サラと花嫁のヴェール1
普段ならキースさんが目を回すくらい混み合う冒険者ギルドの買取カウンターが、なぜか今日に限ってものすごく暇だった。
暇を持て余してうだうだしているくらいなら、忙しいくらいが丁度いのに……。
「暇ですー、キースさん」
「そうだねぇ、こんなに暇なのは滅多にないよ。とりあえずカウンターは俺一人で回せるから、サラはカイジの手伝いしてきたら?」
「わかりましたー」
ってな訳で、倉庫番のカイジさんのところに手伝いに行ったのだが、こちらも暇を持て余し気味だった。それもそのはず、私が働き始めた辺りからアイテムの鑑定と売り先の仕分けを同時進行でやっているているため、カイジさんの方の仕事もさくさく進むようになったのが原因だった。
それでも買い取りカウンターと違って仕事があるのが倉庫である。カイジさん以前の歴代倉庫番の方が地層のように積み上げてしまった雑多な在庫整理作業があるため、カイジさんと一緒にそちらの手伝いをすることになった。
「カイジさんこの乾涸びた薬草はどうすれば良いですか? 捨てます?」
「ちょっと待て、それはベン爺が染料にするんでわざと乾燥させてるんだ。隅っこに吊るしておけばいい」
「それとこっちは毒草も一緒に放り込まれてましたけど、一緒にしちゃってても大丈夫ですか?」
「は!? 毒草も混じってんの!? ちょっと待てこれキースの鑑定じゃねえだろ、サラ仕訳票見せてみろ……」
「これです」
地層とはうまいこと言ったなと私も感じているけれど、鉱石がバラになって放置されていたり、新鮮なうちに加工しなければいけないはずの薬草が乾涸びている状態で籠に放り込まれていたり、中には毒草が混じってたり、一見するとごみにしか見えない物や使用用途の分からないアイテムが雑多に存在するため、同じものはまとめつつ用途が分からないものは逐一カイジさんに確認を取りながら整理していった。
「ったく、いい加減な仕事しやがって、商業ギルドの奴が応援に来たときの仕分けだ」
「あ、カイジさん。こっちのアルケニーの糸はどうしますか?」
「そんなのもあったなー。これ買い取ったのはいいんだが、この量だけじゃ何処も買い取ってくれなくてな、仕方なくお蔵入りしてんの」
「でも、糸だけで使えたりしないんですか? 縫い取りに使うとか」
「防具の素材になるくらいだから良いものではあるんだが、この糸だけだと他の素材の効果を阻害するからアルケニーよりランクの低い素材とは組み合わせにくくてな。だから、アルケニーの糸を使うときは同等以上のランクの素材と組み合わせるか、もしくは糸を単体で使うことが多いんだ」
「へぇ、そうなんだ」
もったいないなぁ……。こんなにスルスルとした肌触りとひんやりとした滑り心地でとても気持ち良いのに不良在庫なのか。
もっとたくさんあれば売りに出せるけど、アルケニーの生息地域は深い森があるエルフの国だからこの国ではあまり目撃されない魔物なのである。
今後狩られる可能性があるかと聞かれると、私もくびを傾げたくなるほどだ。そう考えるとこの倉庫に糸束が3つだけあるのは奇跡に近いと思った。
「ねーねーカイジさん。この糸って買ったらいくら位しますか?」
「そうだなぁ、1束銀貨3枚くらいか? なんだ欲しいのか?」
「うーん、ちょっと考え中なんだけど。もし、少しだけ借りたいって言ったら貸してもらえたりできますか?」
「まぁ、返してくれるならいいが」
「じゃあ、1束だけ貸してください。もし汚しちゃったら買い取りますから」
「それなら問題ない。ここに置いといてやるから帰りに持ってけ」
「ありがとう、カイジさん!」
あのアルケニーの糸の素敵手触りなら、いつか作ろうと思っていたミケ姉さんのヴェールの素材に丁度いいと思った。でも私も裁縫とかの専門家じゃないからこの糸がレース編みとかに使えるか分からなかったからカイジさんに話して1束だけ借りることにした。
それとアルケニーの糸の加工って何処でやればいいんだろう。防具で使う魔物素材だから服屋さんに持ち込んでも大丈夫だろうか。
少しだけ不安になったからアイテム作成の専門家であるベン爺に聞いてみることにした。アイテムの作成の一流職人であるベン爺は、ちょっとだけ強面のドワーフのおじいちゃん。魔物素材の加工に関してはうちのギルドで一番詳しくて、時々買取カウンターに優先的に集めて欲しい素材を伝えにくることもある。働き始めてからカイジさんの次くらいに話をするようになった人だ。
みんな怖いって言うけど、私が思うに声が大きいから怒鳴ってるように聞こえるだけだと思う。
倉庫の整理はまだまだ先が長そうだったため、私が手伝い始めて数時間後くらいに一度休憩を取ることになった。カイジさんは少し風に当たってくると言って出て行ってしまい、私はこのタイミングでベン爺のところに行くことにした。
「ベン爺ー、ちょっといい?」
「なんだサラ、熊の小僧のところで仕事してたんじゃないのか?」
「うん。今休憩中なんだ、それでちょっと聴きたいことがあったんだけど、忙しいかったりする? お仕事邪魔じゃない?」
「いや、ワシも丁度茶が飲みたかったところだ、お前さんもここで飲んでけ」
「ありがとう、ベン爺!」
素材の加工用に使っている窯の上にいつもかけてあるヤカンのお茶をベン爺が手ずから入れてくれた。お茶はベン爺が入れてくれるから、私はいつものように持ってきたお茶菓子を出して二人でまったりとしたお茶の時間になった。ベン爺もキースさんに負けず劣らず仕事中毒気味だから、たまに私が声をかけて強制的に一緒にお茶をすることで休憩を取っているのだ。はじめの頃は作業を中断させよってとぶつぶつ文句を言われたけれど、今では私の顔を見ると茶でも飲んでいけといってくれる茶飲み友達のような感じになっている。
「それで、何かあったのか?」
「ベン爺に見て欲しいものがあって、この糸でレースとか編めるかなぁと……」
「ほぉアルケニーの糸か、そうさなぁ……、糸は他に類を見ないほど丈夫で質感もやわらかいから向いとると思うぞ?」
作業の手を止めて私の話を聞く体勢になったベン爺が、私がここに来た理由を聞いてきた。
私の用件はただひとつ、アルケニーの糸でレースが編めるかどうかである。私が勇者から逃亡した際に私を助けるためにロビン兄さんとミケ姉さんは私を戸籍に入れて義妹にしてくれた。なし崩し的な流れで婚姻の届けを提出してしまったために、二人は結婚式を挙げていないのが私の中にずっとしこりの様に残っていたのだ。恩人でもある二人に結婚式は無理だけれど、ヴェールくらいならば作れるのではないかと思い、私はこの糸で姉さんのヴェールを作れないかと考えていた。
ギルド働き始めて初めて出たお給料を握り締め、布問屋さんに行ったり隣町のオーダーメイドの服屋さんに行ったり色々と吟味をしていたのだが、思うような素材がなかったために後回しになってしまっていた案件でもあった。
今回の倉庫整理で見つけたアルケニーの糸は光沢といい手触りといい、個人的にものすごくしっくりくる素材だったため、私はこれ見た瞬間をこの糸を使ってヴェールを作りたいと思い、ベン爺に改めて加工方法について相談することにしたのだった。
「そっか! あとベン爺は畑違いだと思うんだけど、レース編みが得意な職人さんってこの街に居たりする?」
「ううむ……、アイリッシュの服屋に行ってみるといい。あそこの店主は腕がいい、性格は気に食わんが!」
「あはは、そんなこと言ってじいちゃん認めてる職人さんしか紹介しないよね」
「そんなもん当たり前じゃ! 仕事も満足に出来んひよっこを紹介しするのはワシの矜持が許さん!」
ベン爺に紹介してもらったアイリッシュさんはベン爺が認める職人さんだけど、私もあの人は苦手だ。商業ギルドの重鎮なだけあって、なかなか言質はとらせないし、逆にこちらの言質を取るような話の流れに持っていこうとするし、商談になれば必ず値切ってくるし、商業ギルド的な視点で見ると有能なのだけど、こちらの身としてはかなりの曲者なのだ。
後のことを考えるとすこーしだけ憂鬱な気分になったが、今度の休みにアイリッシュさんの店に行くことにして残りの休憩時間をベン爺とたわいない話をしながらまったりと過ごし、私は再びカイジさんの倉庫整理に戻ったのだった。