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第11話

 神殿の馬車置き場は裏口のさらに裏にあった。思ったよりもずっと広い広場になっていて、すでにたくさんの馬車が止められている。


「今回の討伐は大規模なんだよ」兵隊が親切に説明してくれる。「騎士団も派遣されるという噂だ。だから、これからもっとごった返すぞ」


「止めてある場所がわからなくなりそうだね。シーナ」馬を外しながら、リースが笑う。


「馬屋はこっちだ。来いよ」


 これまた入り組んだ場所を抜けて、馬を馬房に入れる。


「よく手入れしてある子達だな」兵士は馬を褒めた。


「うちの牧で生まれた子だから」リースは得意そうだ。


「ああ、マフィの村だったか。いい馬を生産する村だと聞いたことがある」


「昔はね。今は、ちょっとごたごたしていて・・・」リースが口を濁した。


「中で争っているんだろう。仕方がないさ。世話はここの馬丁たちにまかせてくれ」兵士はぽんぽんと馬の首をたたいた。「自分でやりたいのなら、止めはしないが」


「うん、ありがとう」


 しかし、来た道がどこだったかわからなくなりそうだ。俺は、注意して道を頭に刻み込んでいた。それでも、馬車のところまで戻るのに何度か違う角を曲がってしまう。


 ようやく馬車のところに戻ると、一人の男が待っていた。


「君が、マフィ村からの応援団か」男はにこにことリースに挨拶をした。

「俺は、神殿に雇われている傭兵のキーツだ。あんた達と一緒に討伐を組むことになっている。よろしく」


 ちょっと見た目には兵士に見えない優男だった。色鮮やかな服を粋に身につけた様子いかにも町に住んでいる色男だ。ただ傭兵というだけあって、体は引き締まっている。


「いやあ、マフィの村からの応援がこんなにかわいい女の子だなんて聞いていなかったよ」キーツはリースの側になれなれしく近づいた。「これはちょっと得をしたかな、なんて」


「あ、あの、あたしたち、荷物の整理が」リースが理由をつけて、距離を置こうとする。

「ね、シーナ」


「何を下ろせばいい?」俺はご要望に応えて、男とリースの間に割って入る。「馬車の中に入って下ろす品を選んでくれないか」


「君は」

 男はさっと、俺を上から下まで見た。こちらの状態を値踏みされたと感じた。反射的に柄に手がかかりそうになる。そして、思い出す。ここでは武器の携帯は許されていないのだ。男の気配が笑った。


 こいつ、俺が“ナンバーズ”であることを知っている。


「シーナ、これを下ろして」

 リースの声が俺たちの間に割って入った。俺は素直にリースの指示にしたがって男に背を向ける。


「どうしよう。あんた達の武装は運んだ方がいい?」


「のこしておこう。量が多いしかさばって邪魔になる」


「運ぶのを手伝おうか?」キーツは気さくに手伝いを申し出る。


「いや、いい。俺たちはここに詰めておくから。荷物を見張る人間がいるだろう」


「そうねぇ」リースが首をかしげる。「前の討伐戦の時は、たしか、全部武器の類いを運び込んだのよねぇ。あのときは町の宿に泊まったんだけど」


「へぇ、君、前にも参加したことがあるの?」傭兵は荷馬車に寄りかかって馬車の中をのぞき込んだ。


「ええ。兄と父についてきたことがあるの。主に馬の世話と荷物番としてだけどね」リースは馬車の中でごそごそと作業しながら答えた。


「今回は君たちは神殿で世話をするようにいわれているよ」


「え? 本当?」リースが作業をやめて馬車から身を乗り出す。「前は部屋がないって、断られたのに」


「今回は、外部からの参加が少なくてね」キーツは足で砂を蹴った。「クリアテス領からの参加は君たちくらいじゃないかな。だから・・・」


「そうなんだ。みんな、やっぱり・・・」リースは目を落とした。「あたしたちだけなんだ」


「あまり気にしなくてもいいよ。今のところは君たちだけ、ということだから。荷物、どうする? なんだったら人を呼んでこようか?」


「その必要はない。リースの荷物だけを運ぼう」俺は提案した。「俺たちのものはここに置いておこう。どのみち誰かここに詰めることになるからな」


「誰も神殿の中で盗みを働いたりはしないさ」男は俺にだけ聞こえるように笑った。


 リースの荷物は、俺一人で充分運べる量だった。傭兵は先に立って俺たちを案内する。


「君たちの中に女性がいると聞いていたからね。女性神官達の区画に部屋を用意した。男性は俺たちと同じ区画だ。後で連れて行くよ」


 リースとサクヤに用意された部屋は町を望む一続きの部屋だった。内装こそ質素だが、清潔で、何より眺めが素晴らしい。


「うわぁ」

実際リースはうっとりと町の光景に見とれている。町の下を流れる川と、遠くに見える光り輝く滝と深い森、そしてその向こうに赤い山が連なっている。


「リース、荷物をここに置いておくよ」俺は景色に夢中なリースに声をかけた。


「うん。ねぇ、シーナ、すごくきれいだよ。見て。前に来たときは町の中で、こんな風景は見ることができなかったんだ」


「君は、シーナというのか」傭兵は首をかしげた。「彼女が、そう呼んでいるのか?」


「あ、リース。もう部屋に来てたんだ」そこへディーが裾をからげながらやってきた。

「ねぇ、どう? この部屋。すごいでしょ」


「うん、こんなきれいなところ初めて。ディーが頼んでくれたの? きにいったよ」


「よかったぁ。リースのためにわざわざ口利きをしたんだよ。感謝してよ。あとで、食堂とか湯浴みできるところに案内するね。その前に、今後のことについて打ち合わせがしたいって、司教様がお呼びなの。ちょっときてくれる?」


「わかった。行くよ」リースは窓からようやく離れた。「ねぇ、シーナはどうする? 一緒に行く?」


「俺は馬車に戻って待機しておく。何かあったら、連絡をくれ」


「わかった。じゃぁ、また後でね」


 少女達は明るい笑い声を立てながら、部屋を出て行く。


 後には俺と胡散臭い傭兵だけが残される。


「君も部屋に案内するよ」キーツは気さくに話しかけてくる。「君と、もう一人の子の部屋はこっちだ」


 俺は首を振った。


「俺の部屋はいい。荷馬車で待機するから」


 キーツはおやと不思議そうな顔をした。


「心配しなくても大丈夫だ。君の主はちゃんと守られている。荷物もこちらが責任を持って預かる。それでいいだろう」


 迷いは瞬時だった。


「俺は荷馬車に戻る」


 俺は頑固に繰り返した。彼らは俺たちが“幽霊”であることを知っている。知っていて、こういう扱いをしている。

 表面的には友好的な振る舞いをしているが、彼らの本質は俺たちを排斥する村人と大差がない。ここは潜在的な敵地だ。彼らは何をしようとしているのだろう。相手の目的がわからない以上、軽率な振る舞いはできない。俺は心の中で気を引き締めた。


「まいったなぁ。主の命令がないということを聞かないのか」キーツがつぶやく。

 いや、命令云々ではなく、単にお前に従いたくないだけだ。


「あ、忘れ物・・・」

 俺にとっては折悪しくリースが部屋に戻ってきた。


「あら、シーナ。まだここにいたの?」


「いや、彼に神殿を案内しようと誘ったのだが、荷馬車に戻るといって聞かないんだ」

 キーツが苦笑する。


「ああ、この子、頑固なところがあるから」リースは特に疑いもせずに軽く受け流す。


「シーナ、いいよ。この人に神殿を案内してもらったら? 珍しいものをたくさん見ておいでよ。こんな大きな神殿を見るのは初めてでしょう?」


「そうそう、彼の部屋を用意しておいたんだが、そちらに案内してもいいかな。ここは女性専用の場所なのでね。彼ともう一人の子は、俺たちとまる場所でどうかな」


「いろいろと考えてくれてありがとう。ディー」リースは友達に感謝する。「そこなら、この子達も安心だね」


「俺は荷馬車でいい」

 だから、リース。そういうことじゃないだろう。俺はそういいたかったが周りに人がいて説明することができない。


「ここは神殿だから、荷物がなくなる心配はないよ」ため息をつくようにキーツはいう。


「そうだよ。シーナ。こういうときは好意に甘えるもんだよ」

訳知り顔でリースはいう。だから、こいつら、好意でいってるんじゃないって。


 この程度の命令なら、今の俺ならいつでも破ることができるとわかっている。だが、相手が何を考えているのかわからない以上命令を破ることができるところを見せない方がいいかもしれない。俺は彼らの()()を受け入れることにした。


「融通の利かない子だけど、ちょっと面倒を見ておいてね。キーツさん」


 色男は任せておいて、というように部屋を出て行くリースに手を振る。


「さてと、神殿の中を案内しますか」

 女の子達の声が遠ざかるのを確認してから、キーツは軽い口調で俺を促す。


「君の名前はシーナ、でいいのか。彼女がつけてくれた名前なのかい?」


 彼は親しげに質問をする。この男に案内してもらえといわれたが、質問に答えろとはいわれていない。だから、俺はその質問は無視した。


「うーん、彼女の前だとしゃべっていたのに、無口だなぁ」

 そういいながらも意外に律儀に彼は神殿の内部を案内してくれた。


「ここが大聖堂だよ」


 彼はとても大きな部屋を見せてくれた。豪華な色ガラスが窓にはめ込まれ、至る所に彩色された石や木の像がおかれている。天井は恐ろしいほど高く、天井には咲き乱れる花や鳥や、そこで憩う人の姿が描かれていた。その空間に無数のいつもの玉が浮かんでいる。


 何人かの人がそこで祈りを捧げているようだった。その祈りにあわせて、玉は脈打つように光ったり、浮かび上がったり、消えたり。めまぐるしく姿を変えていく。


「ここは精霊の間とも呼ばれていて、たくさんの精霊が集っているらしい。見える人には見えるそうだが、俺は見たことがないな」


 ん? ひょっとしてこの光の球は彼には見えていないのだろうか。俺は男の顔を伺った。キーツの顔面をふわりとした玉がかすめたが、彼は瞬きもしていない。


 俺はそっと手を伸ばして、玉を捕まえてみた。光る球は俺の手の中でじっとういている。


 キーツにはそれが見えている様子はない。これはひょっとして。


「おい」いきなりキーツが俺を引っ張った。


 彼は膝をついて頭を下げる。


 遠くに見える祭壇のほうから人の集団がこちらにやってきた。その集団の周りの人が次々に膝を折る。どうやら高位の神官らしい。真ん中にいる女性の周りにはたくさんの玉が浮いていた。まるでサクヤが歌ったときのように玉が揺らめいて見える。


「あら」中年の、それでもまだ美しいと表現できる女は俺を見て表情を変えた。

 彼女は俺の手の中にある玉を見ている。


 隣にいるキーツが俺の袖を引っ張ったので、慌てて俺も膝をつく。玉はふわりと俺の手のひらから浮かび上がり他の玉に紛れてしまった。


「キーツ、これが例の子なのね」女性は低く豊かな声でそう傭兵に聞いた。


「はい、司教様」


「面白い子ね。ゆっくり案内してあげてちょうだい」


 何事もなかったように、集団は俺たちの前を通り過ぎ、扉の向こうに消えた。


「ああ、緊張した」キーツは立ち上がると肩を揺すった。「今のがコサの大司教様、この神殿の頂点さ」


 お偉いさんという訳か。俺の反応が薄いのにキーツはあきらめたように肩をすくめる。


「ま、説明してもわからないか。来いよ。宿舎に案内してやるよ」

 


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