中編
乗合馬車はまったりとした雰囲気のまま国境の町に到着し、ナイスミドルなおじさんと商人っぽいお兄さんはそのまま検問に向かうとのことで、ここで別れることになった。
ロビンさんが言っていた通り、検問の関係で手頃な値段の宿はほぼ満室の状態で、子供な私が泊るには敷居が高いところか治安の悪い路地裏の宿くらいしか空いてなかった。しょぼんと気落ちしつつも、根に持つタイプの私はしっかりと諸悪の根源を呪っておいた。おのれ腐れ勇者!
どうしようかと頭を悩ませていると、ミケさんがちょっとお高い宿の一室取ってくれた。さすがに恋人が一緒にお泊りをする空間にこぶ付きが入り込んではいけないと思い、慌てて断ろうとしたのだが、子供は甘えろということであれよあれよという間に一緒にお泊りをすることが決まっていた。(遠い目)
いつもより少し豪華な宿屋の夕食後に食費と宿代を渡そうとしたのだけど、二人は頑として受け取ってくれずお高い宿屋だけあって各部屋にお風呂が付いていて、ミケさんと一緒にお風呂にに入ることになった。
ベッドはツインで、ロビンさんとミケさんが二人で寝るには小さいため、やっぱりミケさんと一緒に寝ることになってしまった。ぎゅうぎゅうと誰かに抱きしめられて眠りにつくのは、娼婦をしていた実母にもしてもらったことがなかったと思い至り、ちょっとだけ感傷的になったのだった。
そして翌朝。小鳥が窓を叩く音で目が覚めた。
私は宿屋のベッドで一人きり。
目が覚めたらミケさんとロビンさんはいなかった……。
二人に会ったのは夢だったのだろうかと周りを見渡したけれど、ロビンさんが寝ていた方のシーツがくしゃくしゃになっていたので、誰かが寝ていたのは間違いなかった。確かめるように、ミケさんが寝ていたはずの場所を触ってみたけど、こちらも既に冷たくなっていた。
もしかしたら、トイレに行っているのかもしれないと荷物の置いてあった場所を見てみた。私の荷物が手つかずのまま置いてあるだけで、二人の荷物は影も形もなく、何か書置きはないかと、ベッドサイドのローテーブルと水差しが置いてあった机の上を見ても何もなかった。もちろん、風で飛ばされたかもしれないと机の下も確認してみた。
あんなに構い倒していたのに、仲良くなったのに、私に何も言わないで出て行ってしまったのかと思い、じんわりと目頭が熱くなる。
あの人たちに会ったのだって偶然だったじゃないか、もしかしたら用事があったのかもしれないし。お別れするのは仕方ないことだと感情を無理やり飲み込んだ。
「よし、行こう か」
たとえ、いい人がいても必ずしも手を差し伸べてくれるとは限らないし、頼れるのは自分だけ。所詮人間は一人で生きる生き物だ。
私はその覚悟をもって国を出ようとしていて、いまさら今後の方針は変えられない。いつものように気合を入れたはずだったのに、思いのほかやる気がない声が出て気落ちしている場合ではないと頬を叩き、荷物の中身を確認し私は部屋を出た。
「おはよう、お嬢ちゃん」
「おはようございます」
下の階に下りると、宿屋の女将さんが声をかけてきた。私の分の宿泊費を払おうとすると、既にロビンさんから受け取っているとの返事があった。やはり親切な人たちだった……。
「あ、そうだお連れさんから伝言があってね?」
「別行動なので、大丈夫です」
「そうなの? あ、そうそう朝ごはん食べていく?」
勝手に出て行ってしまった人の伝言なんて聞きたくないと思って、伝言はいらないと言ってしまった。女将さんは少しだけ困った顔になっているけれど気付かないふりをする。
そのまま宿から出ようとしたところで、またしても女将さんが声をかけてきた。なんでも朝ごはんがついている宿泊プランだったそうで、いらないの?と聞かれると、高い宿だけあってごはんが絶品だったのを思い出し、絶品朝ごはんと想像しただけで、ぐぅとお腹の虫が訴えてきた。
少し恥ずかしかったけれど、女将さんが微笑みながら朝ごはんを食べていきなさいと背中を押してくれたからお言葉に甘えることにした。もう、あの人たちは出かけてしまったのだから、私がごはんの時間だけ長居をしても問題ないよねと思いながら。
「用意してくるからね、ちょっと待っていてね?」
少しにぎやかな食堂で椅子に座らされてしばらく待っていると、女将さんが朝ごはんをプレートに乗せて持ってきてくれた。
「おいしいかい?」
「とても!」
「そりゃよかった。これはうちの旦那特製のスープだからね、おかわりが欲しかったら言ってちょうだいね?」
夢中になって具だくさんスープを口に運んでいると、女将さんが向かいの席に座って声をかけてきた。珍しいこともあるものだと思って満面の笑みで答えた。おかわりしたかったけど、プレートに乗ったおかずとパンを食べたらお腹いっぱいになった。
「それとね、嬢ちゃんのお連れさんだけど。少しだけここで待っていてほしいって言っていたわ」
「……え」
心地よい満腹感に浸っているところで、女将さんに爆弾を落とされた気分になった。
部屋を出た時よりも気持ち的に余裕が出たタイミングで、女将さんがロビンさんとミケさんの伝言を教えてくれたのだろう。
「目が覚めたら誰もいなかったんでしょう? そりゃあ不安になっちゃうわよねぇ……」
「別に乗合馬車で一緒になっただけの関係だし、ここに一緒に泊めてくれただけでも十分親切にしてもらったので、大丈夫……」
自分なりの精一杯の強がりだ。自分でもわかっている……。
あれほど親切にされたのは生まれて初めてだった。少しだけでも一緒に居たいなぁと思ってしまったけど、お別れするのが本来の流れだったと思った。
残念だなぁ、会いたいなぁと女将さんに渡されたミルクを飲みながら考えていたとき、私の後ろで何かが激突したようなものすごい音がした。
「サラちゃん! 一人にしちゃって本当にごめんなさい!」
「ミ、ミケさん!?」
食堂に勢いよくミケさんが飛び込んできた。
目を見張る私をよそに、女将さんは飛び込んできたミケさんを見つめて、私に良く話し合った方がいいわよと言い残してお仕事に戻っていってしまった。
女将さんにおいて行かれた私はというと、ミケさんにぎゅうぎゅうと抱きしめられながらミケさんの訴えを聞いていたけれど、だんだん涙声になって聞き取りにくくなり、そのうえ順番を無視して話をしているため事態が全く分からず、食堂の視線が全部こちらに向いているのが気まずくなってどうしたらいいのだろうかと、若干途方にくれた。
そんな状態の私たちの様子を見に来たと思われるロビンさんが、少しだけ気まずそうな顔をして食堂に入ってきた。
要領を得ない話をどうにかこうにか繫ぎ合わせると、どういうわけか私の件で暴走をしたミケさんをロビンさんが追いかけて、慌てて女将さんに伝言を残したことだけ分かった。寝ぼけていたんじゃないのかな、ミケさん。
「夜も明けないうちにコイツが、ギルドに君の後見人登録しに行ってくるって飛び出そうとしてな……。慌てて追いかけたから、書置きもする暇もなくて、一応女将さんに言っておいたんだが、一人で残されて不安になっただろう? 本当にスマン」
食堂ではいろいろと視線が痛いので、女将さんに少し話をして泊っていた部屋に逆戻りする。
私とミケさんがベッドに相向かいに座り、ロビンさんは椅子に座った。ぐずっていたミケさんも落ち着いてきたところで、お互いにごめんなさいと言って、私はミケさんの話を聞くことにした。
「一人だけ、部屋に残して行ってしまって、ごめんなさい」
「あ、それは、さっき聞いたので大丈夫です。私も伝言を聞こうとしないで出て行こうとしていたので、ごめんなさい」
話を聞いていると、ミケさんの持っているスキルで『過去視』というものがあるらしい。そのスキルは任意発動ができないタイプのものだそうで、何時発動するかわからない地雷のようなものなのだそう。
そして、その過去視のスキルが私と一緒に寝ていた時に突然発動してしまい、ミケさんは私の過去が見えてしまったようだった。
私が起きている状態であればただの他人が見て来た映像が見えるだけらしいが、熟睡モードだったこともあり過去の私の感情がダダ漏れ状態でミケさんに流れ込んでしまい、それにつられたミケさんが混乱して暴走した結果、突然ギルドに行って『後見人になってくる!』発言につながったらしい。
いきなり夢遊病者もびっくりな勢いで飛び出していこうとしたミケさんにロビンさんもびっくりしただろうが、長年の相方だけあってそのあたりの暴走は慣れっこだったらしい。