11 全ては手のひらの上に
あれから数日が過ぎた。
この町は――フレストというらしい――結構大きいので、案外観光に事欠かない。ヨーロッパのような建築でありながら、ところどころに魔法がある世界ならではの装飾があるのだ。大きさも中々なので、歩き回っているだけで、一日が終わる。
例としては、なんかよく分かんない魔物っぽい像とか、変なおっさんの像の手から出る噴水とか、穀倉地帯とか、町外れにある塔型のダンジョンとか、果樹園とか、イルミネーションばりに輝く木とか、虫を全身にまとった変な人が「アッハ! なんて嬉しいんだ。君たちから僕に寄ってきてくれるなんてッ」と口走っている光景とかだ。
すなわち、観光してて特に何もしていなかったって事でもある。彩花ちゃんはナビが出来ると張り切ってたけどね。
では、そろそろいいだろう。
何がって? 偶然を装って、再びエルに会うのだ。
真のチーターである俺は、ご都合主義とは自分で起こすものだと理解している。それを成し得る力があるのだから。
宿を出る前に確認すると、エルは朝から出かけているようだ。丁度、冒険者ギルドの近くにいる。
さてさて、彩花ちゃんには冒険者ギルドに行くと説明して向かうとしよう。
「あ、そこにいるのはもしかしてタイチ殿か?」
それとなく前を通って気づいたフリをしようと思ったら、先に気づかれてしまった。
「もしかして、この前助けてくださったエルさんですか?」
「ああ、そうだ。こんな所で会うなんて奇遇だな」
ついうっかり嫌がってた名前を読んでしまったが、大丈夫そうだ。前回は急に気安く呼んだから不快にさせてしまっただけなのだろう。
今日もエルは奇麗だ。鮮やかな赤髪を風にたなびかせ、凛とたたずむ姿には、思わず見惚れてしまう。……嘘です、どちらかというとその豊満なおっぱいに目が行ってます。
今日も素敵なおっぱいだ。
――じゃない、返事を忘れてた。
「あーそうですね。この町は広いですからね。また会えるなんて思ってもみませんでした」
「フフ、ああそうだな」
その笑顔も、動くたびに揺れるそのおっぱいも、とても素敵です。
なんかおっぱいに目が行くなと思ったら、エルは前回よりも肌に密着するような服を着ている。それに、胸元も少し開放的だ。
「折角会えたんですし、お茶でもどうですか?」
「今日はあまり手元にないから、出来れば安い店のほうがいいのだが……」
「それなら大丈夫です。また俺がおごりますよ」
「本当か!? それは有り難いが、甘えてしまってもいいのだろうか?」
「ええ、お金だけはありますから」
「そうか。すまないな」
「いえいえ」
はっはっは。しれっとお茶に誘うことに成功したぜ。
「……やっぱり怪しいわね……」
彩花ちゃんはつぶやいた。
偶然を装ってるのがバレたのかな?
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それから前回と同じ喫茶店に向かい、前回とほぼ同じ注文をして、前回のように適度に相槌をうちながらいろんな話を聞いていた。
……流石に話聞くだけじゃ進展しないだろ。気づくのが遅かったぜ。
そう思いつつも、冒険者としての話が聞けるのは有り難いので聞きに徹してしまう。
「――そういえば聞いたか? 悪魔平原のインプが変死した形跡があったらしい」
「悪魔平原のインプ?」
インプか、なんか懐かしいな。
「ああ、知らないのか。ここから南西に悪魔が狩場としている悪魔平原という草原があるのだ」
「へ、へぇ。そうなんだ」
あーこれ俺じゃん。100%俺がやったやつじゃん。
「そこは、定期的に悪魔が現れるから人が住むのも難しい上、その悪魔が動物や魔物を根こそぎ倒してしまうので、昔から人の寄り付かない場所なのだ。だが先日、そろそろ新しい悪魔が出現すると、Aランクパーティが腕試しにインプに挑もうとして、悪魔平原に行ったのだ。着いてみると、破裂したように散らばるインプの死体と何かの建物の残骸があったそうだ。そのパーティがそれを気味悪がり、とりあえず素材として使えそうな遺体だけを持って昨日帰ってきたらしい。今じゃ冒険者ギルド内では大騒ぎだ。いったい何があったのかとね」
最近観光ばっかでギルド行ってないから知らなかったなぁ。
ちなみに魔物や、人間を含む動物の違いは変態――所謂、進化するか否かであるらしい。
蝶だって変態するし、人間にも変態がいるから魔物だな。――なんて事にはならないので、強いて区別するなれば「変態進化」といった感じであろう。字面があれなのでもう進化でいいよな。
「インプってランクはどれくらいなんですか?」
「Bランク上位って言われてるな。それでもAランクパーティで倒すのは大変だが、そんなに苦戦もしなかっただろう」
やっぱり、死体の一部だけでも持って帰ればBもしくはCランクスタートも夢じゃなかったみたいだな……。
ガンタ〇クと家具の力ってすげー。
「さっきから少し上の空なようだが、もしかして、何か知っているのか?」
「え!? いや何も知ってないですよ」
「そ、そうか」
これはやっちまったぜ。絶対何か知ってると思われた。
……秘密の話ってことにすれば、距離が縮まるのでは? 俺天才じゃね?
「やっぱり、話してみようかな。信じてもらえるかは分からないけど」
「本当に知っているのか? まあとにかく教えてくれ、信じるか信じないかは聞いてから決めるさ」
「そうですか。一応この事は内緒にしてくださいね」
「ああ、もちろんだ」
エルさんなら話しても大丈夫だろう。俺の仲間になる(予定)でもあるからな。
俺は、旅をしていたら急に『家具生成』という変なスキルが手に入ったという設定で、俺がやったことを嘘を交えつつ話して聞かせた。
「そのガスボンベというのはすごいんだな。インプを倒してしまうなんて」
「ええ、驚きです」
実際は瀕死まで追い込むので精一杯だったけど。流石にガンタ〇クは説明できない。
「この前助けたのも無駄だったかな?」
「いえ、そんな事無いですよ。あの時は無我夢中だったので何とかなりましたけど、あそこで同じことをしたら、僕まで死んでましたよ」
「それもそうだな」
迂闊に話したせいで、エルさんが助けたことまで否定してしまう所だった。危ない危ない。
「ついでに、もう一つ気になってたから聞いていいか?」
「はい、何でしょう?」
「そのマフラーなんだが、それもそのスキルで出したものだったりするのか?」
「え? ああ、はい」
「時々そのマフラーと喋っているように見えたので気になってな」
……あ。まぁいいか。
「…………このマフラーというか、この毛玉――ポンポンですね」
「ちょっと!? 教えちゃうの?」
「いや、もう半分教えたようなもんだし、いいかなって」
そう言いながら、マフラーのポンポンに擬態してる彩花ちゃんを取り外す。
「こちら、ナビゲーターの彩花ちゃんです」
「ど、どうも。彩花です……」
「驚いたな。喋る衣服など、アーティファクトぐらいのものだ。――ああ、興奮してしまってすまない。聞いていたと思うが、私はエルだ。サイカ殿、よろしく頼む」
エルは心底驚いた様子である。まぁ俺が一般人だったら驚いていただろう。
「……触ってみてもいいだろうか?」
「ええ、どうぞ――」
「――勝手に許可しないでよ! あ、別にダメってわけではないです。触るくらいならどうぞ」
彩花ちゃんの反応が面白い感じになっている。
「そうか。二人は仲がいいのだな」
「よくないです!」「当然です」
俺と彩花ちゃんの言葉は同時だった。
「ははは。とりあえず触らせてもらおう」
恐る恐るといった感じに触ったエルは、触った瞬間柔らかさに驚いたのか「おお」と声が出た。そうして両手で救い上げるように持ち上げて、優しく触っていた。
「とてもアーティファクトか何かには見えないが、この手触りは一級品だな。ずっと触っていたいくらいだ」
「それは、ありがとうございます……?」
彩花ちゃんは褒められてお礼を言っていた。
――この態度は新鮮でいいな。
「…………あの、エルさん?」
「はっ!? ああ、すまない。つい触り心地に夢中になってしまった」
彩花ちゃんは机の上に戻されたので、俺はマフラーに付け直してあげた。
「いや、すごいものを見せてもらった。タイチ殿、サイカ殿、感謝する」
「いえいえ大したことじゃないですよ」
「はい、そうですそうです。それと、最初にこいつが言いましたけど、私の事は秘密にしておいてくださいね」
「ああもちろんだとも。それだけの物を持ってると思われたら、狙われる可能性も高いからな」
今更だが、喫茶店でする話じゃなかったな。小声だったし、客も少ないし、席は離れてるから大丈夫だと思うけども。
「そうだ、貴重な機会を与えてくれたお礼に、今度私の家に招待しよう」
「ホントですか!?」
「ああ、その時ならもっと気軽にサイカ殿とお話しできるだろうからな」
「え、私ですか?」
「純粋な興味ではあるが聞きたいことが幾つかあるのでな」
「ええ、別に構いませんが……」
ぐぬぬ。俺が誘われたかと思ったら、彩花ちゃんがメインだったか。こんな所にライバルがいたとはな。
「いつなら良いだろうか……明日の夜はどうだ?」
「大丈夫ですよ」
「そうか、それは良かった。手料理を準備しておこう」
「あ、彩花ちゃんの分もお願いできますか?」
「私は別にいいのに」
「サイカ殿も食事がとれるのか!?」
「はい、そんなには食べられませんが」
嘘だ、彩花ちゃんが体より大きいものを食べられるって俺は知っている。
「分かった、二人分よりは少し多めに作れば問題ないな」
「そうですね」
「ちょっ、勝手に決めないでよ」
「まあまあ、作ってくれるっていうんだから、ここはお言葉に甘えておこうよ」
「フフ、そうだ、気を使う必要はない。では明日の5時に噴水広場でよいだろうか?」
「はい。大丈夫です」
噴水広場は、例の手から水を出すおっさん――正確には持っている魔石からである――の像がある広場だ。そのおっさんは魔道具系スキルの生みの親らしい。おっさんはこの町が出身で、王都にはもっと立派な像があるようだ。
時計もそのおっさんのお陰で比較的安価に作られるようになったが、まだ庶民が手にする程では無いらしく、噴水広場近くの教会に時計塔があるのみだ。
こうして、俺はまんまと家に上がり込む口実を作ってしまったのであった。




