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敗者復活の鐘が鳴る  作者: 齋藤翔
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2019・6/25 開始

 ずいぶん寝ていたようだ。


 早朝である。


 俺は温泉の岩場から顔を上げて、ふわーとあくびをした。そこにおいてある水筒を取り、口をゆるめて冷たい水を飲む。ああ、生き返った。


 それにしてもこんな場所に温泉があるなんてなあ。


 秘境温泉である。


 ここはとある山の頂上付近。天然の温泉を人間が手を加えたのだろう。湯船の床はごつごつしていない。平らになっている。


 山の上ということだけあって眼下には山間の校舎を眺めることができた。これから通うことになる学校。その名も敗者復活戦学校。


「どうでもいいけど」


 つぶやいて俺はもう一度あくびをした。


「誰かいるの?」


 甲高い女子の声が近くで聞こえた。温泉の湯気で姿は見えない。どうやら俺が寝ているうちに他のお客さんが入ってきていたようだ。お客とは言っても無料の温泉だが。


「ああ、いるぞ」

「もしかして」


 女子が立ち上がる水の音がした。


「貴方も、ハイガクの新入生ですか?」


 ハイガクというのは敗者復活戦学校の略称である。


「貴方もってことはお前もか?」

「いきなりお前呼ばわり?」

「あ、すまん」

「いえ、別にいいけど」


 女子がまたお湯に体を沈めたようだ。顔はやはり湯気で見えない。

 

 それから少し沈黙があった。


 初対面の人との沈黙はきつかった。


「聞いても良いか?」

「何ですか?」

「お前はどうしてハイガクへ行くんだ?」

「決まってるじゃない」


 女子は声を凍らせた。


「人を殺すためよ」

「へ、へぇ」


 変な奴だ。


 名前は聞かずにおこう。


「貴方はどうして?」

「俺か、俺は」


 なんだったろう。長時間湯船につかっていたせいで頭がぽーっとした。


「人を殺すためだ」


 嘘だったがとりあえず合わせることにした。


 女子はけらけらと笑った。


「同じね」

「同じだな」

「貴方強いの?」

「これから強くなるんだ」

「じゃあ鍛えてあげるわ」

「頼むよ。ついでに疲れたら膝枕してくれ」

「謹んで遠慮するわ」

「遠慮するなよ、俺の顔はカーバングルのようにカワイイぞ」

「へえ、見せてみなさいよ」

「おう、もっとこっちへ来い」

「またね変態さん。私はもう上がるわ」


 女子が立ち上がった。そのまま遠のいていく。その陰を俺はぼーっと見送った。また岩場に頭をのせる。


 人を殺すため、か。


 地球は天国のような場所だと言われる。本当かどうかは知らない。だけど俺のいまいるこの異世界・リアラの人間たちはそう信じている。そしてリアラというのは地球で重い犯罪をした者たち、およびその子孫の流刑地である。


 お分かりだろう。


 これから俺の行くハイガクという場所は敗者(犯罪者やその子孫)が地球(天国)に戻るための権利をも求めて争うための場所だ。入学できるのは十四、五才の少年少女に限られるが。


 少し離れたところで動物の鳴き声がした。サルである。キーキーと響きを上げて何匹かのサルが湯船に入った。温泉ザルと言ったところだろうか。俺は愉快な気分になった。サルが温泉に入るとどんな表情をするのか眺めてやろう。そう思っていると一匹のサルが近くに寄ってきた。どうしてか頭にはネコ模様のパンツをかぶっている。


「なんだこれ?」


 サルはにんまりと微笑んでいる。よほどお湯が気持ち良いのだろうか。


 俺はサルの頭からパンツを取った。サルは驚いたようだ。


「まさか」


 心当たりは一つしかない。さっきの女子のものだろう。分からないことがあるとすれば俺はこれをどうすれば良いのかということだ。


「捨てるわけにもいかないよな」


 ざぶーんとしぶきを上げて立ち上がり、水筒を持つ。俺は湯船を出た。自分の荷物の中から長いたタオルを取り出して体を拭く。着ていた服をまた着て今度は小さなタオルを取り出しパンツをはさむ。彼女はまだそう遠くへは行っていないはずだ。


 道は一本道であり、彼女もハイガクがある方向へ行くとすれば西である。俺は荷物を担いで走り出した。数分と経たないうちに彼女の背中が見えた。長い金髪が揺れている。俺と同じぐらいの大荷物を背負っている。テントなど入っているのだろう。


 彼女が俺の足音に気づいた。警戒して振り返っている。中々の美人だった。しかしそんなことはどうでも良いだろう。俺は彼女のリュックの上にタオルを置いて走り去った。


「忘れもんだ」


 台詞一言。


 女の下着を届けに来たなどというシチュエーションでこれ以外のアクションを取れる人間がいるだろうか。俺は取れない。今頃彼女はタオルに挟まれた自分のパンツを見て赤面しているかもしれない。まあ不幸な事故である。


「キャー!」


 後ろで女子の声が上がった。


 空を見ると山陰から太陽が半分顔を出していた。


これから定期的にアップしていきます。

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