朝露に煙るぼくときみの距離
「どうした? 窓の方ぼんやり見て。らしくないじゃん? いつもは漫画読んでる時間のくせに」
窓側の席でぼんやり外を見てたら、そんな声と同時に幼馴染に軽い肘鉄をもらった。おはようの代わりだとでも言うんだろうか?
「いいじゃないか、なに読んでようが」
「別に悪いとは言ってないって。で?」
「ん? ああ。いや、さ」
「歯切れ悪いな? どうしたんだよ?」
珍しそうな声で聞いて来る。
「葉っぱに見とれちゃって」
「……は?」
聞くからに「こいつ頭大丈夫か?」って言う声。
「朝露に濡れた木が目に入ってさ。その濡れた新緑の葉っぱになんか……」
「なんか、なんだよ?」
言おうかどうしようか迷う。確実にこの幼馴染は、ぼくの言ったことでぼくのことを軽蔑するだろうからだ。
「溜めるなって、木になるじゃん」
「……ギャグのつもり? まさか」
「ぐ、き 気が付くなよ。恥ずかしいだろ……」
もごもご言う幼馴染。子供みたいだな、高校生にもなるって言うのに。
「それよか、こっち向けって。失礼だぞ」
後ろから手を回されて、むりやり幼馴染の方を向かされた。
「ちょっ、やめろよってば、子供じゃないんだから」
やめろよ、子供扱いすんな。そう、隣りの席の幼馴染くらい強気に言えれば、こんな中途半端強気な それこそ歯切れの悪い言い回しにならなくて済むんだけど、いまいち強気って苦手でなぁ。
「こうでもしないと、今のお前。こっち向かなかっただろ?」
むっとした声と顔。小顔でショートカットで。このすぐ顔に出る性格と体格、おまけに口調のせいで男子どころか男の子にすら間違われる幼馴染
「で? 葉っぱがどうしたんだよ?」
くりっとした目でじっくりとこっちを見ながら、口をへの字にして言う。早く言え、その言葉が顔に書いてある。
……正直。この近距離で。その整った顔で。くりっとした目で。見つめないでもらいたいんだけどな。
「わかったよ、言うよ。その、さ」
「まだひっぱるかこのぉ」
「い、いふぁい! ほっふぇひっふぁるふぁ!」
「ならさっさと言えって」
バシっとほっぺたから指を離されて、ぼくは顔をしかめた。
「はいはいわかりました」
「今度引っ張ったら」
これだからな、って言って右の手を握って見せる。
ーーこの手の早ささえなければなぁ。
「なんだよ、なんか言いたそうじゃん?」
「なんでもない。で、さ。軽蔑しないか?」
「中身に寄る」
「そっか。じゃあ言うのh わかったよ、拳を引くな、まったく」
昔からこうだ。気になると追及しようとするのはいい。ぼくが隠そうとすると、こうやって暴力に訴える癖がある。
口で負ける気はしないけど、手で勝てる気がしない。だから結局いつもぼくは折れるしかない。やれやれだよほんと。
一つ深呼吸をして。そして、意を決した。
「……色気を、感じたんだよ」
「……え? 今……なんて?」
モゴモゴ言ったのが悪かったのか、幼馴染はズイっと顔を寄せて来た。
「難聴主人公かっ、顔を寄せるなっ!」
ドキドキするだろっ!
「だって、普通聞き返すだろ。葉っぱが色っぽいとか。変態か」
この「変態か」は、もしかして突っ込みのつもりなんだろうか。それにしてはいじけたような言い方でパワーがない。
「誰が性的な色気って言ったんだよ」
ぼくも似たように返してしまった。
「それ以外にどんな色気があるってんだよ?」
まだいじけ声、続いてる。なにがそんなに不満なんだろう?
「でもこれ……色気以外に言い様が。ああわかりました、エロかったですよ」
やけっぱちで言うしかない。うまく説明できないんだから、相手に乗っかるしかなかった。
「で? 濡れた葉っぱのなにがエロいって? この植物フェチ」
「発現を曲解しすぎだよ」
「でも、見とれてたんだろ? 葉っぱに。植物に?」
「なんで睨むんだよ? そうだよ……だから言うの迷ったんだよなぁ」
ぼやいた。ぼやかざるをえなかった。
「で、心ここにあらずかよ。漫画ばっか読んでっから、植物の精霊なんてものが見えて、それに欲情したんだ。この オタクめ」
「お前だって二次元大好きだろうが」
「そ……それは」
「あっさり論破される程度の理論武装とは、初期装備でラスボスに挑んだのかな?」
勝ち誇った顔で、ぼくはここぞとばかりに痛いところを突いてやる。
「お前がラスボス? 冗談だろ」
鼻で笑うかなぁそこ。
「つつけば死ぬようなラスボスなんて張り合いがなさすぎる。お前よりそのエロいリーフフェアリーの方が五億倍は張り合いがあるよ」
「誰も木の精霊だなんて言ってないだろ」
「似たようなもんだって。まったく。高校生の今までずっといっしょにすごしてた幼馴染がふと見た葉っぱに心を奪われたようです、だって? 冗談は顔だけにしろっての」
「ラノベか。って言うか、冗談みたいな顔って、誰の顔だよ誰の?」
せいいっぱい強気な顔で睨んで言い返す。
「自覚あるんじゃん。聞くまでもないだろ?」
でもまるっきり通用していない。失礼な奴だな。人に失礼を論じられる態度じゃないだろ、それは。
「……殴るよ」
「できないことを口にするもんじゃないなぁ幼馴染君」
「くっ」
拳で強気に出られては、理論武装も役に立たないっ。勝ち誇った顔してるし……。
すーぐ調子に乗るんだからなぁ。
「とにかくだ。そんなふざけた感性、二度と抱くなよ」
釘を刺された。
「もうないと思うよ。ぼくだってびっくりしたんだし」
釘は刺されたけど、ぼくの気持ちは今の言葉の通り。もう葉っぱに色気を感じるなんてこと、ないと思う。
「だといいけどな」
吐き捨てるように言い放った幼馴染。なにがそんなに気に食わないんだろう、ほんとにそう思って言ってるのに。
彼女の言葉に答えるようにチャイムが鳴った。
ーーずいぶん濃密な五分間だったな。
「どうした? 闘志みなぎる目で外なんか見て?」
「……なんでもない」
モゴモゴ答えた幼馴染。まるでついさっきのぼくみたいだ。
「まねすんな」
いじけ声になっちゃったけど、強気な返しを頑張った。頑張ったのに、
「ちげーよバカ」
あっさり撃沈。しかもまた肘鉄を軽く打って来るおまけつきだ。
「……ぜってえまけねえ」
目線を外に向けたままでなにか呟いた。目の闘志は失われてない。
ーーまるでチャイムが、幼馴染にはゴングだったみたいに。
「なんか言ったな?」
確信を持って言ったら、
「なんも言ってねえっ」
「ぐぁっっ……!」
返しは拳だ。なんでか彼女の顔が赤い。
……どこに赤くなる要素があったんだろう?
「よこっぱらはやめろ、よこっぱらは。しかもこぶしだし……」
しみ込んで来る痛みに、押さえつけたような声で返す。痛さで体が固まってしまって、患部じゃなくて机を押さえつけてるぼくである。
「この、鈍感」
くりっとした目を小さくして、こっちを睨む幼馴染。ぼくはそんな彼女に、心の中で悪態をついた。
ーーどっちがだよ。
おしまい。
発想の源泉はたった一つ。
お題を見て朝露に濡れた葉っぱがイメージとして出てきて、なんだかその葉っぱに色気を感じたんですよね。
それを学校に絡めて描くにはどうしたらいいか、です。
で、四苦八苦。
ファンタジーかなぁと思ったけど、学校についての設定考えないといかんからなぁ、とか試行錯誤した結果。なんか、こんなの出てきました。
文章が進むにしたがって、幼馴染ちゃんの口調の男勝り度合が上がって、主人公君の口調が引っ張られて荒くなると言う展開になったので、こうして公開するに際して加筆修正しました。
ちなみに幼馴染ちゃん、声はかわいい系のイメージです。