またあえるひまで
ここの畑はよさそうだぞ、とカラスは思いました。
さむぞらの下、おなかを空かせてふらふらとんで、ようやくみつけた畑。
東西にのびた畝のなみはきれいにととのえられており、そのまんなかにぽつんとカカシがたっているほかは、スズメもタカもみあたりません。
「(きっとつちのしたには、うえたばかりのおいしい種があるにちがいない)」
カラスは畑にちゃくちすると、しめしめと土をほりかえしはじめました。
そのとき、
「ねえ」
と、どこからか声がきこえました。
「(しまった、ニンゲンがいたか!)」
カラスはおどろいてまわりをみまわします。
しかし、あたりにはだれもいず、カカシの服が、かぜにゆれているだけです。
「(気のせいか)」
そうおもって、また土をほりかえしはじめると、
「ねえ、ってば」
また、どこからか声がきこえます。
カラスはさっきよりも、ちゅういぶかくあたりをみわたします。
すぐにとんでにげられるように、つばさをふくらませながら、あたりをたしかめてみても、やっぱりだれもおらず、ひろい畑でカカシがさむそうにしているだけです。
「(どうやら、オレはつかれているらしい)」
カラスは、もう気にしないぞ、と心にきめながら、またまた土をほりかえしはじめようとします。
そのときです、
「ねえ、ねえってば! きこえてるんでしょ? むししないでよ! こっちみてよ!」
また、声がきこえました。
カラスがふりかえると、そこにはカカシが、からだをゆらしながらさけんでいました。
「なんだよ、オレはいま、いそがしいんだ」
カラスは、いいます。
「ねえ、おどろいてよ」
「……なにいってるんだ、オマエは」
「おどろいてよ! カカシがしゃべってるんだよ! ふしぎでしょう、おかしいでしょう、びっくりするでしょう?!
だから、おどろいてよ!」
「(そんなこといわれてもな)」
というのが、カラスの本心です。
「(しょうがない、まるめこもう)」
このカラスは、カラスのなかでもめっぽう口がうまいカラスです。
「へー! おまえさん、カカシだったのか。ずいぶんきれいだから、カカシだってきづかなかったよ」
「……え? えへへ、そうかな」
「そうともよ! オレもずいぶんいろんな畑をみてきたが、おまえさんほど立派なカカシはみたことないぜ」
「あんまりほめないでよ!」
「……おまえさんたちカカシが、鳥をおっぱらわなきゃいけないことは、わかってる。
でもよ、オレたちカラスも食べなきゃならないんだよ。そうしなきゃ、死んじゃうんだ。
だからさ、ちょっと大目にみてくんないかな? ちょろっと落ちている種とか、虫とかをもらうだけだから」
「カラスさんも大変なんだね……」
「そうとも。そんなわけでちょっといただいていくぜ」
そういうと、カラスはまた土をほりかえします
「あっ、ダメ! ダメだよぅ!!
畑にくる鳥さんたちを、おどろかすのがボクの役目なんだから! もっと、もっとちゃんとおどろいてよ!」
「……おどろいて、っていわれてもなぁ。どうやって?」
「どうやってって……、スズメさんたちは、ボクがちょっとおおきな声をだすだけで、おどろいてくれるけどなぁ」
「大声でどなられるのには、なれてるんでね。すまんが、ほかあたってくれや」
カラスは、ついに種をみつけると、それをついばみはじめました。
「ねえ、ちょっとダメだってば」
どこから声がしているかわかれば、こわいものはありません。どうせカカシは動けないのですから。
「ねえ、ダメだよ。たべちゃ、ダメだって。」
「ねえ、ちょっと、おどろいてよ。ちょっと、はなし、きいてよ、ねえ!」
「ねえねえ。ねえ、ってば。ねえ、ねえ、ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ……!!」
「カーっ!!」
「うわぁ!!」
「さっきから、ごちゃごちゃ、うるせぇ! 食事くらい、しずかにさせてくれよ!!」
「ぁ、ご、ごめんなさぃ……」
「まったく……、つぎからは気をつけろよ」
「は、はい……」
カカシがだまったのをいいことに、カラスはつぎつぎに種や豆をほりおこしてはたべていきます。
「あー、はらいっぱいだ。じゃあな、またくるぜ」
そして、あるていどたべたら、さっさととんでいってしまいました。
「……あ、けっきょく、おどろいてくれなかったな……」
***
カラスはいつものように、畑におりたちます。
「よう、またきたぜ」
「カラスさんは、どうしてまいにちこの畑にくるの?」
「そりゃあ、ここにくれば、食べほうだいだからさ」
「だから、ダメだって!」
「それに、おまえさんみたいなおもしろいカカシ、ほかじゃみれないからな」
「……ふーん」
カラスは、じめんにおちている菜っ葉や、麦つぶなんかをついばみます。
土をほって種や豆をたべると、カカシがあまりにかなしそうな顔をするので、ちかごろは、すてられた野菜をたべるようにしているのです。
「ねえ、カラスさん。きょうはおどろいてくれる?」
カカシが、やけにあらたまったこえでいいました。
「……おまえ、なんでそこまでおどろかせたいんだ?」
「それが、ボクの役目だからさ」
「役目、ねえ……」
「そう、役目、なんだ。
カラスさんが、ごはんをたべて、おそらをとんで、ときどきカーっとなかなきゃならないように、
ボクは畑にくる鳥さんたちを、おどかせなきゃいけない」
カラスには、カカシがいっているいみがわかりませんでした。
「だから、ねえ! おどろいてよ、おーどーろーいーてー!」
「……そんなこと、いわれたって。なんにもないところで、おどろけないぜ。
いつもは、どんなふうにおどろかしているんだ?」
「スズメさんたちはちょっと声をかけるだけで、おどろいてにげてくれるんだけどなぁ……。
だからボクは、カカシがしゃべるのがめずらしくて、こわいんだとおもってた」
「たしかに、ほかのカカシがしゃべるのはみたことないけどさ。
たぶん、ほかのやつらは、むくちなだけだとおもうぜ」
「そうかなぁ」
「そうともさ。
それより、オマエさん。カラスがしゃべるのは、ふしぎじゃないのか?」
「え?」
「ずっとしゃべってるじゃないか、オレは」
ほんのすこしのあいだ、ふたりはだまってむかいあっていました。
「か、カラスが、しゃべった!?
え? え? どうして、なんでなんで? なんでしゃべるの?
もしかして……カラスのおばけなの!? 」
「ちがう」
「でもでも、でも、カラスなのにしゃべってる。なんで、ねえ、なんで?
カラスなのに、しゃべるのに、おばけでもないのに、なんでしゃべるの? ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ……!!」
「カーっ!!」
「うわぁ!!」
カカシはおどろきのあまり、とびあがりました。そのたかさ、なんと2メートル。
そして、どすんとじめんにちゃくししました。
「あ、とんだ! カカシのくせに、とんだ!」
「え? あ、とんじゃった、ぼくカカシなのに!!」
「オマエ、いまどうやった!? どうやってうごいたんだ!」
「わ、わかんない」
「ふつうのカカシは、うごけないんだぞ。もしかしてオマエ……カカシのおばけなのか!?」
「ボク、カカシのおばけだったの!? どうしよう、おばけだったらどうしよう……」
カカシは、めそめそと泣きはじめました。
「な、なあ、そんなにおちこむなよ。おばけもわるいもんじゃないぜ、きっと」
カラスは、でたらめをいいました。
カカシはまだ、手のひらでめをおおって、はなをすすっています。
「あ、おれもカラスのおばけだから、おそろいだな! ほら、しゃべるし、な!」
「……えへ」
カカシのすすり泣きが、きゅうにとまりました。
「えへへへっ! うそでーす! ねえ、おどろいた? おどろいた?」
いままで、泣きべそをかいていた、いいえ、かいていたフリをしていたカカシが、あかるい声をだします。
「い、いや、おどろいたというか、なんというか。
……オマエ、うごけるんだな」
「うごけるよー!
えへへ、おどろいたんだ!」
「いや、おどろいてないし。ぜんぜん、おどろいていないし。
まあ、おちこんでないならいいか……じゃあ、オレはもう、いくぜ。
また、あしたな!」
「おどろいていないのかー、ざんねん。
……また、あした」
***
あくる日のこと。
カラスはとんでくるやいなや、
「なあ、きいてくれよ」
と、カカシに声をかけます。
「このまえ、むこうの畑で、すごくうまい野菜をたべたんだ。しろくて、あまくて……えーっと、なまえはなんていったかな……」
「しろくて、あまい? ……かぶ、のこと?」
「そうだ、それだ! かぶ! いやーうまかったな!」
「……カラスさん、ほかの畑でごはんをたべたの?」
「ああ、オレたちカラスは、じゆうだからな。いろんな畑にいくぜ」
「ふーん……」
カカシは、すこしだけかんがえこんでいるようでした。
「ねえ、カラスさん、これみてよ!
うーん……えいっ!!」
カカシはぜんしんにちからをこめると、きあいのこもった声をあげながら、2メートルほど横にスライドしました。
カカシのあしもとは、いっぽんあしのかたちに、2メートル筋状に土がえぐれていました。
「みて、みて! すごいでしょ、ボクうごけるようになったよ」
「す、すごいな! どうやったんだ?」
「ねえ、ねえ。おどろいた?」
「おどろい……てない。
ぜんぜん、びっくりしなかった。よく考えたら、カカシがうごくのなんてフツ―だよな」
「えー、ずるいよ。カラスさん、ぜったいおどろいてたって!」
「しつこいな。いいじゃないか、べつにおどろかなくたって」
カラスはムキになっていいました。
それに、カカシは、おちついたひょうじょうで答えます。
「ダメだよ。だってそれがボクの役目なんだから」
「役目だから、なんだっていうんだ。
ちょっとくらいサボったからって、どうなるってわけでもないじゃないか」
「ダメなんだ。
カラスさんが、ごはんをたべて、おそらをとんで、ときどきカーっとなかなきゃならないように、ボクは畑にくる鳥さんたちを、おどかせなきゃいけないんだ。もしさぼったりしたら……」
「したら……?」
「死ぬよ」
「え?」
「死ぬんだ、ボクは」
「なんだよ、なんだよ、それ。一体、なんだって、いうんだよ!
オレは、オレは騙されないからな!
どうせ、あとから『ドッキリでした! ねえ、おどろいた?』とかいうつもりだろ!」
「ウソ、じゃないよ」
「じゃあ、なんだ?
オマエがいつもひとりぼっちで畑にいるのも、
オレをおどろかせようとするのも、
ぜんぶ、ぜんぶ、そうしないと、死んじゃうからだってのか!」
「そうだね……。
ボクは、まいにちがんばって、畑から鳥さんたちをおいはらっていたから、かみさまから、いのちをもらえたんだよ。
だから、その役目をはたせないと、いのちは、なくなっちゃう」
「オレは、オレはしんじないぞ! そんなバカなはなしがあるか」
「……カラスさんは、おどろかせられなかったけれど、
役目は、はたせなかったけれど、
まいにち、おはしできて、とってもたのしかっ、……」
きゅうに、カカシの声がとぎれました。
ぴんとはっていた腕も、力なくたれ、まるでにんぎょうのようでした。
「……おい。ウソ、だろ?
おい、おい……おい!」
ひろい畑にカラスの声だけがひびきます。
十字架に腕をひろげた案山子に、カラスがとまっているようすは、まるでお墓のようでした。
「おい、へんじ、しろよ! つまらない、じょうだんはよせよ!
さっきまで、あんなに元気だったじゃないか……おい!
いくらなんでも、きゅうすぎるだろ。おい、かかし、め、さませよ。
……おい、なあ。なあ、じつはさっきオレ、すげえ、おどいたんだ。ほら、さっきオマエ、うごいただろ? まさか、カカシがうごけるとはおもわなかったよ。カカシがうごいちゃダメだろ、オバケかっつーの。
だからさ、オレ、おどいたからさ。
だから、オマエは、死ななくていいんだよ。
おどろいたんだよ、びっくりしたよ。びっくりしっぱなしだ。
……だからさ、カカシ。カカシ……」
「よんだ!?」
「カァーっ!!??」
きゅうに、カカシが明るい声をだしました。
ちからなく、ぶらさがっていたうでには、ちからがもどり、ぴんとはっています。
「えへへ、ドッキリでした! ねえ、おどろいた? おどろいたでしょ!」
「オマエ! おどろいっ……てない! おどろいてないけど、その、あれだ! しんぱいするだろ!
くっそー! だまされた!
おどろいてない。オレは、おどろいてないからなー!
またな! また、あしたくるからなー!」
さけびながら、カラスはとびさりました。
「また、……」
のこされた案山子はつぶやこうとして、
***
つぎのひ、カラスは畑にちゃくちすると、いつものようにカカシをみあげます。
「よう、きたぜ!
きのうは、よくもだましてくれたな!」
しかし、カカシはすでに、ものいわぬ案山子になっていました。
***
さむぞらの下、おなかを空かせてふらふらとんで、ようやくみつけた畑。
「(しかたない、この畑にいってみるか)」
畝のなみはきれいにととのえられており、そのまんなかにぽつんとカカシがたっているほかは、スズメもタカもみあたりません。
しかし、この畑は、ぜったいにちかづいてはいけない畑だと、カラスたち、いいえ動物たちのあいだでは、うわさになっているのです。
じゅうねんもまえから、この畑には、一羽のとしおいた大きなカラスがすみついていて、ちかづくものはスズメであってもタカであっても、おどかしておいはらってしまうといいます。
しかし、カラスのおなかは、ぺこぺこです。
「(どうやら、うわさの大カラスもいないみたいだ。こっそりおりて、たべものをもらっちおう)」
カラスは畑にちゃくちすると、しめしめと土をほりかえしはじめました。
そのとき、
「ねえ」
と、どこからか声がきこえました。
(終)