トリック・オア・トリート!
どこまでも続く、青、青、青。神様とやらが手を抜いたのか、ただひたすらに青いだけの空。
バカみたいに晴れた秋晴れの空の下、俺と奴の表情には、どんよりと暗雲が垂れ込めていた。
「こんな天気の下で、よりにもよってあんたなんかとこんなことをしてなきゃならないと思うと、絶望して喉を掻っ切りたくなるわ」
「こんなところでお前なんかのきったない血がまき散らされた日にゃ、世界中の善良なる市民の皆さんのご迷惑だから、直ちに考え直せ……と言いたいところだが、お前が生きていることによって皆様に及ぼす迷惑と比較して考えてみるとここは我慢のしどころと考えるべきか……」
「そのインテリぶって中身のないひねくれた喋り方、いい加減何とかしたら?」
「お前こそその無駄に攻撃的な態度をどうにかしろ」
俺と奴はしばしそれぞれの青灰色の瞳でにらみ合い……やがて阿呆らしくなってどちらからともなく視線をそらす。
こんなやり取りは俺たちにとっては物心ついてからもはや十年以上も続けてきた日常茶飯事なのだが、はじめて見る人にはよほど珍しく見えるらしい。秋の文化祭で沸く高校の敷地内の道路に、いつの間にかあたりに人だかりが出来てしまっていて、俺たちは慌てて下を向く。なぜか知らんが、俺たちはやたらと注目を引いてしまうらしい。
……いや、今日に限って言えば、人だかりが出来ている理由は、何も俺たちのやり取りだけではないだろう。
「しっかし気持ち悪いほどに悪魔の格好が似合っているな。勿論、お前が着ると可愛らしい小悪魔ちゃんもたちまち極悪非道な大魔王に早変わりだが」
「あんたこそ、そのカボチャの帽子、中身が空っぽのあんたの頭にぴったりよ。……あ、失礼なこと言っちゃったわ。あんたの頭に比べたらカボチャのほうがよっぽど中身が詰まっているんだから、そんなこと言ったらカボチャに失礼よね」
お互いに指摘したとおり、俺たちは別の意味でも目立っていた。
奴が黒のタイツに赤のきらきらしたドレス、そして尻尾と巨大なフォークという、「悪魔っ子」スタイル。
俺がどぎついオレンジ色の顔つきカボチャの帽子に足首近くまである、これまたきらきらした金色のマントというよくわからない格好だ。
じゃんけんに負けて、「校舎の外を回って、文化祭でのクラスの店の宣伝をしてくる」という役目を押し付けられた俺たちだったが(ちなみに、クラスの店はベタにお好み焼き屋だ)、さらには「今日は年に一度だけ、大手を振って怪しげな格好をするのが許される日だから」という実に腹立たしい理由で、怪しげな仮装までも強制されているのだ。クラスのやつらめ、今日が「俺たちが世界で最も憎んでいる日」だと、知らないわけでもあるまいに。つくづく、自分の運の悪さを呪う。
俺が今日何度目になるのかもはや数えられないため息をつくと、奴が見ず知らずの男子生徒に声を掛けられ、適当にあしらっているのが目に入る。
「あんたにはこの魅力がわからないだろうけどね。この格好、結構人気あるみたいなのよ〜。ふふん」
男子生徒を適当に追い払った奴が、こちらを振り返って薄い胸を張ってみせる。
「みんな、何で気がつかないのだ! こいつの心に潜む、いやむしろ前面でアピールしている凶暴さに!」
いつもの軽口で言い返すが、確かに奴が必要以上に周囲に――おもに男どもに――人気があるのは確かだ。同一民族ばかりのこの国では、イギリス人の血が混じっている奴の、青い目と白い肌と金色の髪の毛は非常に魅力的に映るらしい。血が混じっているといったって、生まれてから一度も日本から出たことがないのだから、頭の中はまるっきり日本人だというのに。……って、それは俺も同じだが。
まぁ、そういった点を差し置いても、周りの男どもに言わせるとどうやら奴は一般的な「美人」の範疇に入るらしい。俺に言わせればたとえ見た目がどうだろうが、奴の心のひねくれようを考えると、恋愛感情など抱くことはありえないと思うのだが。どのくらいありえないかというと、ハルウララが十連勝するくらい……つまり、全くないということだ。
「おー、二人揃ってクラスの宣伝かぁ?」
掛けられた声に後ろを振り向くと、そこに立っていたのはテツヤだった。山崎テツヤ。俺たちと同じ高校二年生で、今は隣のクラスに所属している。三歳の頃から俺たちと交流がある、正真正銘の幼馴染って奴だ。性格は豪放かつ単純。というか単にバカとも言う。
「まさかお前たちが『この日』に仮装をするとは。いやぁ、さっすが、ハロウィン兄妹……ぐわっ!」
テツヤがその言葉を口にした瞬間、俺と奴の拳が全く同時にテツヤの顎に直撃する。
『その言葉を口にするなっ!』
二人の怒りの鉄拳が、見事にテツヤをノックアウトする。
認めたくないが、完全に息のあった動作。やはり双子、というべきか。
そう、極めて遺憾なことに、俺と奴は双子の兄妹だ。
名前は、俺がトリックで、奴がトリート。
……こんな名前をつけた両親こそ、頭がカボチャなんだと思う。
「テツヤのやつおっそいわねー。いったいどんだけ気合入れて仮装してるんだか」
「奴の場合、どんな仮装したところで気持ち悪いに決まっていると思うが」
テツヤは陸上部で砲丸を投げているくらいだから、やたらとガタイがよく、上背も2メートル近くある。そして、ゲルマン民族の血のせいで肌が青白い俺たちとは違って、黒々と日焼けした肌だ。得てして、仮装というものは黒マッチョには似合わないと相場が決まっている。
あいかわらず無駄に爽やかな笑顔で俺たち二人に声をかけたテツヤは、「面白いことやってるな、俺も混ぜてくれ」とか何とか言って勝手に、一緒にクラスの宣伝をすることに決めやがった(ちなみに、テツヤのクラスは団子屋だ)。
そして、「仮装してくるから、ここで待っていろ」と言い残して陸上部の部室に消えたのが、いまから三十分ほど前だ。
校庭の端の木陰で待たされている俺とトリートが、いい加減あくびをかみ殺し始めた頃。
ちょん、ちょん。
肩を軽く叩かれる感覚。俺とトリートは、同時に振り向いた。
俺の右側、トリートの左側。
二人のちょうど間に立っていたのは白い影。
おぼろげな輪郭は風になびくようにふわふわと揺れ、こちらを見つめるのは、虚ろな黒い眼窩――。
『お、おばけっ?!』
二人同時に、悲鳴のような声を上げて飛びのく。
恐る恐る視線を向けると、無表情にへらへらと笑うその人影と目が合う。
「……って、テツヤ、その仮装はないだろ」
「……ホント、いくらなんでもセンスなさ過ぎ」
そこにいたのは、頭からすっぽりと被った真っ白な布に、黒いマジックで落書きのような目と口が描かれた、まさしく映画で見るような、「ゴースト」の姿。布の両側から、これまた布に覆われた短い腕のようなものがちょこんと突き出している。布が足元までくまなく覆っているため、中の姿は全く見えない。
「ってか、そんなおばけ、イマドキいねぇだろ」
「もはや何十年も昔の遺物って感じよね」
俺とトリートが同時に突っ込む。
いささか早口になっているのは、一瞬でも大声を上げてしまったことが恥ずかしくて取り繕っているから、というわけでは、決して、ない。
俺たちの突っ込みに、おばけは、しゅんとしたようにうつむく。しかし、一切声は出さない。
なるほど、テツヤめ、あくまでも役に徹するつもりか。なかなかいい心がけじゃないか。だけど、甘い考えを後悔させてやるぞ。
「そもそも、おばけを表現するのに白い布ってのは、チープとした言いようがないな。大方、B級ホラー映画を作るときに、予算がなくてひねり出した苦肉の策なんだろうが」
「これだけ技術が進んだあとに改めて考えると、もはや見てて恥ずかしくなるわね。ホラーというより、思いっきりコメディよね。しかも安っぽい」
調子に乗って二人で散々に言ってやる。テツヤのやつめ、役に徹するため全く喋らないことにしたのは失敗だったな。おかげで言いたい放題だ。
言われ放題のおばけは、すっかり意気消沈したらしくしゃがんで地面にのの字なんか書いたりしている。
「せめて顔くらいもうちょっと怖い感じにするべきだったな。ただ楕円が三つ並んだだけの顔じゃ、どう見ても間抜け面だぜ」
「しかも真っ白な布だけ、って華がないわよね。遠くから見たら、なんだかわかんないし。近くから見ても、仮装というより単なる変質者?」
さらに言葉攻めを続ける俺たち。調子に乗ったら止まらないのが、俺たち共通の悪い癖だ。
さすがにこれはこたえたらしい。おばけは、非難するような目(とは言っても、ただの楕円だが)で俺たちを見て、「もうやだー!」と言わんばかりに、脱兎のごとく走り去ってしまった。
ふふ、完全勝利。
今頃あいつは、布を脱ぎ捨てて涙に呉れている頃だろう。
俺とトリートが、勝利の余韻に浸ろうとした、その時。
「いやぁ、お待たせ〜。ごめんなさぁ〜い。お化粧に手間取っちゃって〜」
黒いワンピースドレスに身を包んだ巨漢が、どたどたと走ってきた。気持ち悪いその姿は、魔女のつもりらしい。
「て、テツヤ? 今まで着替えてたの?」
トリートが尋ねる。心なしか、声が上ずっている。
「え、そうよぉ〜。お化粧なんて慣れないから、時間かかっちゃってぇ〜」
キャラ作りらしいオカマ言葉は、この際無視だ。
「じゃ、じゃあ、さっきのは、テツヤじゃなかったのか?」
俺が尋ねる。思わず、声がふるえる。
「へ? なんのこと?」
きょとん、とした表情のテツヤ。
俺とトリートは、恐る恐る顔を見合わせた。
『ぎゃーっ! で、出たーっ!』
バカみたいに青い空に、俺とトリートの悲鳴が、響き渡った。




