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姦し三人娘、古傷に塩を塗る

 シルヴィさんは破壊された長机から落ちた資料を引き寄せ一通り目を通して微妙な顔をした。何故か参加することになったセリアさんは、長机が破壊された音に驚いて部屋に顔を出して巻き込まれた。シルヴィさん曰く、こういう時に打ってつけな人材らしいが、私には何のことだかさっぱり分からない。



「今カウンターがものすごくムサくなっちゃってるけど、大丈夫?」


「そこはベルガが何とかするから大丈夫でしょ?」


「大丈夫かなぁ……」


 うちの冒険者ギルドの女性陣はこの部屋に居る三人だけなので、セリアさんの言うとおり職場がムサいことになっている。

 ベルガさんが居るから大丈夫ということは、多分近くを通りかかったベルガさんに仕事を押し付けて来たんだろう。ギルドマスターに次ぐ地位に居るのに、何故かみんなからいじり倒される人である。人当たりが良いので色々な部署の仕事をこなすことができるヘタレだ。

 とりあえず、セリアさんは深く考えることもなく、まぁいいかと呟いて砕かれた長机を避けて椅子に座った。



「さて、アンタたちの名前は、灼眼のアーノルド、蒼穹のカイン、鉄壁のサイラス、神童パーシーかしら?」


「……そう です」


「周りから二つ名を付けられるのなら分かるけど。よくもまぁ、こんな痛い名前を登録したものだわ……。ねぇサラ、こういうのなんて言うんだっけ?」


「えーっと確か、……チュウニ病?」



 口に出すのも恥ずかしい名前をばらされたことで、全員が俯いてしまった。セリアさんに至っては、おなかを抱えて笑っている。

 冒険者ギルドでは登録の際に好きな名前を付けることができる。ただし、実名で登録しない人は貴族や騎士などの地位や名誉があって実名を知られたくない人や後ろ暗い事情がある人しか使用しない。普通の人は実名で登録することが多く、この人達の様に痛い名前を付ける人の方が珍しい。

 一人ひとり名前と容姿が微妙に一致しないため誰が誰だか確認してみると、灼眼さんは瞳の色が赤っぽいから付けたらしいが、目から光線が出そうな名前であるがもちろん魔眼ではない。蒼穹さんはとても分かりやすく青い弓を持っていた。名前に合わせて態々弓に青色塗料を使用していると思うと笑いが込み上げる。鉄壁さんは盾を持っているからだろう。他に付ける名前はなかったのかと聞きたいが。30代くらいに見える神童さんなんかは、黒歴史的な名前を引合いに出されしまい涙ぐんでいる。

 この痛々しい名前もきちんと手続きをすれば改名できるのだが、紛失手続きと同じような手続きが必要であるため結構な額の手数料がかかる。若かりし頃に慣れないお酒を飲みながらノリで提出して、手数料がもったいなくてそのままになっているのだろう。



「ま、名前はどうでもいいわ。サラがアンタたちに脅迫された時に、妙に血なまぐさかったのを覚えていてね、その時に買い取った鉱石を調べたところ、持ち主が先日ダンジョンの崩落で亡くなった冒険の持ち物だったことがわかったわ」


「それがどうかしたのか?」


「単刀直入に言うと、アンタたちがその冒険者を殺したんじゃないかっていう疑いが出てきているのよ」



 実際、遺体から身ぐるみを剥いだ現場に居たわけではないため分からないが、鑑定結果では鉱石の所有者は二人居た。亡くなった冒険者さんと、このチュウニパーティのメンバーの一人だった。そのあたりはキースさんと一緒に確認をしたので、間違いはない。

 亡くなった方が掘り出した鉱石を売り払ったのであれば、怪しいことこの上ない。



「お、俺たちはやってない!!!」


「そうだ、俺たちじゃない、こ 鉱石はブライアンが拾ってきたんだ!」


「いい加減なことを言って誤魔化してんじゃないでしょうね?」


「本当だ! 信じてくれ!」



 シルヴィさんがドスの効いた声で尋ねると、自分たちではないと慌て始めた。しかし、この場にブライアンという人物がいないため彼らの証言が本当かどうかわからなかった。同時に騒ぎ出すものだから、シルヴィさんもどういうことだろうかと私たちは顔を見合わせた。

 シルヴィさんが詳しいことを話せと促すと、ぼそぼそと灼眼さんが口を開いた。色々抜けている部分はパーティのメンバーが補って何となく話がつながった。


 彼らの言い分では、依頼失敗の借金があっても一応実力のあるBランク冒険者ということもあり、ある程度の返済はできていた。債務が残り三割程度になったことで、一気に返済をしようとした話し合いをして、近場にあったダンジョンに籠るのが最善だと考えたらしい。

 ダンジョン都市の出身者である彼らは、この街の鉱山ダンジョンも同じようなものだと考えていた。だが、ダンジョン都市の迷宮とは違い鉱山ダンジョンは魔物は出るけれども宝箱は出なかった。結果として実入りが少なくどうしようかと思っていたところ、彼らの仲間だったブライアンという人物が例の崩落で亡くなった方の遺留品を見つけ、自分たちのものとしたらしい。何故装備疑問に思わないで受け取ったのかと言うと、彼らはダンジョン都市の出身なだけあり放置されている遺体の装備やアイテムは全部発見者の者であるという認識だったらしい。サウスソルトの冒険者ギルドの独自ルールなんて知らなかったと彼らは言った。

 その町のギルドの独自ルールは、街に到着した時点でカウンター業務の人が説明する決まりになっているから知っているはずだと言ったら、全員が真面目に聞いていなかったらしい。



「セリア、どう?」


「うーん……、嘘は言っていないかな? ちょっと私にやらせてもらえる?」


「え、いいけど大丈夫?」


「平気よ? 多分」



 心元ないながらもシルヴィさんは手元の資料をセリアさんに渡した。

 パラパラと資料をめくりながら、にんまりと楽しいものを見つけた笑みを浮かべ、それを見た私とシルヴィさんは若干ながら嫌な予感が頭をかすめた。



「へぇ、変な名前で登録してるんだねぇ君たち。こんな名前で恥ずかしくない?」


「いや、あの……」


「ほらほら~、ハイかイイエで答えてねっ!」


「……ハイ」



 まずい、セリアさん結構悪ノリをしている。

 次々と答えにくそうな質問を繰り出すため、神童さん(30代)が泣き出してしまった。同じく蒼穹さんは放心状態になっている。きわどい質問が飛び出し私は何度かシルヴィさんに耳をふさがれた。



「さて、肩慣らしはここまでにして、君たち冒険者ギルドのルールは知ってるわよね?」


「はい」



 あー楽しかったと言わんばかりに、意地の悪い質問を繰り出したセリアさんがようやく本題に入ってくれた。

 先ずは、チュウニパーティの人たちがギルドの理念を理解しているかどうかである。

 確か、ギルドの不利益になることの禁止。ギルドの施設内での私闘の禁止。強制依頼の参加義務。前記の項目を順守する限り、ギルドは冒険者の意思を尊重し冒険者としての身分を保証するだった。他にも色々あるのは覚えているけれど、この項目が特に有名である。

 シルヴィさんに諳んじろと言われてたので、鉄壁さんが同様の内容を言うとシルヴィさんは満足そうに頷いた。この決まりが分かっていなければ、冒険者として失格なのである。



「迷宮に籠ったことはある?」


「ハイ、俺たちは元々ダンジョン都市の出身だから、そこは何度も……」


「鉱山ダンジョンは迷宮とは違うのは知っている?」


「……いいや」



 セリアさんは続けていくつか質問をする。その質問に答えるのは灼眼さんだったり蒼穹さんだったり、鉄壁さんだったりした。神童さんはべっこべこに凹んだまま魂がどっかに抜けている。



「結構、まず一つ。ギルドにルールがあるのなら、各都市にあるギルドにも独特のルールがあるのも分かるわよね? たとえばダンジョン都市カーレントンであれば、ダンジョン内でのルールが追加される。このサウスソルトのギルドもそうよ」


「それがどうかしたのか? 俺たちは特に問題を起こした覚えはないぞ?」


「そう? 当ギルドは鉱山ダンジョン内で遺体からの略奪は禁止しているんだけど、心当たりは?」


「!?」


「あるみたいねぇ? ブライアンって人がどこに行ったか心当たりは?」


「ない、護衛の仕事をするときに臨時でパーティを組んだだけだから、あまり詳しいことは分からないんだ」


「んー。これも嘘じゃないわねぇ……」



 どうするか方針が決まらないことにはセリアさんも話が聞けないようで、シルヴィさんに視線を向けた。

 このチュウニパーティが鉱山ダンジョンの行方不明事件に関与している可能性は低いと思われた。彼らの処分としては遺体からの略奪と負傷者または遺体発見の報告義務違反が妥当なところだろう。後は容疑者の一人であるブライアンという冒険者の方が怪しいので、そちらの行方を探すことでこの件に関しては方針が決まりになった。



 チュウニパーティの方はというと、話が終わりようやく羞恥プレイから解放されたという雰囲気になったが、まだ話は終わっていない。



「まぁ、行方不明事件の件はこれで報告を出すけれども! うちの可愛い妹分を脅してくれた落とし前はどうつけてくれるのかしら?」


「「「「ひぃ!?」」」」



 ドスの効いた声で再び長机の破片を破壊したシルヴィさんは、ようやく私に対する脅迫について話し出した。

 私を脅迫した件は、この場ではっきりさせてもらおうじゃないか!

 そのセリフを言ったのはシルヴィさんだったが。

 私が言っても大した迫力にはならないので、この場は思い切り|虎≪シルヴィさん≫の威を借りるつもりである。



「ずっと気になってたんですよ。なんで私に声をかけて来たのか理由が分からないんですもん」


「そ、それは……」


「勇者の奴隷をやっていましたから、王国の冒険者ギルドやダンジョン都市には良く行ったので顔を知っている人は居るとは思いますけど、普通奴隷だった人が主も居ないのに他国に居たのなら解放されたと思うのが普通だと思うんですが、どうなんですか?」



 今まで裏方仕事ばかりで、仕事でも私生活でも不自由していたから思わず詰め寄ってしまった。休みの日になっても安全第一なので買い物にもいけないし、散歩も厳禁でものすごく窮屈な生活だったのだ。



「私もそれが普通だと思うんだけど……。現に奴隷の首輪だってないわけだし、あれがあったら主人の傍から逃げられないんでしょ? それにサラちゃんの場合は勇者が主人だったわけで、逃亡奴隷とかはまず考えられないわよね?」


「セリアさんの言うとおり、そう考えるのが普通なわけですよ。それを逃亡してきたんだろうとか、兄さんに媚を売ったとか! 兄さんに色仕掛けできるのは姉さんだけです!!」


「いや、サラちゃんそこは論点が違う……」



 おっといけない思考回路がヒートアップしてしまった。

 彼らにも言われましたけど、勇者が私を指名手配したのは金庫番が居ないと困るからだと思う。後は自力で奴隷解放しちゃったから、奴隷の主人としては不適格とのレッテルが貼られちゃった鬱憤とかもあるだろうなぁと予想はしている。戦力にはならなくても居ないと困る存在だった自覚くらいはある。



「予想できることと言えば、私が勇者の金庫番だったのは知っている人は知っているでしょうから、自分たちのパーティに入れてやってもらおうと思っていたとか?」


「!?」


「あとは、自分で言うのも何ですが、美少女を自分好みに育ててやろうとか? そうじゃなかったら幼女趣味ってやつでしょうか?」


「「!?」」


「あー、そうじゃなかったら、勇者に彼女を盗られたとか。好きな人が兄さんのファンで見向きもされなかったとか?」


「!?」



 ひとつひとつ思い付いた例えを挙げていくと、その度に彼らの肩が揺れている。

 これは勇者とほぼ同類だろう。



「で? 本当のところはどうなのよ?」


「ハイかイイエで答えてね?」


「「「「……イイエ」」」」


「はいダウト! あー、全部当てはまっちゃった感じ? 最低だねっ!」



 にっこりと笑ったセリアさんにトドメの一撃を喰らい、彼らは再起不能になった。

 私が外出禁止になったのはこんな馬鹿げた理由のせいだったとは……。敗北したわけでもないのに、なんか負けた気がする。悔しいからシルヴィさんには極刑をお願いしておいた。ものすごい笑顔で私的制裁を加えるとの返答をもらうことが出来た! ありがとうございますシルヴィ姐さん!!

 

 その後、彼らは本格的な聞き取り調査をするとのことでギルドの留置所に移された。

 これは本格的な聞き取り調査じゃなかったのかとシルヴィさんに聞いたところ、こっちは一応聞き取り調査の体は取っていたものの、私的な『OHANASHI』だったらしい。

 単純に傷口に塩を塗り込んだだけのような気もしたけど、まぁいいかと思い直して彼らのことは忘却の彼方に放置することにしたのだった。




セリアさん小話



今回のOHANASHIの件で、ふと気が付いたことをシルヴィさんに聞いてみることにしました。


「ねね、シルヴィさん」


「なにかしら?」


「あの、セリアさんの男運が悪いのって……」


そこまで話すと、シルヴィさんも内容を察したようで……。


「そうよ。あのスキル持っていると、嘘がモロばれするからねぇ……。友人とお酒を飲みに行ったって言ったとしたら、友人じゃない人と宿屋にしけこんでいたとかね……」


「……」


「まぁ、誠実な男なら特に問題はないんでしょうけど、あの子の好みってどこまでもチャライのよ」


「それはなんというか、お気の毒というか……」


「本当にねぇ。あのヘタレどうにかしてくんないかしら」




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