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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集紛い

何が巣食うか、救うか

作者: 緋坂 風行

少年とは、別に男の子だけでもなく女の子も含むのだよなぁ、って少年法って文字を見ながら思い付いてみた。

ホラーにしたかったけど、ちょっとホラーになりきらず。今回は異世界転移要素がいつもより薄いけども……まぁ、<悪夢>の存在が異世界転移のアレなので、疑問を抱きつつ良いかと

 月が美しい晩には外へ出てはならないよ。闇夜より暗い<悪夢>が、こわぁい世界に連れ去って行ってしまうから。だから、早く眠らなければならないよ。


 深夜。少年は夜の街を歩いていた。不良少年、という訳では無い。ただ、家の鍵が掛かっていたのだ。

 母は蒸発し、父は飲んだくれ、博打に暴力に、と酷い毎日だ。兄である自分が妹や弟を守らなければならない。学校を中退してバイト、バイトバイト。家にいない方が気楽、と言う事もある。

 だが、バイト三昧の日々を送っていないと、二人が学校に行けない。食べられない。それは、ダメだ。

 家の鍵が掛かっていた。だから少年は公園に向かっていた。家から公園まではさして遠くもない。また妙に視界が悪いから警察の目は届かない。補導を考えなくて良いのは、妙案に感じられた。

 頭に、一瞬だけ<悪夢>の噂がよぎったが、そんな事はどうでも良かった。少年は何とかして公園のベンチに辿り着かねばならなかった。

 <悪夢>……或いは現代日本版切り裂きジャック。オリジナルと違うのは、狙うのは女だけではなく、高校生程度の少年も含まれていると言う事だ。丁度少年も対象で、戦慄を覚える。

 だが、ヤツの犯行周期から考えて、今日は未だ大丈夫だろう。週に一度、月曜深夜に必ず行われる凶行。犯人は未だ姿形さえ不明……。

 カミ様がいらっしゃるのでしたら、この世に巣食う不幸を一掃して下されば良いのに!

 少年が溜息を吐きながら公園に辿り着いた瞬間だった。目的のベンチに小さくて黒い何かが座っているのが見えた。黒い服を着ている子供、に見える。こんな時間なのに?

 少年も他人の事を言えた義理を持ち合わせてはいないが、子供がこんな時間に外に居るのは甚だ奇妙である。迷子か、家出か。どちらだろうか。

 子供が顔を上げて少年を見た。

 濡れた烏のように黒く、短い髪。左右で非対称の髪。雪より白いと思ってしまうほどの、肌。血管すら見えないほどの、白い画用紙のような肌。小柄な体格に見合わない、大きく黒いメンズのワイシャツ。同じく黒いベスト。黒いズボンの裾は黒いブーツの中にしまわれていた。

 およそ浮世離れした、独特なファッションは、しかしてその子供に非常に似合いの格好であった。

 だが、何故こんな時間に。

 子供は下手な鼻歌交じりにベンチに座ってくつろいでいた。公園の入り口からでも良く聞こえる。車の音等々で、決して静かでない筈なのに、その小さい鼻歌がよく聞こえるのも大分謎だが、その音の外し方も大分謎だった。

 音は音階と、階段を使って表される。その子供の、中性的な声が紡ぐ音階は、階段から足が数ミリ浮いていたり、数ミリ沈んでいたり。実に僅かで、だがそれ故に気になる。少年は絶対音感を持っているわけではないが、それでも、だ。絶対音感の人が此処にいたのなら、即座に吐き気を催しているだろう。

 不意に鼻歌が止み、子供が少年を真っ直ぐ見た。

「おっ、良い感じの子だなぁ」

 その声を聞いた瞬間。少年の身体は自分の意思で動かせなくなっていた。何かにとり憑かれたかのように、操られているかのようにフラフラと公園内に入ってしまう。

 そうすることが、決まっていたかのように。

「少年。キミに恨みはないコトは言っておくよ。アタシね、どうしてもキミを したいんだ」

 どこかノイズが混じったように、一部聞き取れない声。子供であるか、大人であるか。それらの区別が付かない妙な声に招かれるように、少年はその子供の前へ膝を着いた。

 うっとりと子供を見上げる。月が綺麗な夜だった。

 白刃が煌いて、少年はハと我に返る。

「嫌だ! 待って! 妹と弟が……!」

「……うん?」

 子供は……いいや、突如少年を襲った悪夢は、白刃を振り下ろす手を止めた。それは丁度、少年の眼球に触れるか否かの所であった為に、変な風に息を吸い込んでしまう。

 即座に少しばかり離された白刃を気に掛けることも出来ずに少年は咳き込む。

 悪夢は少年に訊ねた。

「……お嬢さん。もしかしてキミ、素行不良とかで外を出歩いているわけで無いの?」

「ゲホッ、ゲホゲホ……? お嬢さん……?」

 少年にとって、その悪夢の言葉が信じられない。女の子として扱われたのは、非常に久し振りの事であったからだ。

 非常に信じられない心境で悪夢の顔をまじまじと見つめる。ベンチの真ん中に座っていた悪夢は、よいせ、とどこか間抜けな声を出しては右にずれて、空いたスペースを手で軽く叩いた。

 気付けばその袖からはナイフが見えなくなっていた。

「こんな深夜にキミみたいな未成年が出歩いてちゃ、ダメだろう? コレでも私、二十年は生きてるから言うのだけど」

 先程の狂的な雰囲気は何処へやら。あっけらかんと、底抜けに明るい雰囲気を纏って、悪夢は言った。……無表情だから、かなりその真意が掴みにくい。

 だが、悪夢の口から次に出てきた言葉に突き動かされるように、彼女はその横に座って現状を相談する気になった。

「もしかして、家庭の事情でバイト三昧の生活送ってる? 頼れる大人が居ないなんて、キっツイよね。まぁ、私で良かったら話、聞くよ。暇だし。今日は帰る所が無いのだろう?」


 あらかた聞き終わった悪夢は、腕を組んではフゥンと相槌を打った。彼女にとって、その興味ない、とも言っているような態度が好ましく思えた。……例え、それが自分を殺しかけた人だったとしても、だ。

 悪夢は言う。

「これ、早く帰んないとヤバいな」

「何でです、か?」

「妹さん、襲われてるんじゃない? 下手すると弟さんもヤられてるかな」

「……?」

 悪夢の言葉を理解できずに首を傾げる彼女。対して悪夢は立ち上がっては数歩歩き出す。後ろを振り返って、悪夢は首を傾げた。

「どうしたの? 早くキミの家に案内してよ。家庭内暴力が日常的って事は、下手するとその大切な双子が死んでしまっているかもだぜ? それでも良いのかい?」

「や、やです……!」

 あっけらかんとした言葉で、実感は湧かないが……だが、それでも嫌な事は嫌だ。彼女は悪夢を連れて家に戻る。

 鍵は未だ開いていない。ガチャガチャと押しても引いても、反応が返ってこない。

 顔面蒼白で硬直する彼女に、悪夢は言う。

「鍵は?」

「持って、なくて……いつもはどっちかが開けてくれるから……」

「ふぅん。退いて」

 フラフラと倒れるようにドアの前から退いた彼女の代わりに、悪夢がドアの前に立つ。鍵の構造をフムと見ては、それぞれの袖から細い何かを覗かせた。それを鍵へ差し込んで、少し動かしたかと思うと、鍵が開かれる音がする。

「良い子は真似しちゃダメだゾ。因みに、鍵には磁石が埋め込まれているタイプがあって、そんなんはこんなちゃちな道具じゃ鍵開け出来ないから気を付けるのだよ」

 嘯きながらも悪夢はドアを開けて、ブーツを素早く脱ぎ捨てる。その中を見たく無くて、彼女はノロノロと家の中へ入った。

「誰!? もう、やだ、やだぁ……!」

「落ち着き給え。キミの姉君の知り合いさ。それより、これは、また……」

 妹の声が聞こえた。

 それに安堵出来て、彼女はその場でへたり込んでしまう。

 妹が何やら恐慌状態に陥っているらしいのが、気になる。だが、生きてくれていただけでそれだけで……そうした思いもある。

「落ち着き給え。何なら、そこの玄関で放心しているキミの姉君に問い合わせすると良い。……とは言っても、出会いが最悪であるから、もしかしたら心証は悪いかもしれないが、顔見知りであるのは否定できないであろうよ」

 そうした声の後に、随分と険しい顔をした弟が玄関へ顔を覗かせる。彼女の顔を認めた瞬間に、幼い彼の緊張が解けたらしく、引き攣った、安心した顔でやはり座り込んでは泣き始めた。

「なか、泣かないで……」

 彼女は長子の矜持を以て立ち上がり、弟を抱きしめようとする。だが、その瞬間、悪夢が玄関とリビングを繋ぐドアの前に立った。

 抱きしめる事は阻害されなかったが、リビングを見る事は阻害されている。だが、香る臭いに、何が起きているのかは察した。

 大分、非現実的な事で、理解が及ばない。だが、悪夢は慣れているのか、リビングを見下ろしながら呑気な声を出す。

「うぅん。これは大分選択肢に悩むなぁ。正当防衛だとしても、うぅん、って感じ。……さて、お嬢さん? どうする?」

「なに、を……?」

 問わずにはいられなかった。

 悪夢は振り返り、彼女を見下ろして笑いもせずに言う。

「私は鬼でも悪魔でも無いからね。冷血漢ではあるだろうし、無頼漢でもあるのだろうが……情くらいはまぁ、持ち合わせている」

 悪魔の囁きか、天使のお告げか。それを判断する術は、彼女には無かった。

「このままでは、この双子は犯罪者としての烙印を押される。世間の正義と言うのはね、例え正当防衛でも、過剰ならば裁くらしいからね。本当に、嫌な話だ。だから、それを避けて、尚且つ、楽になりたいのであれば――私がどうにかしてやれなくもない」

 <悪夢>は謳う。気紛れにヒトの枕元に現れては、怖く、悲しく、最悪な夢を魅せていく悪夢が嗤った。

「この一夜を悪夢に帰して差し上げようかと言っているのだよ。この私なら、そんな事、造作もない」

「……甘い話には、裏があるんじゃないの」

 彼女が警戒するようにそう呟くと、その警戒を嘲笑うようにして悪夢は言う。

「それは悪魔連中の話だろう? あんなのと一緒にしないでくれ給えよ。私は<悪夢>だぜ? ああ、そんなに代償が気になるのだったら一つだけ提示させてもらおうか」

 そこまで言ってから、悪夢は無邪気な笑顔を、この場に最もそぐわない、美しい笑顔を僅かに浮かべた。

「諸君三人は幸せになる事。これ以上は望まないよ」

 その笑顔に魅せられた彼女は頷いた。

 その言葉の、本当の辛さを知らずに。


 幸せとは何なのだろうか。彼女は一人ぼんやりと考える。

 あの夜は、綺麗さっぱり消え失せており、本当に悪夢でも見ていたかのように、全部がうやむやになってしまった。

 あの彼女たちを苦しめていたオトコは、行方不明として処理された。保護者のいなくなった彼女たちは、揃ってとある施設に保護された。

 バイト三昧の毎日は変わりないが、それでも今までに比べて余裕が生まれた。

 ……妹は、あの事件がよほどショックだったのか、それとも別の要因かは分からないが、記憶を一部失っていた。

 だが、それでも問題ないと思えた。

 それで、幸せとは、と疑問が残るのであった。表面上は何も問題が無くなっている。しかし、水面下ではあの事件が悪夢のように浮き上がっては少しずつ彼女たちを苦しめる。全てを知るのは、手早く現場を処理した<悪夢>のみである。弟は何がどうしたのかを言わなかった。彼女は<悪夢>を現場にまで招いただけだった。

 気付いた時には<悪夢>は消えており……しかし、強烈に印象に残り、そして今日も悪夢の犯行を耳にする。

 居もしないカミに祈る事は止めたが、それにしたって強烈な違和感や疑問は立ち上ったまま、煙のように辺りに充満しては薄れやしない。


 ――何が、幸せなのだろうか。


 今日も彼女の疑問は解決しない。

 もしかしたら、幸せとは意識しない者が得られる幻影なのかもしれない。

 何が巣食っているのだろう。何が掬うと言うのだろう。ああ、考えれば考えるほど分からない。暗闇に連れて行かれたようで、本当に怖い。

 人間と言う生き物は、未知であったり、分からない事であったり、怖いことから逃避するために様々な事を成し遂げてきた。それなのに、未だ暗闇は晴れないのだから、幻想怪奇がこうして蔓延るのだ……。


 月が美しい晩には、絶対に外へ出てはならないよ。闇夜より暗い<悪夢>が、こわぁい暗闇に連れて行ってしまうから。

 ……だから、早く眠らなければならないよ。

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