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第12話

 傭兵達の宿舎はリース達のいる場所から聖堂を挟んで反対側にあるようだった。正確な位置は入り組んだ通路に邪魔されてよくわからない。


「ここがあんた達の部屋な」リースの部屋よりもずっと狭く、窓もない小部屋だった。ただ寝台が二つ置いてあるだけ。床もきれいに掃除されている。


「あと、そこの向こうに食堂があって、体を洗う場所がその向こうで・・・」

 キーツは一通りの設備を説明して歩く。


「この向こうに練兵場があるぞ。騎士団がいるときは連中が使ってるんだが、今は留守をしている」


 キーツは長い壁の外に出る扉を開けた。


「少し体を動かしてみるかい? 君の得物はなに?」


 彼は無造作に壁に掛けてある剣や槍を指した。どれも刃のついていない模擬のようだ。


 俺は剣を手に取ってみた。木でできた剣の形をしたおもちゃのようなものだ。


「ふーん、剣か」キーツも同じものをとる。「手合わせしてみるか」


 彼は無造作に剣を振って、それから、構える。


「こいよ」


 俺はあっさり負けた。


「え? こんなもの?」キーツがまさかという表情を浮かべている。


「もう一度、構えて」


 俺はかかしも同然だった。


「おいおい、まじめに試合しろって…」

 キーツは腹を立てかけているようだ。俺が手を抜きまくっていると思っているらしい。


「…したことがない」


「え?」


「一対一で戦ったことがない。命令なしで人と戦うのは禁止されている」


「えーーーーーー」

 キーツは慌てたように俺のところに駆け寄ってきた。

「まてまてまて、おまえ、戦場で戦ったことがあるんだよな。それで戦いが禁止なんてありえないだろう」


「戦いでは戦っていい。集団だから。でも一対一は駄目だ。人と戦ってはいけない。刃物を向けてはいけない。武器は監督官が許した時だけ使う…」


 いっていて俺も妙な気がしてきた。集団での殺し合いが許されているのに、一対一の命のかかっていない試合が駄目だなんて。なんで、俺はこんなことを信じ込んでいたのだろう。俺の知っている武道は一対一で戦うものが多い。それなのに、自分が戦うときだけ駄目だと思い込んでいた。

 思い込まされていたのか。

 くそっ。


「じゃぁ、どうやって剣の稽古をしていたんだ? 剣は使えるのだろう?」


「運動? 踊り? そんなものを教わった」


「ちょっと、その“うんどう”とやらをやってみな」


 俺はいつもの訓練をやって見せた。それを見て、キーツはほっとしたような顔をした。


「うん、ちょっと変わっているけど、基本の型だね。よかった。驚いたよ。実力を測れといわれてもなぁ」キーツはぶつぶつ何か言っている。「なんといったらいいのかなぁ。あー、今さっきの一対一は、“うんどう”の一種なんだよ。戦いというわけではなく、二人で体を動かして練習しているんだ。互いに。動きを教えてやるからちょっと一緒にやろう」


 そうか、そう命令を書き換えればいいのか。

 これはただの運動です。戦いではありません。そう思っただけで、体のこわばりが解けていくようだった。


 馬鹿正直にとらえる必要などない。言葉は便利だ。


 俺はキーツの言葉にうなずいた。


 キーツは親切に稽古をつけてくれた。彼と刃をあわせるうちに人と戦ってはいけない、という変な害悪感がだんだんと薄れていく。そういえば、最初のころしつこく人に刃物を向けるなと命令されたような気がする。味方の“ナンバーズ”と命令なしで戦うことも禁止されていた。心の奥にしまい込んでいた不自然な記憶がよみがえってくると吐き気がしてきた。


「今日はこのくらいにしておこうか」キーツは運動する以上にくたびれているようだった。

「筋はいいと思うのだけれど、なんだかなぁ」


 俺たちは宿舎で汗を流す。


「よぉ、キーツ。それはおまえのところの新人か?」

 水浴びをしていると、いかにも筋肉がついていそうな大男が声をかけてきた。


「ルソ、見てたのか?」


「ああ、おまえが、稽古つけるなんて珍しいと思ってね」


「神殿から預かってるんだよ」キーツはドサリと木の長いすに腰を下ろした。


「へえ、騎士見習いかなんかか? 荒削りだが伸びそうな動きだったな」

 男は遠慮なく俺の肩をばんばんとたたいてきた。「頑張れよ。新人」


「あー、コイツはルソ。俺の傭兵仲間だ。こっちは、…シーナだ」


「…よろしくお願いします。ルソさん」


 俺が挨拶をすると、キーツが妙な顔をした。


「おお、さんはいらねぇ。ルソでいいぞ」赤い髪の大男は髭をしごいた。「うん、礼儀正しいじゃないか。いい新人だな」


「俺の時は挨拶なんかしなかったぞ、コイツ」


「そりゃぁ、おまえ、女でも口説きながら、声かけたんだろう。当然の反応だな」男は大きな口を開けて笑う。


「それはそうと、これから町に飲みに行かねぇか。いい店を見つけたんだよ」


「そりゃ、いきたいのは山々なんだが、コイツの世話があるから」


「いいじゃないか。新人も一緒に連れて行けばいい。うまい酒といい女のいる店だ。おまえ好みだろう」


 そこから先はなし崩しだった。ルソと同じ傭兵団という男達が俺たちをさらっていった。


 キーツがとても心配そうに俺を見ていたが、俺だってどうすることもできない。騒がしい酒場に連れ込まれ、周りを俺よりずっと体格のいい男どもに囲まれているのだから。逃げられないのなら、黙って隅に座っていようと思った。


「それでは、新人君に、カンパーイ」


「新たな赤犬の犠牲者にカンパーイ」


 何を勘違いされたのか、俺はキーツの弟子にされていた。目の前に得体の知れない液体が入った入れ物が置かれ、それを飲み干すことが強要されている。


「一気に行けー」

「ぐっと、ぐうっと・・・」


 俺は意を決してその液体を飲み干す。奇妙な味だ。なんだか舌を刺すような危険な味がする。のどを通るときに焼け付くような感覚がした。


「これが、この店名物の、シャクタマの肉よ。坊や」本人は色っぽいつもりの姉様が俺の前に肉の皿を置く。「たくさん食べて、大きくならないとね」


 なんで、そんなところを触るの? 肉と関係ないよね。


「はーい、おかわりです。もう一杯・・・」また、先ほどのものに似た液体が運ばれてくる。


「はい、ツマの唐揚げ」グロテスクな魚の焦げたものが目の前に置かれた。


「坊や、誰かつきあっている子いるの?」いません。そんなもの、いるわけがない。


「おいおい、いい加減にしてくれよ。そいつは俺が神殿から預かってる奴なんだから」キーツの声が遙か彼方から聞こえてくる。


「さぁさぁ・・・もう一杯・・・」



 気がついたら、表で吐いていた。

 向こうでは未成年だったし、こちらでは糧食しか口にしていなかったから、こういうことは初体験だ。

 一体何を、どれだけ、飲み食いしたのだろう。店の中ではまだ誰かが騒いでいる声がした。


「おいおい、だいじょうぶか」キーツがやってきて、俺の背中をさする。


 ふらふらしながら立ち上がる。頭が痛い。


「送っていってやるから・・・おっと」


 駄目だ。めまいがする。


「慣れないものにここまで飲ませるとは、見てられませんよ」聞き慣れない声がする。

 誰かが脇の下に腕を入れて俺の体を支えた。

「さぁ、戻りましょう」




 次に目を開けたら、昨日案内された部屋に寝ていた。隣の寝台にゴローの姿はない。

 昨夜の記憶はひどく曖昧だ。新入りだからといってあれだけの酒を飲ませるとは、パワハラというものではないだろうか。


 俺は昨日案内された水飲み場に行って水を飲んだ。昨日はなんのためにこんなものがあるのかと不思議に思っていたのだが、今は必要だから、としか思えなかった。


 そういえば、昨夜、リースはどうしただろうか。連絡もなく、キーツと町へ出かけてしまった。


 監督官の側を離れるな、とか、監督官の指示がない限りよそへ行くな、とか命令されていたような気がする。俺はそれをすっかり忘れていた。俺は慌ててリースのところへ戻ることにする。


「あ、おはようございます」見たこともない男がにこやかに声をかけてきた。ディーと同じような神官服を着た男だ。ただ、彼のほうが豪華な肩掛けをしているところを見ると、お偉い神官様なのだろうか。


「おはようございます」オウム返しに挨拶を返すと、男は笑顔を見せる。「昨夜は大変でしたね」


 えっと、どなた様だろう。あの酒場で彼のような金色の髪の男は見ていない。


「ああ、わたしのことを覚えていないのですね。ずいぶん酔ってましたからね」


 彼はアルトフィデス神殿のヤスと名乗った。昨日、キーツと俺をここまで連れて帰った人らしい。誰かに似ていると思った。そうか、髪と瞳の色がサクヤに似ている。


「どうかしましたか?」男が聞いてきたので、知り合いに似ていると答えた。


「ああ、それはあなたのお連れの女性ではないですか?」彼はどうやらサクヤを知っているらしい。


「似ているのは無理もないかもしれません。たぶん、わたしと彼女は同じ土地の出だとおもいます」


 同じ土地の出身? 俺たちは泥と水から作られたと監督官達はいっていた。どういうことなのだろうか。姿形をこの人の部族に似せて作らせたということなのか?


「リースさんが、お待ちですよ。食堂に行きましょうか」

誤字脱字報告ありがとうございます。

たくさん治すところがあってお恥ずかしい限りです。

自分で見ているとどうしても目が滑ってしまって、大変にありがたいです。

どんどんよろしくお願いします。

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