進む先には
少し冷や汗を流しながらミルに尋ねた。
「何かやっちゃった?」
『言ってなかったが、《英雄に試練はお約束》ってのがあってな』
うわ~。
全部聞かなくても嫌な予感がする。
「俺に試練が訪れるってことか?」
『そうだ。短い付き合いだったな、ブラザー。達者でな』
「おいおい、ミルよ。俺たちは魂の兄弟じゃなかったのか? 見捨てるなんて薄情では?」
『ハッハッハ! 離れていてもブラザーのことを思っているよ』
「ハッハッハ! 一蓮托生だ。いや、道ずれだ」
「「ハッハッハ!」」
その後、罵り合いが勃発し、互いに傷を受けてドローになった。
お互い仲良くしないとダメだね。
「俺、戦闘とか大丈夫だと思うか?」
『それはレジェンド級の武器だ。問題ない』
時々お互いの言ってることが伝わらないことがある。
ミルは俺が言っていることを「戦闘で上手く剣を使って戦えるだろうか」と伝わったようだ。
対して俺は「戦闘とかやったことないけど上手く戦えるだろうか」と伝えたかったのだ。
ミルが俺に対して時々、丁寧過ぎてウザったくなる口調はこういうお互いの受け取り方の違いがあるからか。
それもそうだよな。
ミルって人間ではないだろうし、人間目線で喋れってのが無理だ。
お互いが気を付けなければ、喧嘩とかになりそうだ。
「すまない、ミル。さっき俺が言おうとしたのは、俺が戦闘とかやったことないけど上手く戦えるかどうかを聞いたんだ」
『ん? そう思ったから、武器が強いから問題ないって言ったんだが?』
「『……ん?』」
考え過ぎて混乱する。
つまり、武器強いってことで問題はなさそうだ。
「ミルって俺の考えとかある程度分かると思ってたんだが、違うんだな」
『やろうと思えばできるが、それをやると信頼関係が崩壊する。俺はお前さんとは良い関係でありたい』
やろと思えばできるってそれだけで恐怖なんですけど?
「ミルって嘘とか言えないの?」
『嘘をついて騙すことを好まないだけだ。正直なのが一番だ。今なら切実にそう思うよ。本当に』
何か強い想いというか感情が声から漏れていたが、なにかあったのだろうか。
『それはそうと、そろそろ行こうぜ。目指すは7階層だ』
「何故に7階層?」
『セーフティーエリアがあると思うからだ』
ミル曰く休める場所らしい。
水に食べ物もあってモンスターもやってこない。
天国かよ。
「このままじゃ戦いで勝てても餓死するかもしれないしな」
『モンスターは食えねーからな~』
嫌だよ、あんな豚を食べるとか。
いや、いい匂いはしてるけど食べるのは別問題だ。
さて、喋るのは終わりだ。
剣を両手に構えて出発だ。
『俺がお前さんに援護と敵に妨害の魔法を仕掛けるからお前さんはゆっくりで良いから確実に攻撃すればいい』
「わ、分かった」
膝がガクガクして腰が引けているのが自分でも分かる。
でも怖いモノは怖い。
『敵はまだいない。もう少し警戒を解け」
「お、おう」
『はぁ~』
ミルはビクビクしながらそろ~っと進む俺にため息を混じえる。
ため息って少し傷つくが、ミルからしたらその程度のことなのかもしれない。
でも、俺からしたら人型の化け物と戦うとか恐怖以外の何物でない。
ファンタジーな生き物だと戦う恐怖ってのは想像できないと思うので、例としてだが、武器と防具を身に着けた2足歩行の熊みたいなヤツが殺意を持って襲ってきたらって思うとどうよ?
怖くね?
普通の熊でも剣で倒せって言われたら全力で拒否るだろう。
俺ならせめて猟銃を寄越せと言う。
俺の恐怖を理解してもらえると助かる。
『敵を察知。距離150メートル。数は3』
要点だけの分かりやすい説明どうも。
「ふぅ~。了解だ。ふぅ~」
『ダメだな。変わるぞ、ブラザー』
その声と同時に俺の身体の自由がなくなった。
「え?! ちょっ!」
『まずはお手本だ、ブラザー』
「おい、ミル。身体が勝手に動くんだけど!?」
『俺が動かしてるからな』
さも簡単に言うが俺としては叫びたい衝動を抑えるのに必死なんだけど!
『ガチガチ過ぎだ、ブラザー。戦いは常に平常心を心掛けろ』
いきなりミル先生の戦闘講習が始まった。
『この剣はお前の意思が力となる。お前が動揺すれば力は減少してしまう。これはそういう武器だ』
そうだったのか。
両手で構えてたけど、初めて触った時は熱の塊みたいに熱を発してたけど、今は全く熱を感じなかった。
不思議だな~って思ってたけど、俺の意思が弱かったから熱が弱かったってことなのか。
『戦いってのはいろいろある。騙し討ちや強襲に暗殺なども戦いであり、相手の弱点を突くのが鉄則だ』
なんかカッコ悪いな。
『今、カッコ悪いとか思ったか?』
「っう……」
びっくりして声が出てしまった。
心を読まれたかと思った。
『そんなのを美徳にしてる奴もいるが、それは強者のすることだ』
「そ、そうだな」
そんな話をしていると敵の足音が聞こえてきた。
俺の中の恐怖がさらに増す。
『恐怖は必要な感情だが必要以上に感じる必要はない。怖いことを受け入れ、何が怖くて恐れているか考えてみろ』
怖いこと?
……戦うのが怖い。
違うな。
戦って傷を負ったり最悪死んでしまうことを恐れているんだ。
では、何に恐怖を感じている?
オークという化け物が殺意を込めて向かって来るのは恐怖だ。
あんな化け物に迫られて喜ぶようなヤツがいるかよ。
ミルの言う通り、何を恐れていて、何に恐怖を感じているかを明確にすると少しだけ心に余裕ができたような気がする。
『平静な心を保つ方法は何にストレスを感じているのかを知ることだ。否定しては先に進まない』
そうか。
ミルの言う通りだ。
俺は恐怖を消し去ろうとして恐怖を抑え込もうとしていた。
自分の心に「怖くない」と言い聞かせていたんだ。
けど、その方法はさらに恐怖を助長する結果になっていたのか。
そんな会話をしているが、オークが待ってくれる訳もない。
目の前まで迫った3匹のオークは剣を振り上げ、その丸太のような腕で力任せに振りぬいた。
「ヒィィ!?」
『シールド』
車同士が正面衝突したような腹に抜ける衝撃音がした。
オークの剣は俺の目の前に張られた透明な壁が弾いたのだ。
『おうおう。威勢がいいな。発情期か? この野郎』
俺は目の前の光景が信じられなかった。
オークが力任せに攻撃を続けるが、目の前の壁は壊れない。
ヒビは入るが、即座に修復されているのだ。
『賢者職の防御魔法にシールドってのがあってな。一定のダメージを妨害するんだ』
「ほぇ~。ヒビが治ってるのは?」
『これも賢者職の治療魔法があってな。シールドを対象にして受けたダメージを治療することでシールドの効果が持続する』
ミルはとんでもないヤツだった。
まさか、魔法に魔法を重ねて本来の効果を変えてしまうとは……。
『話の続きだが、恐怖は必要な感情ではあるが、冷静にならなければならない。じゃないと相手の強みと弱みが分からないんだ』
ミルの戦闘講習が再開する。
3匹のオークが必死にシールドを攻撃している光景をさも問題がないように話を続ける。
「こいつらに弱点なんてあるのか?」
鎧を着ているし、剣も装備している。
数も多い。
身体の大きさもすごい。
腕も足も丸太のように太い。
勝てない。
俺はそう思ってしまう。
『コイツらは頭が良くないんだ。現状、シールドを回り込んで俺たちを攻撃するなんて思いついていない』
「そんなバカな……」
そこまでバカではないと思うが、たしかにそうだ。
壁に突進を繰り返している。
『そして仲間がいるのに協力する素振りも見せない』
「確かに……」
3匹が3匹とも我先にと攻撃をしている。
『この弱点を効率的に付くとこうなる』
ミルがそう言うとシールドの角度が変わり、1匹のオークの攻撃が跳ね返った先にいる味方のオークの首に突き刺さったのだ。
「マジで!?」
『ブラザー、戦闘において重要なのは攻防どっちだと思う?』
目の前でのたうち回るオークを無視してミルは俺に質問する。
「攻撃じゃないか? 防御って盾とかあれば簡単そうだし」
『あははは! 予想通りの答えをありがとう、プラザー』
何がおかしいのか爆笑するミルに俺は戸惑いが隠せなかった。
『これは俺の考えだから強制はしないが、戦闘において重要なのは防御だと思っている』
首に剣が刺さったオークは地面に伏して動かなくなった。
一匹倒したのだ。
『気が付いていないと思うが、俺は攻撃をしていない』
「あ……」
そうだ。
ミルは防御をしていただけだ。
それだけでオークを倒した。
『オークは体格や力は高いモンスターだが、それを扱いきるだけの脳がない。だから利用されるんだ』
仲間が倒されたことを怒ってるのか、攻撃の激しさが増した。
『これは俺たちにも言えるんだぜ、弥希』
「……」
力を扱えないければ利用される。
ミルは俺にここから出た時のことを少しだけ考えさせているのだ。
俺が力に飲まれてオークのように知能なき力を行使する者になってしまわないように。
俺が自分で大切な何かを傷つけない為に。
「ありがとう、ミル」
『もう、大丈夫そうだな。援護と妨害は任せろ』
「いや、必要ない」
『へ?』
ミルのおかげで心に余裕ができた。
考えることもできた。
ゴチャゴチャといろいろなことがあって心に余裕がなかったんだな。
でも、ミルの話を聞いて何かが心の中にストンと納まった気がする。
混乱に混乱が重なると考える余裕さえなくなるとは、今後に生かすことにしよう。
戦うのは怖い。
でも、俺は今を生きている。
なら死ぬその瞬間まで足掻いて見せるのが俺の意思だ。
心に戦う意思が灯り手に持つ剣に伝わる。
心臓のように熱が鼓動している。
鼓動する度に熱が上がり、剣から炎が漏れ出す。
剣から伝わる熱は俺の意思。
それを上手く扱うんだ。
漏れ出す炎を剣に押し込める。
押し込まれた炎は圧力によって温度を更に上げる。
刀身までも赤くなっていく。
俺は剣を横に構え、一閃した。
剣の先の圧を解き、炎が軌跡を辿る。
抑え込んだ炎はそれだけに留まらず、オーク2匹の胴を鎧ごとぶった切った。
この剣が俺に教えてくれたのは『フル・バースト』ただ一つ。
この技は俺が編み出した技だ。
「技名は炎斬にしよう。カッコいいし」
『お、おう。そうだな』
ミルが戸惑ってる感じがするが、どうかしたのだろうか?
「どうしたんだ? ミル」
『……いや。人ってのは恐ろしい生き物だなと思っただけだ』
「いやいや、人はそんな怖い生き物じゃないよ」
『……そうだな。俺の勘違いだ。気にするな、ブラザー』
ま、気にするなって言ってるし大丈夫なんだろう。
この勢いでどんどん行こう!
『……勘違いなら良いんだがな』
本来聞こえているはずのミルの呟きはオークを倒したことを喜んでいる俺には聞こえてはいなかった。
次話から物語が進みます!
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