サラと花嫁のヴェール2
商業ギルドから目と鼻の先にあるアイリッシュさんのお店はベン爺の話の通りで、迷わずにたどりため着くことができた。
お店の中はそれほど広くはなく、置いてあるものといえば服の見本品がいくつか展示してある程度。他は見るからに質のいい布が綺麗に並べてある。アイリッシュさんと数人の針子で切り盛りしており、店番をしていた獣人の女の人にアイリッシュさんを呼んでほしいと言うと快く呼んできてくれた。
アイリッシュさんは商業ギルドの重鎮で、冒険者ギルドで買い取ったアイテムの取引先として価格交渉の時にたまに合うことがある。
食えない婆さんというイメージが強く、この人が一流の針子であると言われた時には何の冗談だと思った。
ベン爺曰く、ドワーフという種族はと鍛冶職人というイメージが強く繊細な作業には向かないのではと思われがちだが、もともと手先が器用な種族であるため裁縫や細工、彫金のような仕事が得意なのだそう。
さて、来客用の机の前にやってきたアイリッシュさんは、私の姿を見た瞬間に接客スマイルが引っ込んだ。そんなに、私が嫌いか!?
まぁ、いつも商業ギルドの若手の兄ちゃんをやり込めている自覚はあるけども……。
「何の用なんだい」
「この糸を使ってヴェールを作れますか?」
知らない間柄ではない気安さなのか単純に私のことが嫌いなのか分からないが、アイリッシュさんは単刀直入に要件を訪ねてきた。この婆さん商談の時に自分のペースに持っていくのが上手いから本当に話題の持っていきかたに気を遣う。
用事はさっさと済ませるに限るから、カイジさんから預かったアルケニーの糸を取り出した。
「んん、アルケニーの糸か。お前さんこいつがどんな素材か知っているのかい?」
「え、アルケニーっていう魔物の糸ですよね?」
「あんたこれが王族の結婚衣装に使われる品だってわかって言ってる?」
「ええ!?」
「そりゃ、アタシの店でこの糸を使ったヴェールは作れないことはない。むしろ、この店以外で作ろうと考えたら王都に行かなきゃならん」
アイリッシュさんに言われて初めてアルケニーの糸が超高級素材だということ知った。よりによって王族の結婚衣装に使われるほどの高級素材だとは知らなかった。
この近辺なら確実にアイリッシュさんの店以外では作れないだろう。そりゃそうだろうなぁ、なんせ裁縫スキルカンストしている人ってそれほど多くないだろうし、私も王都に行く機会はない。
「……ちなみにヴェールの作成をお願いした場合はどのくらいの加工賃になりますか?」
「金貨8枚だ」
「!?」
ちょっとまて、金貨8枚なんて一般庶民の年収を上回っているじゃないか!
すごくぼったくり価格ではないかと思うが、王族が使うほどの高級素材で作るヴェールと考えれば、意外と適正価格なのかもしれない。
しかし、その値段だと自分のお金だけでやりくりするのは難しい、でも勇者のお金で支払いは絶対にしたくない!
あれ? そういえば、カイジさんは冒険者ギルドでの買い取り金額は一束銀貨3枚って言ってたよね?
ヴェールを作るのにどれくらい糸が必要なのかわからないけど、もしかしたらこの金額は材料費込みの値段なのかもしれない。でもレース編みは高度な技術が必要だって聞いたことあるし、加工賃としては適正だったりするのだろうか。
「あ、アイリッシュさん! いくつか質問してもいいですか?」
「なんだい、まだ聞きたいことでも?」
話は終わりと言わんばかりに、席を立とうとしていたアイリッシュさんにいくつか聞きたいことができたので引き留めた。アイリッシュさんの目つきが鋭くなったが、髭で口元が隠れているため本当の表情が良く解らない。
加工賃が正当なものなら値切りは職人さんへの侮辱に当たる。でも、もしもぼったくり価格なら適正価格にもっていかなきゃいけない。
それに私がただの子どもだと思って到底支払えないような金額を吹っかけて諦めさせようとしている可能性も捨てきれなかった。
「もしこの糸でヴェールを作るとしたら、どのくらいの量が必要になりますか?」
「……5束ってところだろうね、繊細な糸だから加工する際の失敗も考慮に入れるとなると、あと1束追加ってところだ」
どうしよう糸が6束も必要なのか……、冒険者ギルドの在庫が3つだったから残りの分の調達方法も考えなきゃいけない。1束銀貨3枚だから依頼を出せれば安く手に入ったりできたりすだろうか?
でも、そうなると依頼料も嵩むから買い取り金額よりも高くなってしまう。
「あれ? 加工賃ですけど、まさかと思いますが材料費が含まれたりしていないですよね?」
「……どうしてそう思ったんだい?」
「冒険者ギルドの買い取り金額が一束銀貨3枚だったんです。うちのギルドも利益を出さないといけないから、ある程度売値を上乗せしているはずです。このお店で仕入れをする際に商業ギルドから買い取ったとしたら、やっぱりそこでも売値が上乗せされているでしょう? そう考えると最低でもこの店で使う糸の原価は銀貨6枚程度になると思うんです。さっき材料として6束必要って言っていたから、原材料費として金貨4枚程度になるんじゃないかと思って……」
少し考えて質問を変えると、アイリッシュさんの目がますます鋭くなった。ここで目を逸らしたら負けな気がしたので、アイリッシュさんをジッと見つめてみる。
やっぱり、加工賃を値下げって言われて怒ったのか、はたまたぼったくり価格だったのか?
何を言われるのだろうかとドキドキしていると、さっきまで鋭かったアイリッシュさんの目じりが急に和らいだ。
「何も考えない、馬鹿な子かと思ったけどそうじゃなかったみたいだね」
「え、じゃあ……」
「あんたの言うとおり、さっき言った金額は材料費込みの場合だ。この街でアルケニーの糸の買い取りをする場合は流通やら素材の希少性もあるから、かなり割高になるんだよ。他の国なら金貨4枚で当たらずとも遠からずと言ったところだよ」
「そうだったんだ……」
アイリッシュさんが言った加工賃に、もしかしたら材料費が混じっているんじゃないかと思い至ったのは、私が冒険者ギルドでの買い取り金額を知っていたからだった。
王族が使うような素材だから、製作費にしては高額すぎで素材の料金込みでの金額だと言われても、提示された金額がいまいち腑に落ちなかったのだ。
「あんたの言っているヴェールを作るなら、素材の持ち込みで加工だけなら金貨2枚と言ったところだ。それで、どうするんだい?」
「えっと、今のところ3つは確保できそうなんですが、残りはちょっと目途が付きません……」
「うちの在庫がいくつかあるから取っておくかい?」
「でもそれって結局1束金貨1枚ですよね?」
「そりゃあこっちも商売だ、これ以上の値下げはできないね」
アルケニーの糸ってエルフの国で多く取れる素材だから、きっと流通費用が高いんだろうなぁ……。私がアルケニーの狩るのは無理だし、エルフの国に行くには特殊な旅券が必要だし結局のところ入手方法が詰んでいる気がする。
あとは、行商人さんが売っているかもしれないし、それと冒険者ギルドに依頼をする? その前にアルケニーがどんな魔物なのか知らないや。
素材の入手とかお金の問題とか、いろいろ考えることができてしまった……。