪魔を召喚するときの魔方陣のような図形だ。リースが命じてなかったら、こんな気味の悪い部屋なんかに絶対に入らない。
「文句を言わない」リースはまだ怒っていた。「あんたはあたしに無断で、おいしいものを飲み食いしてきたんだからね。勝手に、一人で」
リースの怒りの源はそっちか。食い物の恨みか。
「おまえ、俺に八つ当たりをしているだろう。うまいものを食いたいのなら、自分で行けよ」俺も、リースに言い返す。
「はい、これを飲んでね」
いかにもまずそうな液体だ。どろどろの半分固まったような汁と青臭い香りが吐き気を誘う。昨日から気分が悪いのが治っていない。
「いい子だから、おとなしくしてね」年配の神官が俺の目の前に手をかざす。
赤い四角と三角の組み合わせがぐるぐると円を描いてまわって見えた。
「大丈夫よ。クリアテスの連中にひどいことをされて怖かったのはわかるけれど、わたしたちはそんなことはしないからね」
彼らはそんなことはしなかった。彼らにとって俺たちは道具だから、何も感じない、何も反応しない兵器だから…調べることも、痛めつけることも…
いや、そうではない。俺は見ていた。ただただ、見ていた。監督官の中にはひどいことを平気でする奴らがいた。何人もの“ナンバーズ”が彼らにいたぶられていた。反抗しない、便利な人形だったから。
ゴローが痛みにうめいていたときのことを思い出した。あのとき感じた憤りも。
あの連中は、俺たちからその感情すら奪っていた。彼らは奪っていることすら気がついていない。
そういう扱いは当たり前だから。
俺が剣を振ると目の前のナンバーズが倒れた。血しぶきが飛ぶ。俺は何も感じない。
彼らも何も感じない。
そう、それが普通なのだ。
当たり前のことだ。何も感じない。
彼らが命をすりつぶしていることさえも。
「シーナ、大丈夫かなぁ」
「ただ夢を見ているだけだから、あ、呼びかけに反応している?」
クリアテス万歳、自由、平等、友愛、万歳。俺は唱和する。クソみたいなスローガン。
目の前に少女の残像が浮かぶ。黒い髪の幼なじみ。なぜ、君があそこにいたんだ。
しいな君…しいな君なの?
由衣…
俺は手を伸ばす。なぜ、君がここにいる?
「そうか、名前か。名前が鍵なのかもしれない。リース君、君が彼に名前をつけたから、彼は」
名前をつける? だれが、誰に? サクヤ…ごろ……
「ちがうよ。わたしは彼らに名前をつけていない。シーナが彼らに名前をつけていた。サクヤもゴローも全部彼がつけた名前」
「彼がつけた?」
「彼の国の言葉だと、いってた。サクヤもゴローも」
「彼の国の言葉? 本当か。そんなことをいっていたのか。それではシーナという名前は」
しいな君。
シーナ。
黒い髪の少女と茶色の髪の少女が笑う。
シーナ…金色の髪の少女が歌う。
「シーナ君、聞こえるか、君のことを教えてほしい」
君の名前はなんだ?
彼らは俺のことを3417と呼んだ。俺はただの数字になった。ただの数だ。いくらでも増えていく、ただの数字。
その前は? 君の本当の名前は…
俺の名前…名前は 椎名……
駄目だよ、話したら…急に目の前に誰かが現われた。
それはルール違反だ。彼らに君たちのことを話すことは許されていない。
警告します。警告します。これは重大な規約違反です。
メイド服を着た美少年がこちらを振り返ろうとしていた。
駄目だ。俺はもがく。いけない。
シーナ、シーナ、どうしたの。いきなり。ちょっと…
プレイヤーは向こうの世界のことを持ち込まない。そういう規約だよ。
恐ろしい笑顔がこちらに向こうとしている。
駄目だ。彼に気がつかれたら…
俺は、消されてしまう。
警告します。警告します。
手を伸ばしても、どんなにあがいても、泥のような暗闇にとらえられて…
シいナ君
シーナ
鈴が鳴った。
一回
二回
誰かが歌っている。
サクヤの声だろうか。
声が暗闇を光で照らす。古い祈りの言葉だ。
どこからともなく見慣れた光の球が浮いてきた。いくつもいくつも、滝を彩っていた虹色の光が、周りを取り囲む。
もう大丈夫。異界の神は去ったわ。
闇との間に年齢不詳の女性が立っていた。
お休みなさい。シーナ。
俺は目をつぶった。
光が、光の球が歌っている。
次に目を開けたら、昨日案内された部屋に寝ていた。隣の寝台にゴローの姿はない。
昨夜の記憶はひどく曖昧だ。新入りだからといってあれだけの酒を飲ませるとは、パワハラというものではないだろうか。
俺は昨日案内された水飲み場に行って水を飲んだ。昨日はなんのためにこんなものがあるのかと不思議に思っていたのだが、今は必要だから、としか思えなかった。
そういえば、昨夜、リースはどうしただろうか。連絡もなく、キーツと町へ出かけてしまった。
「シーナ君」
どこか見覚えのある金髪の神官が俺のところに駆け寄ってきた。
「体は、体は大丈夫なのか」
やけになれなれしい。どこかで彼に会っただろうか。酒場の記憶を思い起こしてみたが、駄目だ。何も思い出せない。
「えっと、あなたは」
「あ、ああ。わたしは神官のヤスという。覚えていないのか。そうか」
彼は何かを考え込むように視線を落とした。
「体の調子はどうだ。頭が痛かったり、吐き気がしたり、しないか?」
「頭が、重たいです。二日酔いかな?」
昨日は飲み過ぎた。飲まされすぎたというのが正確かもしれない。吐き気もする。なんだか体がふらつくのはまだ酒が残っているせいだろうか。
「そうか、二日酔いか」神官は親切に俺が部屋に戻るのを手伝ってくれた。
「あ、そうだ、リース」
俺はリースのことを忘れていた。あいつのことだ。怒っているに違いない。食べ物の恨みは恐ろしいというからな。
「ああ、リースさん。彼女は、自分の部屋にいたよ。後で、よんでこよう」
何か食べられそうか、とヤス神官は親切に面倒を見てくれる。まだ、若い男なのに、気の利くことだ。
「そういえば、ゴロー」
そう、ゴローと俺は同室という話だった。彼のいるはずの寝台は空っぽできれいに布団がたたまれている。
「彼は今練兵場のほうにいるはずだ。体を動かすといって出て行った」
訓練か。俺も訓練に行かなければ。そう思ったが、なんだか体の調子が悪い。ひょっとして昨日食べたものに当たったのだろうか。ずいぶん吐いた覚えがある。
こんなに気分が悪くなったのは、久しぶりだ。前に夏祭りの屋台で食べ過ぎて寝込んだことを思い出す。あのときは家族にかなり迷惑をかけた。
警告します…突然頭の一部に不快な感覚がよみがえる。
君たちのことを彼らに話すことは禁じられている…
吐き気がこみ上げてきた。あのメイド服を着た少年を思い出す。
なぜ、今、彼のことを思い出す? なぜ、こんなに体が冷えていくのだ?
俺は向こうでの記憶を無理矢理封じ込める。
怖い。考えることが怖い。考えることが危険だと体が警告してくる。
慌てた神官が壺を持ってきた。胃の中のものを吐こうとするが、ほとんど何も出てこない。
一体どうしたというのだろう。
こちらに来てからこんなに感情が揺れることはなかった。感情そのものがなくなっていたと思っていたのに。
今の俺は弱くなっている。不安があふれてきて、引くことも進むこともできない。なんで、こんなものがあふれ出してくるのか。
神官は心配そうに背中をさすってくれた。まるでリースが馬に語りかけるようにゆったりと、声をかけ続ける。
「落ち着いて。今日はゆっくり休むんだ。体調がまだ回復していないんだな」
サクヤと同じきれいな金の髪だと、おもった。前にも似たことを考えたことがある。
前にも…
「いいから、もう一度眠りなさい。大丈夫だ。彼らが君についている」
神官が聖句を唱えると、例のふわふわがどこからともなく浮いて出てきた。
「ほら、彼らも君のことを心配している」
かすかな歌声が聞こえたような気がした。風の声、木の声、水の声…
俺の中の何かが身じろぎをする。この声を知っている。懐かしい、とても。
俺は目を閉じた。
なんだかんだいって俺はずいぶんつかれていたらしい。体の重さはしばらくとれなかった。
リースがあれこれ世話を焼こうとするのを、めんどくさがって断ると彼女は露骨に不機嫌になる。
「あんたのこと心配して損しちゃった」
「俺は、ちょっと二日酔いしただけなんだから、そんなに心配しなくていいんだよ」
おまえにそんなに絡まれると気持ちが悪い、といったら殴られた。だってそうだろう。ただの二日酔いなのだ。酒の飲み過ぎで、まるで重病人のような扱いを受けたら、居心地が悪くなる。
リースを振り切って、練兵場に向かった。
「お。元気になったみたいだね」
色男のキーツは相変わらずこぎれいな格好で練兵場で剣を振るっていた。なんと、あいてはゴローだ。
「しーな、げんきになった」ゴローは近づいてくると、俺の小さい子にやるようになでる。
「ゴロー、おまえ急に、どうしたんだ」
なんだろう。この大男が、自分から話しかけてくることなどこれまでなかった。大きな俺の手足など握りつぶせそうな手でそっとなでて来るなんて、予想もしていなかった。
「ちょっと、ゴロー君の呪をいじってみたんですよ」神官のヤスがにこにこ笑って近づいてきた。「どうです? だいぶ表情豊かになったでしょう」
「あんたたち、何もひどいことはしないといいながら、いろいろ実験しているじゃないか」
そういってから、俺はあれっと思う。そんなことを彼はいっていたかな?
「シーナ」サクヤが踊るような優雅な足取りでディーと一緒にこちらにやってきた。「回復してよかった。心配していた」彼女の青い目が俺の様子を探るようにこちらに向けられる。
「サクヤ、さんもどうしちゃったんでしょうねぇ」
ディーのほうを横目で見ると、彼女は手を振って何でもないと繰り返した。
どうせ、彼女の呪もいじったのだろう。
「無事に君たち4人がそろったところで、これからのことを説明したいんだが。いいかな、リースさん」
「いいわよ。今後の討伐の話ね」
「討伐では君たちは俺たち傭兵と組んで、行動することになっていた」キーツは宙を見つめる。「ただ、君たちのように呼びかけに応じたクリアテス領の村はほとんどなくてね。今は主力の騎士団がやってくるのを待っている状態だ。それで、その間に、君たちの再訓練を行いたい」
「えー、クリアテスの神父様はこの子達はそこそこの能力があるといっていたわよ」
キーツは渋い顔をする。
「君たち、三人組はものすごく偏った訓練しか受けていない。三人の動きを見てみたが、どれも教えられたのは同じ型だけ。集団戦闘では役割以上のことをする必要はないのかもしれないけれど恐ろしくいびつなんだ。それぞれの個性とか、得意分野を全く無視して訓練をしていただろう? せっかくの能力があるのだから、もっと有効的に使いたいんだ」
「つまり、別々の動きを訓練するということ?」
「その通り、リースさん。よくわかっているじゃないか」
「あの、あたしね」リースがためらいがちに切り出す。「監督官として、命令を出す自信がないのよ。その、ゴローやサクヤのことだって、シーナのことだって、うまく指示できるか不安で」
「大丈夫よ、リース。あなたは最後の権限を握っておけばいいのよ。ある程度自由に動けと命じておいて、必要なときに彼らの手綱を引き戻せばいいだけ。彼らが暴走したときに止める役だと思えばいいんじゃないかしら」と、ディー。
「うん、それはそうなんだけど、それだけじゃなくて」リースはもごもごと口を動かした。
そうして、俺たちは別々の訓練を受けることになった。
ゴローはルスさんと、俺はキーツと、サクヤはディーやリースといった女の子の集団だ。実はキースさんが最後までサクヤの担当になろうと粘っていたのだが、危機感を感じたらしい女子達にもくろみを阻まれた。
「サクヤさん、かわいいよなぁ」キーツは俺に剣を教えながら、ぶつぶつと不平を言う。「それなのになんで俺は野郎の担当なんだ?」
「じゃぁ、おまえが弓を教えてやれよ」
俺は棒を振り回そうと努力している。俺たちは歩兵なんだ。槍兵ではないんだ。これは、どう考えても槍の扱いだよな。
サクヤは器用に弓を引いている。とても初めて弓を手にした人間とは思えない。馬の時もそうだった。同じ歩兵なのにどうしてこうも違うのだろう。
「彼女な、たぶんヤス様と同じ種族なのではないかという話になっていてね」キーツはへたっている俺に水袋を渡す。「彼の種族は弓を得意とする一族なのだそうだ。だから」
「あ、あっちは?」
ゴローも器用に弓を扱っている。全く飛び道具に縁がないのは俺だけなのか?
「彼の外観は南の民で、狩猟を得意とする…」
「……」
俺は武道系を何もやってこなかったことを後悔する。一応剣道も、弓道も、あったんだよな。全く縁がなかったけれど。




