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番外 塔の主、イルス

……いつもの二倍。


 初心者向けダンジョンとして有名なフレストの塔、その最上十五階にある玉座の間に、一人の男――少年イルスがいた。

 イルスはかつてこの塔型ダンジョンのダンジョンマスターであったが、今は違うと示すかのように玉座の横に作られた新たな椅子に座っていた。


 玉座に座る者はいない。昨日、旅に出てしまったからだ。


 調査団が安全を確認した為に再び増え始めた探索に来る冒険者への対応を、イルスはしていた。本来はダンジョンの機能で自動化して対応している事だが、心にぽっかりと空いてしまった穴を誤魔化そうと、手ずから作業をしているのだった。


 それが、誰も座らない玉座から目を背けるのと同じことだとしても、何かしていなくては耐えられないのだ。


 夜になると、多くの冒険者は出て行ってしまう。

 そうなると、没頭できる作業も無く、心の穴から寂しさや悲しさが溢れてきて、胸が締め付けられる様な……そんな感覚を感じた。


 そうやって胸にたまってくる気持ちを吐き出そうと、ふーっと溜息を吐く。それでもすぐに苦しくなって、椅子にもたれ掛かった。


「前は、こんな事無かったのに……」


 そう呟いて、イルスは自分の半生を振り返る。


 イルスは物心ついた時には既にダンジョンにいた。


 ダンジョンの中に捨てられ、ダンジョンマスターとして育ったのだ。


 だから、一人でいることが当たり前で、それを寂しがったことなどなかった。


 ではどうしてこうなったかと言うのは考えずともわかる。


 つい二日前の事が原因だ。



------------



「まさか、これほどの力を……」


 イルスは驚愕する。立ち回り難い狭いフィールドで四方八方から攻撃が来るようにしたら、恐ろしい威力の範囲攻撃を使われた。

 スキルを生成できると言っても、その限度は無いのだと見せつけられたのだ。


「流石にAランク以上の魔物ならあんな簡単に殺されないだろうが、あまり多くは出せないからな。Sランクは出せて一匹だ。それでは簡単に対策を取られて負けるだろう」


 仕方がないので搦め手を使うことにする。

 降伏宣言をすると見せかけて、後ろからシャドーに襲わせるというものだ。


 シャドーはCランクだから、裏切者ライラに見つかったら先に殺されてしまうが、幸いなことに五階層以降奴らの仲はあまり良くない。その為、別な方へ視線をさまよわせていることが多いので隙が多い。


 イルスはメッセンジャーを八階層に置いて、ターゲットを待つ。

 やって来たターゲットに予定通り降伏宣言をして隙を窺う。降伏の対価を考えている時に仕掛けようとしたのだが、ターゲットは仲間に相談を始め裏切者ライラが視線を向けてしまったのでタイミングをずらす。


 そして、全員の視線がそれた時にシャドーを召喚し襲わせたのだが、ターゲットはこれを知っていたかのように回避した。

 それを見たイルスは慌ててメッセンジャーを切る。


 まさか、予知能力まで持っているとは。


 しかし、このくらいもまだ予想できる範囲内だ。相手はスキルを作れるのだから、思いつきさえすればその程度の事はやってのけるだろう。

 そう考えなおし、次なる作戦を練る。


 その次の瞬間には目の前の景色は変わり、六から十の中層で見れる青空が視界に広がっていた。

 体が動かない。それにスキルも発動しない。体が動かないから、ダンジョンのメニュー機能もまた使えない。


「なっ!? どうなっているんだ! 僕を転移させる召喚魔法なんて有り得ない!」


 相手を強制転移させる系統のスキルの対抗策として、ダンジョンマスターとしての初期スキルに『転移無効化』がある。これは、特定の生物を召喚する魔法も当然無効化する。

 だから、ダンジョンから強制排出させられるという危険にさらされることは本来なら有り得ないのだ。


「頭悪いんじゃないの? 俺のこと見てたらわかるだろ、そのくらい余裕だって」


 相手は常識の範囲内に収まらないだけでなく、その更に外にいる。そんな事は今までの事で十分わかっていたつもりだ。

 しかし、それだけでは勝つことは不可能だったのだ。


 常識の外にいる奴は常識の外で戦わなくてはいけない。


 イルスはそれをはっきりと理解した。



 突然、相手は奇妙な歌を歌いだし何か棒状の道具を取り出した。「正直に喋っちゃう」と言うのが効果らしい。つまりは尋問用の魔道具なのだろう。


 相手はイルスにその棒の先端を向け光を放ってくる。


「お前の名前は?」

「イルスだ」


 答えるつもりなどなかったが、口からは勝手に言葉が出て来た。


「居留守? ああ、イルスね」


 何やら、相手は発音に苦戦していた。


「じゃあ、本題。お前のことを見逃してやったら、お前らは二度と俺達に干渉しないと誓えるか?」

「無理だ」


 上手く話して逃がしてもらおうとしたいのだが、口は勝手に本心を垂れ流す。

 これでは交渉にもならない。


 そう思っていたら、相手は再び相談を始める。

 仲良さそうに話しているのを見てると、イルスの心がざわついてくる。それがとてもムカつくのだった。


「どうやったら俺達に干渉しないと誓える?」

「お前らが死ぬなら」


 殺してやりたいと思ってたら、思わずそれが口に出てしまった。


 相手がそれにムッとした顔をしているのをイルスは見て、今の自分ができる唯一の事に賭けてみることにした。

 自分が思っていることを言えばこいつは怒るだろう。そしたら、逃げ出すチャンスができるかもしれない。


「僕はここの支配者なんだ! そう易々と従ってたまるか!」

「そっか、なら支配者じゃなくなればいいのか」

「は? バカじゃねぇの」


 上手く罵倒はできなかったが、効果はあった。


 ……すぐに賭けには負けたと思い知らされることになる。


 相手は持っていた魔道具を消すと、何かスキルを生成し、即座に使う。


「ダンジョン支配者マスターの権限と、そのほか必要なさそうなスキルやステータスは頂きました」

「そんなこと出来るわ…け……!?」


 動けない体でもわかるほど、体の力が一気に抜けていった。


「な、何でこんな……」


 つい、そんな言葉が口をついて出た。


「何でじゃないだろ。自分で考えろよ」


 分かってるつもり――いや、やはり分からない。


「……なぜ僕を殺さない」


 本来であればそうすれば済むだけの事だ。


「別になんだっていいだろ?」


 相手はぶっきらぼうにそう答えた。


 イルスには相手の真意が分からなかった。

 自分を「殺したい」人間の目的は分かる。復讐だったり、ため込んだ財産が目的だったり、強さを求めていたり、危険視して送り込まれた軍隊だったりと、少し考えるだけでもいくつか出てくる。


 「殺すべきではない」と考えている人間がいることも知っている。このダンジョンは新人冒険者の育成に使えるからと、ダンジョンマスターであるイルスを探してまで殺そうとはしない。


 相手はそのどちらでもない。

 そこまで考えて、イルスはあることにようやく思い至る。



 ――こいつは、僕の事を人間だと思っているのか。



 それは、イルスにとって初めての事だった。

 イルスは生まれた時も、そして今も人間だ。


 ただ、日々やってくる人にモニター越しで殺意を感じ、怯える毎日。

 ダンジョンマスターとして育った為に、人間として扱われたことは一度も無かった。


 だから、これが初めての事で


 ――嬉しい。


 何故だか分からないが、とても嬉しかった。


 嬉しさが感極まったのか、イルスの目に涙が溢れてくる。

 一度涙が流れ出すと、壊れたダムのように止めどなく涙が溢れ出したのだった。


 それから暫く声を上げて泣く。


 ふと、タイチが何かをすると、声が出せなくなる代わりに呼吸が落ち着いて心も静まってくる。


 そうして静かに涙を流していると、急にタイチが顔を近づけてきた。

 驚いて涙が止まる。

 段々と近づいてくるタイチの顔に、心臓がドキドキと音を立て始める。


 十分に顔が近づいたところで、タイチは首筋に手を伸ばしてきた。

 イルスは目をぎゅっと閉じて、その手を受け入れる。


 しかし、すぐにタイチは離れていってしまった。目を開けつつ首筋に意識を向けると、どうやら首輪をつけたのだと分かった。奴隷になったのだろう。


 タイチは「逃げるな」と命令すると、イルスの体にかかっていた異常を取り除き、体が動かせるようになる。


 体を起こすと、早速とばかりにタイチは話しかけてきた。


「スキルに鑑定は残してるんだし、一回自分の事鑑定してみたら?」


 言われるがまま自分に鑑定を行う。

 ステータスは全て一般人並みとなり、ダンジョンの機能で作ったスクロールで得た大量のスキルも、今はほとんど残っていない。


 しかし、イルスが見ていたのはそこではない。

 イルスは自分の職業欄に「タイチの奴隷」と書かれていることを見つけ、胸を高鳴らせていた。


 そうして、心地いい胸の高鳴りに身を任せボーっと文字を眺めていると、タイチは再び声を掛けてくる。


「こっちの奴隷のエル……本名はライラだっけ、ライラの俺に対する態度がおかしい気がするんだけど、元々男嫌いだったりした?」


 初めは、タイチが何を言っているのか分からなかった。ライラは最初にあった時から変な娘であったからだ。

 しかし、それがハニートラップを提案してきた時に、万が一にも対象を好きになってしまわないようにと支配契約で相手を嫌いになるよう命令したことが原因ではないかと思い至る。

 それを話そうとして無理に敬語を使おうと言葉がグダグダになるが、なんとか説明する。


 タイチもそれを理解できたようで。納得したような顔になった。


 そして今度は、別なことを質問してくる。


「そうだ、お前奴隷になってこれからどうしたい?」

「え? どうしたいって……?」


 聞き間違いかと思わず聞き返してしまう。

 今のイルスは捕虜のようなもので、実際に奴隷だ。物事の決定権などあるはずがなかったからだ。


「どうしたいかだよ。俺は男の奴隷を侍らす趣味なんてないからな。かと言って生かしておく選択をしたんだから、放置するわけにもいかんでしょ」


 そう簡単に返事を返せるものではない。


「僕は……」


 そこまで口にしたが、それ以上言葉が出てこなかった。


「ねぇ、あんたダンジョンマスターになったんでしょ? とりあえず、この辺に魔物が来ないようにしてよ」


 その間に、タイチの仲間である小さな女の子が言葉を挟んだ。


「ん? ああそうか、遠くでこっちを窺ってる奴らがいるんだったね。えーっとどうすればいいんだ?」


 それを聞いてイルスも、自分たちが魔物の只中にいることを思い出した。

 ダンジョンマスターがいるのに襲ってくるとは思わないが、落ち着かない気持ちも分かるので、一番楽な方法を教えてしまう。


「右下に、転移のボタンがあるから転移先を指定して飛べば楽だと思う……ます」

「お、おう。サンキュー」


 すると、タイチからお礼をしてもらえた。

 嬉しくて、また胸がドキドキする。


 タイチがメニューを操作して、全員同時に最上階へ転移させた。


「だだっ広いな」

「ホント、無駄に広いわね」


 基本的にイルスはダンジョンの強化を優先していたから、何も無くても仕方がない。

 しかし、この無駄に広い部屋にも利点はあるのだと示すために口を開く。


「今までここに来た奴は全員大量の魔物で襲って追い返してきた……です。その時はいっつも屋上に隠れて倒すか逃げるかするのを待ってた、ですけど」


 それに対し、タイチは特に何も言わなかった。

 イルスは自分が変にムキになってたと気づいて、カァーっと顔を赤らめる。


 タイチ達は窓の外が気になったのかそちらに歩いて行ってしまい、気づいていない。


 置いて行かれたイルスは慌てて後を追いかける。


 暫く外を見た後、タイチは中心近くの玉座の方へ戻る。

 それを追いかけていくと、タイチが話しかけてきた。


「んで、どうしたいか決めたか?」


 ここに戻ってきて、気持ちは固まった。

 今のままではタイチの役に立てない。そして、出来ることはたった一つだけだ。

 言葉遣いに気を付けて、慎重に話す。


「……奴隷の分際で過ぎたことを言うことをお許しください。僕はダンジョンマスターに戻りたいです」


 タイチは少し驚いた顔をしたが、すぐに顔を戻して玉座に腰掛けた。


「マスターに戻すのは無理だ」

「そう……ですよね……」


 そう言われるのは分かっていた。それでも断られたことが悲しくて、うつむいてしまう。


「でも、さっき見たらダンジョン管理権限の委託、なんてのも有ったしそっちならいいかなと思ってるけど」

「ホントですか?」


 それはイルスは使わなかったのですっかり忘れていた機能だった。


「まぁもちろんタダなわけないけどな」


 イルスはタイチが要求しそうなことを考え、そしてそれはすぐに出て来た。


「あ、女性型のモンスターでしたらいくらでも呼び出します!」


「――ゲホッ、ゴホッゴホッ」


 タイチはイルスの言葉を聞いて、何やらむせている。


「プフッ」


 そんな様子を見たタイチの仲間が笑う声が聞こえた。


「い、いや、そうじゃなくてだな。お前に支配契約をしておきたいんだ。思考を歪めてしまうくらい強力な奴だし結構信頼できるからね」

「それくらいお安い御用です! それで元に戻していただけるのなら、僕は喜んで支配契約を受けます!」


 こうしてイルスはタイチの奴隷であり配下となり、タイチはイルスにとって二重の支配者マスターとなった。



------------



「うう、寂しいよぅ」


 一人っきりに戻ったダンジョンの最上階で玉座にもたれ掛かりながらもイルスは一人呟く。

 今まではダンジョンに一人でいても寂しさなんて感じなかった。

 しかし、タイチ達がフレストの町を出てたった二日で既にこの状態である。


 試しにとサポーターに話しかけてみた時は、事務的な会話以外は無能でかえって寂しさが増すほどであった。


「何で僕、ダンジョンに残りたいって言っちゃったんだろ」


 その言葉は自分で言って間違いだと気が付いた。役立たずなのが嫌だったからダンジョンマスターに戻りたかっただけで、自分で残ろうと思っていたわけではない。


 本当は付いて行きたかった。しかし、タイチには「男は傍に置かない」と宣言されてしまった。

 だから、その考えを覆すように奴隷の身分である自分が進言することなど不可能であった。


 そこで突然、はたと気づく。


「マスターはは傍に置かないって言ったよね……」


 解決策が見つかった。


「僕自身が女になることだ」


 しかし、そう簡単になれるものではない。

 回復魔法の存在するこの世界では所謂「西洋医学」が発達していない。だから、物理的な性転換は可能な事ではない。

 だったら魔法をと思っても、誰が性別を変える魔法など編み出せるだろうか。


「無いのか……」

「はい、ありません」


 サポーターに聞いてもこの調子だ。

 可能であるとすれば、タイチ(マスター)のスキルだけである。


「仕方がないか。女の子の格好して、マスターに女にしてもらえるように直談判しよう」


 男は連れて行かないと言われているが、女にしてもらえるよう頼むことは否定されていない。 

 だから、その為の行動なら可能だ。


 ダンジョンの機能で、町で見た女の子を想像しながら、その服を作る。


「う、スカートをはくのって何か恥ずかしい」


 ロクな環境で育ってこなかったイルスでも、男女の社会的な違いは理解している。だから、どうしても拒女装には否感があった。


「こ、これもマスターのため。マスターの為だから……!」


 そう言って、思い切って着替える。


「うう、足元がスース―する」


 凄く心もとない。


 最後に鏡を出して、確認してみる。


「うわぁ、なんか変。やっぱり化粧とかした方がいいのかな?」


 とりあえず、自分のできる範囲で髪型を整える。普段から自分で切っているので、そっちは問題ない。


「あ、これだけでも少し違和感が減った……かも」


 それでも自分が男だと分かっているので、どうしても違和感を感じてしまう。


 これ以上できることもないので、サポーターを呼び出す。


「女の子に見えるかな?」

「……はい、初見であれば十中八九そう判断します」

「そ、そうなら大丈夫かな」


 サポーターは人間じゃないから少しあてにし辛いが、客観的に話すことだけは得意だから信頼できるはずだ。

 イルスはそう考えて自分を納得させる。


 タイチがどこに向かったかは分かるので、追いつけるように飛竜を呼び出す。一応十階層のボスなのだが、最近調査団に倒されたばかりなので暫くはいなくても大丈夫だ。


 イルスはダンジョンを自動迎撃モードに切り替えて、屋上に行き飛竜にまたがる。


「これだと、スカートの中が見えちゃう」


 そう理由を付けて、いつもの服に着替えてから飛竜に乗りなおす。


「追いついてから着替えればいいんだもんね」


 そう言い訳を残し、一人と一匹は塔の上から飛び出した。



番外のストックも切れた。二章もまだ未制作。

……\(^o^)/

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