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第1話

 今日も空はよく晴れていた。乾いた大地に、乾いた風が吹き、砂埃がかすかにあがる。

 俺は、磨かれた鎧兜を身にまとい、仲間達と一緒に並んでいた。


 クリアテス万歳!

 クリアテス万歳!


 俺たちは声を上げて唱和する。一糸乱れぬかけ声とはこのことだ。

 どんなに訓練された合唱団でもこのときの声には負けてしまうだろう。そのくらいの精度だった。


 頭の上には真っ青な空が広がっていた。乾いた空気と、照りつける日差しがじりじりと俺の体力を奪う。はずだった。


 以前ならば、愚痴の一つでもこぼしていただろう。運動会のたった一時間の練習ですら文句を言っていた俺だ。こんな扱いに耐えられたはずはなかった。


 だが、今の俺は“なんばーず”だ。ナンバーズはけして不満を言わない。無駄口もたたかない。ただ黙々と命令に従うのみだ。それが受けているのだろう。ここでの戦では俺たちは引っ張りだこだ。どこでもかしこでも戦いがあるところにはナンバーズの姿あり。


 連戦連勝というわけにはいかないが、そこそこに勝てる、使える存在、それがナンバーズだ。


 ナンバーズといえばいかにも精鋭という感じがするが、そうではない。

 俺たちの存在は文字通りナンバー、数だけの存在だった。


 今の俺には番号しかついていない。

 3417。

 それが俺に振られた番号だった。


 隣に目を移す。

 左隣の人は3398。そして右隣は3456。

 ここに並んでいるものはほとんどがナンバーズだった。


 お立ち台の上で、“人間”が演説をしている。自由、平等、友愛といった高尚な話をしているようだが、俺には関係ない。ただ神妙な顔をして、熱心さを体全体で表現しながら、彼らの演説に感動する真似をするだけだ。


 あれは“きゃらくたー”だ。何でも特別な役割を与えられたクリアテス教団の人らしい。そしてその隣に並んでいるお偉いさんたち。あれは俺たちを、いずことも知らない空間から呼び出し使役する監督官(マスター)たちだ。俺たち、ナンバーズはキャラクターや監督官(マスター)には逆らえない。なぜなら、俺たちはナンバーズだからだ。


 命令に忠実で、熱意があって、戦上手なナンバーズ達。理想の兵士達だ。

 暑さの中、愚痴の一つもこぼさず、まっすぐ前を見据えるナンバーズ達。


 ほんとうにつまらない。


 俺は足下に目を落として、小さな虫が列をなして這っていくのを見つめる。ただもくもくとどこか目的地に向かっていく虫の群れがいた。俺の知っている蟻という虫に似ているがここではなんと呼ばれているのだろう。名前すらつけられず、そこに存在しているだけの生き物だ。それでいて黙々と何か取り憑かれたように行進している。まるで俺たちみたいじゃないか。


 鋭い視線を感じて目を上げると俺担当の監督官がにらんでいた。あ、これはいつものお小言を食らうな。俺は首をすくめて前を向く。


 隣のナンバーズ達は身じろぎもせずに話を聞いている。彼らはこの話を理解しているのだろうか。俺には欠片も理解できない。自由、平等、友愛といったって、俺たちにはそんなもの何の価値もないからだ。

 俺たちに求められるのは戦に出て戦うこと。戦いは数だ。俺たちはその数でしかない。


 今回の戦はどうだろうか。ちゃんと数がそろっているだろうか。楽な相手と当たればいいのだけれど。俺はそれだけが気がかりだった。



 三すくみの定理というものがある。いわゆるじゃんけんだ。

 パーはグーに勝ち、グーはちょきに勝ち、ちょきはパーに勝つ。


 俺たちナンバーズが振り分けられた兵種もおおむねその定理によって強さが決まっていた。

 すなわち、歩兵は槍兵に勝ち、槍兵は騎兵に勝ち、騎兵は歩兵に勝つ。


 弓兵と魔法兵は遠距離攻撃には強いが、直接攻撃にもろい。飛馬兵は別格だが弓にむちゃくちゃ弱い。


 三ナンバーは歩兵だ。戦場のどこにでも足で移動し、槍兵を殺す。騎馬兵が来たら、殺される。


 最初、その話を聞いたとき冗談を言われているのかと思った。まるで、ゲームみたいじゃないか。現実離れしていると。


 だが、これが、現実だった。ここでは、俺の知る軍隊に関する知識よりもじゃんけんのルールのほうがここでは上だった。


 なんだよ、ここは。

 なんで俺はここにいるんだよ。

 本当にわからないのだ。どうして自分がこんなところで戦っているのか。


 気がついたらここにいたのだ。そして目の前の監督官(マスター)にナンバーを振られた。


「おまえ達はナンバーズだ」問答無用でそう言い渡された。「おまえ達の使命は戦うことだ。それ以外何も考えなくていい」


 俺は抗議したかった。叫びたかった。きっと誰かに誘拐されたのだ。誘拐されて外国の軍隊に売られたのだ。


 でも、俺の体は俺の意思に反応しなかった。なぜなら、俺はナンバーズだからだ。ナンバーズに意思はない。ただ、戦って消える運命なのだ。それが体に染みついていた。周りのナンバーズ達も当たり前のようにそれを受け入れていた。


 俺は隣で行進している3398の横顔を見た。薄い色の肌に透き通るような金色の髪の毛だ。とてもこんな日差しの強い荒野で生活していたとは思えない人種だ。彼女も俺と一緒に“しょうかん”されたナンバーズだった。本当はもっとたくさんのナンバーズがいたのだけれど、だいぶ番号が歯抜けになってしまった。

 反対側にいる3456は俺たちのすぐ後に召喚されたナンバーズだ。監督官(マスター)達の会話から“召喚”という言葉を知った。彼と俺の間には何人ものナンバーズがいたはずだけど、今は彼と肩を並べる間柄になっている。こいつ、背が高いんだよな。密集隊形をとるときに押し負けてしまう。


「何を見ている」


 感情のこもらない声で3398がたずねてきた。


「いや、だいぶ数が減ったなと思って」


 3398はしばらくたってから、そうか、と返事をした。


「おまえ、変なことを気にするな」


「そうかな」


 これで会話は終わった。これでも長く会話が続くようになったと思う。最初のころは口も聞かなかった。そもそも3398が口をきけることすら知らなかった。誰一人話さない無言の軍隊、それがナンバーズだ。


「配置につけ」


 監督官(マスター)が命令する。俺たちはそろって配置につく。頭で考えることは何もない。ただ体が自動的に反応する。


「おまえ達の敵はあいつらだ」


 監督官(マスター)が前方の敵を指す。きらりと光る槍が見えて、俺はほっとした。

 今回の指揮官はまともな頭をしているらしい。


「鬨の声を上げよ」

 俺たちは声の限り叫ぶ。

「クリアテスの教えの元に!」


「前進」


 盾を構えて前進する。これも自動行動だ。敵に向かってまっすぐ突っ込む。怖いとか、そういう感情はない。


 普通は怖いと思うだろ、と最初のころは思っていた。だが、怖くなかった。怖いという感覚が完全に欠けていた。怪我をしても痛いと思うが、そのとき限りだ。周りで仲間が倒れても、倒れても、何も感じなかった。


 ナンバーズというのはそういうものらしいと、最近は考えることすら投げている。


 歩兵は槍に強い。相手は総崩れだ。あっという間に目の前の敵はいなくなった。


「右前方に敵を確認。密集して前進せよ」


 隊列を組んで移動する。常識ではあり得ない速さで次の得物に食らいつく。相手の戦力はあっという間に解けた。こちらの損害は、少ない。


 俺たちは将棋の駒のような存在だ。相性が悪い駒と当たれば相手にとられる。そしてどの駒とあたるかは差し手である監督官(マスター)や、キャラクターと呼ばれる特別な人たちにゆだねられている。それは相手方も同じだった。


 感情を持たないもの同士がぶつかるのだ。やる側も、やられた側もあっさりしたものだ。最初のころ俺は相手のことをかわいそうと思っていた。でも本当にかわいそうなのは、俺だった。そういう感情すら表に出ることもなく消えていく。最近は考えることをやめている。向こうも俺たちのようなナンバーズをつかって戦っているのだから、この世に未練なく溶けていくのだろう。ものをいわなくなった相手の死体を踏んで行軍する。


 目の前を騎兵の一団が通り過ぎていった。相手方の歩兵と当たるらしい。騎兵は歩兵よりも召喚こすとがかかるから、数が少ないと監督官(マスター)がぼやいていた。本当はもっと騎兵を呼びたいのだけれど呼べないから歩兵で数を埋めているらしい。


 失礼な話だ。数あわせで呼ばれて、消えていく。泡のように俺たちの命は刹那だ。

 そんな存在に意味があるのだろうか。そんなことを考えながらも体は走り続ける。


「止まれ」監督官(マスター)からの命令だ。

「集合」


 どうやら今日の戦は終わったらしい。特別な感慨もなく指示された場所に集合する。朝、キャラクターが演説をしていた場所だ。


「整列」

 頭から番号順に並ぶ。ここに来た当初、一番後ろの列だった俺はいまや最前列に並んでいる。


 その前に役付きの監督官(グランドマスター)や他の監督官(マスター)たちがずらりと並ぶ。


「みんな、今日はありがとう」


 赤い髪をした熱血キャラクターが呼びかける。


「君たちのおかげで、この砦を守ることができたよ。感謝している」


 ずいぶん砕けた物言いをするキャラクターだ。その言葉を聞いて、みんなで熱狂的な勝利の叫びを上げる。


「この勝利はみんなのものだ。これからも僕たちの自由を守る戦いを続けていこう」


 勝手にしやがれ、そう思いながらも俺は熱烈な拍手を送る。そうしろという監督官(マスター)の指令が来ているからだ。


 自由だって? 聞いてあきれる。俺たちはそんなもののために戦ったわけではない。ただナンバーズとして戦えと命じられたから戦っただけだ。


 次に壇上に現れたのは年若い少女だった。長い黒髪、清楚な衣装。俺は彼女から目が離せなかった。


「皆さん、初めまして。わたしは僧侶のユイです。今日はわたしたちの“村”を守るために力を貸してくださってありがとうございました」


 人目を引く顔立ちだった。俗に言う美少女というやつだ。いかにも純情無垢なヒロイン枠。慎ましい仕草一つで人を引きつける天性のアイドルだ。


 だが、俺が彼女を見つめているのはそれが理由ではない。

 俺は彼女を知っていた。


 由衣・・・・・・


 俺はその名前を口の中でつぶやく。


 中垣由衣。俺の幼なじみにして、クラスメート。

 彼女に目の前のユイという僧侶はそっくりだった。


 小学校からずっと同じだったからよく知っている。はにかむような笑い方、少し引っ込み思案な態度。挨拶をするときに少しだけ顔を傾けて恥ずかしそうに挨拶をするのだ。


 壇上の彼女は大勢のナンバーズに囲まれて戸惑っているようだった。


「おかげさまで、村は王軍の手から守られました。みなさんのおかげです」


 向こうにいたときはそこまで人目を引く子ではなかった。どこか引っ込み思案で、内気で、いつも本を読んでいた。時々、俺にも本を貸してくれた。

 その彼女がどうして、ここに。


「おい、3417。拍手はどうした」


 俺の前に立っていた監督官(マスター)が振り向いて小声で注意した。

「聖女様と声をかけるんだよ。おい」


 周りのナンバーズ達が叫んでいた。声をからして、まるでアイドルに声援をするように。由衣に向かって。俺の声など届かない。呼びかけなど届かない。


 彼女はにこやかに笑って手を振っていた。はにかむような笑みだ。


 俺はただ黙って、彼女を見つめていた。

 俺の中では感情が体中の血を沸かせているはずだった。それくらいの衝撃を受けたはずだった。それなのに、俺の体は動かない。そういう感情があると知りながら、心は平静だった。だが、それでも。


 由衣、なんで、君がここにいるんだ?


 不意に彼女の視線がこちらを向いた。ただ一人立ち尽くしている俺と視線が絡む。


 ………君?…

 彼女の唇が動いた。


 笑顔が消え、いつもの、彼女の表情が戻ってくる。

 取り繕った、表向きの表情ではなく、彼女本来の・・・・・・


 ………君?


 誰かが俺と彼女の視線の間に割って入った。

 邪魔をするな。一瞬の思いが固い壁を破壊した。

 俺は思わず列を飛び出そうとする。


「3417、命令だ。止まれ」

 監督官(マスター)の声が俺の行動を規制する。圧倒的な強制力が俺の体をその場につなぎ止める。


 ここに来て初めて俺は全力で命令にあらがった。俺の意思を総動員して、体を動かそうと懸命に努力した。

 久しぶりに感じた熱い感情が頭を沸騰させ。

 だけど、俺は動けなかった。


 気がつくと拍手はやんでいた。

 キャラクター達は去り、後には俺たちナンバーズだけが残されていた。俺の心もまた乾いていた。この土地のように、からからだった。


 先ほどと変わらないのは空の青さがうとましかった。


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