戦国時代にエルフとして転生してしまった 前編
「なんと面妖な…。」
朦朧とした意識の中で初めに聞こえてきたのはそんな野太い声だった。
「スエとともに寺へ往けい。死産の後出家とせよ。」
ひいっ、という老婆の短い悲鳴を聞きながらおれは意識を途切らせた…。
… … … … … …
そんなわけで、ただ今絶賛堅い地面の上に放置プレイ中です。
目覚めて自分の状況把握につとめていたんだが、どうやら俺は赤ちゃんで、しかも捨てられたようだ。もう三日は経つのに人の声はいっさいしない。
辺りは木やら藪やらしかなく、ゴワゴワした布にくるまれていた。
んで、自分の顔をペタペタ確認していたら、耳が明らかに長いことに気付いた。
もしかしてこれ、エルフに転生したんじゃね?
そんな結論に至り、人との間に産まれてきたはずなのにエルフだってことで捨てられたんだなと推測。
転生ファンタジーにありがちな中世程度の文化レベルだとあり得る展開だよなーと納得。
いや、この状況にそこまでうまく飲み込めたわけじゃないんだけどね。
お腹すかないしどうなってんだこれ。
こうなる前は自宅でゲームしていて、飲み物を取りに立ち上がったら、急にふわっと立ちくらみが起きて…っていうのが最後の記憶。
ゲームの世界に入ったとか?
でもやってたゲームにエルフ出て来ないんだよな…FPSだったし。
で、ファンタジーならもしかして、ってことで魔法的な超常現象を起こせるか試してみた。…できた。
風もおこせるし水も出せる。土も動かせるし、火も…できなくはない。風で摩擦を利用しないと無理だったけど。エルフだからかね?
虫がやって来たのでバリア…余裕でした。
体はうまく動かせないが、色々出来ることはあるようだ。
ま、腹は空かないし、ある程度成長するまでおとなしくしとこうかね。
このまま地面に潜り込んで色々力を試しながら過ごすとしよう。
もはやセミだな。
… … … … … …
壁に刻んだしるしが5年くらいを越えた。
アバウトなのは、力を使いすぎて倒れたり外に確認しに行かなかったことがあるからだ。木の芽とかで見る限り、2日とか3日とか平気で過ぎてることもあるようだ。
長命に定評のあるエルフだしね。時間アバウトでもしゃーないよな。
若干、5歳時にしては背が高いかもしれないが。
力の把握もある程度済んだし、ここらで街に出てみようと思って重い腰を上げるのだ。
集落の場所は浮游と遠見の力で把握している。けっこう近場。
てか、山の方に木造の砦らしきもんが見えるんだが…。人間も黒髪黒目なんだが…。
俺、エルフ。金髪碧眼です。耳長いです。
木の柵とか物見の櫓とか、いかにも中世の日本らしい建造物群です。
ファンタジーでよく勇者が米を探してたどり着く、東の果てのヤマトの国みたいなものなんかね?
ほら、転生者が建国する的な。
とりあえず、捨てられたこともあり山の城と麓の集落は避けるべきだな。
そこそこ遠い海辺にある集落から行ってみよう。
…はい、着きました。
飛行便利だわ。
枯れ草で編んだ帽子みたいなものと簔らしきものを身にまとった怪しいいでたちで、小川の水を汲もうとしている子供に声をかける。
怪しいといっても、似たような格好の人間はけっこういるから、まあ大丈夫だろう。
「おーい」
振り返った子供は訝しげにこちらを見た。
「聞きたいんだけど、ここはなんていう村なのかな?」
子供は硬直した。そして…。
「父ぉーーーーーー!!!×%#*§∃∪」
桶を放り捨てて一目散に逃げ出した。えぇ…。
叫び声に反応して辺りの掘っ立て小屋から人が出てくる。
はい、完全に不審者です。
「お前さん、どこから来なさった?どこの者だ?」
鍬を持ったおっさんが不審者を見る目で俺に問いかける。
「いえ、旅の者ですけど、迷ってしまってここにたどり着いたんですよ。」
俺がしゃべると周りがざわざわとし始めた。
「何言ってるか全然わからねぇ。」
「南蛮言葉か?」
「いや、旅とか聞こえたが。」
「鼻がとがってねぇか?南蛮だろ。」
「助太郎を呼んでこい!」
どうやら聞き取れていないようだ。
うーん、こっちは聞き取れてるんだけどな。
はじめから備わってたからコミュニケーションとれると思ってたわ。
遠くから聞き耳たてて話が分かるから気にしてなかった。
それも吹き替えみたいな感じで通訳されてる感じで。
話の内容はちんぷんかんぷんだったけどな。
まあ人を呼んだみたいだから大人しくしとこう。
お互い固まった状態が続いたが、しばらくしてがたいの良い若者が近づいてきた。
「よう、お前さんが怪しい者か。俺の言葉は分かるか?」
俺は頷く。もう同じあやまちは繰り返さないのだ。
「分かるってことでいいのか?いいならこうやって手を打ってくれ。」
そういって男は手を打った。ありゃ、首肯も通じないのか?
俺も手を打つ。
「おお、通じてるじゃねえか。あとは首を縦横に振るだけでいいぜ。お前さんはポトガの人か?ルソンから来たのか?琉球?ニンポー?」
なんだよ通じてたのか。とりあえず全ての問いに首を横に振った。
もしかしたらと思ってしゃがんで字を書く。
Japan、日本、にほん、大和、Yamato、倭…。
「やぱん?ひのもと?やまと?お前さん、大和から来たってのか?」
おお、分かるようだ。アルファベットも。もしかしたら通じてるのかと思って、「旅の途中で迷ってここに着いた」と書く。
「明で習ったのか?あっちの字に似てるな…。仮名があるから違うか…。旅の途中で道に迷ったってことでいいのか?」
とりあえずだが伝わったようだ。ほっ。
コクコクと頷く。
「ふむ…よし、うちに来いや。ちと話しようぜ。もっと聞けば色々わかるだろ。」
俺としても異存はないから頷くと背を向けて歩き出したのでついていく。
… … … … …
で、色々分かりました。
ここは日向国、油津。って、めっちゃ地元やん!
今は丙寅らしい。何年だよ。永禄、っていつだよ!通訳仕事しろ。西暦何年か分からんやん。
時代としては隣の国は明で、南は琉球で、幕府は足利らしい。
んで、ここ近辺は島津が治めているっぽい。
伊東じゃないんか…なら室町時代なのか?
くそ、歴史か。日本史は取ってたからある程度は分かると思ってたんだが。てか、異世界じゃないんかい。
とりあえず教科書や某無双の知識とかで大名の名前を書きまくる。
伊東も大友もいた。織田も武田も上杉も。伊達とか書いたら驚かれた。ふっふっふ、よく知ってるだろ。
てか戦国時代っぽい。
桶狭間の戦いは終わってるらしい。織田はまだ今川と争っていて上洛もしてない。三好が一番いけいけだが不安定でどうなるか分からんと。
この辺りでは伊東が一番強くてここにもたまに来るらしい。島津はこれからなんか。
何となくだがとりあえず情勢は分かったわ。
戦乱真っ只中だな!
にしても油津、この頃はしょぼいのな。いや、現在もしょぼいんだけどさ。
男、助太郎は栄えてるって言ってたけど。
この助太郎。何やってる奴かというと手下を率いて人んちの田んぼ勝手に刈り取ったりわざわざ明まで行って船を襲って商人に売っ払う仕事をしているらしい。
…仕事じゃねーよ!それ倭冠じゃねーか!自分で悪党とか言うんじゃねーよ!
とりあえず、こいつは海賊の頭領でなぜか市民権を得ていることが分かった。
ろくでもねーな。はふう、乱れた世の中だわ。
俺のことは正直に話した。
城、たぶん飫肥城の近くで捨てられて土の中でずっと過ごしてたと。
いや、最終的には地下室にしたんだぜ?魔法の練習でいるから学校のグラウンドくらいにはなった。けっこう快適。
で、魔法みせてかぶりものも取って反応を見てみた。
戦国時代ならどうせ俺を害することができる奴いるとは思えなかったしな。
助太郎は驚いてたが、結論の一言
「なるほど、妖か。」と。
ま、まあそうなるわな。見てくれがおかしいし飯もいらんし人外な術使うし。
お互いに色々と筆談(地面だけど)していたら夜になったので帰ることにした。
「明日もまた来いよ。」って言ってくれたからとりあえずファーストミッションは大成功だろう。
… … … … …
「よし、キンコが刈ったぞ!てめーら集めてずらかれ!」
そんなこんなで3年ほどたち、俺はこの悪党どもの片棒をかついでる。
この集団もはじめ20人ほどだったのが周辺の輩どもを集めて数百人まで増えてしまった。
基本的に田んぼ刈るのは秋だけで、あとは明まで遠征している。狙う田んぼも俺が説得した結果農民が飢えるまでは取ってないし寺とか神社とかの領地に限定してる。隠れ田とか魔法で作って作物育ててるんだけどな。足りないねん。
あ、あと領主の土地もけっこう襲ったな。そのせいか伊東に城取られてたけど。酒谷、飫肥、櫛間の城とかあっという間だったわ。戦に参加したやつの話だけどな。
そんな感じでけっこう自由にやってます。
言葉もだいぶ覚えてきた。よくよく聞くと現代の日本語に似ていたわ。
「いいえ」とかは「にゃ」とかいうし違うとこはいっぱいあるけどな。
俺はキンコとか言われてる。金狐だと。
島津や伊東、それに肝付や北郷、寝禰、菱刈といった周辺大名たちも俺たちを「妖弧党」とか言って恐れてる。一番恐れてるのは明だろうが。
知らなかったけど、大名いっぱいいたんだな。
島津もいっぱい分家が独立して大名になってるらしい。だから伊東が一番でかくてそれに押されてる。
それで、俺を捨てたやつが分かった。
島津次郎左衛門とかいう奴だ。誰だよ。
そいつの妾が飫肥にいて孕んでいたが、急に櫛間の永徳寺ってとこの尼寺で出家したんだと。
時期的に考えて間違いないらしい。
それで俺の年も判明した。9歳です。正月で歳を自動的にとるシステムなんで実質8歳か。にしてはでかいんだよな。
織田上総介が桶狭間で今川に勝った年に産まれたっぽい。
今では信長さん、将軍を担いで都に入ろうかというところまできてるみたい。魚屋っていう堺の商人の手下が教えてくれた。まあ、明の品々を買ってくれるお得意さんです。
頑張ってるねぇ、信長さん。上洛ってことは、あと何年かで本能寺だっけ?
未だにこっちでは伊東が強くて島津が弱いんだけど、細かい歴史が分からんから史実どおりなのか不明だわ。
次郎左衛門を弱らせて伊東が飫肥をとっちまったからなー。俺のせいで歴史かわっちゃった?
次郎の親父は妖弧党を目の敵みたいに追いかけまわしてた。
俺のこと気付いたっぽい。自分が捨てた子が荒らし回ることに腹を立ててたらしい。
そろそろお仕置きしてやるかーって思ってたら、伊東の二万の大軍勢に囲まれて餓死寸前で逃げ出したらしい。ざまぁ。
今は都之城の北郷さんとこにいるらしいが、はてさて。
「おい、キンコ!」
おっと、考えに耽ってたら助太郎が呼んでた。
「なしたか?」
…なんか俺だけ田舎っぺみたいなんで俺も通訳を通した体にしよう、うん。
「聞いてなかったのかよ。民部の軍が俺らの討伐に出たようだぜ。」
「三位さんの子だっけ?ここバレた?」
今日略奪したのは飫肥城のお膝元だったんでさすがに兵を出してきたか。
「あぁ。若ぇのが中村の物見に見つかっていたようでな。遠回りして酒谷に近づいたのもまずかった。」
今のアジトは飫肥と酒谷と中村の間にある。
現代では地頭鶏で知られる塚田あたりか?
中村は南郷町だな。獅子の球団がキャンプしてる。
アジトは俺の魔法で山をくりぬいてドワーフの街みたいになってる。
灯り魔法で幻想的な雰囲気をかもし出していい感じだ。鍛冶はうるさいからさせてない。
入口までは獣道みたいなものも出来てるし油断したか。
秋だし跡を消してなかったなー。
「そか。で、いく人だ?」
若干まだカタコトな俺。
正直追い散らかすのは面倒だが、百人や二百人はどってことない。
狐の妖術で楽勝よ。
「分からんが、千どころじゃないそうだ。二千か三千はいるようだ。」
おおう…えらいこっちゃ。
ただの悪党にすごい人数だな。
伊東義祐、三位入道の三男の民部大輔が本気を出して攻めてくるらしい。
この坊っちゃん、もしかして飫肥藩の初代藩主じゃなかったっけ?伊東の殿様はたしか嫡男じゃなかったんだよな。
伊東義祐はここ辺りでは群を抜いて官位が高いらしい。家督は譲ったはずなんだがバリバリ現役だ。春までは大軍でこの辺りにいたが、引き上げた。といってもまだ何千人かは残っていたのか。
ま、関係ないけどね。
「殺生は?」
「おお、やれるか。ありで頼む。というより、取っちまうか?城。」
ふむ。
実は昨年あたりから飫肥一帯を支配しようか話し合ってたんだよな。
俺的にも糞親父の次郎左衛門に含むところがあったしノリノリだったんだが、伊東と島津の境だし、城を落としたら山伏とか坊主とかが「調伏!」「退散!破ぁっ!」とかいって大挙してきそうで躊躇ってた。たまに来るんだよ、自称ゴーストバスターズ。
まあいざとなったら逃げればいいし、俺の相手になる奴もいないだろうからやるだけやってみるか!
「やるか。城はそっちで落として。」
「おう!前言ったとおり本城の飫肥をいきなり落とすぜ!四々太!キンコを補佐して捕虜の相手しろ!お前ぇら、とっとと準備して亀門前だ!急げ!」
『おおっ!』
亀門は飫肥城の裏山に出るトンネルのことだ。玄武門ってつけたのに亀門としか言いやがらねぇ。
出口の何メートルかは塞がってるが、ゴロツキの中にはスコップを武器にしている奴もいるし大丈夫だろう。犯人は俺です。
ちなみに四々太は俺が最初に会った子供の父ちゃんだ。
20人くらいの隊の小頭で俺の護衛役。
さて、下見に行きますかね。
それから帰って待ち伏せ場所を決めないとな。
「それじゃ、四々太。行ってくる。」
「おう、早く帰ってこいよ。おい、縄はまだほどかんでいいぞ!あと3つずつは積め!」
手下に指示を出す四々太の声を背中に受けつつ、俺は大広間を出て飛び立った。
後編は下部にリンクを置いています。
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