07 開眼
同エピソード前半は、第一章00『プロローグ』と一部重複します。また同エピソードにより第三章は完結となり、第四章は二月中旬からの再開を予定しています。
私は本家に用意された寝所で横になったものの、なかなか寝付けず、雨戸を開け放ち障子の隙間から射し込む月明かりを眺めていた。
隣の居間には耕造の遺体が安置されており、夜明け前だと言うのに、誰かが新しいロウソクに火を灯して鈴を鳴らしている。
衣擦れの音が遠くなるので、灯明の交代を待たずに部屋を後にしたと思われた。
「もう寝ていますか」
障子越しに声をかけてきたのは千尋だった。
「いいえ、まだ起きています。今日は色々ありましたので、目を閉じても寝られません」
「私も、なんだか怖くて」
気の利いた言葉が思い浮かばなかった私は、それでも千尋の気休めになればと『殺人鬼は門の向こうにいる』と嘯いた。
私に僅かでも男気があるならば、彼女を部屋に連れ込んで朝まで守ってやると、枕を交わす口実にする。
至らないのは所詮、私が臆病だからに他ならない。
「少し話をしても良いですか……。炭鉱崩落事故について、私の知っていることを聞いてほしいのです」
千尋は戦時中、母親の実家である九州に疎開しており、炭鉱崩落事故の詳細を知らないと言っていた。
だから彼女には炭鉱崩落事故の経緯を問い質そうと考えなかったし、事故が故意によるものだと疑っても、疎開していた彼女とは無関係だと思っている。
「千尋さんは、疎開していたのでしょう」
「なので、これは兄の洋平から聞いた話です」
千尋は異母兄である洋平が事故直後に広島の第11師管を訪れるとき、疎開先の九州に現れて、弓田から資源開発の責任者を託されるまでの経緯と、特務曹長の計らいで東京の兵学校に進学すると聞かされていた。
御婦人の話を聞けば、洋平は故郷を穴だらけにしていた広島の第11師管を追い出して、弓田特務曹長との取引で資源開発の責任者に抜擢されたことになる。
これこそが、洋平が弓田一派の手先との決定的な証拠ではないのか。
野上家に潜り込んでいた組織の構成員は、まずは反対派をけしかけて広島の第11師管から派遣された分隊を島から追い出すと、組織の息がかかった弓田の率いる部隊を招き入れた。
洋平を弓田の尖兵だと疑うには、充分な話である。
「炭坑の崩落事故があり、炭坑開発は不発に終わったんですね」
「そうです」
迫根島に渡った弓田の資源開発がお題目だとすれば、崩落事故も島を引き上げるお題目に利用したのではないか。
島に宝を隠匿した特務曹長は、事を成し遂げていたから、本土に引き上げて島に戻らなかった。
私の考えが正しければ、弓田は邦久の兄である安藤恒夫と身分を偽って本土に引き上げたので、島民は事故で死んだ身元不明の遺体を弓田だと誤解している。
GHQの調べでは、弓田がラバウルに出兵したのが明らかであれば、島で祀られている無縁仏が、安藤恒夫である可能性は高い。
もっとも弓田が身分を偽って島を後にした訳合いには、そこに不測の炭鉱崩落事故があったのかもしれない。
「この島は地盤の弱さから、坑内掘りに不適格の『丙種に指定された』と、兄が弓田から連絡を受けた後です」
息を呑んだ私は長く沈黙した後、いよいよ事件の確信に迫る決意を固めた。
弓田が島で偽計をめぐらしており、事故に見せかけて島民や部下を生き埋めにしているのならば、島を離れていた特務曹長に代わり口封じを実行した者がいる。
弓田の腹心が炭鉱崩落の虐殺を実行したならば、まず以て疑わしいのは兄の洋平だった。
「島民は地盤の弱さを知りながら、穴を掘っていたことになる。もしも被害者が事実を知らなかったのならば、炭坑開発の責任者だったお兄さんが意図的に仕組んだ可能性が否定できません」
千尋は障子に手をかけて少しだけ開くと、顔を半分だけ覗かせて私の様子を窺っている。
どうして彼女は、私に洋平の嫌疑を打ち明けている。
私は、どんな顔をすれば良いのかわからなかった。
「崩落事故の報告のために広島鎮台に赴いた兄は、九州に疎開していた私にもそれと告げると、その足で弓田の推薦状をもらい帝都の兵学校に通うとのことでした」
「お兄さんは、自ら兵役を志願したのですか」
「兄の兵役は、責任の追求から身を隠す手段だったと思います」
炭坑崩落が洋平の手引で、彼の南方戦線への出征に弓田が一枚噛んでいたならば合点がいく。
事故ではなく故意の殺人ならば、実行犯を島に留めておけなかったのだろう。
しかし話を聞いても、弓田が炭坑もろとも島民を葬った理由がわからなかった。
そこまでして隠蔽したい秘密とは、いったい何だったのか。
「私たちには窺い知れない訳合いがあったとしても、話を聞くに、お兄さんが弓田に心酔していたとは思えません。もしかすると、彼は脅されていたと考えられませんか」
私は洋平を弓田一派と疑っているのに、それを口にするのは空々しい。
「あなたは、ご存知なんでしょう」
私は、彼女の踵を返した一言で理解した。
「なるほど、私の仕業だとお疑いなのですね」
自ら背負った業の深さを悟った。
なぜなら私は、化粧を落とした弓田宗介なのである。
「私が弓田と言われても、それを否定する根拠がありません。だから千尋さんの言うとおり、私がお兄さんを唆したと言われても、それを否定する根拠がありません」
私が弁解すると、千尋は黙ったまま頷いて部屋に踏み入れた。
彼女は上体を起こしていた私の背中に手を回すと、顔を頬に寄せて力いっぱい抱きしめる。
項から漂う色香に惑わされた私も、身を預けてきた彼女を手で支えながら、顔を横にして向き合った。
「私は知りたいのです」
「何をお知りになりたいのですか」
「あなたが、あの人ではないと――」
私が千尋をゆっくりと布団に倒すと、喪服の掛衿を指で抜いた彼女が、月明かりの中で頬を紅く染めているのがわかった。
彼女は覆い被さる私の首に腕を巻きつけると、顔を浮かせて赤い紅をさした唇で、言い訳を探す私の口を塞いだ。
彼女の前身頃をはだけると、肌を見られるのが恥ずかしいのか、一層のこと身体を強く引き寄せる。
私の中で眠る狼が首を持ち上げて、喘ぐ声を殺した子羊の喉元に噛みついた。
祭壇の子羊は脚を開いて背を反らすと、んッと短い呻き声を最後にして覚悟を決めたようだった。
そこから先は男女によくある話であり、特段聞かせる話でもなかろう。
私たちは、欠けた何かを埋め合わせるように夜明けまで体を重ねると、どちらともなく布団を出て縁側に腰掛けた。
朝日に照らされた千尋の憂いのある横顔を見て、後悔があるとするならば、彼女は私を誰として抱かれたのか、その正体を知らぬままに契りを結んだことだ。
※ ※ ※
四日目の朝は、千尋と縁側に並んで始まった。
「そう言えば、千尋さんが加藤さんを門まで送り届けたとき、居間に誰もいなかったと言ってましたよね」
私は気恥ずかしさを紛らわせるのに、千尋に未明の話題を振らぬようにした。
しかし横に腰掛けている頬を上気させた女の顔は、私の上となり下となり悶える様を思い起こさせる。
身体に染みついた残り香も、あれが現実だったと訴えた。
それでも彼女の気の迷いと思えば、私なんかに抱かれた訳合いを問うのが憚られる。
「あなたが風呂に入ってるとき、玄関から入ってきた茜とすれ違ったのよ。ロウソクの番は、自分たちがすると言うから任せたわ」
私が風呂に入る前、双子は玄関から庭に回ってはしゃいでいたが、片割れだけが玄関から部屋に戻るのを足音で確認している。
千尋が玄関先で茜とすれ違ったのならば、それは朱色の和装外套を羽織った双子の片割れということだ。
服を着替えた双子を見破れるのが、父親の洋平と私だけだと言うのが、ここにきて重要な意味を持つ。
「しかし双子の姉妹は、居間に向かわず雲隠れした。そういうことですか」
「加藤さんには、集会所に戻るからと門の戸締まりを頼まれました。居間にいた葵には、戻るのが遅いと言われたけれど疚しいことはしてないわ」
千尋は、指を絡ませて手を繋いできた。
好意を抱いた女性の甘えた仕草に、手だけでなく心も掴まれる。
「私は、二人の仲を疑っていませんよ。それに私も葵さんにからかわれただけで、何も疚しいことはしてません」
「そうね、あなたが自分から疚しいことが出来るなんて思わないわ」
「からかわないでください。私は奥手なだけで、やるときはやる男なのです」
「存じております」
何の弁解をしているのか、見当違いの見栄っ張りである。
千尋は案の定、私の言い訳にくすりと笑った。
「やるときはやる男、その証拠をお見せしましょう。こちらに、どうぞいらしてください」
私は千尋の手を引いて関所の門まで連れて行くと、閂錠を調べたときに横木の上に置いておいた小石が、地面に落ちているのを拾い上げた。
小馬鹿にする彼女には、役立たずの昼行灯でないところを見せておこうと思う。
彼女だって抱かれた相手が、木偶の坊では気が抜けるだろう。
「この小石は昨夜、駐在さんと門を調べたとき横木の上に仕掛けておきました。それが地面に落ちているのは、誰かが門を解錠した証拠なのです」
千尋は、驚いた顔で私から小石を受け取った。
人を欺くのが長けている人間は往々にして、人を思い通りに騙せると、高を括っているものだ。
そんな人間を欺くには、時として騙されたふりで上手を取る。
「玄関ですれ違った朱色の外套を羽織っていたのは、たぶん茜さんに扮した葵さんでしょう。茜さんが門を解錠して分家に向かうと、姉の外套を葵さんが羽織って一人二役を気取ったのです」
「どうして、そんなことを……、まさか、あの子たちが?」
「いいえ。たぶん事の真相は、そこまで複雑ではありません。大方、葵さんが姉を出し抜こうとしたのがバレて、今度は、茜さんが千尋さんを出し抜くのを手伝わされた――。そんなところでしょうか」
「私を出し抜くとは、どういう意味でしょうか」
「葵さんが一人二役を買ってでたのは、加藤さんと私が戻る門の向こうに、茜さんが先回りしていると気付かせない悪戯という訳合いです」
庭に出た双子が、和装外套だけ取替えて一人で部屋に戻ってきた。
朱色の外套を羽織った葵は、千尋に灯明の番を申し入れると、外套を何処かに隠して藍色の着物で居間に現れる。
玄関で茜に化けた葵とすれ違った千尋は、居間で葵と話しているので、双子の片割れが門の向こうにいると気付かなかった。
本家に残った千尋や親族の目を欺いた茜が、分家に加藤を招いて懇ろな間柄になっても、誰の邪魔も入らないのである。
「彼女たちは、大きな兵隊さんにご執心でしたからね。恋敵を出し抜いて、先手を打ちたかったのでしょう」
そして清美たち母娘が加藤の看病を買って出たのは、葵から事情を聞かされた母親が、茜をこっそり連れ戻したかった。
なぜなら加藤を崖から突き落とした犯人が、施錠された門の向こうにいるのならば、最も疑われるのは娘だったからだ。
「それは、あなたの好意的な解釈だわ。茜が分家に戻っていたなら、加藤さんを崖から突き落とした犯人かもしれないのに、あなたは双子を見逃してやるつもりなのね」
状況証拠だけ見れば、千尋の言うとおり双子の犯行は可能である。
私は騒ぎになっても姿を見せない茜に、双子の入れ替わりを疑っていたし、その茜が門の向こうにいることも気付いていた。
それを見逃すつもりかと問われれば、加藤の看病を理由に席を外した清美たち母娘の動静に、集まっていた者の興味が向かないよう配慮もした。
私は消極的にだが、彼女たちの片棒を担いでいる。
「千尋さんは、まだ理解する必要がありません」
私の言動には理由があるものの、それを語るには時期尚早である。
「あなた、頭が悪いから入院していると言っていたけれど、悪いのは頭より性格だわ。もしも殺人鬼が、門の向こうにいれば茜が殺されてもおかしくないのよ」
憎まれ口を叩かれても仕方なかったが、加藤を突き落とした犯人が集落に逃げ込んだのならば、やはり門が施錠されていたのは矛盾がある。
それだって複数犯を疑えば、実行犯を見送って閂錠を施錠した者がいるだけの話なのだが。
千尋が犯人でないのならば、双子が犯人でないのならば、事件の真相に近付くことが命の危険となる。
頬を膨らませて不貞腐れる彼女には、あらぬ誤解を与えてしまったが、憎まれ役は馴れていた。
※ ※ ※
加藤が目を覚ましたのは昼頃、駐在の笠間が下働きを連れて組長たちの遺体を確認にでかけた後だった。
高明和尚とサキは集落に昨晩の殺人事件について説明に向かっており、清美たち母娘も分家まで同行していた。
本家に残っているのは千尋と飯炊きの婆さんだったが、次々と島民が殺される状況が状況なだけに、何から手を付けて良いのか頭を悩ませている様子で、とりあえず黙々と食事の支度に性を出している。
「加藤さん、気がついたのかね」
それ故に加藤を看病していたのは、暇を持て余した私だけだった。
「ああ……、まさか俺が殺されるなんて」
「寝ぼけているのかい。君は、まだピンピンしているよ」
「そうか『まだ』生きてるのか……、いつ頃まで生きていられるんだ」
「私は医者ではないのだけれど、骨が折れているが命に別状はないだろう」
加藤は腰の軋みに堪えながら、苦悶の表情で体を起こすと、掛け布団を捲って添え木を巻かれた右足を眺めた。
彼の症状を見れば、軽症と甘く考えることは出来ないものの、とりあえず熱も引いたので峠は越えただろう。
「手当てしてくれたのは、お前か」
「傷の手当てをしてくれた分家の母娘には、感謝しておくと良いでしょう。魘される君を看病してくれたのは、双子たちだよ」
加藤の腰に枕を当てた後、白湯と薬包紙の鎮痛剤を渡した。
鎮痛剤は野上家に常備されている置き薬で、毒ではないから安心しろと伝えると、やっと口にしたのだから、命を狙われたのが余程応えている。
「加藤さん、そろそろ腹を割って話しませんか。私には、CISが必死に探している宝とやらに心当たりがあるし、弓田宗介なる者の正体にも見当が付きました。それでも確信が持てなければ、これ以上のお手伝いは出来ない」
「お前の勘の良さは尋常じゃない……、いずれ自力で答えに辿り着くだろう」
「君の口からは、答えが聞けないと言う事か。そうだろうね。迫根島に眠る宝が公になれば、GHQの占領政策は覆ることになり、日本ばかりか本国の政治体制さえ維持するのが難しくなる。弓田が島に隠匿した秘密は、世界を再び戦火に巻込む可能性だってある」
CISは、日本人に戦争の罪悪感を植え付けるために洗脳計画の一旦を担っているが、その功罪として共産主義者の台頭を許してしまった。
保守派の政治家や官僚を投獄して、戦前の価値観を破壊したGHQの占領政策では、大陸から工作員を招き入れて、国内に革新的な政治勢力の拡大を後押ししている。
「そこまでわかっているのなら、俺に確認する必要もない。弓田の隠匿した宝は、この国の政治体制を赤く塗り潰す」
「この事件を引き起こしたのは、君たちの身勝手だ」
「だからどうした。世界情勢は、刻一刻と変化しているんだぞ。過去に拘って何もせずに傍観していれば、アメリカも日本も共倒れする」
ソビエト連邦は不凍港を求めて南進に戦線を拡大しており、北方四島は既に敵の手中に落ちて、中華民国では毛沢東が率いる共産党が、蒋介石の国民党を破り破竹の勢いで北京に進軍している。
もしも米国を主とした連合軍が、戦前より帝国陸軍内で活動する共産主義勢力と通じており、大日本帝国内に内紛の芽を育てていたのなら、迫根島に眠る宝とは、連合軍が弓田一派に提供していた帝国崩壊のための軍資金に他ならない。
只でさえGHQは、占領政策で共産主義勢力に加担しているのに、戦前から彼らの活動を後援していたなどと知れ渡れば、西側諸国を代表する米国は、反共産主義を掲げての軍事介入する口実を奪われかねないのである。
「加藤さん、いずれGHQは、日本に燻る争いの火種を利用して赤狩りを行うつもりだね。アメリカが密かに支援してきた私(弓田)のレポートは、日本で共産主義勢力が台頭していると米国議会に知らしめるのにも一役買うし、弓田が今以て忠実な協力員だと説得材料にもなる」
観念した加藤は、私の言い分を認めた。
彼が他言無用と釘を刺したので、本家に残っている者がいないと伝えてから、この先の話は墓場まで持っていくと誓った。
「お前のレポートを受取る保守勢力のアメリカ共和党は、日本で起きている事態を最大限に利用するだろう。共和党の一部議員は既に国務省内の共産主義者をリストアップしており、本国でのレッドパージにも意欲的だ」
「つまり私が連合軍と通じていた弓田宗介なのかは、大きな問題ではない。弓田の名前を引き継いだ協力員であれば、私の署名には価値がある。と言うことですね」
「ああ、弓田宗介とは、我々と組織の交渉役に付けられたコードネームだ。お前がラバウルで弓田の軍服を着ていたならば、彼の持っていた名前と情報を引き継いだと考えている」
「なるほど、弓田が隠した宝の在処は、私の失った記憶にある。だから加藤さんは、私をほうぼうに連れ歩いているのですね」
弓田宗介の正体は、裏切り者の代名詞『ユダ』である。
崖から突き落とされた加藤が、私を聖書に登場するユダと取り違えたのは、そもそも弓田が裏切り者の工作員を指す記号でしかなかったからだ。
つまり人相を白く塗り潰した弓田宗介特務曹長なる人物は、この世界に存在しない。
いやいや、弓田が単なる記号であるのならば、邦久の兄である安藤恒夫も、千尋の兄である野上洋平も、男であれ女であれ、老人であれ若者であれ、そして私自身も弓田宗介足り得る。
そして彼の所属する組織が連合軍と通じて国内の共産主義勢力を煽っていたならば、純粋な共産主義勢力と言うのも疑わしくなった。
連合軍と通じて大日本帝国の国家転覆を目的とした組織は、共産主義を隠れ蓑にした秘密結社であり、その中心には連合軍から提供された軍資金を隠匿して、戦後において占領軍の醜聞を弱味に握る強かな人物がいる。
CISの加藤が『黒幕を捕えたい』と言うのだから、GHQですら組織の全容を把握していないのだろう。
私の過去が、彼らに利する訳合いには得心がいった。
「弓田の隠匿した宝は、俺たちが秘密裏に処理する必要がある。それが世界平和のためだ」
「私たち以外に連合軍が共産主義勢力に資金提供していた証拠が見つかれば、当時の軍関係者は自作自演で糾弾を免れない。共和党員には、従軍経験のある上院議員がいたね。名前は確か――」
弓田の隠匿した宝が共産主義者のプロパガンダに利用されて、民心の離れたGHQが統治能力を失えば、日本は北から南から赤く染め上げられる。
戦後の日本は、そうした時代の趨勢を他国である米国の統治に委ねていた。
加藤は『それ以上は口にするな』と、明け透けな物言いを諌めた。
「この件に深入りすれば、弓田と目されるお前にも身の危険が及ぶ。それがわからない程、お前は馬鹿じゃないだろう。内情を黙して語らずとも、宝探しが出来たはずだ」
「私にも守りたいものが出来た……、そういうことです」
「お前、あの女と寝やがったな」
加藤は、ヤレヤレと言った様子で顔を手で覆った。