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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

嶺上開花短編集

白ノ桜

作者: 嶺上開花

嶺上開花としての処女作。

2016年9月30日作成。その後お蔵入り。

お楽しみいただければ幸いです。

 それはとある春の日のことだった。 春の陽気に飲まれたためか、信号待ちしていた私、司馬 桜に向かって一台の乗用車が突っ込んできた。 …まぁ、所謂居眠り運転に巻き込まれたのである。

 幸い、一命は取り留めたものの長い入院生活を強いられる事となった。



「はぁ… 病院って退屈だな…」

 外は遅咲きの桜が満開で、それを見ているとなぜだか自分を嘲笑っているかのような気がしてならなかった。

 司馬 桜は数えで14歳になるピチピチの中学生だが、居眠り運転に巻き込まれた挙句右足の骨を折ってしまったのだ。 まぁ、その程度で済んだのだから。この際それでよかったと割り切ってしまうほうが楽になれるかも知れない。

「にしても暇だ… 友達もすぐ帰っちゃうし、手元に漫画もゲームも無いし…」

 ベッドの脇にある棚には、先ほど来ていた友達が置いて行ってくれた見舞い品が置いてある。 が、そのほとんどが果物。しかもりんごがやけに多いのだ。

(確かにりんごは好きだけどさ… 程度ってモノがあるじゃん?)

 桜は一つ、りんごを手にとってみるものの、つやを出すためのニスのようなものが塗られていて、丸かじりは出来そうになかった。 勿論(といっては何だが)桜はりんごの皮などむいたことがない。付け加えれば、包丁など親が「危険だから」という理由で握らせてくれないので、刃物といえば鋏とカッターと調理実習の時の果物ナイフくらいしか経験がなかったのだ。

「暇だし… その辺でもぶらぶらしようかな」

 右足は完全に折れているものの、左足はそうでもなく何の問題もないかの如く傷も少なかった。故に松葉杖を使えばちょっとした外出なんかは可能だった。

 桜はベッドの近くに立てかけてあった松葉杖を引き寄せ起き上がり、脇に挟んで体重を支えられる形に移った。 …慣れていないためか時折よろけて転びそうになっていた。


 部屋を出て、中庭を目指すべく慣れない新しい足を駆使しながら廊下を歩いていると、桜はある部屋から何かを感じ取ったような気がした。

「あれ…? この部屋…」

 表札がかかっていない。しかし、中には誰かがいる感覚があるのだ。 まさに第六感とでも言おうか、そんな曖昧な感覚ではあったが、桜自信には大きな確信となりつつあった。

「ちょっと覗くくらいなら… いいよね?」

 ちょっとだけなら――と自分に言い聞かせ、恐る恐る扉を開き中をゆっくりと覗いた。 中はいい意味で無駄に清潔感があり、まるで誰もいないかのような感覚さえ呼び起こした。

「失礼しまーす――」

「誰!?」

 無言のまま入って怒られでもしたらいけないと思い、桜がか細い声で声をかけると、中から驚愕と言おうか、牽制といおうか。鋭利な刃物のような鋭い声が襲ってきた。

 これに驚いた桜は思わず身をちぢ込ませ、結果松葉杖に足をとられ部屋の中に滑り込むように盛大に転んでしまった。

「え…っと、 大丈夫――ですか?」

 ベッドから透き通る細かいガラス細工のような声がした。桜は冷静になった頭でバッと起き上がり、「し、失礼しまちゅ!」と盛大に台詞を噛み、部屋からそそくさと出て行こうとした。

「えっと、最近入院された方ですよね!」

 後ろからそう声をかけられ思わず立ち止まり、声の主のほうに振り向いた。

(そういえばきれいな声だけど、どんな人なんだろう)

 桜は本人を直接見たわけでないので、どんな人なのかを知らなかった。(かろうじて声の主が女性だろうという予想は立てていた)

 振り返るとそこには日の光を浴びて白銀に輝き、春風に舞う純白のカーテンと見間違うような白い髪をなびかせ、まさしく病弱といわんばかりの真っ白な肌をした少女がいた。 何かの重い病気なのだろうか、とも思わせるほどの肌は、まるで先天性色素欠乏症のような何かを彷彿とさせた。(あくまでさせただけであった、本人がこのように思ったかどうかは別である)

「あ、えっと、その… 私、司馬 桜って言います。 あなたの言ったとおり、最近骨折で入院する事になりました」

「シバ サクラ…さん、ですか。 私は染井 芳野といいます。 よろしくお願いします」

「ソメイ… ヨシノさん?」

 不思議だった。どう不思議だったかというと、初めて聞く名前のはずなのにどこか懐かしい気持ちになるのだ。

「はい。 よろしくお願いします」

 芳野は笑顔でそう答えると、ペコリと頭を下げた。 …礼儀正しいところを見ると、言いとこのお嬢様なのだろうか?

「えっと、それで… 桜さんはなぜこの部屋に? とても部屋を間違えたとは思えませんが?」

 いいとこを突かれ、桜はうぐっと小さく唸った。

「実は、この部屋に何となく―― ホントに何となく何だけど、入らなくちゃいけないような気がして。 それで…」

 この部屋に入ってきた経緯を話していると、桜は芳野にジッと見られていることに気がついた。しかもその目はやけに炯々としている。

「え…っと? そんなに面白い?私の話」

 桜が頬を掻きながら芳野に聞くと、吉野ははっとしたような面持ちになり、次第に赤くなっていった。

「す、すみません。 その、人の話を聞くのはそこそこ久し振りなものでして…」

 真っ白な頬がだんだんと赤く染まっていく様は、まるで少女マンガの主人公が好きな相手を見つめているときのように感じた。

「その… 肌、綺麗だね! すごく白くて、羨ましいよ」

 照れ隠しにでも、と思い何気なく発した言葉だったが、それでも吉野の心には思いっきり刺さったようだ。

「あ、その。 私、小さい頃から体が弱かったので、外に出た事が数回しかないんですよ」

 予想外の反応にたじたじしていた桜だが、その状況に気がついた吉野がくすりと笑った。

「ふふっ 困った顔も可愛いんですね」

「なっ!」

「さっきの驚いた顔も捨てがたいですけど、この顔も中々のもですね」

 桜が照れていると、今度は「照れてるかわいい」などと言い出したので。もはや収拾が付かなくなってきていた。 ふと、壁にかかっていた時計を見るとそろそろお昼の時間だった。病院の食事は味気ないものばかりだが、ここでは大切な食事だ。

「あ、ごめん。そろそろ私病室に戻らないと。 それじゃあ」

 踵を返し、桜が部屋から出ようとすると、吉野がまたもや桜を引きとめた。

「あの… また、来てくれませんか? 暇なときでよろしいので」

 桜は頭だけを芳野に向け、「分かった」と一言言うと、吉野の病室を後にした。



 桜と吉野が出会って2週間が過ぎた。 初めは互いに微妙な距離をとっていたが、次第に距離が縮んで行き、気軽に話せる仲になった。

「でさ?その漫画が面白くって! 今度機会があったら持ってきてあげる!」

「わ、楽しみです!」

 そんなごく自然な、たわいもない会話をここ2週間続けてきたのである。

 

「そういえば、今日でよしのんと会って2週間になるんだ。 時間って過ぎるの早いな~」

「ふふ、そうですね。 そういえば、年齢を重ねると次第に時の流れが速く感じられるそうですよ?」

「え!? 私ってそんなに老けてる?」

 いつもこの調子だ。 しかし、変化が訪れたのはその翌々日だった。

 次の日、桜は検査のため1日芳野に会えなかったのだ。

 そしてその次の日――

「ごめんよしのん! 昨日は急に検査が入って――」

「本当にそれだけですか?」

 いつもは温厚な芳野の目が鋭く桜に突き刺さる。相当怒っているようだった。

「ホントホント。 ま、おかげでギチギチだったギプスともおさらばできたけど」

「……ならいいです」

 芳野はそういうと、いつもの柔らかい笑顔に戻っていた。

「私、もしかしたら『桜に新しい友達が出来て、私のことを忘れたのでは』と思って…

心配だったんですよ?」

「っ! そんなわけないじゃん!」

 あまりの発言に桜は声を荒げてしまう。

「私に他の友達が出来たって、ずっとよしのんと一緒だよ! 約束するよ!」

 衝動に任せ、ベッドに前のめりになるように手を付く。気付けば桜と吉野の顔は目と鼻の先という言葉を体現したかのような距離にあった。

 平常を取り戻した桜は、跳ね退くように後ずさろうとした。 しかし、右手を芳野につかまれ、逃げる事ができなかった。

「今の言葉… 信じていいんですか?」

「勿論だよ。 芳野以外、友達なんて要らない。 そう思った時だってあったよ」

 そのやり取りに恥ずかしさが介入する事は一切ない。互いに本音のぶつけあいだ。

「じゃあ、今ここで約束してください。 私が…『芳野さえいればいい』と…」

「――うん」

 桜はそっと芳野の頬に手を沿え、右頬に軽く唇をつけた。

「これじゃ… だめ、かな?」

「私は… もっと桜が欲しいです」

 吉野はそういうと、水銀細工のような手で桜の頬を撫で、互いに唇を重ねた。

 それでも飽き足らなかったのか、吉野は桜の中に舌を滑り込ませてきたが、桜は拒むことなく吉野を受け入れた。 二人の舌と舌が絡み合い、口内の粘膜を隅々まで刺激しあう。本当の愛がなければ出来ないディープキスだ。

 互いが貪欲に互いの唾液を欲し、少し離して呼吸を整えてはまたキスする。 そんな事を数分かけて行い、紅潮した頬で互いを見つめる。

「芳野… 好き…」

「私もです… 桜…」

 言葉にし、もう一度舌を絡める。

 互いが、「もうこの人さえいればいい」と思うくらいに―――



 桜の足は順調に回復の兆しを見せ、退院までもう少しというところまで回復した頃だった。 そんな時だった。

「聞いてよ芳野… 私、そろそろ退院なんだって」

 普通は喜ばしいかぎりなのだろうが、桜の場合「吉野にあえなくなる」と残念がると同時に寂しがっているのだろう。

「そう… もうそんなに時間がたったんですね」

 出会った頃は満開だった遅咲きの桜も、今となってはほとんどが葉桜になってしまっている。

 桜が、芳野が何か思いつめていると気付いた瞬間だった。

「桜。 落ち着いて聞いて欲しいの。

 私、余命がもう1週間もないんです…」

 桜は驚愕よりも絶望よりも、真っ先に悲嘆が湧き上がってきた。

「お医者さんが言うには、持って1週間から10日。それを過ぎれば、もう何時死んでもおかしくないほどに衰弱するらしいんです」

 涙をこらえ、一言一言かみ締めるように話す芳野の手を、桜はそっと包んだ。

「だから… お願いがあるんです。 私と… 心中してください…」

 桜はまだ中学生だったが、芳野の言う“心中”の意味は理解しているつもりだった。

「これは、私からの最後の… 我侭です。

 勿論、断っても―――」

「やる!」

 桜は吉野の言葉をさえぎり、同意の意を見せた。

「やるよ、心中。 吉野と一緒だったら、何だって出来るし、何処にだっていけるよ」

 桜の心意気に、吉野は思わず涙を流した。 桜はそんな芳野を抱きしめるしか出来なかった。


 その日の夜、桜はこっそりと部屋を抜け出し、芳野の部屋へと向かった。 完治しかけた桜の足取りはふらふらとしつつもしっかりとしたものだった。

 芳野の部屋へとたどり着いた桜は、芳野を背中におぶり、こっそりと屋上を目指した。

 屋上の鍵は開いており、すんなりと屋上へと出る事ができた。(この時、桜は少し不思議に思ったが、些細な事として気にも留めなかった)

 初夏に移りつつある宵風が二人の頬を凪いだ。 町の明かりを一望 (とまではいかないが)出来るほどの高さはあった。 屋上のふちに立ち、芳野を背中からおろす。少しよろけたが、何とか自立する事ができた。

「桜… 今までホントにありがとう…」

「何言ってるの? これからだって一緒だよ。 さぁ、行こ?」

 芳野は頷き、眼下に広がる暗闇へとその体をなげうった。

 落下する最中、桜は芳野が発した言葉をはっきりと聞き取っていた。

「ごめんなさい」――と。



「次のニュースです。 先日、県立中央病院にて一人の少女の死体があるのが発見されました。 発見されたのは、怪我で入院していた“司馬 桜”さん 13歳で、警察は自殺とみて調査を続けています。」



「ねぇ聞いた? 例の飛び降り自殺の娘、実は『あの部屋』に出入りしてるところをいろんな人が見たって言うのよ」

「『あの部屋』って、その部屋に入院した人のほとんど全員が亡くなってるって言うあの部屋でしょう?」

「そうなのよ。 しかも時々、誰かと話してるような声が聞こえたって言う人もいうるのよ」

「嘘に決まってるじゃない。 あの部屋は5年間誰も入院していないんだから。 誰も居る訳ないじゃない」

「でも、気の毒よねぇ… 人生まだまだこれからだって時に…」

「そうね… せめて成仏して欲しいわ」




 部屋の扉がゆっくりとっ開いていく。 そして、人一人通れるくらいにまで開くと、誰かがこっそり入ってきた。

「あれ? ここに人が迷い込んでくるのって久し振りだね。

 始めまして! ちょうど私暇だったんだ。 話し相手になってよ。

 私の名前は“司馬 桜”って言うの。 よろしく!」


いかがでしたか?

楽しんでいただけましたら、次回作もお楽しみください。

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