先に待つモノは
目を覚ますとそこはバスケットコートほど広さのあるドーム状の部屋にいた。
「生きて……」
駅で事故にあって手足を失ってここまで来て倒れた。
たしかに覚えている。
なのになぜ……。
「手足が戻っている……」
傷一つない右腕と左足。
いや、傷がないのは身体もか。
噛み切った唇もふらつく頭も嘘のように何ともない。
戻った手足は少し感覚が薄い気がする。
麻酔をした後のような感じだ。
自分の身体ではないモノを動かしているような、そんな感覚。
手を握ったり開いたりを繰り返し、思い通りに動くので今は問題ないとしておこう。
「階段があるんだよな……」
部屋の真ん中に下へと続く階段がぽっかりと空いていた。
俺が行きたいのは上なのに、なぜ下に行かねばならない。
「一度戻ってホームから隣駅に向かうか」
そうしよと俺が入った扉の方を見ると扉は閉ざされていた。
「え……う、嘘でしょ!?」
扉に近づき開けようとするが、ビクともしない。
ノブも付いてないので扉を引くこともできない。
進めって事か?
「……っしゃあ! 男は度胸だ!」
身体のことを含めてすべてを棚に上げて何も考えないことにした。
考えたところで現状は何も変わらないのだから。
足を止めてはいけない。
俺は薄暗く、地下へ続く階段を下りた。
階段を下りながら俺は自分の身体に起こったことを考えていた。
現代医療で潰れた手足を治せるほどの技術はない。
繋げる技術はあるが、その後にリハビリを行う必要がある。
腕を見ても縫合の跡はない。
「俺の身体に一体なにが起こっている?」
駅の通路が洞窟になっていた事と何か関係があるのか?
あれ? そう思えばさっきいた部屋で何かを見た気がする。
何だったっけ?
俺の想像で作りだした幻覚だったのか?
「……駄目だ。思い出せない」
気を失う前の記憶が曖昧だ。
何かを見た気はするが、それが何だったのか思い出せない。
考えはまとまってはいないが、階段は終わった。
階段を降り終わるとその先には謎の光を放つ魔法陣が描かれていた。
「ふぁ、ファンタジー……」
元引きこもりの俺としては感動したいが死にかけた手前、素直に感動できない。
1メートルぐらいの円の中にグニャグニャのミミズ文字のようなモノが刻まれ、その文字から光の粒子が空中に舞い、幻想的な魔法陣が完成されている。
マジか……。
俺、異世界に来ちゃった?
異世界転生ってやつ?
神様とかに会ってチート能力とかもらってないんだけど?
いや、もしかしたらこの魔法陣は大古の魔術的な何かかもしれない。
……それはないか。
「行く……しかないよな」
階段を下りたこの場所はこの魔法陣以外何もない空間だった。
横道も何もなく、進むにはこの魔法陣に入らなければならない。
呼吸を整え、軽くジャンプして魔法陣に飛び乗った。
「よっと」
魔法陣を踏む。
「……」
だが、何も起こらなかった。
何これ、ただの演出だったの?
ジャンプする時の俺の覚悟はどうすればいいんだろう。
「ッチ!」
自分の行動が恥ずかしくなって地面を何度が踏みつけた。
すると魔法陣の光が強くなり、身体の力が吸い取られる感覚に陥った。
抵抗する間もなく俺は光に飲まれてしまった。
*****
「いで!?」
放り出されたように転がりながら地面に転がった。
身体の痛みはたいして問題はないが、体力がヤバい。
全身運動で身体を酷使した後のような感覚の襲われ、手を握るのさえできないのだ。
不思議と呼吸は安定はしているが、しばらくは動けそうにない。
あの魔法陣は使用した者の体力を使って発動する仕組みなのかもしれない。
あれだけの技術力があるならバッテリーぐらい備え付けとけっての。
「はぁ。ここはどこだ?」
安定の洞窟のようだが壁に一定の間隔で光源があり、明るさは問題ない。
壁の色が赤茶っぽいのがさっきの場所との違だが、さして重要ではないか。
俺が放り出された方を見ても壁しかなく、間違いなく飛ばされたのだと確信した。
どうなってんだか。
しばらく横になり安静にしていたら身体に力が戻った。
そこからは回復が早く、すぐに動けるまでになった。
道は一つしかなく、進むのに迷いようはない。
若干道がカーブしているので10メートル先は見えない。
テクテク歩いて行くと先で何か物音がしたよな気がした。
耳を澄ましながら進んで行くと、どうやら話し声のようだ。
「人だ!」
走って声のする方に向かう。
道が若干カーブしているのは見て分かったが、走ってみると少しだけ傾斜があるらしく、自分の予想以上のスピードが出てしまい足がもつれてしまった。
いつもなら立て直すことも出来ただろうが、足の感覚が鈍い今の状態では立て直すことはできずに転倒してしまった。
「だぁ~~!!」
勢いが付きすぎて転倒するだけでは勢いは取らず、2転3転してやっと止まった。
こんな恥ずかしい格好を人に見せるのは嫌なので素早く起き上がる。
だが、あんな変な声を上げたので心配してくれたのか、もの凄い足音を立てて近づいてくる。
「イテテ……」
絶対にコケたってバレるよな、恥ずかしい。
服装を直しながら進み、向こうからくる人物たちが視界に入った。
「……」
数は3。
緑色の肌で身長は2メートルを超えているだろう。
頭や身体には鎧をまとい、手には刃渡り1メートルほどの剣と盾を持っていた。
ファンタジーでお馴染みのオークと呼称するに相応しい生き物だった。
俺の対応は早かった。
素早く身を返してダッシュでその場を離れた。
「ムリ。ムリ。ムリ。ムリー!!」
あんな化け物がいるなんて冗談じゃねーよ!
ここは本当に異世界かよ!
勝てないって!
ゴブリンは?
スライムは?
何でいきなり複数体の鎧オーク剣盾装備のヤツがいるんだよ!
逃げる。
兎にも角にも逃げる。
階段まで逃げればいい。
あいつらの体格では階段は通れない。
幸いあいつらの足は遅いから逃げられる。
そう考え全力で逃げ、俺がさっきまでいた場所まで戻ってきた。
「あぁ……」
そうだ。
そうだった。
俺は魔法陣に乗ってここに飛ばされたんだった。
戻る方法なんてなかったんだ。
後ろからはあいつらの声と足音が徐々に近づいてくる。
恐怖から呼吸と心拍が早くなり、頭がガンガン痛くなる。
「このままじゃ殺される。どうすればいい!」
『戦え』
頭に響く声。
差し迫る死に比べれば幻聴など、どうでもいい。
『戦え。戦え。戦え。戦え』
「無理だ! 武器もないのにどうやって戦えって言うんだ!」
『武器はある。意思。戦う意思』
何を言ってるんだ。
武器なんてどこにもないじゃないか!
『戦う意思を持ち、手を掲げよ。意思は望む武器となる』
「無理だ! あんなのと戦える訳がない!」
『手足失い、心折れぬなら。この程度、足掻いて見せろ』
「うぐぅ……」
熱い。
右腕が熱い。
『戦え』
感覚が鈍かった元に戻った腕が熱を帯び、うっすらと何か模様が浮かび上がってきた。
模様は指先、手の甲、腕と広がり肘の部分で止まった。
熱は収まるどころかさらに温度が上がったかのように増した。
『戦え』
頭の中では戦えと謎の声が木霊する。
俺は今の現実を否定するのか?
引きこもっていたあの頃のように生きたまま死んだような自分に戻るのか?
俺は両親の墓の前で何を誓った?
「あ、足掻き続けるんだ……。俺が俺であるために」
心を魂を奮い立たせ、背後に迫る死に正面切って向き合った。
あいつらはここが行き止まりなのを知っていたのか、走らずにゆっくりと近づいてくる。
舐めやがって。
俺が貧弱であり、抵抗する間もなく殺されるのが分かっているんだ。
あの血走った目には俺を嘲笑っている感情が読み取れる。
「何でお前らに笑われなくちゃなんねーんだ!」
恐怖に塗りたくられた心に僅かばかりの怒りの感情が芽生えた。
芽生えた感情は恐怖を打ち消し、奴らに対する怒りが烈火の如く燃え盛る。
奴らに一矢報いたい!
ただ殺されるだけなんてまっぴらだ。
抵抗してやる!
足掻いてやる!
『意思を形に。さすれば与えられん』
その一言を最後に頭の声が止んだ。
「剣。俺の怒りを纏う剣が欲しい!」
その瞬間、腕に集まっていた熱が外に流れるかのように模様から炎が噴き出した。
流動的に俺を包み込んだが俺に伝わる熱はない。
【報告します。憤怒の剣の生成に成功しました】
頭の中に機械的な声が聞こえた。
炎は収束し、やがて一振りの剣が眼前に浮いていた。
オークどもは警戒しているのか近づいては来ない。
俺はその剣を手に取った。
「熱い……」
剣自体が熱を帯びている。
この熱は俺の怒りであり俺の意思そのもの。
手に取った瞬間にこいつの扱い方が分かった気がした。
勝てる。
俺はあいつらに勝てる!
剣を奴らに向ける。
奴らは俺の抵抗にイラついたのかただ無謀に突進してきた。
よかった。
3匹がバラバラに攻めてきたら面倒だったんだ。
迫りくるオークに俺は両手に握った剣を振り上げ、叫ぶ。
「フル・バースト!」
俺の言葉に反応し、剣は膨大な熱を刃にため込む。
奴らもこれが危険なことを察知したのか、勢いを上げて俺に突進する。
だが、遅い。
「ッフ!」
剣を振り下ろし、ため込んだ炎が炸裂する。
轟く爆音と衝撃と熱の塊は眼前まで迫っていたオーク3匹を飲み込み、焼失した。
「ざまぁ……」
ざまぁみろの一言も言えずに俺は気を失い、その場に倒れてしまった。