5 人の心が触れ合う時、感情は揺れ動く(今回は大体負の方向に)
『毛玉ナビゲーター』の彩花ちゃんは元々俺の黒歴史になりそうなことを未然に阻止する為に読んだはずだった。
なのにどうして今、俺はとても恥ずかしい気持ちになっているのでしょう?
「ねぇ彩花ちゃん?」
「初めて聞きましたね、その話」
あっ、言ってなかったか。
「こいつはどうもすいやせん」
「以後、気を付けてくださいね」
「はい……って、何で俺が謝ってんねん!」
「エセ関西弁は止めてください。鳥肌が立ちます」
「…………あの、敬語やめて。すごく疎外感を感じるから」
「そうね」
「……」
まぁいいや、せっかく冒険者ギルドに来たんだ。さっさと受付に行こう。
彩花ちゃんは毛玉になったから、人の心を失ってしまったのだろう。
「何を考えてるか手に取るようにわかるから言うけど、毛玉にしたのはあんたよね」
「そうですね」
追い打ちをかけられた。俺の心はもうズタズタである。
「すみませーん。そこの美人の受付さん。ちょっといいですか?」
「やっぱりあんまり落ち込んでないじゃない!」
彩花ちゃんが余計な事を言ってきたが無視しよう。ついでに言うと、ギルド内の他の人から向けられていた変人を見る目に、急に殺意がこもった気がするけどやっぱり無視しよう。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付さんの物凄いマニュアル的な対応。カッコイイから最低限の反応しかできないって捉えたいけど、明らかに変な人を見る目である。
「今日は冒険者に登録したくて来たんですけど、どうすればいいですかね?」
「先に聞いておきますが、登録料の銀貨一枚はお持ちでしょうか」
「越後○菓の切り餅ならありますよ」
「ご利用ありがとうございました。お帰りはあちらになります」
いい笑顔で言われた。
「いや、すみません。今のは僕の故郷で流行ってる冗談です。えっと今はお金がないので、どこかに民芸品を買い取ってくれるようなお店はありませんかね?」
「当ギルドではそのようなご質問は取り扱ってございません。どうぞ、お帰りはあちらです」
やべぇ、本気の拒絶だ。すごく心が痛いです。彩花ちゃんの言葉のナイフと遜色ないダメージががが。
「すみません。ちょーしのってましたー!」
腰を九十度曲げて、思いっきり頭を下げる。これでダメなら、人生初の土下座を敢行するしかなくなる。
はぁ~、っと大きなため息が頭の上から聞こえる。
「分かりました。教えますからまず頭を上げてください。民芸品でも、一部アクセサリーは当ギルドで買取が可能な場合もありますよ」
「ありがとうございます!」
こけしは流石にアクセサリーと呼ぶには厳しいので、バッグパックの中を探るふりをして、『家具生成』で金の指輪を取り出す。
両親がケースに入れて婚約指輪を飾っているのでもしかしたらと思ったが、指輪も家具になりましたね。
「先ほど言った民芸品とは違いますが、旅費の足しにしてくれと親からもらった金の指輪です!」
自分でも驚くほどすらすら嘘が出てきた。十六人もの女性を口説こうとした成果がこんなところに現れたぞ。一人、コミュニケーションをあきらめた人もいたけど……。
「ほぅ、金ですか。それが本当ならこれで銀貨四枚にはなるんじゃないでしょうかね」
「査定、お願いします!」
受付さんは机の下から占いでもするのかと言うような水晶玉を取り出す。
おー、それは鑑定具ってやつっすな。片手で持って、水晶を通して指輪を見る――ってそれ虫メガネやないかーい。
……。
虫眼鏡で見た程度で金の純度が分かるわけでもないから、あれで魔法的な鑑定をしているんだろう。
「……何かギャグを考えて、仕切り直したわね……」
彩花ちゃんの小声が聞こえてきた。
俺ってそんなに表情に出るかなぁ? 今まで言われたことないんだけど。無口で不気味とかなら言われたなぁ。……嘘だけど。
「はい、鑑定が終わりました。どうやら本当に金の指輪のようですね。えーっと値段が銀貨四枚なので冒険者外手数料二割を引いて、合計銀貨三枚ですね」
「計算諦めないで。ちゃんと端数も出して」
「すみません、なら追加で大銅貨二枚ですね」
「しぶしぶといった様子ですが、ありがとうございます」
「いえいえ、これが仕事ですから。それでは、お帰りはあちらです」
「あ、はいご丁寧にどうも――って冒険者登録に来たんですけど!?」
「……ノリツッコミが板についてきてるわ……」
最後の彩花ちゃんの小声の途中に、受付さんから舌打ちが聞こえた気がする。
「手数料の銀貨一枚をいただけますか? ――はい、ありがとうございます。では、こちらに必要事項をお書きください」
俺が銀貨を差し出すと、逆に受付さんは紙を一枚差し出してきた。
異世界の文字をささっと書いて受付さんに返す。よく見るとすぐにゲシュタルト崩壊を起こすのは、ここの文字を見慣れていないからだろう。
受付さんが紙を裏返すと、なんとそこには魔方陣が描かれていた。
「えーでは、利用規約に同意いただけるのでしたら、こちらの魔法陣に手を置いてください」
「あの、まだ利用規約とやらを聞いてないんですが」
「なんかあったら冒険者やめてもらいますよってことです。人として正しい行いをしてれば特に問題はありません。これでいいですね?」
「いや良くないですよ。曖昧過ぎますって」
「はぁ~。この冊子に全部書いてありますから読んで――後で読んでください」
「まぁそれならいいですけど」
「……ある意味ドアインザフェイスね……」
冊子にはでびっしりと小さい文字が書かれている。確かにこれをすべて確認したくはない。だが、少しばかりテキトウすぎる気もする。
ひょっとしておちょくられてるんだろうか?
ちなみに彩花ちゃんが呟いたのは、なろう界隈でも有名な交渉術の名前である。アニメとか見てるだけでも変な知識が増えるよね。
俺は受付さんに言われた通り、手を魔方陣の上に置く。
すると魔法陣の文字が光って髪が白く燃え上がり、手の中に集まっていく。
手を離すとそこには一枚のカードが置いてあった。
「これがギルドカードです。詳しくはそちらの冊子に記載しておりますのでよくご確認ください。それでは、お帰りはあちらです」
もう帰ってもいいかなと思った。でも、もう一つやることがある。
「最後に一つだけ。おすすめの宿屋を教えてくれませんか?」
「……隣にギルドの直営店がございます。そちらへどうぞ」
「ありがとうございます!」
ふぃー、疲れたぜ。女の子と話すのはだいぶ慣れた気がしてたけど、俺もまだまだだな。
受付さんに手を振って、冒険者ギルドを後にする。
「涙拭いたら?」
彩花ちゃんは優しいときは優しいな。
美人なお姉さんに拒絶されるのが、こんなにつらいとは思わなかったよ。
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「すみませーん。宿取りたいんですけどー」
受付さんに言われた通り、ギルドの両隣を見ると片方が宿屋っぽかったので入ってみた。
「うちは一泊銀貨一枚だよ。アンタ、払えるのかい?」
おばちゃんはそう言った。
よくあるテンプレ式異世界通貨為替だと、およそ銀貨一枚=一万円くらいである。金の指輪の買取価格が銀貨四枚=四万円なのでこの世界でも大体あってると思う。
そう考えると、安めのビジネスホテル並みである。ギルドの直営店にしてはちょっと高すぎんよ。
「ここってギルド直営店なんじゃ?」
「そうだよ。でもあんたみたいなひよっこが来るところじゃないがね」
「マジっすか。ってことは素泊まりで銀貨ですか」
「アンタひょっとして田舎もんかい? この辺じゃうちみたいに安全な宿はそんなもんだよ。どうせ取られるものもないんだ、もっと北の安宿に行きな。そこなら銅貨三枚で泊まれるところもあるよ。まあ、そういう所は酷いもんだが、寝れる場所があるだけマシってもんだね」
宿屋のおばちゃんはつっけんどんなようで、優しかった。すごくよく説明してくれましたね。――タダで。
「おばちゃんありがとー!」
「あたしのことはおねーさんと呼びな!」
おばちゃんが戯言を吐いていたが無視だ。いくら優しくされても、俺にだって譲れない一線ってものがあるんだ。
「“女将さん”くらいにしとけばよかったのに、おばちゃんは無いわー」
「ぐぬっ。彩花ちゃんが言うんじゃ次からそうしようか」
「そもそも、別にそこの宿に泊まっちゃえばよかったじゃない。お金はあるんだし。いくらでも稼げるし」
「分かってないなぁ。少ないお金をやりくりするのは、冒険の序盤の楽しみの一つじゃないか」
「私はRPGならさっさと金策するから、そんな面倒なことしないわ」
「俺はできるだけ戦闘回数は少なくなるようにする派なんだ」
彩花ちゃんと趣味が分かれてしまった。
「最初っからそんな縛りプレイみたいなことするの?」
「違う違う。そうしたほうが、ゲーム制作者が必死になって作り上げたゲームバランスを、肌で感じることができるんだよ」
「そういうものかしら」
「そういうものだ」
レベル上げすぎると、ボスが弱すぎてつまらないことが偶にあるからね。
「それで、どこかにいい宿はあった?」
「はぁ? 自分で調べなさいよ」
何のためのナビゲーターなのだろうか?
「いや、彩花ちゃんがやってくれないと分かんないじゃん」
「あー、それもそうね。すっかり忘れてたわ」
「忘れてたのかよ。そうだ、あんまり安いとこはやめてね。いくらなんでも馬小屋で寝たくはないから」
あれは、ロマンとは別物だと思う。臭くて寒くて、何より楽しくない。
「なら銅貨八枚で個室のとこがあるけど、そこならいいんじゃない?」
「へー、なかなか良さそうだね。そこにしようか。では彩花ちゃん案内お願いしまーす」
「はいはい。任せなさいよ」




