サラと花嫁のヴェール3
残念美女注意です。
アイリッシュさんに残り3つの糸束を入手できたら作成をお願いしたけれど、私に考え付く入手方法なんてたかが知れている。
まず最初に考えられる入手先としては、行商人さんが持っている場合だ。でも運よく持っていたとしても、ドワーフ国では滅多に手に入らない上に、産地のエルフの森は王国を挟んで反対側で、輸送料と希少価値などでこの街に流れてくることはまずないと思われた。
二番目に考えられる手段としては、冒険者ギルドでアルケニーの討伐を依頼してみることだ。よくよく聞いたらアルケニーは火で巣ごと燃やして倒すことが基本だから、火を使わないで討伐するにはそれなりの高ランクの冒険者に依頼する必要あった。そうなると依頼料だけで赤字になってしまうので却下。
最終手段は、私が働いている買い取りカウンターで優先買取項目に設定してもらうことだ。これが一番無難かもしれないけど、うちの買い取り金額を知っている冒険者さんは商業ギルドに売りに行っちゃうのが関の山な気がした。
とにかく、行商人さんにアルケニーの糸束がないか聞いて回ったが誰も持っていなかった。一番最初の入手先を考えたときの懸念事項がそのまま当てはまってしまった。
こうなったら、キースさんとカイジさんみたいな大人に相談してみるのがいいかも知れない。私だけだと情報に偏りがあるからいいアイデアが浮かばない……。
そんなこんなで私の休日は終わった。
次の日にいつも通りの仕事をしていて、小休憩の時間になった時にキースさんにアルケニーの糸の入手方法を聞いてみることにした。
倉庫の不良在庫になっていた糸束3つは既に買い取り済みなのである。
「アルケニーの糸ねぇ、俺もそんなに見たことないからここのギルドじゃ手に入りにくいんじゃないかな? 一応、優先買取の札は出すことはできるけど、あまり期待しない方がいいと思うよ?」
「やっぱり、そうですか……」
「ほらほら、看板娘がしょげると、そこにいる冒険者のおっさんたちが気にするから元気出して!」
「はひ!」
予想していた通り、うちのギルドではアルケニーの糸の持ち込みはほぼないとのことで、ちょっとだけしょんぼりしていたらキースさんにほっぺたをつねられて強制的に笑顔にされた。
今は仕事中だと気を取り直して仕事に戻る。
この優先買取の許可に関してはギルドマスターの許可が必要になってくるらしく、ひとまず頭の隅っこに追いやって仕事に専念することにした。鑑定のほかにもやることはたくさんある。
今までは仕事中に別のことを考えることなんてなかったのに受け答えが相当上の空だったみたいで、冒険者のお姉さま方に心配されてしまった。
そういう状況だったのが気になったみたいで、仕事が終わると受付カウンターのシルヴィさんとセリアさんに声をかけられた。
うう、仕事はきちんとやっていたつもりだったんだけど、上の空での接客はお客さんに失礼だ。先輩方に叱られるのも当然だ。系統が違う美女が二人並ぶと大変迫力があります……。
お二人にちょっと来いやと言われてカウンターの端で話をしようとしたけれど、冒険者のお兄さんたちもなんか呆気にとられている。みなさんの視線が集中して騒ぎになりかねないと、副ギルドマスターのベルガさんが気を使って会議室を空けてくれた。
「それで? キースから聞いたけど、最近仕事が上の空だって聞いたけど?」
「上の空でお客さんに対応して、ごめんなさい。今度から仕事のことだけ考えます……」
シルヴィさんがちょっときつめな感じで聞いてきた。これは自分が悪いので素直に謝った。
本当に謝らなきゃいけないのは私が接客した冒険者さん達なんだけど、今はここに居ないから。
「シルヴィ……、気になるのは解るけど、ちょっと言い方がきつすぎるわよぉ。サラちゃん、委縮しちゃってるじゃない」
「そ、そんなつもりで言ったんじゃないのよ!? 何か悩んでいることがあるなら言ってほしいって言おうと思っただけよ!」
「えっ?」
「シルヴィの言うとおり、いつもサラちゃんは仕事を真面目にやっているのは知ってるわ。むしろ真面目にやりすぎているくらいよ? 最近の様子をキースから聞いて、疲れちゃったんじゃないかって心配したの」
てっきり叱られると思っていたので、正直心配してくれていたとは思わなかった。
目をまんまるにしながらセリアさんの顔を凝視していると、後ろでシルヴィさんがため息をついた。
「これが良い年の大人だったら怒って終わりだけどね、貴女はまだ成人前の子供なんだから、そんなに無理はさせられないわよ。それに、うちの新人職員で入ってきた若造よりプロ根性があって自分から積極的に働ける子は本当に貴重なの! 私だって買い取りにしろ受付にしろ、人と接するのは疲れるし、嫌な人が来たらおざなりな対応になることだってあるもの。疲れたら私たちに頼ってくれていいんだから、悩み事があるなら何でも相談してって言ったわよね?」
「え、でも個人的なことだから、仕事中に持ち込んじゃいけないと思って……」
「だったら仕事終わりに言えばいいのよ。まったく、日ごろ保護者が留守にしがちなんだから、少しは頼りなさい!」
お二人は私の悩みを引き出してやると言わんばかりに、黒猫亭に連行された。そういえば、今日の夜勤のメンバーにセリアさんが含まれていた気がするんだけどいいのだろうか……。
だ、大丈夫なのかな? 二人とも知らん顔してエールとか頼んじゃってるし、女将さんも空気を呼んでおつまみがじゃんじゃん運ばれてくるし。っていうかシルヴィさんはカイジさんに禁酒令出されてなかったっけ!?
あれよあれよという間に最近の悩み事だった、ミケさんのヴェールのことを話すことになった。
二人の話術が半端ない……。なんか知らぬ間にしゃべってたというか、有無を言わせない空気がすごかったというか……。
「へえ、結婚式があげられなくなっちゃった原因がサラで、せめてヴェールだけでもプレゼントしようと思ったと」
「いいわねぇ、男ってそういうところ気が利かないからねぇ。ミケーレも気が利く妹ができてよかったというべきか」
「でも、アイリッシュさんのお店で作ってもらえる確約は取れたんですけど、材料が足りなくて……。材料費込みで依頼を出すと私のお給料じゃ、多分利息の支払いでいつまで経っても支払いが終わらないんです……」
「いやいやいや、あの婆さんが依頼を引き受けてくれるだけでも凄いからね!?」
「そうよぉ! 確約取れるだけでも凄いから! 王族だってあの人の作品作ってもらうのに百日通いしたって逸話があるくらいだもの」
「え、マジですか!?」
「マジよ」
アイリッシュさんの噂話を教えてもらったのだが、王族の依頼を突っぱねるすごい職人だった。そんなにすごい人だったのかアイリッシュさん……。
特大ゴブレットを片手にしみじみと頷くセリアさんと、酔いが回ってきたのかややテンションが高めになってきているシルヴィさんに向かって、ちらちらと話しかけたそうな酔っ払いが多数。
「あの人作る相手を選ぶから、サラちゃんはよっぽど気に入られたのね」
「えっと、そうなんでしょうか?」
「下手したら養子に欲しいって言いかねないかもね? じゃなかったら、婆さんの孫の嫁とかね!」
「えっ!?」
「あー、それ解るわぁ! 丁度年頃の孫が居るって話も聞いたことある!」
「っていうか、サラは彼氏とか居ないのぉ?」
「い、いませんよ! なんでそんな話になってるんですかぁ!」
ちょ、誰か助けを求められる人が切実に欲しい!
二人とも私の相談に乗ってくれると言ったのに、どうしてこうなった!?
「だって今日は女子会なんだから、ぶっちゃけた恋バナとか聞きたいじゃなぁい♪」
「そうそう! サラの恋人に求める条件とかね? 勇者って見た目と稼ぎだけは良かったんでしょ? ずっと聞きたいと思ってたの!」
「ちょっと、二人とも飲みすぎですよ! 私のことは良いから、ちょっと水飲みましょう? 明日も仕事なんだから、二日酔いは拙いです!」
「サラが話してくれたら飲むわ! ねー、セリア♪」
「うん、教えてくれたら飲むわよぉ♪ あ、おばちゃんエール追加でお願いしますぅ!!」
「セリアさん!?」
「ほらほら、早くぅ!」
うわぁ、どうしよう二人とも酔いがまわって収拾が付かなくなってしまった。
さらに困ったことに、セリアさんとシルヴィさんに声をかけそうな雰囲気のチャラ男っぽい冒険者風の男が数名こちらを覗っている。ナンパなんかされた日には色々な方面から(冒険者風チャラ男の)血の雨が降りそうだ。
夜勤のカイジさんを呼びに行きたくても、この場を放り出したら確実に血の雨が!
私はどうすればいいんだ!(泣