こちら冒険者ギルド買取カウンター
番外編です。
ここはドワーフ国、鉱山の街の冒険者ギルド。鉱山がダンジョン化することが多く、冒険者が多い場所である。
私はこの冒険者ギルドの買い取りカウンターの担当者をやっており、もともと商人を目指して勉強をしていたこともあってか、カウンターで鑑定したり直接買い取り金額の交渉をしたりと商人っぽいこともやっている。
「なぁ、サラちゃん。もうちっと高く買い取ってくれねぇか? 今回の討伐でけが人が出てよ、この金額だと治療やらなんやらで赤字になっちまうんだよ」
強面の冒険者さんが少しばかり情けない声で私に訴えてくることも多く、今買い取りカウンターに来ている人はパーティの方が怪我をしてしまったため、赤字になると困ると訴えてきた。しかし、情に訴えられて買い取り金額を上げるわけにもいかないため、私は彼が持ってきた買い取り品に目を移すことにした。
カウンターの上には鉄鉱石とミスリル銀、あと魔物の素材が置いてある。
鉄鉱石の質は良いけど、この街の鉱山やダンジョン以外でも取れるからそれほど値段は上がらない。魔獣の皮に至っては皮膜と毛皮と毒液その他雑多な素材と魔石と鉱石が少しある程度、こちらもあまり高額買い取りの対象になるものでもない。そうなると、残すはミスリル銀となるわけで、一応別の鉱山から盗掘してきたという可能性も否定できないので一応鑑定してみる。
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名称:ミスリル銀
状態:良質
鉱山ダンジョン産のミスリル銀。純度が高く、魔力保持量も多い。
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一般の鉱山からもミスリル銀は採掘されるが、ダンジョン化している鉱山よりも質の良いミスリル銀は採掘することはできない。今回、冒険者さんが持ってきたのは特に魔力を多く含んだ良質のミスリル銀だった。これなら少しばかり高く買い取っても、買いたいと手を上げる商人や工房が出てくるのが予想ができるため、少しなら買値を上げても大丈夫と判断した。
「こちらの鉄鉱石と魔獣の皮は需要の変動があまりないので据え置き金額になりますが、こっちのミスリル銀なら少し色を付けても大丈夫です」
「ほ、本当か!?」
「ええ、ダンジョンで採掘されたミスリルは良質なものが多いですし、今はミスリル銀の需要が高まっているので、少しくらい色を付けても問題ありません」
冒険者たちが集めてきたアイテムを回収・鑑定・買い取りを行うカウンターだけど、ここで買い取ったアイテムがこの冒険者ギルドの収益を大きく左右することも事実。結構責任重大な仕事である。
私は頭の中でどこに売りつければ一番利益が出るか最適ルートを決め、さっそく冒険者さんにいくらで買い取ると伝えると、そちらも納得の金額だったようで満足そうに帰っていった。
人の流れが途切れたところで、買い取りカウンターの踏み台から降りた。背が低いので踏み台がないとカウンターでの作業ができないのが目下悩み。早く来い、成長期!
買い取りカウンターの上に並べられたアイテムの一覧表と、鑑定結果を書類にまとめて先輩のところへ持っていく。
「さすが、サラちゃんヤリ手だねぇ。鑑定結果にも仕訳票にも一部の隙もないな」
「そんなことないですよ~。私はキースさんみたいな鑑定はできませんもん。そうだ、大きな荷物が多いのでカイジさんを呼んできます」
「わかった。じゃあ、書類の通りに仕分けしておくよ」
目の下にクマを作ったイケメンな鑑定士がキースさんで、コーヒー牛乳を飲みながら書類を受け取った。キースさんはこのギルドの主任鑑定士で、実はすごいカンスト済みの鑑定スキルの持ち主である。
鑑定眼と違ってカンストした鑑定スキルはアイテムの所有者の履歴まで見られるそうで、その時点のアイテム情報を調べるに特化した鑑定眼と違って過去の情報まで読み取れるスキルらしい。特に盗品なんかの判別に役立つので別の利点があるため、地味に重宝されている。しかし鑑定スキルを使うには相応の魔力が必要であるため、キースさんは休息を取りながら仕事をしている。ちなみにキースさんの鑑定スキルは、私がこのギルドで働き始めるまで死にそうになりながらも毎日毎日鑑定ばかりしていたせいでカンストしたらしい。私という部下ができたおかげでようやく仕事にゆとりが持てたと涙ながらに言われ、初対面ながら大丈夫かこの職場と思った。
「あ、いたいたカイジさーん! 荷物運びお願いしますー」
「了解だ。で、どれを持っていけばいいんだ?」
「こっちの魔獣皮はベン爺が魔法鞄の作成で使いたいって言っていたからギルドの製造課行きです。なめし作業で出た獣毛はお向かいの魔道具屋のアランさんが回路として使ってみたいって言ってたから、一応声をかけてみてください。魔石はまとめておいて医療ギルドと商業ギルドに相見積もり取って買い取り金額が高い方に売るので仕訳していつもの場所行きで、鉱石関係は商業ギルドに売りつけますので、倉庫の方にまとめておいてください」
「わかった。しかし、キースが言うのもわかるが、こうもスラスラと売り手の情報が良く手に入るもんだな」
「ちっちっち。人脈と情報は商人の武器ですよカイジさん」
私が書いた鑑定書と仕訳票を見て感心したようなカイジさんは、熊獣人のお兄さんである。ドワーフが多いこの街では珍しい獣人さんだが、持ち前の大柄な体格と怪力で荷物運びや倉庫整理を買って出てくれるのでとても頼もしい人だ。
ちなみにキースさんはひょろっとしている。
「本当にすごいよね、サラちゃんが来てくれて俺助かったもん。商業ギルドの奴らの窓口になってくれて俺は万々歳よ。奴ら嫌味っぽくていつも胃がキリキリしてて、本当に死ぬかと思ったし」
「いや、キースの話はマジで洒落になんねぇよ……」
「あはは、一応生きているから大丈夫だよ。サラちゃんは今日の仕事終了でいいよ、お疲れ様」
「お疲れ様でした」
「そうだ、サラ。シルヴィが終わったら声かけろって言ってたぜ」
カウンター脇の机に置いてあった書類を片付けて帰る準備をする。今日は冒険者のマドンナであるシルヴィ姐さんが夕ご飯に誘ってくれたので、少しだけウキウキ気分。
姐さんをはじめとしたギルドのみなさんには色々とかわいがってもらっていると思う。
時々、シルヴィ姐さんにあこがれる冒険者からはどうやったら姐さんを射止められるかと相談されたりもするが、姐さんは既婚者だ。大騒動になりかねないから教えないけれど。公私はきっちり分ける二人なので意外と知られていないけど、姐さんの旦那さんは意外なことにカイジさんだったりする。事実を知った人からは美女と野獣とか言われているけど、この二人のプライベート時のラブラブっぷりはうちの兄夫婦に張ると思う。
なぜ私がこのことを知っているかというと、今住んでいる家のご近所さんだから。シルヴィ姐さんは元冒険者でミケ姉さんと仲がいいから、二人が遠征で一時的に一人暮らしになるときには何くれとなく世話をしてもらっている。
「ありがとう、カイジさん。今日は二人でご飯食べる約束しているの」
「そりゃよかったな。いいなぁ、俺も魔牛の煮込みが食いたいわ。夜勤だから仕方ねぇけど、夜食で食いに行くから、ばっちゃんにはできれば取っといてくれって伝えといてくれ。それと、わかってると思うが、くれぐれもシルヴィには酒を飲ませんなよ?」
「はーい!」
元気よく返事をして各部署に帰ると言って回り、ギルドの裏口で待っていたシルヴィ姐さんと合流した。
今日の晩御飯は滅多に食べられない魔牛のワイン煮込みと決めているんだ♪
少し前に魔牛の皮を買い取りカウンターに持ち込んだ冒険者さんがいて、肉もギルドで買い取りをしてほしいと言われたけれど買い取り金額が微妙だから、肉だけはお肉屋に売った方がいいよと勧めてみたことがあった。さすがは巨大な牛の魔物なだけあり、大量のお肉がお肉屋さんに流れた結果、お肉屋さんだけじゃなくて食堂やら酒場なんかが魔牛の肉で大フィーバーになっている。
そして丁度お肉がギルドに持ち込まれたときに、魔牛のワイン煮込みが食べたかった私とシルヴィさんが、常連になっている黒猫亭のおばちゃんに魔牛の煮込みが食べたいと言ったところ、世界で一番おいしい魔牛の煮込みを作るよと、おばちゃんが胸を叩いて引き受けてくれた。
そして、お昼ご飯のときにおばちゃんが今日の夕ご飯で食べられるようになるよと教えてくれたので姐さんと一緒に食べに行こうねと約束していたのだ。
数日かけてとろっとろに煮込まれた魔牛のワイン煮込み、黒猫亭のおばちゃんが作った絶品煮込みが待っていると、想像するとよだれが止まらなくなる美味しさを想像しながら二人で食堂へ出かけることにした。
そしてやってきた黒猫亭!
酒場や食堂が立ち並ぶ通りは、夕食時もあってか人通りも結構ある。ドワーフの街なので、やはり食堂よりは酒場の方が多いかな、食欲をそそるいい匂いもしますが、どちらかというとお酒の匂いがする人の方が多い。
「いらっしゃい! 待ってたよ!」
「無理言っちゃってすみません。例の煮込み二つくださいな。あと、パンとサラダもお願い」
店に入るとドワーフ族のおばちゃんが待ち構えていた。ドワーフの女の人は髭があるので、パッと見だと男か女かわからない。おばちゃんには申し訳ないけど、服装と声でようやく判断が付くんだよね。
「はいよ! おや、今日は旦那が一緒じゃないのかい?」
「おばちゃん、カイジさん残念だけど夜勤で来れないの、夜食で食べたいから取っといて欲しいって言ってた。それと、姐さんにお酒飲ませないでって言われたから、おばちゃんも持ってきちゃダメよ」
「えー、せっかくの魔牛の煮込みなのにワインと一緒に食べちゃいけないってどんな拷問よ!」
「そんなに飲みたきゃ、酒癖が悪いのを直すこった! すぐ持ってくるから、これでも摘まんで待っててね」
シルヴィ姐さんと一緒にご飯を食べに行くときは、姐さんが酔っぱらって周囲の酔っ払いたちからいらぬ喧嘩を売ったり買ったりする。そんなときは決まって旦那さんであるカイジさんが付いてくるのだが、今日はカイジさんが夜勤なので姐さんにお酒を飲ませないよう私が厳命を受けた。
とりあえず、カイジさんからの伝言を話すと、おばちゃんは快く取り置きを了承してくれた。バチンとウィンク付きで!
二人でお通しを食べつつ待っていると、待ちに待った魔牛の煮込みが運ばれてきた! なんかいつもより若干多い気がする。ついでにおまけのミルクが入ったコップが渡された。おばちゃんに身長が伸びないのを気にしていたのがばれていたらしい。
「さすが、黒猫亭の煮込みは違うわぁ……。本当にとろっとろで口の中で溶けちゃうもの!」
「そうでしょう! アタシが作った料理が不味いわけないよ!」
「ああ、もう! これで、赤ワインがあったらよかったのに……」
「カイジさんからお酒禁止って言われてるんだから、ダメです!」
二人して夢中になって魔牛の煮込みを口に運んでいると、その様子を見ていたほかのお客さんからも魔牛の煮込みの注文が入り、厨房が慌ただしくなってきた。
黒猫亭の魔牛の煮込みは、知る人ぞ知る黒猫亭の裏メニュー。これが食べたければ自分で魔牛の肉を持ち込むか、この店と取引しているお肉屋さんに魔牛の肉が入荷しているかを確認して数日後に来るのがお勧めだ!
え、職権乱用? いやだなぁ、そんなんじゃあないよ?
一般的には魔牛の肉は高級食材だから商業ギルドが率先して買い取るんだけど、買い取り金額で足元見られちゃうからね。それなら普通に高く買い取ってくれるお肉屋さんをお勧めしただけだけだもん。
商売の基本はうぃんうぃんだからね。どちらも得する取引をしなければ、お互いに気持ちいい商売なんてできないもの!