オワリのオワリに
3分程で読めるショートショートです。是非ご一読くだされば私は喜びます。
凍てつくような真冬の朝だった。
会社に行くまでの道のりで、突然大きな衝撃を背中に受けた時、「あぁ、遂に怨念に追い付かれたのか」と直感した。
まず最初に浮かんだのは、一昨年の冬亡くなった後輩の顔だった。
「もう僕無理っぽいです」
白い息を吐き出しながら、冗談のように笑う彼の言葉が冗談でないことぐらい、疎い私にもすぐにわかった。それが彼なりの必死のSOSだったことも。
だけど、私には彼に向き合う余裕も、優しさも持ち合わせていなかった。
その振り絞るかのような彼のサインに気付かないふりをして、ただ笑った。
なんと答えたかも覚えていない。
その後、彼が亡くなったらしいと耳にした。
やけに強調された「事故で」という言葉が不自然に社内を巡回していた。
背中の衝撃が消えて、あたりが静かになる。
息苦しさに耐えきれず口を開く。冬
特有の枯れ葉や、湿った土の匂いを含んだ空気が身体に力なく入ってきた。
次に浮かんだのは去年別れた恋人の顔だった。
とても優しい人だった。そして、本気で私を愛してくれていた。
私はそんな彼を愛し、そして生涯大切にするべきだった。そうあるべきなのはわかっていた。
しかし、付き合い始めて2年たった凍えるような朝、突然「欲望」としか表現できない感情が私の中でむくっと芽をだした。
私は、私を信じきった彼の、私に裏切られた時の顔が見たくなったのだ、どうしようもなく。
そんな欲望はさらに2年かけ、より膨らんでいった。
愛はいつか風化する。だけどその愛が傷となった場合、もっと長く彼の中に残れるんじゃないか。
いつか誰もが私を忘れる日が来ても、彼はふとしたとき思い出してくれるんじゃないか。
誤った理屈なことはわかっていた。でも、止めることのできない欲望だった。
付き合って4年目、雪の降る夜、私は彼を深く、深く、念入りに、傷付けた。
何の戸惑いもなくやり遂げた自分が、私が管理していたはずの身体から随分遠いところに行ってしまったようで、寂しくて、少しだけ涙がでた。
冷えきっていたはずの身体が少し温かくなる。
太陽が照ってきたのだろうか。空を見上げようとするが、身体はピクリとも動かず、愛想のないコンクリートの地面しか見えない。もう自分の身体ではなくなってしまったようだった。
誰かが遠慮がちに、急速に熱を失っていく身体に触れる。
私の頭には次々と、泣きそうな、すがるような目をした人たちの顔が写し出される。
私が傷付け、追い込み、救わなかった人。私をしっかりと覚えているであろう人。
それを望んでいたはずなのに、いつしか怖くなっていた。
だから必死に前だけ見て走っていた。
だけど、ついに追い付かれてしまったのだ。
皮肉にも、こんなにも寒い、大嫌いで、そして抱き締めたくなるぐらいたまらなく好きな冬の朝に。
もう温かさも冷たさも感じない。
こんなにほっとした気分で消えていくなら、もっと真剣に誰かと向き合えば良かった。
愛せば良かった。
「死にたくない」と足掻けるぐらい、人を愛せれば良かった。
身体にまとわりつく優しい怨念たちにむけ、血だまりの中で私はくすっと力なく笑う。
通勤中の主人公が、背後からドスッと車に撥ねられて「あー、やばい死ぬー」って時に、走馬燈のように今まで自分が傷つけてきた人の顔が駆け巡って「うわ、バチあたったんやー、ごめんなー」ってなる話です。
人を傷つけてばっかりのくせに、その罪悪感だけはずっと持ち続けちゃってたやつですね。
最後まで読んでくださった方がいましたら、本当にありがとうございます。