像にて
いつものように、街の中心部にある像を見ていた。
目的地である近くのネカフェが開店する時間まではまだある。そういうときは大抵こうしてる。
自分は気が早って、家を出るのが早いのだ。
今日はネカフェからログインするとサービス特典がもらえる日だ。
前までは、そういう日はネカフェの店の前でうろうろしたり、まだかまだかと覗き込むようなことをして
周りから変に見られていた。それでお店の人に覚えられたりもした。
でもこの像を見つけてからはそういうことはなくなった。
家を出るのが早いのは今も同じだけど。少なくともそわそわと奇行をするようなことはなくなった。
……この像を見ているととても落ち着く。
時間を忘れて、開店時間を過ぎてしまうこともちょくちょくあるくらいに。
でも、この像のことは実はよくは知らない。
髪の長い女性が、子供を抱いて見ている像だ。
考えてみれば、普通によくありそうな像だ。教科書とかでもよく見そうな気がしなくもない。
まぁでも実際、まったく同じものは見たことがないんだけど。
この像自体は何度でも見ている。でも、よくは知らない。いつも、調べようという気には不思議とならない。見れば満足するし、見に来ようと思えばいつでも見られるし、それはいつもここにあるから。
不意にいい匂いがした。
なんとなしに、その匂いのする方を見た。
髪の長い、女性だった。
サングラスをかけていたから表情はよくわからなけど、首がこちらを向いたので、
自分の視線に気付いたのだろう。
口元だけ見ると、確かに微笑みかけてくれていたように思う。
「おはようございます」
相手の顔を凝視していたところに、本当急に挨拶をされたので一瞬、戸惑った。
慌てて、挨拶を返す。
何の因果か。
今、自分は先ほど知り合った女性と同じ方角へ歩いている。
「先ほどの場所へはよく来られるのですか?」
わりと質問攻めしてくる人だった。
目的地はどちらも同じで、ネカフェだった。
先ほど、開店時間のことを言ったけど、それは正確じゃない。
あくまで僕にとっての開店時間だ。勝手に決めてる。
まぁ、ようはただのネカフェのサービスタイム狙い。
入店は同じだったけど、女性とはすぐに別れた。
まぁ僕としてもそっちの方が、ありがたい、かな。
手続きを済ませて、着席、いつものように起動だけは一番に始める。
そのゲームは起動が終わると真っ先に、今回の更新情報がトピックとして前面に表示される。
まぁ珍しくはないよね。
で、当然、課金コンテンツの宣伝も。
これも珍しくはないか。
ただ――
「……また、か」
ゲーム内自体には特にメリットのないコンテンツ。
意味不明なコンテンツがこのゲームでは配信される。
意味不明、と非難しつつも実は僕も始めの一つは購入したことがある。
まぁ貢ぐ意味とか、理由はいろいろ。
前評判で特にゲーム内では意味はないって言われていたけど、試しで買った。
本当はゲーム利用できるんじゃないかって期待もあって。
……結局なかったんだけど。
なのでそれ以降は買ってない。
一番始めに配信されたものは……どこにあるっけ。
本みたいなアイテムになっていて、ゲーム内の自分の部屋の棚に置いた記憶はあるけど。
「……人まだ少ないな……」
暇、だな。
今回の更新はとにかく人がいないと……。
「何してようかな……」
本当の本当に、気まぐれに、久々に開いてみた。
<氣付の間>
<昼の部>
<リラックス>
<発氣>
<錬氣>
<夜の部>
<リラックス>
<集氣の間>
<臨療>
<氣醒の間>
<締実>
もう項目からして意味がわからない。
注意事項もある
・睡眠不足ではない
・昼の部(以下で説明)の就寝前の30分間と起床後の30分間、それと食前の30分間と食後の30分間は修練を避ける
・酒気はない
・全行程において、絶対に無理をしない
もう謎。
<氣付の間>
<昼の部>
1.まずはリラックス。
*このスタイルは本当に多種多様。以下一例。
<リラックス>
・胡坐をかく・寝具に仰向けになる、足を肩幅ほどに開き、手は体側ではなくあくまで楽な間隔に、自然におく。
・背筋を伸ばし、体を上から下までなるだけ歪みないように真っ直ぐに。
・頭のつむじから下腹部(丹田)まで、ストローのような管のものがあるようにイメージし、丹田にはそのストローと繋がる風船があるようにイメージ。
・いわゆる腹式呼吸の応用。頭の管の入り口から"何か=氣"を吸い込むようにイメージして、
鼻から息を吸う(鼻息荒くではなく、あくまでリラックスなので自分にとって自然な呼吸で)。
*腕に軽く口をつけて(密閉にしない)、吸い込んだときを想像する。吸い込まれた方(腕)がひんやりする感じ。
これと同じで、頭のつむじがひんやりするような感覚を掴みつつ、行う。
・吸い込まれた氣がその管を通っていくような感覚というかイメージを持ちつつ、風船に送り込む。
当然風船はその"何か"で膨らむわけだから、それをイメージしつつ、実際に下腹部を膨らませる。
ここまでが吸い込み。
*あと覚えておいてほしい事として、脳・脊髄・背骨・子宮(女性)などには氣を通したり、留めたりするイメージはなるだけ避けるように。初心者はなかなかできることではないが、念のため。
・息を吐くときは口から。このとき、吐くに合わせて風船はしぼませるが、
その中身は管を通ってつむじから抜けていくのではなく、なぜか風船を中心に中身が放射上に溢れ出し、体全体に広がるようにイメージ。実際にお腹もへこませる。(苦しくない程度の吐き方で)
これを自分が落ち着いた、と思うまで繰返します。数的にも10セットくらいか。
筋肉の動きとイメージを同時に行っていくので反復的な練習が必要。
まずはイメージはおいておくとして、普通の腹式呼吸から慣らしてみよう。
下準備が終わったら本番。
態勢は辛くなく、かつ手・腕・肩だけは自由に動かせる姿勢で。
胡坐・椅子・寝具の上に座るのがお勧めである。
まずは、肩の力を抜いて、全身をリラックスさせる。
<発氣>
1.両手の掌をあわせ(合掌)、やや力を入れて掌が熱くなるまで摩擦する。(触れていられないくらい)
*爪の長さには注意。この修練に限らず長い爪は怪我の元か。自分にとって適度な長さで。
2.その熱くなった掌を1、2、3cm離し、意識を両手の掌にかける。
*このときには無駄な力を抜くように心身共にリラックスする。特に手・指・肩・背中には力が入りやすいので注意。
3センチほど離した手の平を『氣』が行き来する(交流)イメージ(想像)。
氣のイメージは人それぞれだが、好きな色の氣をイメージすると効率がいい。
3.その両手の掌を、前後・左右・上下・斜めと動かしていく。微風を起こさぬように緩やかに動かす。
*指は反らさない。むしろ内側に軽く曲げるくらいが良い。無駄な力は入れないように。
(この段階で、手の内にピリピリした感覚、粘り・ムズムズした感じ、空気の塊のようなもの
を感じる人もいる)
<錬氣>
4. 両手の掌を少し丸め、直径5~10cmほどのボールを持っているような手の形
(風船のボールを包むような形にする)にする。
それぞれの手を反対方向に回転させたり、戻したりする。
手玉だんごをこねくり回す要領。ゆっくりと行う。
5.手の間に何か独特の感覚を感じたら、掌を少しずつ離していく。感覚がなくなる距離を確認し、知る。
その距離の間で両掌を近づけたり離したりしながら氣を練る。
*両手の間隔をゆっくりと離したり、近づけたりする。
呼吸のリズムに合わせて、手の間隔を広げるときには息を吸い、近づけるときには息を吐く。
このときにも両手、指先自体の力は抜けていることを意識する。
6.手の中にふわふわした「シャボン玉」のような、気の塊があるように想像。
両手を少しずつ開いたり閉じたりしてシャボン玉を練って、このシャボン玉を徐々に大きくしていく。
7.慣れてくると、小さくしたとき、ゴムボールのような感触になる。
<夜の部>
<リラックス>
上記にあった、リラックス状態を一度やって寝る。
*もうすこし、高度なリラックスをやりたい人は次回の配信をお待ちください。
はじめにあったように、ここまでの修練を仮に"氣付の間”と呼称する。
<集氣の間>
<臨療>
字面的に面倒な印象だが、特には何もしない。
・規則正しい生活習慣を送る。
具体的には、
・適時就寝(なるだけ固定する)、適時起床(なるだけ固定する)、適正睡眠量を採る。
・一日三食。
・お酒は適度な酒量であること。
以上。
これの期間は、氣付の間を"1"とすると、およそ"2"。
<氣醒の間>
<締実>
・<氣付の間>の<昼の部>を行い、成果の確認をする。
・成果が見られなければ、<発氣><錬氣><集氣>の工程を、<集氣>を長くして再度行う。
「……うーん、相変わらず……。 そういえば――」
フレンドが最近のコンテンツだと火の操り方、みたいなものが配信されたとか言っていた。
「……」
配信当初から、ドはまりしていたフレだった。
第二弾はなんだったか……。その話も聞かされた気がする。
第一弾の応用だから、ぶっちゃけ、数日で習得できて簡単だったとか言っていたような。
……あぁ、思い出した。簡易の透視ができるとかいうやつだ。
……うん、最早何も言うまい。
…………暇だ。
webニュースでも見よう。
「……また、か」
最近、原因不明の放火事件が多発している。
街の郊外とか、比較的近くにある森林などで主にそれは起きていた。
謎火災が多発しているのだ。
警察の調べでは、火事が起きたときのその付近で不審な人物見かけたという通報があって、
容疑者は何人も挙げられているみたいだが、そのどれもが決定的な証拠を欠いている。
行為に用いた道具、あるいはそのような痕跡等が一つも見つけられないというのだ。
「ふーん……。 ……あっ」
やっと始まった。
人もかなり集まって来ていた。